僕が突然全知たる人間になった話
見てくれてありがとうございます。
サブタイトル通りの話となっております。
いつものように、東の窓から太陽が僕を覗いて、起こしてくれる。太陽が覗いてくれるのは二階の僕の部屋のみで、僕の特権でもあった。
僕は身体をゆっくりと起こす。家の外では木に止まっているスズメが毎日欠かさず行う朝礼をしている。
心地よい音や光を充分に浴びた後、心身を思いっきり伸ばす。
今日も何気ない日常が始まる。それは、学校に行き、友達とグダグダ喋り合い、彼女とイチャイチャして帰る日々。
その、平凡で楽しい一日を始めようと、僕は部屋のドアノブを捻ろうとする。
その時だった。ドアノブに触れた瞬間目が眩み、ドアに倒れかかった。
直後、急激に頭が爆発しそうになり、とっさに伏せて頭を抑える。うぅ、と呻き声が勝手に上がった。
頭が痛い。脳の中に色々と詰め込まれているような気がしている。
僕の呻き声は次第に大きくなり、やがて気がついた時には大声で、本気で叫んでいた。
いつまでこの痛みが続くんだ。もう三分は経ったぞ。あと何秒だ?三分か?五分か?どうなんだ?
混乱状態に陥った僕は、思考がまとまらなくなっていた。
そのまま僕は叫びながら必死に頭蓋骨を押さえつけること三分、ようやく痛みが引いてきた。
パジャマは僕の汗で濡れていて、全身にビッチリとくっついていた。普段なら少しでも身体にくっついていたら気持ち悪い、と思い変えるはずなのだが、痛みでかき消されていた。
着替えようと若干フラついた足取りでクローゼットに行こうとすると、突如下の階段から甲高い音が響いた。母の声だった。
「悟〜!ご飯できたよ〜!」
母は面倒くさそうに大声を張り上げいた。音の振動もこちらに速く進んできた。
「分かったよ。今いくよ。」
声を出すのも億劫だったが、仕方がなかった。そして、今さっきオーバーワークした声帯を使いながらドアに戻って、そのドアノブを慎重に触り、捻る。
見慣れた廊下を一々真っ直ぐに、一歩一歩感触を確かめながら歩く。階段も例外ではなかった。手すりを使い、ゆっくりと降りていった。
そしてようやくリビングの扉の前に立って、廊下を振り返った。いつもなら十秒で行けるような道のりが今日は三十秒くらいかかっているようにも思った。
この状態でいることおよそ十秒。ようやく僕は意を決してドアノブを勢いよく捻る。あまりにも勢いが強かったのか、両親はおろか妹までもがこちらを振り向いた。
「あら、今日は遅かったじゃない。」
「ごめん。寝坊してた。」
「あら。そうなの。」
あの時大声で叫んだのに、何故か寝坊で通ってしまっていた。
「ねぇ。上で何か大きな音がしてた?」
「いや?してないけど?」
どうやら、叫んではいなかったらしい。というか、そもそも叫んでいなかったか。
「そうなんだ。」
「そうよ。にしても、汗でビショビショじゃない。ご飯食べたら着替えるのよ。」
お節介な母にこんなこと言われたら、刃向かったらどうなるか分からない。
「分かったよ。そうする。」
諦めながら、自分の椅子に座る。流れていたテレビを見る。
テレビは朝の情報番組を流していた。今、殺人事件について紹介しているところだ。
「最近物騒ねぇ〜。」
思ってもない言葉を口にする母。いつもの僕ならここでそうだね、と同意していた。しかし今日の僕は対応が違った。
「まぁ、犯人は殺された人の父親で子どもを恨んでたし、因果応報、ってやつじゃないかな?」
何故か、すっと言葉が出てしまった。
「あら。そうなの?テレビではまだ『容疑者は捜索中です』って言ってたけど?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は僕を疑い、僕の異変に気がついた。
「あぁ、そうなんだ。聞き間違えかな?」
素早く適当に返した後、僕は深く考えようとした。しかし、深く考えるまでもなく、すぐに結論にたどり着いた。
『僕は全てを知っている。』
何故かよく分からないが、この結論にたどり着いた。真実だけを知っているから、それを導く過程が分からなくても、この結論のように真実にたどり着けるということなのか。
そして、一つの衝撃の真実が脳のタンスから勝手に溢れでて、無意識に言葉という形のあるものにしてしまった。
「お父さんって、何か隠してる?」
