燃える村
夜が近づき、辺りの森は緑から黒に変わっていく。今夜は新月で月明かりが無ければ森の中は“一寸先は闇”そのものだ。
奴らはそんな黒くなった森から現れた。夜目が効くのか怪しく光る眼光はその数が多くなるほど見る者に恐怖を与えた。
「……魔物だ。魔王軍だ。」
残った村人も村長も才雅も闇から来る脅威に足が、いや、体がすくんでしまい誰も動かずにいた。だが止まってはいけない。魔物側の攻撃が今にも襲いかかろうとしているからだ。暗闇からまた矢の襲撃が来る。
「『フレイムカーテン』!!」
瞬間、皆の前方を炎の幕が横切る。すると炎の上方から何かが燃え尽きる音がした。皆はそれを矢が燃えたものだと判断した。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
後ろからティルアがやってきた。皆を心配してやってきたのだろう。あの白い槍を持って様子を見に戻ってきた。
「魔物が近くまで来ている。負傷者も出たからすぐに村を出よう。」
村長が皆に言い放つ。全員村を出ようと走りだした時、ティルアの出した『フレイムカーテン』が消えていった。それを皮切りにまたも矢が飛んでくる。1人、また1人と背中や足に刺さっていき、皆の逃げる足取りが落ちていく。
「ティルア、あの魔法はまた出せないのか?」
才雅がティルアに向かって叫んだ。
「あれはかなり魔力を使うんです。何度も使えません。」
「じゃあ小さな炎で回りの家を燃やせ!」
「そんなことして良いと思っているんですか!?」
「今はやって良いんだよ。」
ティルアは才雅の発言にツッコんだが「早く!」と急かされ、困惑しつつも『ファイアボール』を放った。炎は近くの民家に当たると勢い良く燃えていく。
それを見た村長は他の村人にも火を点けることを伝えた。村人の中で魔法が使える者は多くないがいないわけではない。ある者は火の魔法で、またある者は持っていた松明を家屋に投げ入れた。段々と村に火が燃え広がると、奥から異形の者供が姿を見せる。
ゴブリンが蠢く。グールが迫り来る。オークが闊歩する。陽炎揺らめく燃える村を魔物たちが行進してくる。
うわああああああああぁぁぁっ!
モンスターの群れを目の当たりにした村人は思わず叫んでしまい、一目散に魔物共から逃げ出してしまう。中には怪我した者を捨てて行ってしまった輩もいる。特に足を負傷した者は文字通りお荷物となってしまうため簡単に見離されてしまった。
そんな光景に才雅は仕方ないとは思いつつも見捨てて行くことが出来なかった。まだ燃えていない家から木の扉を力一杯引き抜き、近くにいた負傷者の元へ向かい、矢から守るように置いた。
「ティルア!回復の魔法は使えるか!」
「こんな状態じゃ無理です。矢がまだ飛んで来てるんですよ。」
「じゃあ、先に魔法で弓矢使っているヤツ倒せ!」
村が焼かれて夜の闇がすっかり消えてしまった村だが、見ると集団の後ろの方で弓を持つゴブリンが姿を見せていた。恐らく遠くから正確な射撃が出来ないのだろう。見る限りでは弓矢持ちのゴブリンは5匹といったところだ。
ティルアが弓矢持ちのゴブリンを狙っている内に才雅は別の負傷者の元へ向かった。その人はぐったりと踞っていた。早く助けないと思い急ぐ才雅。その人の元へ駆けつけた時、絶望を知る。手遅れだった。頭を矢で貫かれている。息もしていなかった。その人は才雅のすぐ近くで静かに息を引き取った。もっと早く駆け付けていれば助けられたかもしれないのに……そう思うとやりきれない想いで悲しくなる。
ふと才雅に大きな影が入り込む。
「呆けるな。早く立て!」
顔をあげると村長が大きめの木の板を持って来ていた。才雅の真似をしたのか同じ行動をとっていたのか、村長は才雅の無事を確認すると才雅が初めに助けた人の元へ向かっていった。
この村は最早、炎が上がる戦地と化していた事に才雅は気付かされた。あろうことか戦場で悲しんだことで矢の的にされていた。こんなところで人の死を弔えないことを才雅は身を持って知った。
「ヒジリさん。大丈夫ですか?弓矢持ちのゴブリンはもう倒しました。」
ティルアが声をかけてきた。気付けば矢の攻撃が来ていない事にも気が付いた。しかし行進していた魔物は目と鼻の先まで押し寄せていて、早く逃げなければ命の保証はないだろう。
「うわああぁ、離せぇ!」
突如、皆が逃げている方向から悲鳴が聞こえる。才雅とティルアが振り返るとどこから現れたのか、ゴブリンが村人を襲っていた。
「!? 一体どこから……」
まだ燃えていない所を辿ってきたのか、小柄ですばしっこいゴブリンの出来る技なのか、不意の急襲を受けた村人はまともに抵抗できなかった。ゴブリンは馬乗りになり手にした棍棒を村人目掛けて降り下ろす。
