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florist  作者: 鳴門ミシン屋
9/33

リーゼロッテ・リルカハーケン

 知られてしまった僕の呪い。

 僕はこの先選択しなけらばならない。



 アザレアの町で迎える四度目の朝。最初は慣れなかった宿のベッドにもすっかり体が馴染んでしまって、気を抜くと寝過ごしそうになる。

 一度目の朝はデッゼの声で目を覚まして、それから波瀾万丈の一日になった。

 二度目の朝は雨の音と体を襲う疲労感と共に朝を迎えて、一日中ゆるりと過ごした。

 三度目の朝は覚えていない。ただただ町中に漂う宴の空気に飲まれたまま一日が過ぎた。


 そして、アザレアで迎える四度目の朝。

 宿の一室ではフリージアが最初に目覚めた。目覚めた気配を野生の勘か何かで察したのか程なくしてシオンが目覚めた。

「…やあ、おはようシオン」

「ああ」

実はこの二人、術式について話したあの時以降まともな会話をしておらず、これがほぼ丸一日ぶりとなる会話だった。

「調子はどうだい…?」

寝起き、ということもあるだろうがフリージアはとぼけたようにそんなことをシオンに尋ねた。

「……八ッ」

シオンはしばらく黙っていたかと思うと、突然鼻で笑ってみせた。

「シオン?」

「呪い、とやらに関しては今は聞かないでおくから安心しろ」

「…ほう」

「何だ、聞かないでほしいんだろ?」

シオンから突如放たれた言葉にフリージアが戸惑っていると、シオンは再び「ハッ」と鼻で笑った。

「お前のこと化け物かとも一瞬思いかけたが、存外人間くさいんだな」

シオンはそう言うとベッドから抜けておもむろに外出する支度を始めた。フリージアが何の気なしに眺めていると背後でマリーがもぞもぞと身をよじり始めた。

「…狼人間に人間くさいとか言われちゃったよ」

アザレアで迎える四度目の朝はこうして過ぎていった。



 「みなさん、おはようございます!」

フリージア達が部屋を出ると、宿の受付の所からそう叫ぶ声がした。ラグラスの声だった。一体いつからそこで待っていたのだろうかと一行は疑問を抱きながら部屋のある二階から階下へと下りた。

「マリー…だっけ?ものすごく眠そうだね」

「うーむむ」

髪はぼさぼさ、目が開ききっていない状態のマリーを見てラグラスはそう声をかけるがまともな返答は返ってこなかった。

「マリーはそもそも朝が苦手みたいなんだけどね。昨日はほら、宴だったこともあってふわふわしてるんだよ」

「はあ、なるほど。さっきもピエロの仮面みたいなのをした宴気分の人見かけたから…そんな感じですかね!」

ラグラスは気持ちの切り替えが出来ているようで朝から元気に満ちあふれて、やる気満々といった感じだった。

「そんなに気合い入れても何もないんだけどね」

フリージアはそう言うと、宿屋の主人と話をして宿を出ることにした。

 寝ぼけ眼をこすりながらふらふら歩くマリーの手をフリージアが引きながら宿屋を後にした。

「さて、とこれからのことなんだけど」

「どうするんですか師匠!」

「…師匠はやめてもらえないかな」

「え、嫌です」

頼みを即座に断られてしまい、フリージアはどうしたものかと呆れながら中断していた説明を始めようとした。けれど、フリージアが口を開きかけたその時、

「お待ちしておりました」

とフリージアに声をかける人物がいた。

「僕ら、かい?」

「はい」

声をかけた人物はどこかに仕えているいかにも執事、という服装で立っていた。服装もさることながらぴんと伸びた背筋や指先、背後に待ちかまえる馬車から推測しても確実にどこぞの貴族の使用人だった。

