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florist  作者: 鳴門ミシン屋
11/33

交錯するもの

 朝になった。目を覚ましたラグラスは昨日の晩にフリージアがした話を思い出していた。

「記憶喪失で、不老で…四つ星クアドラプル花屋フローリストかあ…」

これまでに知り得たフリージアに関する知識を羅列して、自分なりに整理してみたが正直な所ラグラスには理解が難しい話であった。

「しかも、それが私の師匠か…」

まるでどこぞのおとぎ話の登場人物みたいに数奇な運命を辿るフリージア、自らの目の前にそんな人間が存在していることが何となく信じられなかった。

「まあ、私にはどうしようもないんだけどさ」

そんな風に自分に言い聞かせてラグラスは平常心を取り戻そうとする。隣のベッドで眠るマリーを見習うようにして。



 「不老不死、ではないのか?」

シオンは眠る前にフリージアにそう尋ねていた。

「死んだことはないから分からないけど、多分僕は不老、だけだ。傷を負ってもすぐに治ったりはしないからね」

世に溢れる不老不死と呼ばれる怪物たちの例を引き合いに出して、フリージアは説明をした。

 不老、というのはどういう物なのだろうか。シオンは一晩中考えていた。老いることのない体、と聞けば利点しかないように思える。人間、いや命を持つ全ての物にとって老いとは天敵である。生物には寿命という物があり、それが尽きてしまえばその生物の一生は終わる。寿命を尽きさせるもの、それが老いである。老いることがないなら、老化による体の衰えがなくなる。病にかかるリスクや、戦場で傷を負うリスクが圧倒的に少なくなる。なるほどいいことずくめだ。

 生物というのは通常老いるものである。しかし、フリージアにはそれがない。つまり、奴は異常であることに他ならない。異常で異形で異彩の男、それがフリージア・ハーティスなのである。シオンはこの男と出会ってから一週間ほどしか経っていない。濃密な一週間であると言われればそうではあるが、単純に時間の概念として、まだ一週間しか共に過ごしていない。だから、フリージアが不老であることには言われなければ気付けない。

 だが、これが一週間ではなく、一年だったら?十年だったらどうだ?それならこの男の異常性を肌で感じられるだろう。どれだけの時を共に過ごしても全く姿が変わらない人間が隣にいるということを素直に受け入れられるのだろうか。もはやそれは人間と呼べるものではない気がする。

「俺とハーティスとどっちがより人間らしいんだろうな」

毛に覆われた自分の手を見ながらシオンはぽつり呟いた。



 ナイトハルトではない召使いの声に呼ばれてフリージア達は部屋を後にして、階下の食事の間へと赴いた。昨日の昼と夜にも食事を頂いた場所で、朝食も振る舞ってくれるようだった。

 しかし、一行が部屋に入るとリーゼロッテの姿はなく、先程部屋まで呼びに来たであろう召使いらしき存在の姿もそこにはなかった。ナイトハルト一人が直立して待ち構えていた。

「お待ちしていました、皆様」

昨晩フリージアに見せた激昂した様子とは打って変わって、非常に落ち着いた振る舞いを見せていた。

「…リーゼはいないのかい?」

「主は後から来られますよ」

「そっか」

ひとまず状況を飲み込んだフリージアは席について、朝食を頂いておこうかなと椅子を後ろに引いた所で

「フリージア・ハーティス様」

と、行動を遮るかのようにナイトハルトが呼び止めた。反射的に椅子を中途半端に引いた所で、相手の反応を待っていると

「シオン様」

シオンにも声をかけた。このまま全員の名前を口にするものなのかと、ラグラスは身構えたがそうではなかった。

「お二方には昨日、非常に失礼かつ愚かな態度を取ってしまいました。到底許されることではありませんが…申し訳ありませんでした」

そこまで言い終えるとナイトハルトは頭を下げた。よどみのない美しささえ感じさせるほどの所作だった。

「昨日はこちらにも非があったよ。すまなかった」

フリージアは優しい口調でそう言葉をかけてからシオンの方を見て「シオンはどうだか知らないけどね」と言って、その後を任せた。

「…お前が亜人嫌いなのは何となく分かったが、それで俺に当たるのは筋違いだ。今回は大目に見てやるが」

そこでシオンは間を空けて

「今度やったら斬る」

と鋭い目つきを見せながら言葉を放った。その目線をナイトハルトは視界に捉えてはいなかったが、プレッシャーのような物は感じたのか、少しの時間を空けてゆっくりと頭を上げた。

「…主様を呼んできます」

静かに告げて、部屋を後にしていった。

 ナイトハルトが出て行った後、おもむろに食事を始めると、ナイトハルトがリーゼロッテの車椅子を押しながら戻ってきた。リーゼロッテは上座の位置まで到達すると、ナイトハルトに「ありがとう」と小声で伝えた。するとナイトハルトは小さく頭を下げ、また部屋を出て行った。

