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第五部

「警部、大変です。」

 勢いよく、藤堂が部屋に入って来た。山本が冷静に聞く。

「どうした?」

「実は本庁の同期から連絡が来て、機動隊の第一部隊が明智議員の警護に就くという話が出回ってるみたいです。」

 上田が、

「総監が、機動隊の中でも優秀な部隊に警護を頼んでくれた、ってことだろう?いいことじゃないか。」

 藤堂は首を横に振り、

「大変なのは、犯行予想日が2週間後の月曜日で決まってることなんです。」

「本当か?確か予想日は二日伝えたはずだろう?」

 上田が不思議そうに言うと、山本は少し笑いながら、

「あの人の作戦だろう。俺が来週を推したから、あえて偽の情報を流して油断を誘おうってことだろう。」

「総監が犯行グループに対して、罠を仕掛けたということですか?」

 藤堂が聞くと、上田が、

「確かに警部の推理が正しいなら、警察組織内にも犯人グループがいるということになるから、その内通者をだますことには意味がありそうですね。」

「あの人が大掛かりな捜査をする前にする常とう手段だ。武さんの言葉を借りるなら、『徐かなること林の如し』ってとこか。」

山本が言うと、藤堂が聞く。

「何ですかそれ?」

「武田信玄が旗印に使ってた、孫子の兵法の基本みたいなやつで、『風林火山』って聞いたことあるだろ?静かに準備して、チャンスが来たら行動を起こせって意味だよ。」

 上田が説明すると、加藤が

「もしかして、警部がこの前言ってた、他にも理由があるっているのはそう言うことですか?」

 話について行けない藤堂は、山本・上田・加藤を順番に見ながら、誰か説明して下さいよと言わんばかりの表情で3人を見ていた。

「総監のあだ名が、一部のやつの間で「信玄公」だったことの理由だ。本名が武田信玄と同じだから、というのと捜査に関して、よく『風林火山』にちなんだ方針を取り、本人も口癖のようにそれを言うから「信玄公」って呼ばれてたんだよ。」

 山本が藤堂の反応に答えて言った。藤堂もいまいち納得はしていないが理解はしたようだった。

「総監が、来週の木曜にしたの、成功かもしれないですよ。」

 三浦が資料を大量に持ちながら、入って来て言った。

「何かわかったのか?」

山本の質問に、三浦は資料を机の上においてから、

「例の機動隊員の経歴ですが、狙撃部隊にいた隊員が2人、強行犯係で、警視総監賞をもらった接近戦のプロが1人、柔道・空手ともに4段が1人と全員がかなりの強者でした。しかも、同日に非番である後の4人も精鋭ぞろいで、この日に犯行を行う可能性が極めて高いですね。」

「なるほど・・・・、逆にこっちがおとりという可能性もあるな。」

「2週間後の月曜日が本命ってことですか?」

 藤堂が聞くと、

「犯行日に関してもだが、8人に関しても、全く違う場所に行かせて、捜査をかく乱するための人選かもしれない。」

 山本が言うと、上田が、

「石川議員の殺害の時の様に、おとりで捜査をかく乱する。おとりのために優秀な人材をあえて集めて、捜査人員を拡散させることで、犯行を確実に成功させるか・・・・」

「そう考えると、8人には全く関係ないところで別のことをさせて、金原雄介自身が狙撃する可能性が高いですね。」

 三浦が言うと、加藤が、

「どうしてですか?狙撃部隊にいた人も使う方が、成功率が上がりそうだと思うんですけど?」

「何言ってるんですか、加藤さん。おとりのために人選を行ったとするなら、その8人が自分に協力していることを警察がつかんでいる、という前提があるわけですから、8人が事件に関与しないことで、その人たちを逮捕する根拠を与えないようにするために、金原自身が犯行を行うに決まってるじゃないですか。」

