第三部
「藤堂。」
声をかけられた藤堂は笑顔で、声をかけてきた男に対して手を振ってこたえている。それを横目に見て、今川は少し驚いていた。職場では、あまり笑わない藤堂も友人の前だと笑うのかと当然のことだが、藤堂の新しい一面には、おそらく山本警部達でも驚くだろうと思っていると、藤堂の友人が近づいてきて、
今川を見て、頭を下げ、
「初めまして、藤堂の同期で、今、警視庁の捜査一課にいます大谷です。
今川さんに直接お会いするのは初めてですよね?」
「あっ、うん。そうだね。」
今川の様子が変だと思ったのか藤堂が、
「どうかしましたか?」
と聞く、今川は
「いや、藤堂の同期だから、藤堂と似た感じの人を想像してたから、ちょっと・・・、その~・・・、ギャップと言うか、予想外にいい感じの人だったからびっくりしてさ。」
「いや、僕に対して失礼ですよ、今川さん。」
「そうだね、ごめん。」
藤堂と今川のやり取りを見て、大谷は微笑みながらその様子を見ていた。
「大谷、何ニヤついてんだよ。」
藤堂の質問に大谷は笑いながら、
「いや、今川さんはお前の話す通りの人だなと思ってさ。それに、年上の人と楽しそうに話してるお前も新鮮で面白かったからさ。」
「僕の話を藤堂がしてるの?」
今川が聞くと、藤堂は恥ずかしそうに大谷に答えるなと言わんばかりの視線を送り、それを大谷も理解したが
「そうなんですよ。何かあると電話かけてきて、今川さんのことや加藤さんと言う人の話を楽しそうにするんで、こいつ署で、他に話せる人いないのかと心配してるんですよ。」
「ば、バカいらないこと言わなくていいんだよ。」
藤堂が慌てふためいているところも新鮮で面白がりながら今川は、その様子を見ていた。
「藤堂、悪いけど時間がないから、本題に入るぞ。」
大谷は笑顔から、真剣な表情になる。藤堂も落ち着きを取り戻し、
「ごめん。頼む。」
「石川議員の殺害について現状で分かっていることは、殺害時刻が動画の公開された22時30分頃だということ、使用された銃が、近くを巡回していた機動隊の隊員から奪われたものだったこと。その隊員は頭部に裂傷を受け、脳震盪で倒れたが命に別状はなく、今は警察病院に入院中だということ。犯人については目撃情報が何件か出ているものの、信用性に欠けるというか、つじつまが合ってないのでどれが正確な情報かで、捜査本部もごった返してる。」
「殺害時刻の特定はなんでできたんですか?」
今川が聞くと、大谷が、
「ちょうど、その時間帯に銃の発砲音が聞こえたということです。司法解剖の結果がまだなので、詳しくはわかりませんが石川議員の部屋は家の塀の上に立てば、狙撃が可能で、窓にも銃弾が通過した穴が開いてましたし、塀の上に犯人のものらしき靴跡も残ってました。」
「じゃあ、銃を奪われた機動隊の人はなんでそのへんにいたんだよ。」
藤堂が聞く、
「ドラ息子が襲われたのが、石川議員の狙撃された日の前夜だったから、世間には隠されていたが、警視庁の警備課は、万が一の時のために3人機動隊を配置して、警護してたらしい。でも、石川議員本人が警護は必要ないと言って追い返したため、周囲を巡回していたところ襲われたそうだ。」
「でも、機動隊なら襲ってきた奴を撃退できるだろう?」藤堂が聞くが、
「それに関しては、催涙スプレーを浴びて、動きが鈍ったところをやられたらしい。それに、他の事件の時も警護についていたが何も起きなかったので今回もそうだろうという油断があったと他の隊員が証言してる。」
「目撃情報の信用性が欠けるというのはどういうこと?」今川が聞く、
「実は、犯行現場から逃げる覆面をした男が目撃されているんですが、
ある地点を境に、覆面の男を見たという目撃情報が四方八方からでて、陽動をかけられたのではないかという見解ですね。実行犯がその地点に来た時に、待機していた仲間が、同時に別々の方向に逃げることによって、捜査をかく乱したのではないかと言われてます。」
「残りの二人の機動隊は、どうなったんですか?」今川が続けて聞いた。
「近くの公園で、不良の高校生が爆竹で遊んでいて、それを確認しに行ってる間に、一人が襲われ、犯行が起こったということです。その高校生の話では、コンビニの近くで集まっているところに、40代くらいのおじさんが来て、爆竹をくれたので、公園で使ってみたと言っていたそうです。」
