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florist  作者: 鳴門ミシン屋
8/33

雨ふり、のち宴

 窓を打ち付ける雨粒の音でフリージアは目を覚ました。太陽が雲に隠れているせいで、日の高さから時間を把握出来ない。頭がぼうっとしていることから、何となく朝だと推測する。

「昨日は色々あったからなあ…」

一人ぽつり呟いて、両隣のベッドでそれぞれ眠っている存在の寝顔を確認する。フリージアから見て右隣のシオンは布団を蹴飛ばし、大の字で眠っている。反対側のマリーは長い髪を振り乱し、布団を抱きしめるように眠っている。

「ラグラスはここにいないんだっけ…」

未だにはっきりしない頭を目覚めさせるために、

ゆっくり昨日のことをフリージアは思い出していく。これなら二人を起こさずベッドの上で完了させることが出来る。そんな考えも抱きながらフリージアは一個一個思い返していく。



 泉で赤髪の男との邂逅を終えたフリージア、ラグラス、シオン、マリー、そしてルドベキア。五人は山脈の異常、水質の汚染の原因が解消されたことを知ると、真っ直ぐ山を下りた。

 山を下りてから、入り口で待機しているであろう騎士団の面々に問題が解決したことや行方知れずになっていたルドベキアが見つかったこと、赤髪の男が現れたことなどを報告しよう。そう考えながら、団長のゼスティエルに再会した瞬間、その考えは一瞬で消えた。

「アモダが…殺された…」

ゼスティエルを含めた騎士団員はみな、その事実に打ちひしがれていた。

 アモダ・ダナシェス。フリージア達がその名前を耳にしたのはその時が初めてであった。しかし、面識はあった。フリージア達が山に入る際に、警備、門番を任されていた騎士団の男、それがアモダであった。

「アモダが何者かに殺された…。ハーティス殿は何かご存じじゃありませんか?」

「分からない。少なくとも、僕が山に入るときは生きていた」

ゼスティエルは動かなくなったアモダを腕に抱えて一筋の涙をこぼしていた。

「…シオン達はどうだい?彼には会っただろう?」

「…いや、会っていない。俺たちが到着したときにはここには誰もいなかった」

シオンのその答えに場は凍り付いた。シオンとマリーだけが事情を上手く掴めていないようで、首を傾げた。

「…となると、ハーティス殿が山に入った後に何者かに殺害された?でも、一体誰が」

涙を拭うことはせず、ゼスティエルが思考を巡らせる。静まりかえる場に

「それなら心当たりがある」

と言葉を発したのはルドベキアだった。その発言を聞いて、フリージアは「それ、は…」と動揺を見せた。

「赤髪の男だ。私たちはこの山中で、そして泉で遭遇した」

ルドベキアの言葉に騎士団員達がざわつく。

「…それは本当ですか?」

ルドベキアの言葉に信用が持てないのか、ただ単純に証言者が一人では心許ないのか、ゼスティエルはフリージアに尋ねた。

「僕が会ったのは泉で、だけどね」

それを聞いて場が更にざわつきを増した。ゼスティエルも「そんなことは…でも…」と明らかに戸惑いを見せ始めた。

「…ひとまず、町に戻ろう」

フリージアがゼスティエルの肩にぽん、と手を置き、そう声をかけた。すぐに動き始めることは出来なかったが、ゼスティエルが平静を取り戻してからは彼の指示で騎士団は山からの撤退を始めたのだった。



 アザレアの町に帰還した騎士団とフリージア達の一行はひとまず休息をすることにした。怪我を負った人間はすぐさま町の医者の所まで運ばれた。フリージア達はラグラスを医者に預けて、宿に帰ることにした。フリージア、マリー、シオン、そして怪我を負っているはずなのにゼスティエルが宿まで付いてきた。