 藤堂が言うと、加藤は「なるほど」と納得したようだ。

「だからといって、そんな優秀な奴らを放置すれば、実際に犯行に加担されたときに、対処ができないから捜査人員を割くしかない。よく考えられた計画だ。」

 山本が言うと、今まで違う資料を見ていた今川が

「吉本さんも警戒しとかないといけませんよ。あの人もSPの経験がありますから、接近戦にしても、銃の取り扱いに関しても一流ですから。」

「確かに、情報を流すだけで吉本が犯行当日に何もしないとするなら、わざわざ休暇を合わせて取る必要がないし、逆にアリバイ作りには仕事場にいた方がいいからな。」

 山本が言うと、上田が少し寂しそうな顔をして、

「吉本さんも、五條さんみたいに自分が全ての責任を負うつもりなんじゃないですか。わざわざ自分が疑われるような行動をとるとことか、共通する部分があるんですけど・・・・。」

「例えそうだとしても、まずは、明智議員の命を守ることだ。どんな悪人だろうが、私的制裁では、被害者は救われない。 

なぜ犯行が起こったのか、なぜ被害を受けたのか、それらの『なぜ』の答えを知ってるのは加害者だけだ。 

明智に関しても、どんな罪を起こしているのか、それによってどれだけの人が不幸になったかを白日の下にさらして、全ての真実を解明する必要がある。」

山本が言うとそこにいた全員が黙ってうなずいた。

「8人の動向を調査してくれ、どこかで吉本あるいは金原と接触するかもしれないからな、頼んだ。」

山本が言うと、今川・藤堂・加藤が勢いよく部屋を出ていった。山本も出ようと立ち上がろうとすると、三浦が、

「警部、今回の事件とは別件で、頼まれていた件なんですけど・・・」

「何かあったか?」

 山本が聞くと、三浦は少し怒ったような感じで、

「斎藤勤についてですよ。かなり大変だったんですからね!」

「ああ、悪い。で、何かわかったのか?」

「斎藤勤は、都内で小さな会社をやってる社長でした。五條が注目するような業績を上げているような会社ではないようですし、会社自体は親から継いだものでした。近隣の人に聞いても、穏やかで、挨拶もしてくれるし、無償でサービスしてくれることもある好青年だということです。誰に聞いても悪口の出ない人でした。気になることは、ここ一年くらい元気がなくなっているような気がするという証言だけでした。」

「どんな業種だ?」

「水道管の設置・修理って感じのどこにでもあるような会社ですけど・・・」

 山本は何かを思いついたのか、三浦に

「三浦、お前は今川達と一緒に今回の事件の捜査を引き続き頼む。上田、行きたいとこがあるから一緒に来い。」

「わかりました。」二人が同時に言った。


「お久しぶりですね、山本さん。」

 三浦の話を聞いて、山本・上田は五條の起こした銀行強盗事件の被害にあった銀行の本店で、当時支店長だった、長田に会いに来て、長田が挨拶をした。

「お久しぶりです、長田さん。実は確認したいことがありまして。」

 山本が言うと、不思議そうに長田が、

「銀行強盗についてですか?それとも五條さんについてですか?」

「いえ、だいぶ前になりますが、爆弾を仕掛けられた時のことをお聞きした時、水道管会社の話をされてましたよね?どこの会社か覚えておられますか?」

「ああ、斎藤水道設備という会社ですよ。そこの社長さんが、とてもいい青年でしたよ。」

「その会社は以前から使われていた会社ですか?」

「いえ、五條さんから、優良企業で仕事も丁寧だからと勧められましてね。」

「つまり五條が紹介した会社だったということですね。」

「どうかされたんですか?」

 長田が心配そうに聞くと、上田が、

「その、会社の社長が五條のゼミの後輩だったんです。」

「そうですか、彼が何か事件に関係していたということですか?」

「爆弾の偽物を設置したのは、斎藤勤ではないかと思いましてね。」

 山本が言うと、長田は怒ったようにで、

「彼はそんなことをする人ではありません。何の根拠があってそんなことをいうのですか?」

「五條が、我々に面白い人物だから調べてみればどうかと言ったんです。

あの銀行強盗事件に関しては、謎がまだまだたくさんあります。爆弾の設置に関しても、携帯電話の名義を貸したホームレスの所在も、五條が単独ですべてを行ったと言い切れない、もっと大きな存在が後ろにいるのではないかと思えてくるような謎がまだあるんですよ。」

