おい!宮田!!
「ねー、俺のこと好きなんだろー?」
唐突にもほどがある。
いったい何を考えているのか、いや、何も考えていないのか。
「好きなんだろ?」
7時46分発の電車に乗り遅れてはいけない。
完全に遅刻になる。
この忙しいときに何を言っているのか、この男。
「なんでシカトすんのー?昨日はあんなに熱烈なお手紙もらったのにー」
「え?!」
思わず立ち止まってしまった。
なぜこの男は手紙のことを知っているのだろう?
確かに私は手紙、いわゆるラブレターというものを出した。
人生初だ。
でもこんな馬鹿っぽい男に出した覚えはない。
私が出したのは三宅君―――
「あ、まさかー俺の隣の三宅に出したかったわけ?」
エスパーか、君はエスパーなのか?
恐る恐る馬鹿男の名札を見た。
「宮田・・・」
「うん、俺宮田」
最悪だ。
私は人生初の開いた口がふさがらないを体験した。
馬鹿だ、私はどうしようもない愚か者だ。
緊張と焦り、そして初めて一人で入った教室。
入れる場所を間違えた。
「あなた・・・誰?!」
自分でも何を言っているんだろうと思った。
宮田ってさっき聞いたっつーの。
予想以上に混乱しているらしい。
するとぺこりと音が聞こえてきそうなお辞儀。
顔をあげた男は、これまたにこっと音が聞こえてきそうな笑顔で右手を差し出してきた。
「俺宮田太郎、みんなからみやたろーって呼ばれてる。仲良くしよーね、なんとかちゃん」
そりゃ名乗ってないからわかるはずはない。
だけどなんとかちゃんって。
とりあえずエスパー論は消え去った。
「私田中良子です、良子ちゃんでいいですよ」
「良子ちゃんかーあははー」と笑う男の右手を握り返した。
別に悪い人ではないらしい。
背は高いし、肌もきれいだし、短い髪の毛はつんつんしてるし、眉毛はほとんどない・・・
「結構普通だねー」
「あなたは結構失礼ですね」
前言撤回。
背は中の下で隣人のけんちゃんにすらとどいてないようだし、肌は荒地のようで哀れすぎて涙で前が見えないし、髪の毛はいっそのことなくしたらいいし、つーか私が刈り取ってあげるし、眉毛なんてまろにしてしまえ。
大体こんなやつにかまっている暇はない。
そもそも電車の時間が・・・
「あ、電車いっちゃったねーあはは」
力強く走っていった電車は、もちろん振り返りはしない。
そもそも振り返る頭がないのだ。
でも、でも待ってはくれないのね。
辛いときも悲しいときも、ともに走ったじゃない。
あなたは私を乗せて走ってくれたじゃない。
それなのに・・・それなのにあなたは私を置いて行ってしまうというのね。
「またね・・・青春号・・・」
さよならは言わない。
いつかきっと私を迎えにきてくれるよね。
私、待ってるから。
「ねー良子ちゃん、俺付き合ってもいいよー俺も良子ちゃん好きになったからー」
「馬鹿も休み休みにしてください、警察に捕まりますよ?むしろ捕まえてもらいます」
「ひどい!良子ちゃんからお手紙もらったのに!」
「妄想です、幻影です、妖怪のしわざです」
「だったこれは?!これは何!ちゃんと田中良子って書いてあるよ!!」
「あなた平気で嘘つきますね、さっきなんとかちゃんって言ったのに」
目の前に突き出された見覚えある紙。
それは確かに私が三宅君に出したであろうものだった。
「間違えたんです、あなたじゃないです」
「やっぱり三宅?」
さっきまでの図々しい態度から一変、男の表情は捨てられた子犬のようだし、一回り小さくなったような気がした。
「俺さーよく間違い手紙されるんだよね。ロッカー隣だから。ほら、三宅って頭いいし、顔いいし、スケベだけど表に出さないし、しかも巨乳より貧乳派で普段は奥ゆかしいけどいざとなったら大胆な子が好きだし、ピーマン嫌いだけど女には嫌いなものがあるだなんて地球に失礼だよとか言っちゃってるし、実は姉貴に逆らえなくて毎日おびえて暮らしてるって言ってるし、そのストレスで何度胃潰瘍になったかわからないって言ってるし、夜なべで漫画読んで次の日遅刻して女に説明するのが面倒で親が死んだって2、3回言ってるからさ」
「へー・・・」
三宅君も大変な人にこと細かく相談していたんだね。
こうも簡単にばらされていると知らずに。
かわいそうだよ、本当にかわいそうだよ。
でも貧乳派なんだね、安心した。
「三宅は貧乳派だけど奥ゆかしい子が好きなんだよ?」
「何が言いたいんですか、成敗しますよ」
とにかく学校に行かなければ。
電車はもうない。
家には誰もいないから車は無理。
となるとタクシーか自転車になるがお金もないし、自転車もパンクしていたような気がする。
「最悪・・・」
「そー?俺はサボれて大吉だ」
「ラッキーとでも言いたいんですか?私あなたのボキャブラリーと使い方に不安を覚えます」
「良子ちゃん頭いいけど口は悪いね」
「訴えますよ」
もうあきらめた。
今日は神様か仏様が学校に行かなくてもいいと言っているのだ。
きっとそうだ。
じゃないとこんな男には出会わないはずだ。
私は家に帰るため方向転換した。
「良子ちゃん?怒ったの?ごめんって。良子ちゃんすっごい貧乳だよ、怖いくらいにおとなしいよ。頭もファンタスティックだし口はドメスティックバイオレンスだよ」
「名誉毀損で慰謝料もらいますよ」
もういい。
ここから一刻も早く立ち去りたい。
今日は本当についてない。
「帰っちゃうのー?もうちょっと一緒にいようよ」
「遠慮します、私はこの煮えくり返る怒りの矛先を探さなくてはいけないので」
「んじゃゲーセン行こ、腐った体をライフルで撃ちまくろー」
「私は肉体と肉体のぶつかり合いのほうが健全で、最高だと思います」
「相撲?」
「あなたの頭はきっとたんぽぽの綿毛でできてるんでしょうね」
「わー俺ファンタジーだな!」
「・・・えぇ、ファンタジーですね」
こんな人間に出会うなんて私はついてない。
本当に。
短編のくせに無駄に長くなってしまってすみません。
こんなつもりじゃなかったんです。
本当は連載にしようかと思ったんですけど、ちょっと私が無理でした。
あのテンションを持続する勇気と根性が足りません。
それでもなんとか書き上げれてよかったです。
そしてこんなものをちょっとでものぞいてくださった方、お疲れ様でした。
心から御礼申し上げます。
それでは今後ともどうぞよろしくお願いします。