「私はリーゼロッテ様に仕えるナイトハルトと申す者です。貴男方御一行をお迎えに参上しました」

「ああ、リーゼロッテの所の人か。どうしてここに?」

「我が主の名をお知りとはやはり貴男がフリージア・ハーティス様でお間違いありませんね」

「そうだけど、どうしてここに…?」

ナイトハルトと名乗った男がフリージアの下まで歩み寄ってきた。そしてフリージアの目の前まで来ると、目をゆっくり閉じて小さく息を吐いた。

「…これより私が申し上げる言葉は我が主の言葉でございますので、ご容赦のほどを」

「はあ…」

ナイトハルトの言葉の真意を理解できないまま、呆然としているとナイトハルトが目をかっと見開いて、勢いよくその言葉を言い放った。


「来るのが遅いんだよ馬鹿弟子!私が気を回して馬車を遣わしてやったからさっさと来い!」


「…とのことです」

突然人が変わったように叫び出したかと思うと、主の言葉を言い終えるとまたすぐにまた淡々とした口調に戻った。あまりの出来事にフリージア以外の面々は驚いて声を出せなかった。

「…相変わらずだな」

フリージアがため息をつきながら頬をかく。ナイトハルトは何事もなかったように馬車の方へ向き直り

「みなさまこちらへどうぞ」

そう言って案内をし始めた。のだが、

「…と言いたいところですが聞いていた人数より増えていますね」

フリージアがリーゼロッテへ手紙を出した際は、同行者はマリーとシオンのふたりだけであった。しかし、今はラグラスという存在が増えていた。

「問題あったりする?」

「この馬車は四人しか乗れない小さな物になっていますので…私を含めると合計が五名となってしまいます」

ナイトハルトが告げた言葉に皆少しの間固まってしまった。誰も何も言い出さないまま、数分経った頃、フリージアが「あ」と不意に声を上げた。

「そういえば馬があるんだった。僕はそれで向かうよ」

「…なるほど、ではそうしましょう」

ナイトハルトがフリージア以外の三人を馬車に乗るように促した。

「それじゃあ、僕は馬を取りに行くから後でね」



 晴れ渡る青空の下、アザレアの町を出発した馬車が行く。隙間から流れてくる心地の良い風、リズムを刻みながら揺れる馬車、乗っている人間には優しい睡魔が訪れる。

 そのはずなのだが、馬車の中では異様な空気が流れていた。

「狼というのは人間の社会における礼儀を熟知しているのか?」

「ご主人様の客人に対しての振る舞いとは思えないな。主に尻尾振る様は俺なんかより狼に近いんじゃないか?」

シオンとナイトハルト、並んで座る二人がお互いの顔を見ることなく、互いを挑発し合っていた。

二人の向かいに腰掛けるラグラスはどうしてこんな状況になったのか一人悩んでいた。隣のマリーに助けを求めようにも、彼女は馬車に乗るなりすぐさま眠りについてしまっていた。緊迫した空気が流れる中でも、優しい寝息が時折聞こえてくる。

 最初は何てことはなかった。

「リーゼロッテさん?のお屋敷って遠いんですか?」

とラグラスが尋ねれば、

「歩くとそれなりに距離がありますが馬車なら大丈夫です。昼頃には着きますよ」

とナイトハルトが答えた。

 雰囲気が悪くなったのは馬車の走る道が少し荒れ始めた頃からだった。シオンが持つ太刀が車体の揺れでナイトハルトの体に当たってしまったのだ。

「悪い」

ぶつかってすぐシオンはそう謝った。けれどそれに対してナイトハルトは

「そのような謝罪の仕方で済むと?私ならまだしも、リーゼ様にもそのような態度を取る気か?」

と睨みをきかせながら言ったのだ。

 そこから二人はお互いを侮蔑しあい車内の空気がみるみる内に険悪な物となっていったのである。馬車から少し離れた所を馬に乗って進むフリージアは当然そんな状況を把握することなくのんびりしていた。ラグラスがフリージアに助けを求めるために窓から顔を出しても彼はにっこり微笑むだけだった。

