一太刀、鋭く
クライマックスなのでやや長めです。
天を突かんばかりの巨体は筋骨隆々、四肢は丸太のように太く鉄骨のごとく丈夫に見えた。掌は片手だけで赤子を覆ってしまえそうなほど大きく、足もまた人間の大人の10倍といっても過言ではないくらい太かった。手にしてる得物は棍棒ではなく立派な金棒だ。
才雅の目の前に現れた巨漢の魔物、オーガ。その風貌はまさに化け物。圧倒的な威圧感も滲み出てるために才雅達は思うように動けず呼吸が荒くなっていた。
「ちっぽけな人間がオレらに楯突こうなんざ、生意気なんだよ!」
重低音の声に乗せた脅し文句はそれだけで人を殺せそうな程体に響かせた。いや、それだけでない。体を中をビリビリと震えさせるのは殺気だ。全身が危険だと叫んでいる。三人がそれに気がついた時、オーガが金棒を振り上げている姿が目に写った。才雅は咄嗟に横へ飛び、ティルアは村長に体当たりする要領で倒れ込む。
ズドオオンッ!!
大地が震えた。オーガが降り下ろした金棒は地面を陥没させていた。あれをまともに喰らっていたなら体の無事はおろか命の保証はない。
そう考えていたのも束の間、オーガの金棒はティルア達がいる方向へ振り回された。ティルア達はそれを低く奥へと跳んで避ける。オーガの意識がティルア達へ向いてる今、この瞬間しか才雅は刀を振るうしかない。
まずは足を落とそうと考える。オーガの、人間で言えばアキレス腱に当たる部分に斬りかかる。ここを断てば立ち上がれない。大きな隙が生まれるはずだ。しかし才雅が斬りかかった直後、刀は強く弾かれた。強い体を鋼の肉体と比喩することがあるが、まさに才雅は鋼に斬りかかったかのような感覚を受けた。しかもオーガの足は斬れてはおらず斬った痕すらない。さらに、嫌な感じを受けた才雅が刀身に目をやると、オーガの足を斬ろうとした切っ先が欠けているのが見えた。
「そんな馬鹿な!」
才雅は思わず声を荒げた。
「そんなもん、効かねえよ!」
オーガは嘲笑うと金棒を才雅に目掛けて降り下ろす。金棒が地面を強く揺らすが、人間を殺した手応えがなかった。才雅は攻撃を喰らわないようにあえて前進しオーガの懐へ移動していた。オーガは大振りの攻撃をかましたせいもあり巨大な体格も相まって死角へ移った才雅を見失う。
攻撃のチャンスはここしかない。前のめりのままのオーガは不用心に首を差し出しているように見えた。一気に勝負をつけるべく才雅はオーガの首筋へと狙いを定め、刀を滑らせた。
直後、地面に落ちてきたのはオーガの首ではなく、才雅の刀の刀身であった。刀はオーガの堅い体に傷つけることなく折れてしまった。
「なっ!?」
才雅は絶句した。折れて長さが脇差以下となった父の刀を目の当たりにして対峙した化け物の強さを実感させられる。だとしても気持ちで負けてはいけない。才雅は一矢報いたい想いでオーガの足を抱え転ばせようと試みる。
「言っただろうが、効かねえってよ!!」
オーガは攻撃されたことに気が触れたのか力任せに才雅を蹴り飛ばす。蹴られた才雅はそのまま地に伏せてしまう。オーガは才雅に止めを刺そうと近付いていく。
「『ファイアボール』!」
オーガの横顔に突如火の玉がぶつけられる。ティルアの魔法だ。オーガが熱さで怯んだ隙を見て村長は才雅の元へ走る。
「サイガ、大丈夫か!?」
「……刀が、折れちまった。あいつに、何も通じねえ……」
才雅はショックと強いダメージで戦意消失していた。しょうがなく村長は才雅を肩を抱えて逃げることにした。
「ティルア、走るぞ。」
3人はオーガから離れるように走り出す。だがちょうど運悪く熱さが和らいだオーガが3人の逃亡に気がついてしまった。
「逃がすかぁ!」
「『リキッドボール』!」
ティルアの放った水の球がオーガの顔面に直撃する。目や鼻に水が叩かれるように入っていったためオーガは予想外に苦しんだ。
「このクソッタレがぁ!!」