「少し話をさせてもらって良いでしょうか」

「君も早く診てもらった方がいい。僕の治療は応急処置的なものだから」

「問題ありません。お願いします」

何かを焦るような男の頼みにフリージアは無下にすることが出来ず、部屋まで案内した。

「…まずはお礼が遅れて申し訳ない。貴方達のおかげで無事に解決出来た」

部屋に入るなり、頭を下げながらゼスティエルが言った。

「死傷者を出してしまったから、無事ではないよ。申し訳ない」

フリージアの謝罪にゼスティエルは「そう、ですね」と自分の言葉を反省した。そして、それまで下げていた頭を上げ、彼は強い目をしてこう尋ねた。

「赤髪の男について詳細を教えていただけますか?」

彼がしたかった話はこのことか、フリージアはそう納得しながらも疑問を抱いていた。

 

 そんなに急ぐことなのか。


 僕に聞かずとも、ルドベキアに聞けばいいのではないか。


 一体、何が彼をそうまでさせているのか。


 赤髪の男と何か因縁めいたものでもあるのか。


 それらのことをゼスティエルに尋ねたい、そう思ったが、先に答えるべきだろう。フリージアはそう思い、泉で出会った赤髪の男のことを思い返した。

「見た目は赤くて長い髪をしてた。前髪が右目が隠れるくらいに長かったな」

「ふむ?」

「後は無精ひげをたくわえていて、全身黒いコートみたいなものを着ていた」

「…それは本当ですか?」

フリージアの解答にゼスティエルはいちいち反応してみせる。けれど、フリージアにはそんな反応をする意図が全く分からなかった。

「…本当だよ。何か気にかかることでもあるのかい?」

フリージアの問いにゼスティエルは考え始めた。真剣な眼差しでぶつぶつと何かをつぶやきながら

彼は必死に考えた。暫くしてから沈黙を破り彼はこう言い放った。

「私の気のせいかもしれません」


「けれど、頭の片隅に置いていてください」


「その赤髪の男は私が知る人物とは違う可能性があります」


ゼスティエルの言葉に今度はフリージアが唸りながら思考を始めた。

「…偽物ってことかい?でも、赤い髪っていうのはこの国じゃあその一人しか確認されてないんだろう」

考えながら思いついたことをゼスティエルにぶつけていく。ゼスティエルは「ええ、そうですね」とフリージアの意見を肯定しながら

「ですから頭の片隅に、話半分に聞いてください」

と再び念押しをした。

「貴方が会った男は偽物かもしれない。赤髪の男は少なくとも二人存在している」

「赤髪の男が二人…?」

「私も信じられない、がそうすれば納得できる話なのです」

何かを一人納得してみせるゼスティエルに対して、フリージアは理解が追い付いていなかった。

「君は何を根拠にそう言っているんだい?何かあるなら僕にも教えてくれ」

「申し訳ないが、これは教えられない」

戸惑うフリージアをゼスティエルはそう言って突き放した。そして、

「ここで今話したことは口外しない方がいいでしょう」

と忠告までしたのだった。

「私にだって自信はない。ですので今はあまり口にしたくない。それを分かってほしい」

困惑するフリージアにゼスティエルは慰めるようにそう言った。

「貴方にこんなことをなぜ話してしまうのか自分でも分かりません。でも、何となく貴方になら話しても良いと思っている自分がいる。貴方に話しておかなければならない、そんな気さえしています」

「ゼスティエル…」

フリージアはそれ以上何も言うことが出来なかった。何を思って何を考えてゼスティエルがそうしているのか、そんな言葉を口にするのか考えれば考えるほど分からなくなった。

「それでは私はこれで」

そう言葉を残して、部屋を去ろうとしたゼスティエルだったが、扉の前で立ち止まり、

「あ、そうそうアモダがここまで乗ってきた馬は貴方に預けます。王都に来たときにでも返してくれれば結構ですのでそれまではご自由にお使いください」

そして、ゼスティエルは「ありがとうございました」と最後に残して部屋を去った。

 


 「…で、それからは疲れて寝たんだっけな」

昨日のことを思い出し終えたフリージアは自らの体のあちこちを動かし始めた。痛みを感じるような場所はないか、疲れが溜まっている箇所はないか。そして、傷がないことを再確認した。