「そのおじさんの似顔絵とかは?」藤堂が聞く、
「残念ながらマスクをしていたということで顔の大半は隠れていたため、作りようがない様だな。」
「コンビニの防犯カメラは?」今川が聞くが、
「残念ながら高校生は映ってるんですが、肝心の男は映ってませんでした。」
「なるほど・・・・、他には何かないか?」藤堂が聞く、
「悪いな、今はこれくらいだ。こっちも進展なしだからさ。」
「忙しいところごめんね大谷君。藤堂、とりあえず今の情報だけでも山本警部に報告しよう。」今川が言うと
「そうですね。ありがとう大谷。じゃあ、またな。」
「ああ、今はどうやら悪い流れだが、絶対に良い流れにして、わかったことがあったらまた教えるよ。」
「ありがとう、じゃあな。」藤堂が言い、「じゃあ。」と今川も先に帰路に向かっている藤堂を追いかけていった。
その後ろ姿を見て、大谷はにやりと笑った。
「・・・・・・ということです。」
翌日、今川・藤堂は大谷の話をして、報告を行っていた。
「なるほどな。逃走経路の確保のために、高校生の爆竹を渡し、機動隊の気をそらしたうえで、犯行を行い、複数のダミーで捜査をかく乱する。かなり計画的で、思い付きで石川議員を殺したということでもなさそうだな。」
山本が気になったのは、殺害の計画性だった。ドラ息子を襲った後に計画されたにしては、準備が良すぎる。やはり、当初から石川議員殺害は計画されていたことの様に思われる。上田が、
「周到に計画された犯行のようですし、石川議員は最初っから殺されることが決まっていたようですね?」
山本の考えと全く同じだった。三浦が
「これで、『坊ちゃん狩り』が終われば、事件の目的もはっきりするんですけどね。」
「そう、うまくも行かないみたいですよ。」
加藤が言い、パソコンの画面を指さしている。全員がのぞき込むと、新しい『坊ちゃん狩り』の動画が公開されていた。
暗闇で、暴行音が鳴り響き、その場に居た数十人が地面に倒れていた。
だが、今回は誰の息子とかそういう情報はない。ただひたすらに、若者が暴行されている。若者が全員倒れたところで、いつもの男の声がし、
「今日は、ドラ息子を狩るのではなく、我々の犯罪行為を模倣し、調子に乗った若者に罰を下した。前回も言ったが、我々は犯罪者だ。我々のまねをするということは、犯罪者になることだ。これは警告である。全国で同じような模倣をする者たちに告ぐ、我々は犯罪者で、まねされるような正義の味方でもない。
これ以上同様の行為を繰り返すなら、あなたたちも我々に狩られることになるだろう。彼らが、そして君たちが改心しまっとうな道を歩むことを心から願っている。」
そう言って、周囲で倒れる若者が映し出される中で動画は終了した。
「今回は模倣犯の取締だったか・・・」
山本がつぶやくと、上田が、
「確かに模倣犯の中には加減を間違えて死者を出すグループもありましたからね。無駄な犠牲を出さないための今回の動画ってことですかね。」
「でも、こいつらは自分たちを犯罪者だと言い切ったうえで、自分たちのようになるなと警告してますよね?」
三浦が言うと、藤堂が聞いた。
「それがどうしたんですか?」
「犯罪者であることは否定しないけど、正義の味方みたいに言う報道もあるだろ?そうなると、少しくらい自分たちを正当化したくなるんじゃないかと思うんだよな。でも、そんな感じ全くないだろう。」
「三浦の言う通りだ。ドラ息子を狩ることが事件の目的なら、それを達成していくことで、周囲が自分たちの行動を正当化することで、自分たちの行動は周囲に認められた正当な行為だと思ってしまうだろう。
でも、頑なに自分たちは犯罪者と言うってことは、よほどドラ息子に恨みがあって自分が許されないことをしている罪悪感に悩まされているか、あるいは目的は違うところにあるから、どんなに周囲に称賛されても、目的の通過点であるために正当化する意味がないということかもしれないな。」
山本が言うと、周りにいた全員が違う目的の通過点と言う言葉に戦慄を覚えた。これ以上何が起こるのか予想するだけで怖くなったからである。