ティルアの魔法攻撃にオーガはついに怒りを爆発させ、持っていた金棒を3人に目掛けてぶん投げた。勢い良く回りながら向かってくるそれを撃墜しようとティルアは『リキッドボール』を放ったが、金棒は墜ちずにそのまま当たろうとしていた。瞬間、村長がティルアを引き寄せる。3人もろとも金棒によって奥の家屋へとブッ飛ばされた。
「いってえぇ……ここは……」
先に才雅が起き上がる。火が途中で消えたのか、焼け残った家まで飛ばされた才雅は全身打撲になりながらも立ち上がる。
「っ! ティルア、村長、大丈夫ですか!」
才雅は同じく飛ばされてきたティルアと村長を見つけた。ティルアは才雅の声に反応してゆっくりと起き上がる。だがティルアと違って村長は良い状態とは言えなかった。体は血まみれになり骨も折れて苦しく呼吸をしていた。才雅はその時理解した。村長が身を呈して金棒から2人を庇ってくれたことを……
「ヒジリさん、失礼します。『バブルヒーリング』!」
ティルアがそう唱えると大きなシャボン玉が村長を包み込んだ。すると村長の体にある傷が淡く光り出しみるみる塞がっていく。
「ヒドイ状態なので時間はかかりますが、怪我の方は大丈夫かと思います。」
ティルアはそう才雅に言った。だが才雅は頭を俯いたままだ。
「オレは、なんて無力なんだ……」
刀も武術も敵に歯が立たない。魔力があっても何も役に立たない。この世界に来て才雅は絶望に打ちのめされていた。しかし、絶望は容赦を知らない。外から地響きのような足音が聞こえてくる。オーガが近くまで来ようとしていた。
「……私が囮になります。」
ティルアが意外な言葉を口にした。
「ダメだ。囮なら、オレが……」
「ヒジリさんは魔法が解けた村長を運んでください。私では早く運べませんから。」
「勝てるのか?」
「出来ないかもしれません。防御や回復専門で弱い技しか使えませんから……」
「じゃあなんで!?」
才雅は男として戦う責任を果たそうとした。しかしティルアは出来ることの最善策を選ぼうとしていた。途端に才雅は悔しくなった。自分の無力さが人を、ましてや女の子を危険にさらしてしまうことを……
「オレだって囮くらい出来る。刀はないけどこの体はまだ戦える。お前が残ってみんなの役にたった方がいいじゃねえか。」
「私のおかげで他の人が助かるなら、それが私の幸せですから。だから私がやります。」
才雅は声を大にして訴えた。恐怖と自暴自棄の心を無謀と大口に任せて誤魔化しながら音にする。だがティルアは優しく覚悟を決めて口にする。
「何でだよ、何でそんなこと出来るんだよ!」
もはや子どもさながらに声を荒げて叫ぶ才雅にティルアは胸の内を見せるようにこう話す。
「私はただ、私が嫌なことをしている魔物を許さないだけです。」
「…………」
「今度はもう嫌な思いをしたくないから。」
そしてティルアは地獄のような外へ向かっていった。治療中の村長と一緒に家の中に残された才雅。その内心は不安、後悔、絶望……
否、むしろ無くなったように心は虚ろになっていた。
「……チクショウ!やってやるよ!」
そんな才雅の心に想いが沸き上がる。
ティルアの覚悟に無謀は勇気に変わる。
ティルアの思いやりから優しさを取り戻す。
ティルアの最後に見せた切望に絶望から打ち克つ精神を見出だす。
あとは戦う力そのものだが、それは意外なところにあった。
「もう、終わりか?」
「ま、まだ……」
ティルアは苦戦していた。才雅と村長がいるあの家から離れなくてはいけないのに、オーガが手強くなっているからだ。元々弱い魔法が効きづらかったのもあるが、打ち出された魔法が悉く避けられ、弾かれてしまわれている。今までの魔力の大量消費から疲れも出てきている。
このままでは競り負けると考えたティルアは、今まで杖として使っていた槍を使うことにした。だが前に言ってたように槍なんて持ったこともなかったため完全にイメージで使ってみるしかない。とにかくリーチを活かすため柄の端を両手で持つ。