「マリーが治してくれたんだっけ…」

後から聞いた話であったため、フリージアはそのことをはっきり覚えているわけではなかったが、負ったはずの傷が確かになくなっていた。

「マリー、君は一体何者なんだ…」

隣で眠る少女、寝息を立てて眠る姿は普通の人間と何ら変わることはないものだった。けれど、人間ではない力を彼女は持っているのだ。

「僕と同じ、なのか。それとも…」

窓を打ち付ける雨の音は弱くなっていた。けれど、眠る者にその声が届くことはなかった。




 「あ!待ってましたよ、師匠!」

怪我をして診療所に預けられていたラグラスが、フリージアの顔を見つけるなり、そう叫んだ。

 マリー、シオンが目覚めてからフリージアはラグラスの所を訪れることを進言した。特に断る理由もない二人は承諾して三人でラグラスを見舞うことにしたのだった。

「師匠、ってハーティスのことか?」

「おわ!犬人間!びっくりした!」

フリージアのことしか視界に入っていなかったラグラスは声を発した狼の亜人の存在に気付くのが遅れて咄嗟にそう叫んだ。

「狼だ」

動揺するラグラスにシオンは冷たく返した。犬、と言われるのが不服なのかみるみる内にいらだち始めた。

「思ってたより元気そうだね、良かった」

そんなシオンを横目にフリージアはラグラスがよこになっているベッドの傍の椅子に腰掛けた。

「はい!そんなことより私を弟子にしてくれるんですよね?」

彼女にとって不思議な存在のシオンに意識を奪われながらも、フリージアに視線を戻し元気いっぱい、瞳をきらきらさせながらラグラスは聞いた。

「そんなこと言ったっけ?」

「パパの名前を言ってたでしょ?」

ラグラスに言われてフリージアは思い返した。

 リアトリス、その男の名前を口にしたが弟子にする、などと言った覚えは彼にはなかった。

「弟子にするとは言ってないよ」

「え、違うんですか?」

ラグラスの笑顔が少しずつ曇っていく。

「確認するけど…リアトリス、それが君の父親の名前で間違いないんだね?」

「はい!ラグラス・ルゥ・メルシア。三つ星花屋トリプルフローリストのリアトリス・メルシアの一人娘です!」

「…自己紹介ありがとう」

笑顔を曇らせたかと思えば、快活に自己紹介をする彼女にフリージアは振り回されかけていた。マリーやシオンはどちらかというと大人しい部類の人間だから、この手の人間と触れ合うのはフリージアにとって久しぶりだった。