「五條さんが・・・・」

長田が驚いて何も言えない様子を見て、上田が、

「斎藤は、五條さんの一つ下の代のゼミ生でした。つまり、光輝君の一個上の先輩なんですよ。斎藤と光輝君の関係まではまだわかりませんが、もし親しかった、光輝君の自殺に関して三橋元教授を恨んでいたのであれば協力する可能性は十分あると思われます。」

「五條は、全ての罪を背負う覚悟をしています。でも、どこかで巨悪を放置してはいけないとも考えているのかもしれません。だから俺たちに斎藤のことを教えたのかもしれません。実際に斎藤は、ここ一年元気がなくなったという証言があります。罪悪感で後悔している、罪の意識にさいなまれているのではないかと俺は思ってます。」

「斎藤さんはとてもいい人でした。本当に彼が息子のことで今も苦しんでいるなら、それを救う手段が彼を逮捕することだけなのだとしたら、彼を救ってあげて欲しいと私は思います。」

 長田はそう言って頭を下げた。


「いよいよ、例の日が近づいています。私の準備は整っていますが、彼の方は大丈夫でしょうか?私としては彼らが失敗しようが、関係ありませんが、過程が変われば結果が変わりますからね。私の計画のためにも彼らには成功して頂かなければ。」

「彼の腕は、君の方が知っているだろう?俺としても、彼らが成功してくれないと、クズみたいな法律ができてしまうからね。最大限の協力はしているつもりだよ。あとは、山本が予想以上に早い対応を見せていることが想定外だな。」

「来週の木曜日、運命の分かれめに山本さんは、我々の計画通りの動きをしてくれますか?」

「あいつの行動を俺が言い当てるなんてできないよ。天才のすることはいつも凡人の予想の斜め上を行くからな。」

「あの人は「天才」というより、「変人」という方がしっくりきますけどね。」

「あはは、人は理解できない物を「変」と言って、逃げている。「変」なことを排斥するのではなく、理解することで人は更なるステージに立てる、そう考えると「変人」の観察は人類の進化に関する研究だと俺は思っているよ。」

「どちらにしろ、予想外なことばかりする人を放置しておくと計画自体がとん挫しますよ。」

「残念ながら、俺たちの計画を暴き、実行犯を探し出し、逮捕してくれるような警察官が、我が国にあいつしか思いつかないのだからしょうがないだろう。今後も山本の活躍が、この国を変える起爆剤になってもらわないと俺が困るんだよ。」

「優秀すぎて理解されないと「変人」になるとするなら、あなたも十分「変人」ですね。黒木さん。」

 黒木は黙って、にやりと笑った。


「それでは、配置に付け、ここにいる誰もがわかっていると思うが、警護対象がどんなくず野郎だとしても、人の命であることに変わりはない。

明智議員の命を守ることを嫌う者が、この中にもいるかもしれない。だが、ここで一人の命を守れない機動隊が、一生懸命毎日を生きている善良な国民を守ることができるだろうか、否、一人が守れなければ大勢を守ることはできない。  