上田が恐る恐る聞いた、
「例えば警部は、どんな目的があるとお考えですか?」
「そうだな、ネットに挙げる動画の規制の強化。悪質な動画撮影者に懲役刑を科す刑法の改正。警察の捜査方法としても有害と判断される動画の無断削除を可能にする法律の制定。監査官の権限拡大と不正を働いた公務員や政治家の即時逮捕を可能にする法律の制定。会社社長などの権力者を第3者が不正を行わないかを監視する制度を作る、ってとこか。」
上田以下、部屋にいた全員は驚いていた。警部の考えていたものは自分たちが想像したものとは全く違っていた。どちらかと言うと、犯行が凶悪化し、死人が大量に出るとか、権力者に被害が広がると言った、犯行の凶悪化の前段階だと考えていた者がほとんどの中で、山本は法律の制定などを目的とした犯行であると考えていたのである。上田が、
「じゃあ、今回も黒木さんが・・・」
言いかけたところで山本が「上田」と名前を呼び、それ以上言うなと止め、
「確証もないのに大勢いる中で不用意な発言はするな。」
「すみません。」
上田が謝ると周囲には重い雰囲気が漂っていた。
山本は自分の推理が全て黒木と繋がってしまうことに少し反省し、後で上田に謝ろうとも思った。
「本日はどのようなご用件ですか?」
山本は今川・藤堂を連れて、本庁の監査室を訪れていた。その際、最初に出会ったのが吉本で、嫌がるでもなく淡々と吉本が聞いた。
「坂本に少し聞きたいことがあったのですが、今日はいますか?」
山本が聞くと、吉本は後ろを振り返って、何かを確認してから、
「坂本は、今日は大阪の方に出ていますね。何か伝言があればこちらで対処しますが?」
「いえ、ゼミのOB会について、前の連絡役とは面識があったのですが、今の連絡役とは繋がりがなくて、次のOB会はいつなのか、坂本は知っているのかと聞きたかっただけですよ。お手を煩わせるのも何なので、また来ますよ。」
山本が言って、きびすを返そうとすると、吉本が、
「OB会なら、2か月後の予定ですよ。五條が抜けたことで少しバタバタしているとは聞いていましたが、山本さんに連絡ができないほどだとは思ってもなかったですね。」
「吉本さんがなぜ我々のOB会の日程を知っているんですか?」
山本は、自分の仕掛けた罠に吉本が食いついた、あるいは罠であることを理解したうえで乗って来たのかはわからないが、とりあえず収穫を得られそうな雰囲気を感じて聞いた。吉本は、特に変わった反応をするでもなく、
「私も三橋教授のゼミ生でしたので。OB会にも何度か参加しています。
すでにご存じの情報だと思っていましたよ。」
吉本は、責めるでもなく、淡々とそう言って、山本を見ている。山本は自分の予想の後者である、理解しながらも乗って来たのかと思い、その真意が見えないかと吉本を見つめ返していた。しばらくその状態が続き、今川が、
「吉本さん、少し込み入ったお話をさせて頂きたいので、他の人に聞かれないところに移動して頂けますか?」
吉本は今川を一瞥して、再度、山本を見てから、
「いいだろう。お前がそう言うなら、監査用の取調室が空いてる。
申し訳ありませんが先に行っておいて下さい。一応、私も責任のある立場ですから少し仕事を部下に任せてから向かいます。」
前半は今川を見て言い、後半は山本を見て吉本はそう言った。
「それでは、警部こちらです。」
今川がそう言って案内を始めた。山本は吉本に向かって「ごゆっくりどうぞ。」と言って、今川の後に続いた。
「警部、この後どうすればいいでしょうか?」
取調室に入ると今川が、おどおどしながら聞いてきた。先ほどは吉本に対してきっぱりと話していたが、やはり無理をしていたようで、不安になっているのだろうと山本は思った。
「どう、もないだろう。かまをかけたが進展がない状態で膠着しているところをお前が動かしてくれたんだ、あとは俺が質問攻めにするしかないだろう。」
今川は少し複雑そうな顔をしてから
「わかりました・・・・」
そう言って、まだ複雑そうな顔である。山本は今川の複雑な感情も理解ができる。元上司を疑うようなことは今川の性格からは、難しいことだし、同じ警察官を疑ことができないことが原因で監査官から異動になった人物なのだから当然と言えば当然な気がする。