「私に尻尾は生えてないし、見た目ならそちらの方が狼に近いだろう。貴様の目は節穴か?」

「そういう表現も知らんとは無知だな。召使いがこんなもんなら主の底も知れたものだ」

「貴様…我が主を侮辱するのか!」

これ以上ないほどの忠誠心、そう表現するべきなのだろうか。度が過ぎたようにさえ感じてしまうほどのナイトハルトの主に対する思い。狂信的とも取られかねないナイトハルト、その逆鱗に触れてしまったのか、シオンの胸ぐらを掴みながら叫んだ。

「なんだ暴力に訴えるのか?なら俺が…」

「うるさいんだけど」

一触即発、そんな状況に割って入ったのは寝起きのマリーだった。

「静かにしてくれないかなあ」

寝起きの据わったような目で騒ぐ二人を睨みつけた。

「寝る」

静かになったのを確認するとマリーはそう言ってまた眠りにつき始めた。しばらく硬直していた二人は同時に「ふん!」と言って、それぞれが反対の景色を眺めるように視線を外した。

 眠っているマリーを無理矢理起こすこと、それは非常に危険なことだとラグラスは脳に焼き付けた。



 小さな町を一つ通り過ぎて、馬車は木々が両側に生い茂る道に入った。木漏れ日を感じつつ道を行くと、その木々が無くなって開けた場所にその屋敷はあった。

 森の中の隠れ家のように佇む屋敷は二階建ての物で、王都の辺りにあるような物とは異なって小さかった。けれど、屋敷の前の池、その周りを囲む花々、この花の王国内でも随一であろう庭園が広がるこの場所は壮観であるといえた。

「うわあ…」

ラグラスは目の前に広がる風景、この場所に流れる洗練された空気に思わず声が漏れていた。

「いい場所だろう?」

乗ってきた馬から下りて、フリージアが立ち尽くすラグラスに声をかけた。

「そう、ですね…。ちゃんと見たわけじゃないけど、庭全体がなんかこう…輝いて見える気がします」

「うん、言い表現だね。後で伝えてあげるといいよ」

二人の花屋フローリストはそんな言葉を交わしながら、庭園の空気にしばらくの間浸っていた。

「付いてきてください」

ナイトハルトの声で二人は、はっと気付き彼の後に続いて屋敷に入った。それを見た花屋フローリストではない寝起きの少女と不機嫌な狼の青年の二人は、少し遅れて屋敷に足を踏み入れたのだった。

 ナイトハルトの案内で一行は食事をする広い部屋に連れてこられた。純白のテーブルクロスが敷かれた長いテーブル、卓上に並べられた銀の食器達が窓から入り込んでくる光で輝いている。

「やあ、待ちかねたよ諸君」

部屋の入り口の反対側、上座の位置で車椅子に乗った女性が一行に声をかけた。

「私がこの屋敷の主であるリーゼロッテ・リルカハーケンだ」

透き通るような金の髪、全てを見透かすような優しい桃色の瞳、彼女が放つ空気のようなものにフリージア以外の三人は萎縮していた。

「そう固くならなくていい。と言っても難しいか。ふむ…」

そう言うとリーゼロッテは車椅子を動かして、四人の近くまでやってきた。そうして一人一人の顔を見て優しく微笑んでみせた。

「フリージア」

フリージア以外の三人には声をかけなかったが、最後にフリージアの前に辿り着いた所で、動きを止めた。

「久しぶりだねリーゼ」

フリージアが優しくそう声をかけてリーゼロッテの手に触れようと手を伸ばしたが、リーゼロッテはそれを


 バチン!


