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florist  作者: 鳴門ミシン屋
30/33

「戦い」と「人間嫌い」 2

 花の王国ナスタチュウム、その王都グロリオサにて繰り広げられる二つの戦い。元盗賊シオンと狂気の花屋フローリストアキレア、二人の戦いはシオンが勝利を収めることで終わりを迎えた。

 その決着から遡ること十分少々、二人の少女の戦いは激化していた。

「貫け!」

叫び声と共にラグラスの右手から炎の槍、「灯火」と彼女が称する技が茨の少女チーゼルに襲いかかる。眼前に迫る炎、明確な敵意を持った攻撃、にも関わらず少女は顔色一つ変えることなく対処に動く。彼女の体のどこから生まれたか分からない茨が、何本も衣服の隙間から出現し一瞬にして互いが絡み合い、一本の太い茨になる。その太い茨が彼女の意思によって高く振り上げられ、そしてズガンッという鈍い音をさせながら地面に向かって振り下ろされた。圧倒的な質量を前にラグラスのか細い炎の槍はあっさりとかき消されてしまった。

「…ちっ、やるなあ」

全く揺らぎを見せない表情、何事もなかったかのようにするすると衣服に吸い込まれていく茨を見ながらラグラスは溜息をついた。

 茨と炎、本来なら相性的に炎が負けるようなことはない。しかし、この二人の戦いにおいてはそう単純な話ではなかった。

 その理由の一つが術式の刻印方法による差である。ラグラスは知らないことではあるが、相対するチーゼルは術式を自身の体に刻みつけることで茨を出現させている。本来、術式は発動させる際に、その紋様に手などで触れなければならないが、チーゼルにはその必要がない。ますその点で二人の攻防、その開始に差がどうしても生まれてしまう。

 更にはラグラスが扱うのが炎というのが難点だった。術式の発動には触れることが必要であるが、触れてしまえば後はコントロール出来てしまうのである。シオンの氷の術式のように触れることなく、意思で術式は変化することが可能である。

 がしかし、ラグラスが扱うのは氷ではなく炎である。しかも、発動させている箇所が手甲。術式を発動したままだと炎が燃え続けることになり、自身を焼くことになるのである。

「まだ大丈夫…!」

その対策として火に強い素材で作られた手甲を用いているが、やはり常に炎を灯し続けてはいられない。寒さに強い毛に覆われた表皮を持つシオンのような特性もラグラスは持ち合わせていない。

「まあ、使い続けるのも疲れるから節約…?にはなるんだけどさ」

ゆっくり歩み寄ってくるチーゼルを睨みつけながらラグラスは術式の発動するタイミングを計る。左の手のひらに右拳をぶつけた形で腰を落とす。そこから左手で右拳を包むようにして、右手の甲の術式触れる。それがラグラスのルーティンだった。

 けれど、術式を発動して炎を生み出したところでどうするべきなのか。先程のように炎の槍を突き出した所で再び叩き落とされるに違いない。接近して放てば命中するかもしれないが、それは出来ない。

「やばっ、そろそろ距離を取んなきゃ」

ラグラスはそう口にしながら、バックステップでチーゼルから離れる。チーゼルとの間隔が再び空けられる。その距離ざっと十メートル以上。これだけ離れていないとチーゼルの茨に捕まる、ラグラスはそう考えながら戦いを繰り広げていた。

 このチーゼルが持つ茨の射程距離、間合いが本来有利であるはずの炎が茨に対して勝利を収められていないもう一つの理由であった。

 チーゼルが誇る攻撃の速さと、射程距離の長さ。そして、常時発動に向かない炎の術式。これらの要素からラグラスは苦戦を強いられていた。


 「距離を取りつつ、炎の槍で迎撃」


 それが今のラグラスが取れる最善の策だった。

「このままじゃ、いわゆるじり貧って奴かな」

シオンが助けに来ると言っていたが、必ずそうなる保証はない。助勢に来ないだけならまだしも、アキレアがチーゼルの加勢に来る可能性だってある。考えるなら最悪の状況を、そしてそうならないように努める。ラグラスは呼吸を整えながら必死に思案した。