「警部は、何を聞くつもりですか?やはり、例の噂ですか?」
藤堂が聞くが、正直質問攻めにすると言ったものの何のプランもない。藤堂の言う「例の噂」も確認しても違うと言われるに決まっている。だからと言って、自分の仮説を話すには信用が置けない。山本は、返答を待っている藤堂に
「まあ、その場の状況次第だな。」と言うしかなかった。
数分後、引継ぎを任せて、吉本が取調室に入って来た。
「それで山本警部、込み入った話というのは具体的にどんな内容でしょうか?」
吉本が、他の二人には目もくれず、まっすぐに山本を見て聞いた。
山本は少し視線を外してから、
「この間、五條に会いましてね。ゼミの先輩には面白い人がたくさんいるという話をしていて、その中で『吉本』という名前の人が出てきまして、残念ながらどう面白いのかは面会時間が終わって聞き出せなかったのですが、今川の異動話をその後、聞いた時に吉本さんが京泉大学法学部卒であると知りまして、五條の言っていた『吉本』は、もしかしたらあなたのことではないかと思いまして。」
「五條は公判中のはずですが、なぜ面会できたのでしょうか?」
吉本が表情を崩さずに聞く。山本は肩をすくめて、
「担当検事も弁護士もゼミの先輩で融通を利かせてもらったと言ってました。」
「それは、大問題ですね。即刻、担当検事を変えるように検察庁に伝えましょう。」
吉本の反応は当然である。被疑者と弁護士は報酬を出し、雇用する関係であるから信頼のおける人物を選任することが多いが、検察官と被疑者に関係性があるなら担当は変えるべきであると判断するのが妥当だろう。
「五條は、今回の事件は坂本が外国の学会に発表した論文の内容に通じるものがあると言っていましたが、吉本さんはその論文についてはご存知ですか?」
山本の問いに一瞬、吉本の顔がこわばった気がしたが、直ぐに元の表情に戻り、
「知っていますよ。坂本が入庁当時、その論文を隠していたことが大きな問題になり、監査をしたこともあったと聞いています。ご存知だとは思いますが、その当時の警察庁次長が坂本の叔父にあたる存在だったことから、不問になりましたけど。」
「坂本が監査室に来るまでにあなたと坂本には接点がありましたか?」
山本の問いにも表情を崩さず、吉本は
「学生時代はありませんでしたので、OB会に参加するようになってから、何度か会ったこともあり面識くらいはありました。」
「そうですか・・・・。それでは今回の事件が起こった時、例の論文のことを知っていたあなたは、どう感じましたか?」
「あの論文の話など、山本さんがされるまで忘れていましたよ。坂本を疑っているんですか?」
「いえ、世界的に公表されている論文ですから、どこかで誰かが感銘を受けて事件を起こしているのかもしれませんので、坂本を疑っているわけではないですよ。」
「なるほど、坂本でないなら、山本さんが疑われているのは私ですか?」
「なぜそう思うんですか?」
「あなたが、わざわざ本庁に来て監査室を調べに来るのであれば、疑われているのは面識のある私か坂本になると思いますが?」
吉本は冷静に、そして落ち着いて山本に問い返している。
「なるほど、正直坂本も疑ってはいるんですけどね。疑われるようなことをしているということでしょうか?」
山本の問いを後ろで聞いていた二人は、警部は例の噂について聞くつもりなのかもしれないと思って、吉本の返答を待った。吉本は特に表情を変えず、
「キャリアである、今川と、今川の横にいるのもキャリアらしいので、私に関する噂はご存知でしょう?なら、私は疑われるのに十分な前科があると言えないこともないですから。」
「噂は事実だということですか?」
山本の問いに、吉本は少し表情が緩くなり、
「坂本が私を救ったという部分は本当ですが、私が拷問のような取調べをしたというのは嘘です。」
「どういうことでしょうか?」
山本が聞くと、吉本は思い出すだけで腹が立ったようで、少し語気を強めに、