その時才雅は即座に動き、ゴブリンに肩から体当たりする。ゴブリンは吹っ飛ばされ村人から離れた。
「大丈夫ですか!?」
才雅が叫ぶと村人は礼も言わずに慌てて逃げ出す。才雅も走りだそうとした時先程のゴブリンが起き上がろうとしていた。思わず足が止まった。燃え上がる村の炎に照らされたゴブリンは禍々しい眼光を才雅に向けていた。
今、隙を見せたら襲われる。そう思った才雅は考えるよりも先に身構えていた。父の真剣を帯刀しているとはいえ生き物相手に刀を振るうことを躊躇っていた才雅。こんな時だからこそ心を落ち着かしていた。あの魔物は村を襲うこと、人を襲うこと、壊すこと、殺すことに躊躇いは無い。そんな相手に情けなど無用だ。生きてるものは傷つけてはいけないが、悪さをすれば罰せられるのは元いた世界でも同じだ。今こそ刀を振れる。切り捨てられる。
考えていた時間は一瞬だった。すぐに抜刀する。正眼に構え、重心を下に持っていき、切っ先をゴブリンに向ける。才雅の敵対心を読み取ったようにゴブリンは棍棒を掲げ汚い雄叫びをあげながら才雅の方へ駆けていく。愚直に走って才雅に棍棒を降り降ろした。しかし才雅はそれを紙一重で避けるとすれ違い様に蹴手繰りを入れる。ゴブリンは勢い余って前回りし背中から倒れた。その隙を逃さず才雅はゴブリンの喉笛に一太刀を入れた。ゴブリンはそのまま息絶える。
才雅は肉に刃を入れる気持ち悪さを堪えた。休んでいる暇はない。周囲に気を張るとピリピリと突き刺さるようなものを感じた。それは殺意。先程のゴブリンが才雅に向けていたものと同じものだが違うのはその数。人間が魔物に歯向かったと言わんばかりにゴブリンだけでなく辺りの魔物たちが一斉に才雅へ敵対心を送る。
才雅は正眼に構え一旦集中し直す。今まで生きてきた中で一番恐怖を感じているが、押し殺しつつ近づいてくる悪意を鋭く気にかける。ふと左から悪意が強くなっているのを察した。駆け寄ってくるのはグール。才雅と同じくらいの身の丈で鬼のような形相の魔物たちが一気に3体も襲いかかる。
先頭のグールが棍棒を振りかざしたところで才雅は一気に懐へ移り、酔拳のごとく体をぶつける。するとグールは後ろの仲間共々よろめいた。才雅はすかさずグールの横首に刃を滑らせ、続いてもう一体の腹を裂いて、最後の一体が姿勢を戻そうとした瞬間、刀が喉を突き刺した。あっという間に3体まとめて倒してしまう。
だがまだ終わらない。それを皮切りに回りの魔物も才雅に向かってくる。才雅はせめて囲まれないように策を練る。ふと大柄な物体が目に入る。それを見た瞬間プランが決まった。
すぐさま才雅は近づいてくる物体、オークへ目を付ける。才雅はオークへ一気に近づくと相手が特大の棍棒を振るう前に足を払って転ばせる。その直後、才雅は転んだオークの足の腱を絶ち斬った。するとオークは痛さの余り持っていた特大の棍棒を振り回す。他の近付いて来た魔物なんかお構い無しに振り回す。ゴブリンは吹っ飛び、グールは負傷し、別のオークや被害を受けてない魔物もたじろいでしまう。これを狙っていたと言わんばかりに才雅は回りの魔物から討ちとっていく。転ばせては斬り、怯ませては突き、組み伏せては確実に殺していった。生き物を殺す嫌な感覚を必死に押さえながら修羅のごとく闘っていた。
転ばしたオークの首をはねると強い殺気は無くなった。多かった魔物の群れは全て地に伏せて動かなくなっていた。一段落したところで才雅は肩で息をする。途端駆け寄る何かを感じて再び刀を構えた。
「待て!俺だ!!」
聞き覚えのある声にハッとすると村長とティルアの姿が見えた。才雅は刀を下ろし改めて一息つくために深呼吸をする。
「よくやってくれたな。もう大丈夫だ。あと村にいるのは俺たちだけだ。」
「すごい。こんな数の魔物を1人で……」
地面に転がる死体の群れを見て村長は褒め称え、ティルアは感嘆の声を呟く。実はティルアも才雅から離れたところで応戦していた。途中で魔物の多くが才雅に向かったしまったため、少しずつ炎の魔法で倒していった。よく見ると才雅より離れたところには焦げた死体があった。才雅が魔物たちの敵対心を集中させたおかげで村人たちは村から離れ、ティルアも安全に魔法を使うことが出来たのだ。
「なんだぁ、このザマは!?」
村も大分燃え広がったところで3人は早速村から離れようとした。だがその直後だ。燃える村の奥から巨大な化け物が現れたのは……。
「小屋は燃えてるは、あいつらの声は消えてるは、村を襲ってみれば何にも無くなっちまうなんて……」
2mは越えた巨漢に角の生えた頭。オーガが姿を見せる。