「どうやったってあの子の茨は止められない」

ラグラスには一つだけ策があった。

「…なら、やるしかないか」

いや、それは決して策と呼べる程のものではなかった。

「情熱のカンナ…」

左手でおもむろに右手で作った拳を包む。指先だけ露出した左手の手甲、その指で右手の術式にそっと触れる。

「フレイムアーツ」

右手に火が灯る。熱気が少しずつラグラスを襲う。額から流れる汗を拭うこともせずに燃える右拳を視線の先に持ってくる。

「まだ…まだ…」

彼女の身を灼く火が次第に炎へと変化する。流れる汗は滝のようになり、呼吸が少し荒くなる。目を閉じて呼吸を整えたい、気持ちを落ち着かせたい。そんな小さな願いを一瞬だけ抱いてしまう。けれど、あと僅かでチーゼルが茨の届く距離に到達する。だから、そんな願いは叶わない。今は一旦置いておこう。

「よし!」

ラグラスは勢いよく前に駆け出した。射程距離内に到達したチーゼルが茨を伸ばすより、一瞬早くラグラスが前に出た。炎を纏う右手を後ろに下げた状態で、彼女は走った。

「………っ!」

その行動にチーゼルは少しだけ驚いたような顔を見せるが、焦ることはなく茨をラグラスめがけて伸ばす。それは細い一本の茨、攻撃する為というより捕縛する為に伸ばされた物だった。

「ふっ!」

眼前に迫っていたその茨をラグラスはステップで横に大きく動いてかわした。前進する速度を落とすことなく、体を強引に動かした。小さな動きの回避では伸びてきて曲がる茨に捕まる、その考えでラグラスは動いていた。

「ぐっ…」

しかし、体にかかる負荷が半端じゃない。ラグラス自身理解はしていたつもりだったが、実際に行ってみると想像以上に苦しいものがあった。

「それでも…!」

ラグラスは前に進む。チーゼルに向かって真っ直ぐに駆け出す。残りの距離およそ六メートル。

「…………ぃ」

チーゼルが何かを呟いた。ラグラスの耳には届かなかったが、その表情には幾分か苛立ちが表れているような気がした。対峙する敵に対して、チーゼルが初めて露わにした感情、それは怒りだった。

 右手から伸びていた茨を引き戻しながら、左手から茨を伸ばす。今度は彼女の腕より一回り太い攻撃用の茨だった。長さはそれほどでも無かったが、思い切り振るわれたらひとたまりもない。ラグラスは回避のために神経を研ぎ澄ませる。

「来る!」

茨の形成、固定が完了するのを視界の端で捉えながら、それでもラグラスは走る。チーゼルとの距離は約三メートル。このまま真っ直ぐ進めるなら、拳が届きそうな距離まで来た。

 しかし、その前に右から茨が来る。現在茨がある位置は少し離れているが、気を抜いてはいけない。恐らくあの位置から勢いをつけて横に薙払われる。攻撃のタイミングを見極めて回避を行わなければ、ここまで近付いたのが一瞬にして水泡に帰す。

ける…!」

そう自分に言い聞かせながらラグラスは咄嗟に身をかがめた。これもまた前進する速度を少しでも落とさないために、無茶な体の動かし方だった。決して、格好良くはなかったが、スライディングの形でラグラスは回避を行った。右足を前に突き出し、倒れそうになる体を左手で地面を擦るようにしながら必死に支えた。ゴウッという突風のような音と共に茨が頭上を通り抜けていく。

「っつぅ…!」

再び全身を襲う痛みが走る。慣れない形で体を強引に駆動したツケが来る。更に地面を擦った左手にも熱を伴いながら痛みが走る。手甲をしているとはいえ、地面が石畳では焼け石に水だった。

「でもっ!」

ラグラスとチーゼルの距離は縮まっていた。スライディングの勢いそのままに、突き出していた右足を軸に180度回転しながら、上体を起こす。起き上がりながら、前に出た左手を引きながら腰をひねる。

「情熱全開!」

右拳の炎が更に勢いを増して燃え上がる。初めてここまでの接近を許したチーゼルはここでようやく焦ったような顔を見せた。しかしそれでも、冷静に一度引き戻しておいた右手側の茨を真っ直ぐラグラスの体めがけて伸ばす。

閃火砲せんかほう!」

ラグラスの右拳がチーゼルの腹部に炸裂する。チーゼルの茨はラグラスの脇腹を貫きこそしたもののラグラスの勢いを止めるまでには至らなかった。

「グウッ!」

ラグラスの拳を受けたチーゼルは全身から息を吐き出すようにしながら、後方に飛ばされた。受け身など取れないまま全身を打ち付けながら、石畳の道の上に倒れ込んだ。


 盗賊として生きてきたシオンとは違って、これまでの人生を穏やかに過ごしてきたラグラス。まだ少女である彼女にとって初めて命の危機を感じる戦いだった。

 上位の花屋フローリストになる為にそれなりの修練を積んではいるが、フリージアやシオンと比べるとやはり身体能力や戦闘技術の面では劣ってしまう。特にフリージアに教わり始めた回避の為の足技、リーゼロッテやナイトハルトも体得しているその能力、ラグラスはまだ発展途上の段階だった。