「あの時の取調べは、私と坂本、そして当時の監査室長が立ち合い、3人で行っていました。拷問のような取調べをしたのが室長で、私と坂本は制止を行っていましたが、室長の取調べの最中に、トイレに立ったその警官は屋上から飛び降り、取調室に戻ることはありませんでした。室長は全ての責任を私に押し付けて、保身を図りましたが、坂本が私の潔白を証言し、次長が坂本の言うことを信じたため、私は助かり、室長は左遷という名のクビになりました。しかし、人が一人死んでいるのに何事もなかったようにはできなかったので、死んだ警官は薬物中毒だったと不名誉な濡れ衣を着せられる結果になり、事実に尾ひれがついて、今、広がっている噂になったのだと思います。」
「なるほど。それでは、その死亡した警察官はどのような内容で監査を受けていたんですか?」
「あいつは、気の小さい奴でした。交番で市民に道案内したり、迷子の親を探すことを一生懸命やる、危険な現場になんて出たこともないそんな奴だったんです。町中で無差別殺傷事件が起こり、駐在先が現場に近かったこともあり、真っ先に到着したのが、あいつだったんです。拳銃の携帯と発砲も許可されていました。でも、あいつは撃てなかった。あいつが犯人を撃っていれば、子供3人の命は救われていた。なぜ発砲しなかったのか、お前のせいで子どもが3人も死んだという、あいつからすればどうしようもない案件でした。」
「つまり、子どもを救えなかったという後悔をしている上に、いわれのない内容で監査を受け、さらにその監査が拷問のようだったために自殺した。」
「はい。私と坂本がもっとしっかり室長を止めていれば、あいつは死なずに済んだ。そう思うと今でも行き場のない怒りがこみ上げてきます。」
「そうですか。わかりました。俺があなたを疑ったのは、噂を聞いたからであって誤解は解けました。」
山本が言うと、吉本は落ち着いたのか
「すみません、取り乱してしまいました。何か他にありますか?」
山本は、少し賭けに出てみることにした。
「それでは、斎藤勤という男をご存知ですか?」
「坂本の一つ下の代にそのような名前の後輩がいたと思いますが、あまりOB会にも来ない奴なので、私ではそれくらいしかわかりません。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「何か捜査に関係あるのであれば、坂本にでも聞いておきましょうか?」
「いえ、大丈夫です。五條が面白いギャグをする奴だったと言っていたので、どの程度か気になっただけなので。」
「そうですか・・・。五條の言う面白いがそういう種類なら私はたいして面白くないと思うのですが。」
吉本は初めて困惑の表情を浮かべていた。山本は内心笑いながら、
「五條自体が変わった奴なので、まじめな吉本さんが逆に面白かったのかもしれないですね。」
「そういうものですか・・・・。」
まだ納得のいかない様子の吉本に山本が
「それでは、忙しいところをお邪魔して申し訳ありませんでした。これで失礼します。」
そう言って頭を下げ、部屋から出ていった。今川・藤堂もそれに続こうとしたとき、吉本が「今川。」と呼び止め、今川が吉本の方を見ると、吉本が、
「成長したな。元上司としてお前のさっきの俺に対する発言は刑事として成長していることを実感できるものだった。今後も頑張れよ。」
今川は驚いて、吉本の顔を見るとうっすら笑っているように見え、涙が出そうになるのを抑えて、「はい。」と言った。
・・・・・・、じゃあ三浦、忙しいと思うが頼んだ。」
そう言って、電話を切ったところに今川・藤堂が走ってきて、「すみません」と言って車のカギを開けた。三人が車に乗り、藤堂が車を発進させる。無言が続いた車内で、最初に口を開いたのは山本で、二人に向かって、
「吉本さんの話を聞いて、お前らどう思った?」
今川が後部座席にいる山本の方に振り返って、
「噂について嘘を言っていないかということですか?」
山本は直ぐに、
「いや、全体的な印象として気付いたことなどないかということだ。嘘をついていたと思うならどの点からそう思ったかも言ってくれ。」
今川が考え込み、藤堂が、
「吉本さんの話ではわからなかったんですけど、薬物中毒の汚名を着せたのは、
坂本さんでしょうか?それとも坂本さんの証言を通すために元次長が行ったことでしょうか?」
「確かに、そうだな。坂本がやったのなら吉本が感じる恩も程度が変わってくるからな。」