「へぇ、こんな子供も花屋フローリストなのか」

ため息を漏らすフリージアの横でシオンが素直にそう感嘆してみせる。

「犬君は違うの?」

「…狼だ」

懲りずにシオンを犬呼ばわりするラグラス、シオンは睨みつけながら返すが、特に気にも留めないようで

「そっちの美人さんも?」

と今度はマリーに声をかけた。

声をかけられたマリーは「私?違うよ?」と短く返した。

「え、じゃあ私は弟子になれないんですか?この人?達も弟子だと思ったから私もなれると思ったのに…」

再び表情を曇らせ始めたのを見てすぐにフリージアが口を開いた。

「…弟子にしない、とは言ってないだろう」

「え、っていうことは…」

「受けるよ、彼からの頼みでもあるしね」

フリージアが笑ってラグラスにそう伝えた瞬間、

「やったあああ!ありがとうございます!」

ラグラスの声が診療所内に響き渡った。近くでその声を聞いたフリージア達は急いで耳をふさぎ、叫ぶ彼女に対して苦い表情を見せた。

「…一つ目の指示だ」

ラグラスが叫び終わったところで耳をふさぎながらフリージアがラグラスに声をかけた。

「はい、何でしょうか!師匠!」

「怪我人なんだから、静かにしなさい。あと休め」




 「あの調子なら明日にでも復帰出来るかもね」

診療所を後にして、宿へと戻る道すがらフリージアは嬉しそうに語った。

「今度からあの小娘も一緒に旅する、ってことか」

「あら、不服かい。犬君」

ラグラスの真似をしてフリージアはシオンをそう呼んでみると、シオンは途端に険しい顔になり

「斬るぞ」

とフリージアを睨みつけた。フリージアは「おー怖い怖い」と軽くあしらうと、何事もなかったかのように話を切り替えた。

「明日この町を出たいんだけど…、これからのことは部屋に着いてから…」

「お待ちください花屋フローリスト様!」

フリージアが今後のことを話している途中で、道端にいた町人が割って入ってきた。

「えっと、どうしました?」

「明日発たれるのは待ってください。明後日宴を行う予定なんですが、貴方にはいてもらわないと…」

「宴?」

宴、という単語にマリーが過剰に反応してみせ、町人が説明を始めた。

「はい、宴でございます。なんでも山の異変を取り除いてくれたのは花屋フローリスト様率いる一行と騎士団の方々、というではありませんか」

「…一行、ねえ」

町人が悪気なく発した言葉にシオンは呟くように遺憾の意を示すが、町人の耳には届かなかったようで町人は引き続き説明をし続けた。

「そこで、感謝の気持ちを示した宴を開こうと考えたのです。小さなものではありますが是非参加をしていただきたいのです」

「うーん、気持ちはありがたいけどねえ。騎士団の人達がいれば充分じゃないかな?」

「それが騎士団の方々は今朝早くに発たれたようでして…」

「え、そうなの?」

その事実を知らなかったフリージアは思わず素の反応をしてしまう。

「ええ、ですので是非とも参加していただきたいのですが…」

「そう、ですか…」

「参加します」

答えに戸惑うフリージアの隣でマリーが笑顔で答えた。これまでにあまり見たことがない輝くような笑顔だった。

「おお、それではお待ちしてますね!」

町人はそう言うと、宴の準備をするのかどこかへ急いで走り去ってしまった。

「…いいのかハーティス」

「まあ、こうなったらゆっくりしていこうか」

宴、というより宴で味わえるであろう食事を楽しみにして機嫌を良くするマリーを裏切るようなことはフリージアにはとても出来なかった。



 「術式について教えてくれないか」

夜が更けてから、シオンは不意にフリージアにそう尋ねた。

「ん、そんなに教えられることないけどなあ。それでも良ければ」

「構わん」

シオンがそう答えると、フリージアはシオンに椅子に座るように促す。ちなみにマリーは夕食を食べ終わってからすぐに眠りについてしまっていた。

「簡単に説明すると魔法使いが使えた技を真似したものなんだよね」

「魔法、か」

「例えば今日会ったラグラス…あの女の子は炎を出す術式を持ってる。それの基になったのが炎を放つ魔法、って具合だね」

「魔法ってのををよく知らないんだが、炎を出す以外には何が出来るんだ?」

「傷を癒すとか手を触れずに物を動かすとかは聞いたことあるね」

そこまで説明を聞いたシオンは「ふむ」と口に手を当てながら理解をしているようだった。

「あとは僕もよく知らないんだけど、特殊な方法を用いて入れ墨みたいに刻みつけることで術式として使えるようになるんだって」

「お前はその方法を知らないのか?」

「へ?」

虚を突くシオンの質問にフリージアは呆気に取られてしまう。予想外の質問にフリージアが困惑していると、シオンが重ねて言葉を告げた。

「とぼけるな、お前の胸にも術式があるだろ」

それから一瞬の静寂が訪れた。黙ったままお互いに見つめ合っていると、その内フリージアが口を開いた。

「…あー、そっか。見たのか」

「ああ」

「弱ったな…」

「俺の見間違いじゃなければ少なくとも、あの小娘が持つ物とは違う術式のはずだ」

ラグラスが持つ炎の術式、それとは異なるフリージアの胸に刻まれた術式、それは一体どのような効果を発揮するものなのか。そして、それは何故胸に刻まれているのか。シオンはそれらの疑問をずっと抱いていた。