と強くはたいた。

「馬鹿かお前は」

「は?」

手をはたく音、先程まで優しい笑顔を見せていた女性の暴言にフリージア以外の三人は思わず声を出した。

「まず、私に手紙を出すのが遅い。手紙の文章が気色悪い、変に畏まった言葉で書きやがって、吐き気を催しかけたぞ。そしてこちらに来るのが遅い。待ちわびた。それに手紙の内容より人数が増えてるじゃないか。もてなす方の身になれ、考えろ馬鹿弟子」

リーゼロッテは戸惑う三人に構うことなくつらつらと自らの弟子に対してひたすら説教を始めたのだった。フリージアは聞き飽きたといった表情をして聞き流しているようだった。そんな弟子を見て師匠であるリーゼロッテは小さく息を吐いて、

「まあ、元気そうで安心したけどな」

と笑ってフリージアの股の辺りをぽんぽんと叩いた。

「お腹空いたろう?まずは食事しようか」



 「さて、お腹は満たされたかな?」

「はい!おいしかったです!」

リーゼロッテの言葉に力一杯返事したのはマリーだった。

「うむ、それは何より」

軽く見積もっても二十人は座ることが可能な食卓いっぱいに用意された食事をフリージア達は完食した。当然ながら主に食べたのはマリーである。

「いやあ、まさかお嬢さんがこんなに食べるとは思わなかったな」

そんなマリーにリーゼロッテは目を丸くしながら感嘆の意を示したのだった。

「お腹いっぱいになったところで…フリージア」

「ん、なんだいリーゼ」

リーゼロッテは一度フリージアに声をかけたかと思うと、傍にいたナイトハルトに耳打ちをし始めた。

「僕に用がないなら呼ばないでくれるかな」

「ああ、用ならあるぞ。今からお前にはこのナイトハルトと戦ってもらう」

「…え?何を言ってるのかよくわからないんだけど」

「お前の実力が落ちてないか確かめるためだよ。弟子の成長を見るのは師匠の役目だ」

師匠からの突然の提案にフリージアは一瞬戸惑ったが、受ける決心をしたのかふうと息を吐いてゆっくり立ち上がった。

「剣はなしの方がいいのかな」

「そうだな」

そう言われるとフリージアは椅子の横に置いていた剣を取ることなく、腕や足を伸ばして柔軟運動を始めた。

「さて、それじゃあ中庭の方に移動しようか。他のみんなはそこで私とお茶をしながら二人の戦いを見ていよう」

リーゼロッテの言葉でナイトハルトが彼女の車椅子を押して移動を始めた。それを見たフリージアが付いて行こうとした時に

「戦う、なんて突然だね」

とマリーがフリージアに声をかけた。

「まあ、あの人があんなことを突然言い出すのは今に始まったことじゃないからね。慣れてるよ」

「あいつは強いのか」

次はシオンがそう声をかけた。

「ナイトハルトのことなら僕は知らないよ。でもまあ、リーゼならちゃんと教えているだろうから手強そうだ」

フリージアが「教えている」と言った意味が三人は理解出来ずにいたが、フリージアはそこで話を切り上げてさっさとリーゼロッテの後を追って行ってしまった。それを見て三人は慌ててフリージアの後を追いかけた。

 食卓を出てから廊下を歩き、入り口にあった庭とは反対側の外に出ると、そこにこの屋敷の中庭があった。表の庭と違って池は無かったが、緑の芝が綺麗に広がっていて、戦うには充分すぎるほどの広さがあった。庭の中心部分にナイトハルトが立ってフリージアを待ちかまえており、リーゼロッテは庭の隅の木陰の所でマリーたち三人を呼び寄せた。木陰では白い椅子とテーブルが並べてあり、テーブルの上には適度に装飾が施されたティーポットとカップが用意されていた。

「ささ、座って座って」

促されるまま、三人は椅子に座った。三人が座ったことを確認するとリーゼロッテの視線は庭の中央で集中する二人の男に向けられた。

「勝ち負けとかないから軽い運動のつもりでやってくれ。まあフリージアが余りににも不甲斐ないようなら何かしなきゃいけない気はするがな。じゃあ始めようか私が手を叩いたら始めてくれな」


 パァン!