その何かははっきりと分かっているのだが、流石にそれは理性が邪魔してくれたみたいだった。
「冗談は程々にしろよ。俺が隠し事するわけないだろ?」
父は左の口角だけが上がりながら、ははっと笑った。
女の勘なのか、母は少し顔を歪ませながら父に詰め寄った。
だけど、全ての真実を知っている僕は母に秘められた本当の感情を知ってしまった。
「何か怪しいわね。携帯見せてもらえる?」
「や、やめろよ。俺の大事な情報が入ってるんだぞ。プライバシーだ。」
「何がプライバシーですって?見るくらい、いいじゃない。やましいことがあるの?」
数分前まで喋り合っていた夫婦が一転、血相を変えて言い争っていく。
震えて、その次のセリフを発せれなかった。まさか両親が『両方浮気している』なんて。
慌てて僕は妹の手首を掴み、リビングから逃げ出した。父と母の争いはヒートアップしている最中だった。
階段を夢中で駆け上がり、妹を妹の部屋に詰め込ませた後すぐに自室に戻り鍵をかけた。
すぐさまベットに座り込んで頭を抱えた。下からはっきりと言い争いが聞こえてくる。
僕が真実を伝えたせいだ。とにかく今日の学校は休もう。この『異変』がある以上学校に行けてなくても授業だけは追いつけるだろう。それだけがこの『異変』の利点だった。
僕は、仕方なく学校を無断で休むことにした。先生が疑問に思って夕方ごろに電話をかけてくることを悟った。
それにしてもどうしたらいい。両親の絆はもうボロボロだ。『真実』は分かるが、こういった場合の答えは分からない。どうしても延々と同じことを悩み続けてしまう。
僕のせいでみんなを苦しませることになってしまっている。それは容易に自覚できる。
どうすればいい。どうすればいい。謝ればいいのか?だが、それをするとその『真実』を認めてしまっているということに繋がるのかもしれない。
もう、全てが無理だった。一度狂った歯車は止められないように。
そして、僕は疲労からかそのまま深く眠りについた。
視界が開けていくと、そこには地獄が待っていた。
目の前にある木は激しく音を立てながら燃えて、溶けていく。人は皆仮面を着けて素顔が見れないようになっている。
血に染まった大地に、赤色の空。更に黒色で、身体が所々ドロドロに溶けかけているゾンビのような人間がごまんといる。
それは何故か不気味に飛び回り、自分よりも醜い人を見つけては馬鹿笑いする。時間が経てば、ゾンビのような人間同士で喧嘩し合う。いつもうるさい笑い声をそこら中に散らす。
そんな中、空で優しい人もいたように見えた。しかしそれは『いたように見えた』だった。優しそうでひ弱そうな男がさらに優しそうでひ弱そうな男に話しかけて、一見すると綺麗な林檎を渡す。それを男は嬉しそうに受け取った。その男は渡した男から背を向けて少しだけ仮面を上にあげてから、乾いた笑い声を上げながらムシャムシャと貪りだす。その光景を見た林檎を渡した男が腹を抱えて笑いだす。そして、生きてきた中での鬱憤を晴らすように叫んだ。
「それは林檎じゃねぇよ!林檎に見せつけたゴキブリだよ!こんなものも見抜けねぇのかよ!情弱かよ!」
そう言いだすと林檎がゴキブリへと変幻してしまい、頭を喰われたゴキブリがどこかへと飛び去ってしまう。
男は自慢気に大声で笑い上げる。林檎を食べた男はすぐさま振り返り、激しくその男を睨み付け悔しそうに、怒りの声を漏らしていた。
この世の終わりみたいな光景だった。救いがどこにも無いような、そんな光景だった。
そして、まだ原型をしっかりと保っている人々が徘徊する血色の大地。そこでは見知らぬ人が仮面を剥がされ、苦しそうに燃えているのにもかかわらず周りにいる男たちは声を出しながら笑っている。よく見ると男たちは油を足してドンドンと激しく燃やしていった。少し時間が経つと、その火を見たさに次々と人が集まっていく。そして、集まった人は笑いながら火に油を注ぎ、派手になるとまた他の人間が集ってくる。
こんな地獄の無限ループを笑顔でやるなんて正気じゃない。激しく憎み、僕は周りの野次馬の目の前に立ち、大声で主張した。
「こんなものが正しいのか!よってたかって何が楽しいんだよ!」
そう言い放った。これで改心すると思い込んでいた。しかし、現実はそう甘くはなかった。むしろ僕までもが標的にされてしまうこととなってしまった。
「おい、なんだよあの偽善者。調子にのるなよ。」