 それでも、彼女は戦った。傷を負いはしたが、決死の覚悟で敵に立ち向かった。攻撃を見極めて、足を使って回避をして、そして拳を振るった。息も絶え絶えで、出来ることなら今すぐにでも眠りたい、そう考えてしまう程にラグラスは懸命だった、有り体に言ってしまえば頑張った。普通の少女が頑張って、生まれて初めて人と戦って勝利を収めた



 ーかに思えた。



 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 叫び声がした。金切り声のような高さでそれは響き渡った。

「えっ」

ラグラスの意識はそこで途切れた。




 くどいようだが、シオンという男は狼の亜人である。全身がびっしりと体毛に覆われており、耳や鼻、爪などの特徴も狼そのものである。人間のように二足歩行と会話が可能になった狼と表現するのが的確で、分かりやすいかもしれない。

「よし、段々と匂いがはっきりしてきた」

狼と同様に優れた嗅覚を以て、人探しをすることなど彼にとって造作もないことである。

「早く合流しなければ…」

彼は分散して戦闘をしていたラグラスと合流する為にグロリオサの街中を駆けていた。

 シオンとアキレア、それにラグラスとチーゼル、それぞれが戦い始めたのはほぼ同じタイミングであったが、決着が付いたのはシオンの方が早かった。ラグラスに加勢する為に早期の決着を望んで戦いを繰り広げていた彼からすると、見事叶った形にはなったのだが、現実はそう上手く運べた訳ではなかった。

「これは俺のミスだな…」


 アキレアを撃退した後、シオンはすぐに合流しようとしたのだが、走りだそうとしたところで彼の耳にある言葉が聞こえたのだった。

「お前等は選択を誤った」

背後からしたその声はアキレアのものだった。

「まあ…俺の作戦勝ち…と言ってしまえば…いいのかな?」

シオンの攻撃を受けて、呼吸が上手く続けられないのか、途切れ途切れになりながらアキレアは語った。

「お前等は何も知らない。俺がここに来た目的も、あの偽者がやろうとしていることも…」

「何が言いたい?」

そこでようやくシオンはアキレアの方へ振り返り、倒れたまま自身に何かを話す存在に向かって言葉を返した。

「チーゼル…奴の正体も知らない」

「…全て話せ」

急いでラグラスの所へ行かなければならないことは分かっていた。けれどシオンは「ここでこいつの話を聞かなければいけない」と直感して、そう咄嗟に尋ねていた。



 アキレアから話を聞き終えて、すぐさまシオンは駆け出していた。ラグラスの匂いを追いながら全速力で駆けていた。戦いの痕跡であるひび割れた地面を横目にしながら、確実に彼女に近付いていることに少しだけ安堵して、走る足にそれまで以上に力を込めた。その瞬間だった。

「あれは…」

街に立ち並ぶ家々の隙間だったり、屋根の上から覗く物の姿があった。漆黒に限りなく近い深緑、柱のような太さながら、うねうねと動く柔軟さもある。その物体自体は彼も見覚えがあった。けれど、そんな大きさ、太さの物を見るのは初めてだった。

「あれは茨…?それとも蔓、か?」

門外漢である彼にとって判断が付けられないものではあったが、それが何故そこにあるのか、そういう見当は付けられた。

「あれが奴の言ってた…チーゼル、か」

空を覆い尽くしかねない茨を目にしながら、シオンは自分の体が小刻みに震えているのを感じた。

「まるで御伽話だな」

恐怖がないわけではない。けれど、そこに仲間がいるのなら行かない訳にはいかなかった。




 この国の多くの人間が信仰している宗教、マナ教も他の宗教と同様にいくつもの教えというものがある。その中の一つであり、根幹を為しているものが


 「生きとし生けるものを慈しみ、育め」


というものである。この世に生きている人間も、動物も、植物もそれら全ての生命に愛情を持って接することで、己に幸福が訪れる。人々はそのように解釈し、そのように日々を過ごしている。