言葉を言い終わると同時にリーゼロッテは手を叩いた。戸惑いのない一連の流れに三人は「ええ…」と思ったが当の本人は気にすることなく

「さあ、お茶にしよう」

と言ってそれぞれのカップに紅茶を淹れ始めた。

 先に動いたのはナイトハルトだった。地面を蹴り思い切りよく前に出て、フリージアに一気に詰め寄った。その動きは一介の執事とは思えないような鋭いものだった。

「あれも術式だよ。そちらの小さいお嬢さんの手にあるものとは違うけれどね」

ナイトハルトの動きに驚くシオンとラグラスにリーゼロッテがそう説明を始めた。マリーはというと淹れてもらった紅茶と、共に並べられたスコーンに舌鼓を打っていた。

「術式にはあんなものもあるのか」

「元は魔法だからね、バリエーションは沢山あるよ」

「あんたは術式に関して詳しいのか」

二人の戦いを見ながら解説してくれるリーゼロッテにシオンは立て続けに質問をした。

「術式に興味あるのかい?私が教えられることは少ないが…久しぶりに先生やってみるか」

「先生をしてたんですか?」

次はラグラスが質問をした。

花屋フローリストには色んな知識も必要だからね。昔、フリージアに教えてたのさ」

リーゼロッテは得意気にウインクをしてみせてから説明を始めた。

「術式のことを教えるにはまずこの国の歴史を教えなきゃいけないんだけど…みんなは知ってるかい?」

「確か三つの国があって、そこが一つになったのが今のナスタチュウム王国になったんですよね?」

リーゼロッテの問いかけに対してラグラスがそう答えた。

「うん、まあそんな感じだね。そこを詳しく説明させてもらうよ」

リーゼロッテはそう言って人差し指をぴんと伸ばして、説明を続けた。

「三つの国の内の一つ目が、花の国アウグストゥス。今の王国の原型のような国だね」

「アウグストゥス…」

リーゼロッテの授業を真剣に聞くラグラスがしっかりと後で思い出せるように復唱していく。リーゼロッテは人差し指に続いて次は中指を伸ばす。

「二つ目が魔法の国クランドール。魔法使いが暮らしていたとされる国だね」

「クランドール…」

ラグラスの反応が良いので、リーゼロッテは気分が段々と乗って来ていた。そして三本目の薬指を伸ばした。

「そして三つ目が亜人の国リルカハーケン。名前から分かるかもしれないが今の国王はこの国の人間だ」

「リルカハーケン…、あれでもアウグストゥスっていうのが原型なんですよね?」

「いいとこに気が付いたね。お嬢さん…ラグラスだっけ?」

「はい、ラグラス・ルゥ・メルシアって言います」

ラグラスがそう名乗ると、リーゼロッテは驚いた表情を見せ、ラグラスの顔をじっと見つめ始めた。

「へえ…確かに目元がリアトリスに似てる気がするなあ。そっか君があいつの娘かあ」

とにやにやしながら言った。

「パパを知ってるんですか?」

「うん、一緒に何度か仕事したことあるよ。…っと本題に戻ろうか」

リーゼロッテはそう言って紅茶を一口飲んだ。

「…さて、何で今この国がアウグストゥスっていう名前じゃないかと言うとだね、最初にくっついたのがこの二つなんだな」

「リルカハーケンとアウグストゥスがですか?」

「うむ。当時のリルカハーケンの王子…今の王と当時のアウグストゥスのお姫様。二人が結婚をしたのさ。そして二つの国が一つになった。だから今のこの国の王の名がリルカハーケン、国の名前が花の名前になっているのはそういう事情から来てるんだね」

リーゼロッテが軽快にこうして説明をしている間も当然、フリージアとナイトハルトは戦いを続けていた。ラグラスは既に関心を無くしていたが、シオンは話を聞きながら見ていた。意外なことにマリーは最初からずっとちゃんと見ていて、二人が右に左に飛び回るのに合わせて首を振っていた。