諸君の日頃からの訓練の成果を充分に発揮してくれ。見事、犯人グループを逮捕できたなら、今日の夜はみんなで祝杯でも挙げようではないか。私のおごりで。」

「総監、士気を挙げてくださるのはいいのですが、前半部分にいらないこと言いすぎです。」

 横から上杉刑事部長が注意を入れるが、武田総監は無視している。その様子を見て、機動隊員の間に現場の張りつめた緊張感とはまた違う緊張が走る。

我慢できなくなって、上杉が、「武さん!」と怒鳴る。

警視庁内では有名になりつつある、このやり取りを見た機動隊員の間に笑顔を浮かべる者もいた。それを見た武田は

「諸君と今夜、祝杯を挙げることができることを願っている。」

笑顔で言った総監は上杉を見て小声で、

「緊張したままではできることも、できないからな。」

上杉は呆れた感じで笑いながらいった。

「他の手段を模索してください。」

「善処しよう。」

 武田も笑いながら言った。上杉は今までのこの人との付き合いから、内心でこの人は絶対に何もしないなと思うと無意識に笑顔になっていたため、表情を引き締めた。


「機動隊の配置が完了したようです。対象も自分の書斎の窓に面した机で仕事中のようです。決行は近いかと思います。」

 警察官の制服を着た男が、吉本に話しかける。吉本は

「そうか・・・・、雄介さんの位置は?」

「わかりません。当日、自分のやりやすい位置からと言っておられたので。」

「他のおとりは?」

「指示通り、自分の休日を送っています。本人たちの判断で怪しまれそうな行動をたまに入れているということでした。」

「そうか、いらないことをしないで、休日を楽しんでくれと伝えてくれ。お前ももう、いいぞ。あとは私と雄介さんでやる。勤務中の警察官が長時間、職場を離れれば、職務怠慢で監査の対象になるぞ。」

冗談ぽくいった吉本に対して、制服の男は

「それでは、その時の監査は、ぜひ吉本さんに担当して頂きたいものです。」

冗談で返してきたのかと、制服の男を吉本が見ると、男は真剣な顔つきで、少し涙ぐんでいるように見えた。

「そうだな。その時はビシバシ行くから覚悟しといた方がいいぞ。ほら早く戻れ。」

吉本が言うと、男も「はい」と言って出ていった。

 吉本は彼が、自分と雄介さんの考えていることがわかっているのか、いや、今回の事件で協力してくれた全ての人には、わかっているのかと思うと、ひどく迷惑をかけているなと思い苦笑する。

「秀介、もうすぐお前の敵を取って、雄介さんとお前の所に行くよ。」

 そう言って、吉本は天井を見上げ、静かに目を閉じた。


「ザザァ・・・、まったく当日になって、ゴルフをやめにすることになるとは、全く黒木のやつ、調子に乗りやがって。私が休日に何をしていようが関係ないだろう。」

 スコープを覗きながら、明智の部屋に取り付けられた盗聴器から聞こえる明智の声に耳をすまして、その時を金原雄介は待っていた。

雄介は、明智宅の近くの大きな木の上で身を潜めていた。うっそうと葉が生い茂ったその木は周囲から見ても人が隠れていることがわからない程で、さらに登りにくい木であるため、警察も狙撃場所として眼中になかった。

それに、金原はこの日のために、3日前からこの木の上で生活していた。誰に気付かれるわけでもなく3日間が過ぎ、ついにその時が来た。

スコープから目を離し、手元の写真を見る。秀介が警察官になった日、二人で写真を撮った。あの時はこの笑顔がこれから先もずっと見られると思っていたのに、最後に見た秀介は冷たく、どこか苦痛を堪えるような顔で横たわっていた。さらに着せられた汚名。雄介は

「お前の笑顔に会いに行くよ。」

そう言って、スコープを覗き、明智に向かって引き金を引く。その弾は数秒もしないうちに明智のおでこの中心に赤い点を作った。明智の体が崩れ落ちるのを確認してから、雄介はポケットにしまっておいた、拳銃を取り出し、自分のこめかみに当て、頬に涙が一筋流れたのを感じながら引き金を引いた。