「…いやあ、ナイトハルトが迷惑かけたね。これは主たる私の責任だな」

お姫様らしからぬ軽い口調は昨日と変わらなかったが、その声には生気は感じられなかった。単に申し訳なさからそうなっているのかと思われたが、目の辺りを見るとどこか腫れていて疲れているようだった。

「大丈夫かい?リーゼ」

「ん?ああ、まあ、な」

リーゼロッテは気の抜けた曖昧な返事をしながら、何かを考えているようだった。

「…やっぱりお前に頼るしかない、よな」

少し寂しそうな口調でリーゼが呟くように口に出した。

「僕に出来ることなら任せてくれ」

フリージアのその言葉を聞いてリーゼロッテは優しく微笑んで「ありがとう」と言った。

「お前に頼みたい仕事がある」



 その頃、王都にある城で騎士団長ゼスティエルが慌ただしく動いていた。

「ルドベキアはいないのか!」

叫びながら、廊下を歩くその姿に城内の人間は後ずさりしながら道を開けていく。

「彼なら王と共に先程出て行かれました」

ゼスティエルの声に応じたのはデッゼだった。

「こんな朝早くに?王と共に?」

「はい」

ルドベキアという騎士団員は騎士団の中で特殊な人間であることはゼスティエルも理解していた。騎士団に入る前からルドベキアは国王と既知であったらしく、何かと共に行動を共にしていた。

 だから、共にどこかへ向かったというならそうなのだろう。けれど、朝早くというのがゼスティエルの中で引っかかる物があった。

「全くお気に入りだか何だか知らんがこうも勝手に動き回られるのは困ったものだ」

呆れたようにゼスティエルが頭を抱えていると、背後から一人の騎士団員が走り寄ってきた。

「団長!昨晩捕らえた侵入者が暴れていて手に負えません!」

報告を聞いたゼスティエルは「わかった」と短く返し、ゆっくりと城内の牢がある方へ歩き始めた。

「全くこんな時に迷惑な女だ」

騎士団長の心労が絶える気配はすぐには感じられなさそうだった。



 そして再び同じ頃、アザレアの町でその男は動いていた。

「ご主人、その話は本当かい?」

「ああ、直接見たわけじゃあないが、その花屋フローリストがいなかったら、今でもこの町の水は汚れちまってただろうな」

会話をしているのはフリージア達がアザレアに滞在していた間、お世話になった宿屋の主人とその宿の客であるピエロのような仮面をした人物だった。

「その花屋フローリストの特徴は覚えているかい?」

その人物は仮面をしていて、顔はどんな見た目なのか分からないが声色と体格から男と判断は出来た。

「黄色い髪と黄色い目の眼鏡かけた兄ちゃんだったよ」

「黄色…眼鏡…」

仮面の男はぶつぶつと声に出し、何かに気付いたような様子だった。

「では、その男はこれと同じ物をしていませんでしたかあ?」

少し不気味さを感じさせる語尾の伸ばし方をして、仮面の男は自らの右手にある指輪を見せた。

「ああ、してたよ。お客さんと同じ金色のやつをしてたはずさ」

宿屋の主人は特に考えることもなくそう答えた。

「クヒ」

仮面の男からそんな声が漏れた。宿屋の主人が首を傾げていると、それは始まった。

「クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

仮面の男が突如奇妙な声を上げて笑い始めた。仮面の不気味さも相まってそれは非常に気持ちが悪い物だった。

「…いや失礼。あまりにも嬉しくてね」

怯える主人の様子に気付くと、一瞬で落ち着きを取り戻し男はカウンターに宿の代金を置いた。

「お世話になりましたぁ」

上機嫌にそう告げてから、男は宿を出た。

 宿の外には少女がぽつんと立っていた。ぼさぼさでぼろぼろの黒髪で、汚れだらけのただの布のような服をまとっていた。

「おか、えりな、さい」

仮面の男が宿から出てくるのを確認すると少女は言葉を発した。それに対して男は何を返すこともなく町の外の方へ歩き出し、少女はそれに黙って付いて行った。

「ガレット山脈のマナクリスタルがどうなったか確認しに来たら、思わぬことになってきたなあ」

フリージアと同じ国内最高峰の四つ星花屋クアドラプルフローリストの証である金の指輪を見つめながら、男はまた「クヒヒヒ」と笑い出した。

「やあっと、お前に会えるぞフリージア・ハーティスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

男が叫んだ。けれど、その声がフリージア本人に届くようなことは当然なかった。

 迫り来る驚異を認識する事は出来なかったのである。



 そして、場面はリーゼロッテの屋敷に戻る。

「お前に頼みたい仕事がある」

「僕に頼みたい仕事…?」

「そう身構えるな、そんな大変な物じゃあないよ、ただ、臨時の教師をやってほしいんだ」

「教師?僕がかい?」

フリージアが不思議に思っているとリーゼロッテが「ああ」と返し、事情を説明し始めた。

「ここからそう遠くないフロックスという町はとても小さな所で花屋がなく、教えられるほど知識を持った花屋フローリストもいない。それで私宛に臨時の教師の依頼が来てたが、この足では厳しくてな」