「それに関しては答えられない」

しかし、フリージアはそれらの疑問を解き明かすことなく、そう言って静かに突き放した。

「それで俺が納得すると思うのか」

シオンは諦めずに、真っ直ぐとフリージアに向かってみせる。

「…今君に言えることは」

シオンの顔を見てフリージアは隠し続けることを諦めたように、ゆっくりと口を開き始めた。

「この術式は僕にとって呪い…みたいな物、ってことだよ」

「呪い、だと?訳が分からないな」

「すまないが、今はそれだけだ」

フリージアはそう言ってしまうとおもむろに椅子から立ち上がると、振り返ることなく部屋を出ていってしまった。そしてシオンはそれを黙って見続けていた。フリージアが部屋を出た後も、出ていった扉から目が離せないまま呆然としていた。



 呪い。フリージアが口にした言葉が一晩経ってもシオンの頭から離れないままでいた。

「考えてみれば奴のことを俺は知らないな…」

フリージアに対して身の上話をした自分とは違って、シオンはフリージアの素性を知らないままでいることに改めて気付いた。知っていることは国内でも指折りの花屋フローリスト、ただそれだけだった。

「およ、犬君一人しかいないの?ん、一人…で合ってるのかな?」

宴の準備が進むのを何の気なしに眺めているシオンにラグラスがそう声をかけた。

「…犬じゃない、狼だ」

「あれ、元気なくない?」

「そういうお前は元気そうだな」

シオンの言葉通りラグラスはもう自由に歩いて回れる程には復活しており、診療所の世話になる必要はもうなくなっていた。

「ま、まだ跳ね回るのは難しいけどね」

「そうか」

「でも、宴と聞いて行かない訳にはいかないなと!」

彼女の中の何がそうさせているか分からないが、ラグラスは妙に張り切っていた。

「ねね、そういえば君の名前教えてよ」

宴に関心を向けたかと思えば、今度は再びシオンに対してラグラスは興味を向ける。ころころ移り変わるラグラスにシオンは付いていけないな、と思いながらも

「シオンだ」

と名前をラグラスに教えた。

「シオン、かあ。かっこいいね!」

「そうか」

ラグラスと会話をする内にシオンはさっきまで自分が悩んでいたことなどすっかり忘れてしまっていた。

「よろしくね、シオン君!」

当然、悩んでいたことは後で思い出すのだろう。思い出した所で何が変わるわけではないが、その時のシオンは悩むことを忘れて、思い出すことも忘れて隣にいる少女と共に宴が始まる前の空気に混ざり合っていった。



 宴は日が沈みかけた頃に始まった。といっても明確な始まりというものがあった訳ではなかったが、その頃から町の空気は浮かれ始めた。

 汚染の原因を取り除いたことに加えて、昨日降った雨でアザレアの町の近辺の汚染されていた水はほとんど流れ去った。とはいえ食料は少ないままのはずだが、町では至る所で食事が振る舞われていた。

「宴の為によその町に行って買い集めました!」

フリージアの質問に酒に酔って上機嫌の町民がそう答えた。そんなことをしてお金なんかの心配はいらないのだろうかと疑問に思ったが

「めでたい日なんで!」

とだけ返してその町民は笑いながらどこかへ行ってしまった。

 フリージアは町中を一周して宴を一通り味わい終えると、一足早く宿の部屋に帰ってきていた。

「疲れたな…」

町のあちこちで屋台が並び、様々な食事や酒が振る舞われていた。フリージアが歩き回ると、それに気付いた町の人々が「ありがとうございました!」「この町の恩人です」などと沢山声をかけたくれた。