だがそれは不味かった。オーガが金棒を横に振るうと槍に当たりティルアの手から離れてしまった。槍を拾いに行こうとしたティルア。だがオーガの金棒がその行く手を阻んだ。動きが止まったティルアは片腕を掴まれると地に足が着かなくなるほど上に持ち上げられてしまった。
「イッヤあああぁぁぁっ」
無理に上げられた腕は肩関節と違う方向に回され、ティルアは悲鳴をあげてしまう。その表情をオーガは楽しむように眺めていた。
「やっと良い表情になったな。調子乗った女ほど嫌な奴はいねぇからな。」
オーガは泣き出したティルアを見て喜んでいる。まるで扱いの悪いおもちゃを手玉にとるワルガキのようだった。オーガはそのままティルアを揺さぶる。
「うぐっ……ひぐぁっ!いぎゃあっ!」
関節が悲鳴をあげる度にティルアは悲痛の声を漏らす。
「ははは、良いぞ。もっと哭けえ!」
オーガが楽しくなってきたようで、もっとティルアを揺さぶりまわす。だがそのときだ。
ざくうっ
「ぐわあああああ!」
突然オーガが悲鳴をあげる。ティルアを掴んでいた腕になんと槍が刺さったからだ。そう、ティルアの白い槍だ。あの日、狼から守るように現れた槍が再びティルアを守るように動いたのだティルアはオーガの手から解放されたがそのまま地面にドサリと落ち、肩を庇うようにうずくまってしまう。しかも槍はオーガの腕に刺さったままだ。
「て、てめえええぇぇぇ!!」
オーガは痛みで狂ったように金棒を振りかざす。恨みに身を任せるように殺意をティルアに向けた。ティルアもオーガを見上げると自分の最期を悟るように目を閉じた。
ドスンっ!
ティルアは横からの轟音、その直後には顔に生ぬるい雨を感じた。恐る恐る目を開けると最初に移ったのは人の背中だった。それも黒く細い剣を持った人だ。
「よかった。間に合った。」
才雅が助けに来た。最後に見た顔と違い、覚悟を決め、希望を写したような振る舞いを見せていた。そして手にしているはあの黒い刀。実は黒い刀は魔物の襲撃前に村長宅に隠して来たのだが魔物から逃げ、戦い、オーガに追われる過程でいつの間にか戻ってしまったらしい。オーガに金棒で飛ばされたのは怪我の功名と言えよう。
才雅はなんとか刀を見つけ出し外へ出た。すると村長宅からあまり離れていないところでティルアがピンチを迎えていた。急いでティルアを助けるためにオーガの前に立ち、刃をオーガの降り下ろした腕に立てた。すると不思議なことに腕はスッパリと斬れて金棒は斬られた手ごとティルアの横へ落ちていった。
「な、なんだと……!?」
オーガはまるで理解出来なかった。また手応えの無い金棒を振るった。だが今度は明らかにおかしかった。振り上げ直そうとした腕が異様に軽い。金棒どころか握りこぶしすらないように感じた。
だがまさにその通りだった。オーガは魔物特有の黒い血が吹き出ているのを見てようやく斬られたことを理解した。生まれ持った丈夫な体がこんなに傷つけられたことがあっただろうか。そう思ったとき急に目の前にいる小さな男が怖くなった。たった数分逃げている間に強くなりやがった。自分以上の化け物が目の前に現れたかのごとく、オーガは思わず恐怖に身を引いた。
才雅はその隙を見逃さなかった。どういう理屈で攻撃が通ったのか分からない。だが、このチャンスを見逃すわけにはいかなかった。黒い刀を持っていられるのも長くない。才雅は上段に構え渾身の想いを込めて斬る。
才雅は黒い刀でオーガを斬る。頭の天辺から股にかけて一刀両断。丁度二等分するかの如く唐竹割り。2メートルは越えていたはずなのに縦一文字。半分にされたオーガは地に倒れ二度と襲いかかることはなかった。
才雅は黒い刀を振るった後、つい癖で血振り、そのまま納刀した。すると緊張の糸が切れたのか大の字に倒れてしまった。
「終わったな。」
「……はい。」
終わりではない。これは、いずれ全世界の運命を決める物語の始まりのひとつである。