 ただ、そういった文言やお題目だけで人々はそう簡単に宗教を信じることはない。そこで登場するのが唯一神マナである。

 この世界にはマナという名の女神が存在していて、その女神は生命の管理者であり、人々や動物、植物の日々の営みを見守っているそうだ。どこからかは分からないがこの世界の全てを見通せる女神様がいるおかげで、我々は生命を与えられ、毎日を生き続けることが出来ているのだという。

 マナ教の教え通りに過ごしていれば、マナ様はその行いをちゃんと見ていて、人々に幸福を与えてくれる。逆に教えに背くようなことがあれば、病にかかるなどの不幸が訪れることになる。もしくは不幸な目に遭うようなことがあれば、その人は教えに背くようなことをしただとか、マナ様を侮辱するような行いをしたのだとか言われる。

 この国で生きる多くの人はそう信じていたし、それが正しいことだと思っている。

 だが、そんな中で疑問や違和感を抱く人間が現れた。その男の名前はアキレア・ヴェスティージといった。彼は自身が知らないことがあるということが許せなかった。無知である自分が酷く醜く思えた。幼い頃からその思いで日々を生き、彼はやがて国家資格「花屋フローリスト」の最高位に登り詰めた。

 国内でも指折りの賢者とされた彼でさえこの世には分からないことがあった。マナ教とその中で語られる女神マナの存在、そのことだけは一切理解できないまま彼は花屋フローリストになっていた。

 花屋フローリストになってから、自然と周囲に自身のように知識を備え持つ人物が多く存在するようになった。だから、彼はそれらの人々に問いをぶつけた。


 「女神マナとはなんだ。マナ教とは信じる価値のあるものか」


 ある男は言った。

「この世界をどこかから見ている絶対的な存在。信じるも何もそれがこの世の理だ」

憮然とした様子の男にアキレアは返した。

「それを証明する方法がない。そんな物を信じるなどどうかしている」

すると、男は汚物を見るような目で

「おこがましい」

そう吐き捨てて去った。



ある女は言った。

「私がこうして今ここに生きていることがマナのおかげだ。それは信じるに値する」

笑顔で答える女性にアキレアは憤った。

「そこに因果関係はない。君が生きようとしてきた結果ではないか。女神の関与は感じ取れない」

すると、女性から笑みは消え失せ

「ああ見識を改めよう。君のような存在がいるとはマナでも完璧ではなかったようだ」

それ以降、彼の前で笑うことはなかった。


ある修道女は言った。

「我々が日々幸せでいられることは女神の存在あってこそです。これまでの人生一度して不幸を感じたことはありません。女神が私の行いを見てくれているからです」

教会に身を置く人間に何を言っても無駄だと思ったが、それでもアキレアは口を開いた。

「全てを検証した上での言葉か。祈りを捧げた回数、生命を慈しむ振る舞いの度合い、それらと幸運を得られた経験に繋がりはあるのか。他の人間との差異は比較したか」

修道女は目を丸くしながら

「冒涜だ。あなたには不幸が訪れるでしょう」

救いの手など差し伸べることなく教会の奥へと引っ込んだ。



 様々な職業、地位、身分、人種に対して、アキレアは質問を繰り返した。


 しかし、その度に返ってくる言葉は彼の期待するようなものは全くと言っていいほどなかった。この王国でマナ教を信奉する人々は女神の存在を疑うことなく、どこか妄信的に自らの運命を預けているのであった。

「このままでいると、花屋フローリストの地位を剥奪されかねない…、ならその前に…」

アキレアが抱く疑問に真摯に向き合った男が一人だけいた。その男は膨大な知識を有していた。それこそ、アキレアよりもあらゆる物事に精通していた。花屋フローリストの資格を創設し、国を成長させようとしたその男はある日、突然消えた。


「女神の存在に関しては私も思うところがある」


「君なりに何らかの答えを導き出せることを祈っているよ」


 その言葉がどれほどアキレアに衝撃を与え、支えとなったか。その時点で、畏敬の念を抱いていたが、その日を境に一層増していた。

「しかし、もういない…」

国家反逆の罪を着せられ、行方知れずとなった。

「もしも、仮に女神がいるというのならあの男が救われないはずがない」

あまりにも理不尽だ。

「だから、皆が口にする女神など存在しない」

胸の内に冷たい炎が灯った。

「証明しよう、女神など、それに近しい存在など容易く生み出せることをこの俺が示してやる」

静かにそう誓った。


 それから程なくして、アキレアはチーゼルを作った。


「今日からお前の名前は人間嫌いチーゼルだ」


「さあ、俺と共に世界を変えよう」

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