「ドサッ」

何かが落ちた音を感じた近所の住民が確認すると、男が倒れていた。

「きゃあああああ」

悲鳴を聞いた、警護中の警察官が到着する。。警官は顔を確認し

「金原さん・・・・」

手に握られた拳銃、こめかみにある銃痕、やり切ったといった感じの満足そうな顔を見た、警察官は涙を流しながら敬礼をしていた。


「残念ながら、明智議員は射殺された。誰も登れないと思われていた木の上からの射撃で、ドローンなどを使って調べたところ、数日間そこで生活していた形跡があった。いや、やめよう。いいわけだな。俺たちが明智さんを守れなかったのは変えようのない事実だからな。」

「いえ、武さんのおかげで何もできない状況が警護までつけられるまでになりました。それに、俺はこのままで終わるつもりもありませんから。」

そう言って、電話を切った。一緒にいた上田に、

「行くぞ、全員を集めろ。」

「はい。」


「そうか、雄介さんは成功したか。わかった、ご苦労だったな。」

 電話を切り、吉本は、ゆっくりと天井を見上げ、息を吐いた。近くの机の上には拳銃が置いてある。雄介さんが成功したということは彼も、もうこの世にはいない。拳銃に手を伸ばそうとしたとき、扉が開いた。扉の方に目をやると、銃を構えた今川が立っていた。

「そうか、お前が一番に来たのか。」

「吉本さんの動向は特別に自分が調べてました。先ほど明智議員の死亡の報告が来ました。山本さん達もこちらに向かってます。大人しくしてください。」

涙をこらえながら、今川がそう言う。

「山本さんか・・・、あの人は本当にすごい人だな。俺を疑ったのが五條がきっかけだとしても、ここまで捜査を進めて、秀介のことや雄介さんにまでたどり着く、確かにあの人の言う通り、山本勘二という人は天才なんだろうな。」

「なぜ、あなたがこんなことをしたんですか。警察庁官僚として、組織を守ることに精一杯努力して来たあなたがどうして、警察組織を崩壊させるような事件に加担したんですか?」

「違うな。今川、この事件は最初っから俺が、始めたものだ。その過程で雄介さんやその他、色んな人を巻き込んだ。それに、警察官僚だから組織を守ってきたわけじゃない。俺は、お前を見て、キャリアだとかノンキャリだとかよりも、一警察官として、国民の安全を、幸せな生活を守れるようになりたいと思ってた。そのためには、警察という組織が必要だった。」

「ならどうして・・・・」

「警察は腐ってた。与えられた権力の上にあぐらをかき、自分たちの都合の悪い情報を隠蔽し、被害者の傷口に塩を塗るような警察官まで出始めた。

 22万人以上いる警察官のうち、どれくらいの人間が国民のために必死に仕事をしているのかわからない。適性検査を行っても結局は、警察官たり得るのは正義の心を持った人間にしか務まらない、そういう人間しかなってはいけない仕事なんだと思う。」

「じゃあ、お前の考える『正義』って何だよ?」

 その声の主を探して、扉を見ると山本達が立っていた。続けて山本が、

「吉本さん、あなたの言う『正義』っていうのは、私的制裁を行ったり、誰かを傷つけなければ成立しないものなのか。あんたの『正義』って何だ?」

吉本は少し考えてから、

「正しいことをする、自らの責任を果たす、自分の理想を、目標を実現するために努力する。私の行為には最初っから正義などありませんよ。誰かを傷つけることは正しくない。監査官として不正を行った警察官を裁くことも結局は権力に守られている者には効果を発揮しない。自分の理想とする警察組織を作れないなら一度壊れてしまえばいいとさえ思ってしまった。私に正義はない、語る資格もない。」

「違いますよ」

  今川は叫んだ、その場にいる全員が驚き今川を見る。

「吉本さんは確かに方法を間違いました。でも、誰かを傷つけてまで友人の敵をとりました。あなたが今回起こした事件は、権力者によってもみ消された事件の被害者を救済するチャンスを警察に与えました。組織を壊してまで国民を守るための組織の再構築を行おうとしたんじゃないですか?