藤堂は、自分の意見に賛同してもらったのがうれしかったのか少しテンションが上がり、
「そうですよね。直接助けられたのと間接的にでは、感じる恩の量も違いますよね。」
考え込んでいた今川が、「それは違う気がする・・・・」とつぶやいた。
「どうしてですか?」
藤堂が聞くと山本も
「何か気になってることでもあるのか?」
「吉本さんは、基本的に名前のわかっている人は名前で呼びます。これは監査上誰がどの立場でどのようなことをしたかをはっきりさせるためだと教わりました。共通の知人で会っても必ず名前をいいます。例えば警部との話でも坂本さんの話をしている時も必ず『坂本』と呼んでいました。対象の名前がわからない時でも、『対象者』あるいは『そいつ』という言い方をされます。
吉本さんが、自殺した警察官の名前を知らないはずがありませんし、何か理由があって名前を知られたくないのであれば『対象者』を使うはずです。」
「そういえば、俺が監査の理由を聞いた時、吉本さんは『あいつ』って言ったな。」
山本が思いだしながら、言うと藤堂が
「そうだったらどうかしたんですか?」
何がいけないのかわからないと言った感じで今川に聞く。
「吉本さんは、僕たちに自殺した警察官の名前を言いたくなかった、でも『対称者』と言わずに『あいつ』と言ったのは、自殺した警察官と吉本さんに職務上以外の関係があったからではないかと思ったんだよ。」
「つまり、吉本さんとその警官は知人あるいは友人だったのではないかということか?」
山本の問いに、今川は黙って頷く。藤堂が
「友人だったとして、どうして助けてもらった恩の感じ方が違ってくるんですか?」
「吉本さんは、自殺した警官は気が小さいけど市民に優しい警察官だったって言ってた。つまり、吉本さんは自殺した警察官のそういう所を評価していたことになるだろう?でも、薬物中毒だったなんて汚名を着せられたら、それまでその警察官がしてきた良い行いが全て、なかったことあるいはマイナス評価になる。」
「恩を感じるどころか、恨みに思っていたかもしれないということですか?」
藤堂が聞くと、山本も今川も黙っていた。藤堂が沈黙を破って聞いた。
「じゃあ、元次長が汚名を着せて、吉本さんが恨んでいるとするなら、次の殺害目標は元次長かもしれませんよね?」
「確かにそうだが、元次長の関係者の坊ちゃんが悪事をしていないと『坊ちゃん狩り』の標的にはできないだろう。」
山本が言うと、藤堂も「そうですね」と言って、少し落ち込んでいるように山本には見えた。先ほどから自分の意見は否定され続けているのだから無理もない気がして、山本は
「ただ、元次長に関して調べる必要はありそうだな。藤堂の言う通り関係者が裏で悪事を行っていた場合、標的になりえるんだから。」
「そうですね。それに坂本さんが今回の事件に関与してるなら、叔父である元次長も何か関係している気がしますね。」
今川がそう言うと、藤堂は元気を取り戻して言った。
「そうですよね。」
藤堂が言い終えると山本の携帯が鳴り、色々と捜査を頼んでいるので誰かから報告が来たのかと画面を見る。表示されている名前は今一番話したくないと思う人間だったが、今川・藤堂に一応、許可を取り電話に出た。
「よう山本、最近連絡がなかったが、元気か?」
「捜査で忙しいのに、俺よりも忙しそうな国会議員に連絡するわけないだろう。」
「何だ、皮肉か?」
「用件は何だ黒木?」
「ああ、2か月後にOB会があるがお前来るかなと思ってな。どうせ、いつあるか知らなかっただろう?」
「残念ながら、監査官の吉本さんから聞いて知っている。」
「誰だ?吉本って?」
「坂本の上司で、うちのゼミ生だった人だ。」
「そうなのか?俺は個人的に坂本と仲がいいだけで、その周囲の人と必ずしも知り合いではないからな。」
「まあ、いい。俺は今の捜査が終わらない限りOB会には行かない。」
「そうか。そう言えば、最近監査室によく出入りしているらしいが、何かやらかしたのか?」
「今回の事件絡みで何回か行ってるだけだ。そういうお前は今回の事件をもとにどんな法律を作るつもりだ?」
「今回の事件って、例の『坊ちゃん狩り』とかいうやつか?」