「それで代わりに僕、か」

「そういうことだ。普段は店の経営しかしてないかもしれないが、たまには後進育成として頑張ってほしい」

事情を把握したフリージアは「ふむ」と解答を考え始めた。どれくらいかかるものかとその場にいた全員が少し身構えたが、答えはすぐに出た。

「受けるよ。僕に任せてくれ」

あっさりと承諾した。

「ありがとう、助かるよ」

礼を言ってフリージアの下へリーゼロッテがゆっくりと近づいて行き、握手をするよう手を伸ばした。フリージアは笑顔を見せるだけで差し出された手に握り返した。

「ちなみに」

握手を終えて、席を離れようとしたフリージアだったが、その言葉で動きを止めた。

「フロックスの近くにはダリアという術式の研究者がいるという話だ」

「術式の研究者…」

「…何かあったら頼るといい」



 食事を終えた一行は部屋に戻り、旅の支度を始めた。

「フロックスって町までどれくらいかかる?」

支度を済ませたシオンがフリージアに尋ねた。

「ここからそう遠くないはずだよ、今から出発しても今日の日没までには着くはずさ」

フリージアの答えを聞いて「そうか」とだけ返しながら、シオンは窓の外に目をやった。二人の部屋の窓からはこの屋敷の表の庭を見ることが出来た。

「誰か来たぞ」

その庭に馬車が入ってきたのをシオンが気付いた。

「こんな朝からお客さんかな」

シオンの言葉を受けて、フリージアも窓からその姿を確認する。花々が咲き誇る美しい庭には一台の馬車が停まっていた。フリージア達がここまで来たものとは違って装飾が煌びやかで、馬も美しい白毛のものだった。

「どっかの貴族か?」

馬車を見つめながらシオンがそう口にすると、フリージアが「あれは…」と口にした。

「知っているのか?」

「…あれは国王が用いるものだ」

「ってことはあれにはこの国の王様が乗っているのか」

「娘に会いに来るにしてもこんな時間に来るかな。それにリーゼはそんな素振り見せていなかったけど…」

二人して様子をうかがっていると、馬車から人が降りてきた。まず降りてきたのは鎧をまとった長髪の男だった。

「あれはルドベキアか?」

馬車から降りてきたのはガレット山脈で会った騎士団の一人、ルドベキアだった。ルドベキアは馬車から降りると、次に出てくる人物を迎えるように馬車の方を向いて立っていた。

「あれが王様、なのか?」

ルドベキアの後に続けて出てきたのは輝くような金の髪をした背の高い男だった。鎧ではなく高級そうな服を身につけていることからシオンはそう予測した。

「そう、あれがこの国の王、エルフェージュ・リルカハーケンだ」

「なるほど」

初めて目にする国王をどんなものか観察してやろうとシオンが身構えると、部屋の扉を激しく叩く音がした。

「失礼します!」

そう言って部屋に入ってきたのはナイトハルトだった。

「どうかしたのかい?」

フリージアが尋ねると、ナイトハルトは慌てた様子で話を始めた。

「皆様、今すぐここを発ってください。表からではなく裏から出てください。お願いします、急いで!」

焦るナイトハルトを見て、フリージアは尋ねた。

「訳を話してくれ」

「私にも分かりません。ただ主が王と貴男方を会わせたくないようでして…」

事情をさっぱり理解出来なかったが、ナイトハルトの目は真剣そのものだった。その目を見て何かを察したフリージアは「分かった」と返して、シオンに目配せした。

「裏口まで案内してくれ」

そこから一行は急いで準備をして、部屋を出た。向かいの部屋にいたマリーとラグラスを無理矢理急がせて、ナイトハルトの案内に従って屋敷の裏口まで向かった。

「後から必ず事情を説明する、と主は言っていました。今は黙って彼らに気付かれないようにここを出てください」

ナイトハルトにそう言われてフリージア達は裏口から屋敷を出た。

「最後まで申し訳ありません…」

ナイトハルトが今にも泣きそうな表情をしながら

そう言ったことが一行の胸に何か刻みつけられる物があった。

 こうして国王エルフェージュ・リルカハーケンと顔を合わせることなく一行は足早にフロックスの町へと足早に向かったのだった。

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