 僕が新人で、何もわからなかった時、吉本さんは警察組織から不正を行う者が出ないように監視し、不正を正すことで警察組織から国全体をきれいにするのが監査官の仕事だと教えてくれました。

吉本さんは、その時の言葉通りに監査官でしかできないような方法で、この国全体をきれいにしようとしたんじゃないですか、それが吉本さんの『正義』じゃないですか。」

「今川・・・・、どんな崇高な理由を掲げても、犯罪は犯罪だ。それは俺が一番わかってる。例え、お前の言うことが俺の『正義』だったとしても、方法を間違い、死者を出し、多くの人間を傷つけ、そして巻き込んでしまった。

 俺と雄介さんの個人的な復讐に巻き込んだがためにこれから多くの警察官が、罪に問われることになる。そんな犠牲を出してまで、実現させたい理想や目標は絶対に正義じゃない。」

吉本は悲痛な言葉を並べて、下を向きうなだれる。

「吉本さん、俺はさっき『正義』とは何かを聞いたが、『正義』なんて、十人いれば、十人違うものなんじゃないか。市民を守るのも正義だし、組織を守るのも正義だし、自分の親を、兄弟を、家族を守るのも正義だし、真相を解明するのも正義だ。

あんたはさっき、正義がなければ警察官にならない方がいいと言ったが、みんな警察官になろうと思った時に俺が言った正義のどれか、あるいはまったく違う正義を抱えてるんじゃないかと俺は思う。問題は黒に混じった時に、いかに自分の色を見失わずに、いられるかだろう。」

山本の言葉を聞いて吉本は、顔を上げて

「器全体が黒なら、何色を混ぜても黒にいつかはなります。組織が黒ならそこの人も次第に黒に染まっていくでしょう。それでも『正義』はありますか?」

 吉本の言葉はどこかすがり付きたいといった印象を受けるほど弱々しかった。

山本は勢いよく言い放つ。

「ある!」

吉本は目を見開いて山本を黙って見つめている。

「社会に生きるすべての人がそうだとは言えない。でも、俺は染まらないし、俺の部下も絶対に黒に染まらないし、染まらせない。誰かが白であり続ければ、灰色が生まれ、いつかは白に近い灰色になる。完全な白になることはなくても、黒が薄まれば、違う色が入り込める世界がきっとくる。そのためにも俺は、俺たちが染まらないでいることが大切なんだよ。諦めて黒に染まったあんたも、今から白に戻ればいい。自分たちのしたことを悔やみ、罪を償え。

そこにある銃は、誰かを傷つけるためじゃなく、誰も傷つけさせないための道具として使え。

金原秀介が、犯人に銃を向け威嚇したことによって、被害者の数が本当は20人増えるところだったのが3人に減ったように。」

「秀介は、誰も救えなかったんじゃなくて、被害者を減らしたということですか?」

 吉本が聞くと、藤堂が、

「秀介さんの同僚に話を伺いました。犯人が人ごみの多い方に向かったため、秀介さんが身を投げ出して銃を構えて威嚇したから、犯人は人の少ない道に逃げ、たまたま、そこにいた3人が被害にあったということでした。人込みに入られていたら取り押さえようもなく、被害者は50人近く増えていただろうということでした。」

吉本は膝から崩れ落ちるように地面に座り、うなだれている。その吉本に対して山本が、

「事件への関与と金原雄介による暴行・傷害ならびに、石川・明智議員の殺害を認めますか、吉本さん?」

 吉本は黙って頷いた。上田が、

「明智議員の殺害の動機は、秀介さんの復讐だったとして、石川議員の殺害の動機は何だったんですか?」

 吉本は顔を少し上げて、

「わかりません。確かに石川議員の黒い噂は多く聞いていましたが、立証できる程のものはなく、私も雄介さんが殺害の目標にすると言われて驚きました。」

「じゃあ、石川議員の殺害を決めたのは金原雄介だったということですか?」

山本が聞くと、吉本は頷いてから、

「計画の中では、確かに明智を殺す前に、誰か違う人を殺すことで目的を絞らせないようにすると決めていました。でも、それもどうしようもない、完全な悪だと判断された権力者にしようと思っていました。