「ああ、色々とお前好みの法律が作れそうな事件だろう?」
「残念ながら、今回は俺はノータッチだ。野党第一党の№2の明智秀光っていう議員知ってるか?」
「ああ、確か野党をまとめ上げる裏のドンって言われてるじいさんだろ?」
「ああ、これがまた、警察庁のOBで、次長だったとかで、警察改革については専門分野みたいな人でな、坂本の母親の兄、つまり叔父さんってことになるらしいんだが、俺と坂本が仲良くしてるのもよく思ってないみたいで、えらく嫌われててな、全く関与させてくれないんだよ。」
「つまり、お前は俺が思っているほど忙しくないから、俺にちょっかいを出すために電話してきたわけだな?」
「まあ、そういうことだな。参考までに、どんな法案を作ってると思ってた?」
「そうだな、動画投稿の規制と有害動画公開の犯罪化、警察による無断動画の削除を許可する法律。権力者の不正を監視する機関の創設などだろうな。」
「さすがだな。動画投稿の規制と有害なものの犯罪化は考えてたよ。実際、明智さんは警察の捜査に必要なら動画公開者の特定ができるようにしなければいけないシステム作りや有害なものは即削除し、投稿者を逮捕できる法律作りまで、進めてるって話だ。」
「明智議員にお子さんは?」
「ああ、長男が秘書をしていて、次男はまだ大学生だが、素行も悪くないし、それに現在海外に留学中で日本にはいない。お前の思っているような、『坊ちゃん狩り』の標的にはならないだろうな。」
「別にそんなことは思ってない。ただの確認だ。じゃあな。」
山本はそう言って電話を切った。天井を見上げ、ため息をついた。山本の目に映るのは黒い天井だけだった。
「警部、この前頼まれた件なんですけど・・・」
三浦が山本に対して、言いにくそうに話し始めた。黒木からの電話を受けて数日後、6人がそろっていた。
「警部の言った通り、今回の事件で失脚した警察上層部の人間は、主に明智元次長の派閥の人間でした。副総監・刑事副部長等が明智元次長の直属の部下だったといいうことで、現在も影響力を持っていると言われたのは、この二人が関与していたからです。逆に警視総監や刑事部長は部下だったとかではなく、ただ親交が深いということだけらしいですが、北条総理と関係が深いということです。」
監査室からの帰り、車の前で今川・藤堂の帰りを待ちながら、三浦に頼んでいたのは、元次長の派閥の人間が誰なのかということだった。吉本が、明智元次長のやり方に不満を持っているなら、警察組織の中から明智元次長の息のかかった人間を排除するのではないかと思ったからである。そして、三浦の調査結果は、山本の予想通りだった。山本は
「それで、明智元次長に関しては何かわかったか?」
「いえ、正直ガードが固すぎて、個人情報から親交のある人間を洗い出すのも大変でした。あと、殺害された石川議員ですが、彼も明智議員の派閥だったようです。しかも、悪い噂がてんこ盛りでした。」
三浦があきれたと言った感じで言う。
上田が、「例えば?」と聞き、
「収賄に、息子の裏口入学、自分の気に入らない政治家のスキャンダルのでっち上げ、その他諸々ですね。」
「よくそんな人が警察庁のOBの派閥にいられましたね?」
藤堂が聞くと、三浦も
「まあ、金を持ってる人間は派閥には入れてたようだし、まともな派閥ではないってことらしい。」
「それこそ、警察庁OBという立場を利用したい奴らが集まってたってことだな。藤堂、石川議員の殺害に関して新しい情報は?」
山本が言うと、藤堂は手帳を出し、
「同期から聞いた話だと、司法解剖の結果だけ見ると死亡時刻は、誤差の範囲内で22時30分頃だったらしいですが、弾痕が機動隊の所持していた拳銃のものではなく、ライフルのようなものの弾痕だったということです。その情報から捜査したところ、石川議員の部屋を狙撃できるビルが見つかり、防犯カメラには怪しい人物がギターケースを持って、そのビルに入るところが写ってました。
現在、ギターケースの特徴から絞り込みを行っているということです。」
「つまり、機動隊員を襲ったのも、公園で爆竹騒ぎを起こしたのも、複数のデコイを使って複数の目撃証言を出したのも、全てがおとりで殺害の実行犯は、全く違う所から狙撃を行っていた、ってことか。」