「いや、いきなり言うなし。」
「ネタにマジトーンって結構冷めるんですけど。」
口々にそんなことを言われている。四方七方から延々と言われている。残りの一方は、今絶賛燃やされていて、日本語にならないような音で、苦しみもがいている男だった。
その男は僕を擁護してくれなかった。いや、出来なかった、の方が正しいか。そんな劣勢でも僕は抵抗する為に、野次馬一人一人を睨みつけた。十四人目くらいに睨みつけた野次馬はどこか見たことのあるような格好をしていた。何か、どこかで見たことのあるような格好だった。
ここで、出なくてもいい『異変』が出てしまい、絶望へと叩き込まれることになってしまう。
悲惨で、救いようのない答えを確認しよう。
その野次馬はよく見ている人間だ。いつも放課後になると笑い合いながら僕と一緒に帰る人間。そう、僕の彼女だった。
僕に見せる笑顔の裏で、赤の他人を傷つけていたとは。そう思うと心の中に嫌悪の感情が、煮えたぎるマグマのようにゆっくりと湧き上がってきた。
その感情をぶつけて睨みつけていると、彼女の方はその目の主が僕とは分からないのか嘲笑う。
「負け犬はこっちに来るな。」
毒に毒を詰め込んだような言葉を吐いてきた。もちろん、この身の正体が僕だとわかったらこうはならないだろう。僕は膝から崩れ落ちるようにして座り込んでしまった。
所詮、人間とはそういうものなんだ。
憎しみ合い、お互いに理解することが難しい生き物なんだ。
醜いゾンビがそれを証明している。
ひ弱そうな男がそれを証明している。
仮面たちがそれを証明している。
そして、皮肉にもこの僕の感情が一番、それを証明している。
野次馬が寄ってくる。皆、獲物が手に入ったかのようにニヤつきながら。そして、僕は燃やされる。
「この世の正義とは、なんなんでしょうか。僕の異変でも分かりません。」
燃やされる直前、僕は呟いた。もちろん、その言葉を拾うものは誰もいなかった。
慌ててベッドを起き上がる。どうやら夢だったみたいだ。しかし夢にしては精巧に作られ、鮮明に覚えている。
ふと、スマホが音を立てて震えた。
「具合大丈夫?」
彼女が心配してくれてラインをくれた。時計を見ると五時を回っており、放課後の時間でもあった。
返信を返す時ふとあの夢がよぎる。笑顔で人を燃やすその姿が。いや。流石に夢だ。怯えることはない。あの夢は嘘だ。それが『真実』なんだ。
震える手で彼女のラインを返す。
「大丈夫だの!気にしないでね!」
誤字があることに気がついた。しかし、直す気にもなれなかった。そのまま送信して、返信を待つことにした。
何気なく暇な時間を、趣味の動画鑑賞と、その動画のコメント欄に使おうと思った。その為にスマホの動画鑑賞アプリをタップした瞬間僕に最後の異変が襲った。いや、実際には襲っていなかったのかもしれない。もう襲われていたと考えれば。
ただ、僕がようやく気がついただけだった。僕の異変は、最後にどんな形で、どんな『真実』を教えてくれたかを。
カーテンを閉めに外を見るとスズメはどこかへ行ってしまっていた。太陽は顔を隠して、黒い雲は薄汚れた汗を流す。
両親を心配している妹には、『嘘』を伝えておいた。少し喧嘩しているだけだ、すぐに仲直りするさ、と。それを聞いた妹は、良い結末が来ると信じて疑わず、とても喜んでいた。それは、『嘘』で塗り固められた『妹にとっての真実』だった。
家庭は崩壊し、対人関係も崩れ去る。
精神は、もう埃のように舞い落ちてしまった。
そして僕は呟いた。
「部屋に鍵をかけよう。真実を知ると良いことが無い......。」
誰でも分かる密室トリックを、僕は作り上げた。人生に悩まないように。
見てくれてありがとうございました。
私としては、「真実」を知りすぎるとかえって不幸になる、といった考え方をしておりまして、この作品はそれを反映した作品となっております。
そして、地獄の世界はネット世界をイメージしました。相手が誰かも、相手は自分の正体をも分からないから、好き勝手に暴れられる、なんで世界を描きました。
これらを踏まえて、もう一度見てくれたら幸いです。
だけど、人間は知りたがる。自分も知りたがる。知って後悔する。
超えることのない欲、でしょうか。もどかしいですね。
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