 けれど、フリージアは自分が感謝を言われるような筋合いはない、そう思っていた。

「楽しいね」

 右手には脂が煌めく肉が刺さった串を、左手には香ばしい匂いを漂わせる魚が刺さった串を持ってマリーがフリージアの隣に座った。

「そうだね…」

「食べる?」

フリージアの元気がないことを察したのかマリーが持っていた肉を差し出した。

「僕はいらないや、君が食べなよ」

「そう?」

そう言われて少し戸惑いながらもマリーは肉に噛みついて食べ始めた。

「みんなにお礼言われちゃった。私なんにもしてないのに」

「僕も言われたよ」

マリーがきょとんとした顔をして、フリージアの顔をのぞき込むようにして

「フリージアはなんにもしてなくないよね?」

と言った。

「そんなこと…」

「フリージアは頑張ってたよ」

「気のせいだよ」

「そう?少なくとも私は頑張ってたと思うけどな」

「…買いかぶりすぎだよ。僕は無力だった」

「でも、フリージアがいなかったら今頃はまだ宴なんてあってなかったよ?」

「…僕がいなくても問題は解決されてたさ」

環境に異変をもたらしていたマナクリスタル、それを取り除いたのは自分ではなくあの赤髪の男だ。何故あの男がマナクリスタルを回収したのかは分からないが、それによって異変はなくなった。だから、自分は何も出来なかった。それがフリージアの抱いていた思いだった。

「でもそれならこの宴はなかったんじゃない?」

マリーのその言葉にフリージアはいまいちぴんと来なかった。反応が薄いフリージアを見てマリーが食べ終わった後の串をクルクル回しながら

「こうして宴がなかったら町の人々はこんなに笑ってなかったんじゃないかなあ」

と宴で賑わう人々の顔を見ながらそう言った。釣られてフリージアも町の人々の顔を見た。

 闇夜を照らす灯り達、その下で人々は笑い合って、踊り合って、騒ぎ合って思い思いに宴に興じていた。

 いや、もしかしたら思う間もなく、考える間もなく人々は楽しんでいるのかもしれない。ただ目の前にある物を何となくで、感覚で受け入れて楽しむ。それが宴というものなのだろうか。フリージアはそんなことを考えた。

「フリージアは楽しんでる?」

マリーにそう聞かれてフリージアはマリーのことを改めてしっかりと見た。マリーの顔はとても眩しくて、今こうして開かれている宴に似合った素敵な表情を見せていた。

 もしも、僕がこの町に来なければどうなっていただろうか。フリージアは目を閉じて考えてみた。

 アザレアの町に訪れる異変、騎士団だけがその

解決に奔走する。それから最悪の場合を想像するとしたら、騎士団は山の中腹で壊滅、マナクリスタルは赤髪の男によって密かに回収されて、異変自体は解消される。そうなればいずれは町は元通りになるだろう。けれど、

「宴はなかったら、こうして町の人みんなで笑えるなんてことはなかったのかなあって思うよ」

宴は開かれることなく、何となくで町の人々は日常に戻る。騎士団の壊滅が知れ渡ることなく時は過ぎ、そして赤髪の男が暗躍する。

 それは果たして幸福な結末とよべるのだろうか。

「マリー」

「なあに?」

「ありがとう」

突然お礼を言われてマリーは訳が分からずに「へ?」と素っ頓狂な声を出して悩み始めた。

「…傷を治してくれたんだってね」

何となく、自分が考えていたことを伝えたくなくて、フリージアは全く別のことでお礼を言った。そのことに関してもお礼を言わなければならない、というのもあったとは思うが。

「あれは私も分かんないんだよね。夢中だったから、自分がやったなんて今でも信じらんないよ」

「そっか」

マリー自身も知らない傷を癒す能力。それがどういうものなのかフリージアにも見当はつかなかったが、何か特別なものであるような気がした。それこそ、魔法のような他にはない唯一無二の力。もし、そうだとしたらこの力はあまり人目に晒してはいけないのではないか、フリージアはそう考えた。

 ならば、マリーは僕が守らなければならない。こうして見せてくれる笑顔と一緒に僕が彼女を守る、フリージアは心の中で密かにそう誓ったのだった。

 そして、守れるように強くなりたい。

 赤髪の男に二度と負けないように。

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