山本が悔しそうに言う。藤堂がさらに、
「あと、機動隊員が奪われた銃の所在もつかめていないことから、犯人が所持している可能性が高いとのことでした。僕が聞いた情報は以上です。」
「同期の奴に礼を言っといてくれ。上田、新しい『坊ちゃん狩り』はどうだ?」
石川議員殺害後も『坊ちゃん狩り』は続いていたが、主に模倣犯狩りを行っていた。上田にはその画像解析を任せていた。
「それが、大阪の方で新しい『坊ちゃん狩り』があり、大阪府副知事が息子とともに外出中に襲われ、全治4か月のケガをしました。それに伴って、大阪府警の刑事4人が事件のもみ消しに関与したとして懲戒免職処分になったみたいです。」
上田が報告し、藤堂が、
「だから、僕たちが監査室に行った時、坂本さんがいなかったんじゃないですか?監査のために大阪に行っていた。」
「そうだろうな。で、上田、画像からわかったことは?」
「夜とはいえ、町中でボディーガードを連れた副知事が襲撃されたにもかかわらず、市民から歓声が上がるという異様な光景でした。そして、最後にいつもの覆面の男が、『警察の悪の根源を必ず粛清し、我らの活動を終える。』と宣言してました。この『悪の根源』が明智元次長のことなら、次に命を狙われるのは彼ということになりますね。」
上田の意見に全員が、凍り付く。もし、本当にそうなのだとすると国会議員の中でも有力者である明智が狙われている。そして、自分たちには、その警護ができない。
なぜなら、所轄の刑事である上に、管轄も違う。さらに、この推理が全て、山本の仮説に基づいて捜査して出た結果である。
うちの署長なら理解し、捜査方針を認め、警護ができるかもしれないが、明智議員に『あなたが悪の根源だからあなたを警護する』なんて言えるわけがない。山本は空気を変えるために、
「今川・藤堂、この前頼んだ件について報告できるか?」
この問いに反応したのは今川だった。
「は、はい。自殺したのは金原秀介巡査部長で、吉本さんとの関係ですが、キャリアとノンキャリではありますが、同時期に警察官になっています。吉本さんが最初に配属された署に同時期に在籍していたということです。
ふたりの直接関係していたという情報は出ておりません。
あと、この当時の監査室長が松永という人なのですが、数日前から行先が分からなくなっているということで、家族が捜索願を出してます。」
「じゃあ、その松永が自殺に追い込んだ張本人だとするなら、命を狙われている可能性があるな。」
山本が言うと藤堂が
「金原に関してですが、年の離れた兄が一人いて、彼も警察官でした。しかも、機動隊の第一部隊に所属するほどの人物で、ライフルの狙撃から接近戦まですべての能力が高く次期隊長と言われていましたし、人望もあったということです。」
「でしたってことはもう辞めてるのか?」
山本が聞くと藤堂が
「はい、弟である秀介が自殺した後に一身上の都合というので依願退職してます。弟の件で責められたというよりは、機動隊全体を上げて、秀介の無実を訴えてたということなので、その人望が見て取れます。依願退職したのは自分のせいで他の隊員に迷惑がかかると思ったからではないかと元部下の方が言ってました。」
「吉本とその兄が出会い、事の真相を知った兄が『坊ちゃん狩り』を始めたと考えるべきか。」
山本が言い、上田が、
「じゃあ、あの話している覆面の男がその金原兄ということですか?」
「その可能性があるな。それで、金原兄の名前と現住所は?」
山本の問いには今川が答えた。
「名前は雄介で、現住所はわかっているのですが、数か月前からその住所には帰っていないということです。」
「もう犯人ですって言ってるようなものですね。」
上田が言う。山本は
「今回の事件は複数犯だ。暴行を行うだけで少なくとも30人以上いる。その暴行犯も警察官と考えるなら、機動隊の元部下や金原雄介と関係する警察官が犯行に加担している可能性がある。金原雄介の関係者や事件のあった場所の近くの警察署に所属する警察官で、事件当日非番だった者を洗い出してくれ。
上田と藤堂は、金原雄介の元部下に覆面男の音声を一応確認してもらえ。」
山本を除く全員が「了解しました。」と言って、部屋を出ていった。