魔物の急襲
黒い剣を手に入れてから何かが変わる訳でなく、日常と言う名の鍛練の日々は続いていく。今日は採取の日。最初に来た森とは違う方角にある森へとやってきた。採取の基本は“多くから少しずつ”採っていくことだ。短期間で同じ場所から採らず、かつ薬草や山菜を次の機会にも採れるように1つの苗からの収穫量や収穫部位の生長時期なども知らなくてはいけない。限りある資源を長く活用していくことを村では必然としてきた。
「今日はいつもより調子が良いな。」
「そうなんですか?」
採取も終わり上々な収穫で一行は帰途についていた。今回の採取には村長は同行していない。才雅は村の青年と一緒に行動していた。
「それはそうだよ。今日は一角狼も手に入ったからね。久しぶりに新鮮な肉が食えるよ。」
今回は一角狼の群れが襲いかかってきたが二人一組で落ち着いて奮闘し追い払い、2、3匹その場で倒すことができた。おかげで野草だけでなく獣肉も手に入れた。
場所が変われば収集物も変わる。また、野生動物の生態も変わる。一角狼は知能が高く危険性のあるものに敏感であり、一度襲われると仲間にもその脅威を教える習性もある。実は最初の森にいた狼はティルアの魔法や飛来した槍剣に恐れてしまい、それをある一匹(才雅が刀を振るったあの一匹)が伝えていたため無闇に人間を襲わなくなった。翻って今回やって来た森の狼はそういった脅威を知らない集団だったのだろう。
ちなみに才雅は狼を倒していない。才雅が狼の気を引いている隙に相方の青年が石を打ち出す魔法でトドメを刺した。才雅は未だに生き物を斬ることが出来なかった。
「村じゃ家畜をおとした時じゃないと食べられないし、採取や狩猟での獲物はその貢献度で多目に貰えるからな。君だって肉は好きだろ?」
「いや、肉はちょっと……特にジビエは臭いがダメで……」
才雅は生肉の臭いが苦手だった。今も青年が持っている捌きたての狼から臭いを嗅がないように顔を背けている。
才雅の顔が丁度森の方を向いていた。ふと才雅は森の木の陰から何かが覗いているのが見えた。木の大きさから察するに身長は低く、子どもくらいと言っても良いほどだったが、どうも人間っぽくなかった。こちらを見ていたそれは才雅の視線に気付くと森の奥に消えていった。
「この辺りって妖精でもいるのですか?」
「ん? 俺は見たこと無いな。それとも何か見えたのか。」
青年が茶化しながら答える。
「子どもくらいの大きさで、頭が尖ったトコもある歪な形をしていて、肌が土色っぽい感じの、ちょっと不気味な雰囲気出していたやつのあそこに……」
「それ、ホントか!?」
突然、さっきまで笑っていた青年が、真剣な表情で才雅に詰め寄る。青年が近くに来たことで肉の臭いが才雅に襲いかかった。
「あ、あぁ、俺に気付いたら森の奥に行ってしまいました。」
生臭い臭いに耐えながら答えると青年が森の方へ駆け寄った。回りの大人達も「なんだなんだ?」といった様子で青年の後を追う。才雅もみんなの後を追う。何かがそこにいただろう、青年が見つめる先には人のものじゃない足跡があった。
「……魔物だ。」
青年が呟いた。回りがざわつき始める。
「魔王軍が近くにいるのか?」
「小さい足跡となるとゴブリンか?」
「村が襲われちまうぞ!」
「大変だ。どうすりゃいいんだ。」
小さな足跡を見ただけで回りは騒ぎ、狼狽した。
「とにかく! 村へ戻って村長に連絡しよう。」
青年がみんなを静めるように叫び、意見する。ここであたふたしても仕方がない。村にも危害が及ぶかもしれない。一行は急いで帰路に戻った。
村へ着くとすぐに村長の元へ向かう。
「村長!大変だ!聞いてくれ!」
「どうした、そんなに慌てて!?」
「サイガが村の近くの森で魔物を見た。足跡も見つけた。近い内に襲ってくるかもしれない!」
「なんだとッ!」
事態のあらかたを聞いた村長は村人全員、アウォール村を出ることを即決した。魔物がこちらを見ていたとなるとおそらく斥候だろう。早ければ今日にも襲撃されるかもしれない。
また見ていたのがゴブリンだったのかもしれないが、来るのはゴブリンだけとは限らない。村長が聞いた話では魔王軍はゴブリンだけでなくオークやグールを含めた多種族の集団でさらに別格に強い魔物が将軍のような立ち位置にいると聞く。その話だけでも恐れた村人達は最低限の荷物を持ち家畜を連れてアウォール村から離れていく。昼過ぎから準備にかかり、村から人がいなくなったのは夕暮れも過ぎた頃だった。
「井戸は全部埋めたか?食糧もなるべく残すな!」
今は村長を含めた自警団が最終確認を行っている。残った物資で村が魔物の拠点にされかねないので何も残さずこれから村の家を焼くつもりだ。村に誰もいないことを確認していた時、村長の家から誰かが出ていくのが見えた。
「サイガ? お前何やっているんだ!!」
「ごめんなさい、刀の事が気になって……」
才雅は黒い刀を持っていこうとしたが叶わなかった。魔力を急襲しつづける刀を長い間持ち歩く事ができないからだ。仕方ないと思いつつ才雅は刀を隠していくことにした。
いよいよ村に火をはなとうとしたそのときだった。
「ぐああああああああぁぁぁ!」
突然自警団の一人が苦しみだした。見ると肩に矢が刺さっている。ふと気がつくと夜の帳から不気味に光る眼光がぞろぞろと現れてきた。
才雅はこの日、初めて「悪」を見る。




