酔屋仮面
歌詞のネタ作りのために、街をぶらついていると【酔屋】と、読むことは出来なかったが大きく書かれた店があった。
腰くらいの大きさをした提灯と看板が、店の出入り口の両横に置かれている。赤く光った状態で。
更に出入り口の上側、俺の手が届かない場所に白くて小さいのれんが飾られていた。
そんな店に俺は入ってみることにした。高校生の俺は気が引けるような場所なのだが、看板に【何歳でもOK】と書かれていたから、勇気を振り絞って入ってみた。
ゆっくりと店内に入ると、また扉が安そうな木の机と共に出てきた。どうやらここは二重扉のようだ。
扉に殴り書きされたメモが貼ってあって、俺はそれを凝視する。【お手数ですが仮面をつけてください。仮面をつけない場合は入店出来ません。】と書かれてある。
木の机を見ると、無造作に仮面が並べられていた。
ほう、酔った時顔を見られると恥ずかしいからな、確かにこの対応は良いのかもしれない。……なんて、未成年者が考えてみる。
まぁ結局、その机にある仮面の一つを手にとって、勢いよく扉を開く。
扉を開くと、奇妙な世界が広がっていた。座敷の席やカウンターの席はほぼ満員で、しかもみんながみんなして酔っていた。酒のグラスなんて無いのに。
六歳くらいの男の子も、五十代のおっさんも、女子高生も、全員酔っていた。そして、全員がとりあえず誰かに向けて中指を立てていた。
「隣、良いですか?」
年が近いから、女子高生に話しかけてみた。
「ん〜君ブスだけど、周りに誰もいないしいっか。良いよ〜? 座ってね〜!」
俺はついどストレートに悪口をぶつけられて、品性を疑ってしまった。そもそも顔が見えないのに。
その女子高生は、いきなり立ち上がって周りを見渡す。
「にしてもさ、私って可愛いよね〜?」
一瞬、場が静まり返る。一斉に酔った全員が立ち上がって彼女に中指を立てながら、各々が暴言を吐き散らかす。
「くそブスだろ?黙ってくれないかな」
「てか顔見えねぇし」
「抜いていいか?くそブスだったら抜かないけどな!ハハハ!」
俺はつい、我慢できなくなってしまった。椅子を蹴飛ばして大声で叫ぶ。
「おい! もうちょっとブスの気持ち考えろよ!」
注意かもどうか分からない注意をしてみて、自分そのものがよく分からなくなってきてしまっていた。
でも、ほんのりと気分が良くなっていく感覚だけがあった。身体が火照って、今ならなんでもできるような気もした。
「偽善者は黙ってろよなぁ?」
「気持ちわるーい。いい人ぶりすぎだわあいつ」
外野はものすごく不機嫌そうに中指を立ててくる。
「おいおい。社会の底辺コースのやつが俺みたいな上級国民コースに刃向かうなよな〜」
しまいには、こんなことを言ってくる輩もいた。無性にスイッチが入った俺は作詞家だ、と大声で言い張ってしまった。
「なら、歌詞を見せろよ。ブスさん? 俺が評価してやるからよ」
赤い仮面の男は俺に近寄って問い詰めた。こいつは余程の自信がある、そう見た俺はまぁ自信作の歌詞が書かれた紙を見せつける。
赤い仮面の男は紙を手にした直後、ふん、と鼻で笑って紙をグシャグシャと丸める。
「おい、何してんだよ!」
そんな俺の忠告も耳にせず、男はその丸めた紙をどこかへと投げてしまった。もちろん、俺に中指を立てながら。
「あれくらいの歌詞なら課題点だらけだ。本当にお前作詞家かよ? 一行目で読む気失せたぞ。だいたい最初から引かれないようなフレーズは……」
堪えることができなかった。どうしても。
「うるさい! お前に俺のものが評価できるわけないだろ? お前の評価はゴミクズなんだよ?」
年上にこんな口を利くこと自体がおかしいのに、俺は正当化している。
「はぁ? お前、人のことが聞けないのか。俺の方が年上だっつうのに、聞けないのか」
「なら、お前の歌詞を見せてみろよ。どうせ惹かれないと思うけどな。引かれはするかもだが」
待ってました、と言わんばかりにあいつは歌詞を見せつける。
「ほれ。これが俺の歌詞だ。どうだ」
俺は中指を立てながらあいつの歌詞を一行だけ見て、シュレッダーのように細かく破った。
「お前のは一行だけで面白くないのが伝わるんだよ」
誇らしく言う。
「はぁ?あぁ、そういうことね。おい、俺の賛同者は沢山いるんだぜ?そいつに口を利こうとも?」
そう言ってあいつはいきなり殴りかかりだす。
年の差がある口喧嘩の始まりだった。
ちなみに、セリフは全て覚えていない。それほどに白熱して夢中になって、記憶ができなかったからだ。
この店は、みんなが貶しあって、中指を立て合うような店だった。
あれから、少しの間が経った。今となってはその記憶は黒歴史となって、思い出すだけで顔が赤くなる。
ちなみに、もう一つの看板にはこう書かれてあった。
【当店では、『自分』に酔うことが出来ます】
一行で読む気が失せた、とか言ってる人いますよね。
それをディスってみました。