「そして残った一つの国であるクランドールは戦によって取り込まれる形になって、今のナスタチュウム王国が出来た。ってことでここから魔法の話したいんだけど狼の君は聞いてるかい?」

「見ながらでも聞いてるから安心してくれ」

視線を二人の戦いから離すことなく答えるシオンにリーゼロッテは「ならよし」と言って説明を続けた。

「そのクランドールで使われていた魔法には大きく分けて七つの種類があってね。物を動かす魔法はライデン、炎を放つ魔法はティーロって感じで分類されてるんだよ」

「じゃあ私のこの手の術式はティーロの魔法が元になったものなんですか?」

「だね。ナイトハルトの足にある術式は補助的な魔法のリストが元になっていて、そして私のこの車椅子はライデンの魔法を術式にしたものが刻まれている」

「え、その車椅子って術式で動くんですか?」

「誰も押してくれる人がいないときは術式で動かすのさ。便利だよ」

そう言いながらリーゼロッテは車椅子を前に後ろにゆっくり動かす。よくみれば肘掛けの所に確かに術式が刻まれていた。

「さて、そんな訳で戦いを見るとナイトハルトは足の術式で脚力を上げることが出来る。上がった脚力で高速で移動したり、強力な蹴りを繰り出すのが彼の戦い方なのさ」

「なるほど、それで執事の癖にあんな動きが出来るのか」

ナイトハルトの動きは素早く、そして華麗なものだった。攻撃をかわす際にステップを踏んだり、後方に宙返りをしたりするその様は踊っているように見えた。

「でも、フリージアの動きも負けてないよ?」

ナイトハルトの動きに見とれていたシオンにマリーが声をかけた。確かに、マリーの言う通りフリージアの動きも素早く、華麗と言えた。ナイトハルトのような軽やかさはあまり感じられなかったが、ステップの踏み方、蹴りの繰り出し方など劣ってはいなかった。

「というか所々似てるな、あの二人」

「そりゃあ二人とも私の動き真似してるだけだからね」

リーゼロッテがシオンとマリーにそう告げた。

「私がやってた戦い方を二人とも身につけたから似てるのは当然、まあフリージアの方は剣を持つこともあるからそれも考慮したような動きが見られるけどね」

「リーゼロッテさんって昔は花屋フローリストだったんですよね?」

ラグラスの質問にリーゼロッテは「リーゼでいいよラグラス」と述べてから質問に答えた。

「足がこうなるまでは花屋フローリストとして仕事したり戦ってたりしたんだよ」

リーゼロッテは自分の足を見ながらそう言った。そして、そこまで言った所で「あ」と言って何かを思い出した。

「君たちに言っておきたいことがあったのを思い出したよ」



 フリージアとナイトハルトの戦いは

「もう疲れた、食後でこれだけの動きはきつい」

というフリージアの言葉で終わりを迎えた。終始お互いが攻撃を出し、受けるか避けるかで決定的な一撃というものはなく、これ以上長引くことをフリージアは嫌ったのだった。

「それにリーゼはあんまりこっち見てないみたいだし」

「…仕方ない、な」

ナイトハルトはフリージアの言葉を受け戦うことを切り上げた。

「あれ、終わっちゃったのか」

戦いを終えた二人にリーゼがかけた言葉はそれだった。

「言い出した本人にはちゃんと見ておいてほしかったな」

「ちゃんと見てたよー。衰えたりしてないみたいで安心した」

「そう、かな」

反応がいまいち良くないフリージア、リーゼロッテは敏感に感じ取る。

「何かあったのか?」

「…僕は強くなりたいんだ」

弟子が吐露した思いを聞きリーゼロッテは

「お前の強さは完成されている。これ以上強くなりたいなら武器を変えたりして戦い方を根本から変えるしかない」

と告げた。そして加えてまた告げた。

「それが嫌なら術式を使うしかない。」

リーゼロッテの言葉を聞いたとき、フリージアの心臓がドクンと鳴った。

「お前は何でか昔から使うことを避けているけどな」

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