 それが、急に雄介さんから石川議員の話がきました。犯罪の証拠を出して、殺されても仕方のない人間だったという情報を流すことも計画されていたのに、石川議員の件では、事件のもみ消し程度しか立証できないと思われたので、反対したんですが、雄介さんが、絶対に石川議員にする、と言われたので何か意図があるのかと思っていたのですが、特に何かあったとも思えません。」

「じゃあ、誰かが金原雄介に石川を殺せと言われていたということはないか?」

 山本が聞くと、吉本は少し考えてから、

「わかりませんが、銃器の入手ルートなどは、私には教えて下さらなかったので、その関係者からかもしれません。結局は雄介さんしか知らないことなので、今更どうだったかはわかりません。」

 三浦がそれを聞いて、

「通信履歴とかから、特定できるかもしれませんね。」

吉本はその意見を鼻で笑い、

「機動隊のスーパーエリートだった人が、そんなミスをするわけないでしょう。

 我々との連絡ですら、その手段がわからないほど入り組んだ方法でしたし、それに、固定・携帯等の電話も持たない人でしたから、通信を探る機器がないですよ。」

「じゃあ、どうやって連絡を取っていた?」

 山本が聞くと、吉本は少し黙っていたが、

「これはほんの一例ですが、手紙の連絡でした。

最初は、人を適当に雇って、その人が仲間の勤務する交番などに行き、受け取った仲間がさらに、その近くの署に勤務する仲間に渡し、それが周りに回って、私のところに届くとかいうこともありました。」

「なるほど、通信ではなく、手紙を仲間内で回すことで、公共の手段を使わずに連絡を行っていたのか。」

 山本が言うと、加藤が

「じゃあ、緊急事態が起こった時はどうしてたんですか?」

吉本はどこか微笑んでいるかのような表情で、

「問題が起こった時点で、その問題に気付いた者が対処すればいいだけじゃないか。」

「いや、それでも・・・・」

 加藤が反論しようとするが、山本が止め、

「それだけ優秀な人間がそろってたということだろう。そもそも計画の段階で様々な問題が想定されていたと考えるなら、緊急事態など起こらない、違うか吉本さん?」

「その通りです、予想できる問題は全て、対処法まで仲間内で共有していました。

この計画で、予想できなかったことは、あなたたちの動きだけでしょうね。

山本警部の関与とその推理力、私の元部下だった今川が山本さんの部下になっていること。秀介や雄介さんのことまで調べ上げること、犯行予定日を当ててきたこと、あなたたちの動きに関して対処できなかったために、今こうしているわけですから、そして、迷惑をかけないようにと思っていた仲間たちにも迷惑のかかる結果になってしまった。」

「続きは、署で聞きますよ。藤堂・加藤、連行しろ」

山本が指示を出すと、藤堂と加藤が吉本に向かって歩き出そうとした。吉本も完全にあきらめたのか、手錠をかけられる時を待っているようだった。

そこに、今川が、藤堂・加藤の前に出て、二人の進路をふさぎ、山本に向かって、

「警部、すみませんが、僕にやらして貰えないでしょうか。お願いします。」

 今川はまっすぐに山本を見ている。山本も今川をじっと見てから、「好きにしろ」と言って、部屋から出ていった。

 今川は山本の方に頭を下げてから、吉本の方に向き直り、手錠を出して、吉本の手を取り、吉本の両手に手錠をかけた。

「今川、この前も言ったが、本当に成長したな。お前は山本さんの言う通り染まらずに、お前の正義を貫いてくれ。」

 吉本の言葉に今川は黙って頷いたが、その頬には涙が流れていた。


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