第一部
町中の暗い路地裏に、複数の男がスーツ姿のサラリーマンらしき男に暴行を加えている。周囲には人影もなく、男たちが暴行を加える音とサラリーマンの苦悶の声だけが響いていた。
そこに、「ズルッ、ズル」と何かを引きずる音が聞こえ、暴行を加えていた男達は振り返り、驚いた表情で引きずっている人と引きずられているものを見た。
引きずってきた人は、覆面に金属バットや鉄パイプを持った10人ぐらいの男であろう者たちが、見張り役にしていた自分たちの仲間を引きずって、近づいてくる。仲間を引きずっていた男が、仲間を自分たちの方に放り投げてきた。
仲間に近づくと、その男は原形をとどめないぐらいに顔面は腫れあがり、ところどころから出血している。仲間の一人が、
「なんだお前ら、よくも仲間にこんなことしてくれたな」と怒鳴る。
覆面の男たちは何も話さず、それぞれが持っている武器を構えながら近づいてくる。先ほど怒鳴った男が、近づいてきた男に殴りかかるが、金属バットの一撃を受けその場に倒れる。暴行を加えていた男たちに動揺が走る。後ずさりしようとしている者もいる。しかし、自分たちが袋小路で暴行を行っていたので、後ろに逃げ場はなく、恐怖で壁に張り付く。
覆面の男の一人が何かをこちらに向けていることに、暴行をしていた男たちのリーダー格の男が気付き、
「何、撮ってんだよ。」と怒鳴るが声が震えている。
覆面の男はスマートフォンで、こちらを撮影していた。
覆面の男の先頭にいた男がリーダー格の男に対して、
「市議会議員、細川勇次郎の息子の翔太だな。」と言ったので、
細川翔太と呼ばれた男は、
「そうだったら何だよ。」と言い返す。
その会話の最中にも覆面の男たちの一部が暴行されていたサラリーマンを抱えて、路地から出て行った。
「お前の悪行もこれまでだ。」
覆面の男が言うが、細川はひるむどころか、
「俺に何かしてみろ、親父が黙ってないぞ。」と脅しにかかっている。
覆面の男達は怯えることもなく、
「お前達がさっきのサラリーマンを暴行していたことに関しては、お前の親父はなんて言うだろうな?」と聞く。
「そんなもん、親父がもみ消してくれる。責められるのはお前らだけだ。今ならまだ許してやるからそこどけよ。」
「今までもそうやって、親父にもみ消してもらってきたのか?」
覆面の男が聞く、細川は強気な態度ではあるが、足は震えている。
「そうだよ。親父は俺が頼めば何でもしてくれる。こうやって、リーマンから金巻き上げようが、女に暴行しようが親父が後ろから手を回してな。」
自慢げに言う細川に対して、覆面の男はため息をついてから、
「バカな息子を持つと親も大変だな。」
「何だと!」細川が怒声をあげる。
「今お前の仲間の携帯で動画を撮っている。各種動画サイトに公表予定だ。お前もお前の親父もこれで終わりだ。」
覆面の男が無感情で言い放つ。細川は「させるか」と言って殴りかかるが反撃を受けて、元いた場所まで吹き飛ばされる。覆面の男が、
「その前に、お前らには今まで傷つけてきた人たちの痛みを知って貰う。
お前らに乱暴された女性の中には、自殺した人もいたそうだな。まともな状態で帰れると思うなよ。」
細川とその仲間たちの表情が一瞬で青ざめ、覆面の男の「やれ。」の一言で後ろに控えていた男たちが一斉に金属バットや鉄パイプで襲いかかる。細川とその仲間たちの悲鳴と謝罪の言葉だけが路地裏に響き渡っていた。
「今、市議会議員の細川勇次郎氏が警察に両脇を抱えられて、市庁舎から出てきました。」
レポーターが勢いよく言う。
「先日公開された動画で、息子翔太氏による暴行と細川議員による事件のもみ消しが発覚して今回の逮捕となりました。もみ消した件数に関しては正確なものは発表されていませんが少なくとも20件以上あると見られており、被害者が続々と被害届を出しているということです。」
レポーターの周囲には市民が大勢集まって、怒声と罵声が飛び交っている。
その様子をテレビで見ながら、山本警部と上田警部補はある事件の裁判資料を見ていた。
「それにしても、大変な事件ですよね。お偉いさんの事件もみ消しなんて。」
上田がテレビに視線を移して言う。山本は、資料を見たまま、
「警察が大変なのはこれからだろう。」と言った。
「まあ、確かに余罪がいっぱいあると捜査大変そうでしょうね。」
「バカか。事件のもみ消しなんて、議員一人でできるかよ。現場の刑事か署長クラスがわいろ貰ってもみ消してたら、警察に批判が殺到するだろう。」
「怖い話ですね。よかったですね、うちの署じゃなくて。」
「全国各地で起こってるらしいぞ、これみたいな事件。次はうちかもしれない。」
「やめて下さいよ。」上田が絶対に嫌だと言わんばかりに言う。
「にしても、五條の奴はあっさりと自分の犯行だと認めて、その上、小田・林について、自分との関係や彼らのおかれていた状況の話まで裁判で弁護士が明らかにした上、個人資産で銀行に賠償までしたとなると、色々減刑を求める声まで上がってるって話だ。それなのに本人は一人の友人の復讐のためと言い張り、さらに好感度は上がっていることで大きく話題になってる。捕まっても美談にして刑を軽くするための小田・林起用だったのかもしれないな。」山本が言う。
「さすがにそこまでは、違うと思いたいですよね。」上田が言う。
「まあ、小田・林ともに執行猶予がついて、すでに釈放。林はタクシー運転手に復帰して今までより多くの客が指名して結構儲けてるみたいだし、小田も元部下の会社で楽しそうに仕事してたって三浦が言ってたぞ。」
一時期完全犯罪ではないかと言われた銀行強盗事件の真相は一人の大学教授の保身のために自殺した大学院生の復讐のために計画されたものだった。銀行強盗の過程で、家族のために実行犯を行った二人について社会は同情と哀れみを向け、そして事件の真犯人として捕まった五條という男についての裁判は、強盗・誘拐・強要罪等多くの犯罪が関係していることから裁判の開始まで時間がかかっていた。しかし、五條は自らの犯行をあっさりと認めていたが、犯行の手口に関して五條だけではできないのではないかと疑われる部分もあったが、本人の自白だけが決定的な証拠であるため、警察も検察もそのまま五條の自白を採用せざるを得なかった。
上田は五條の影に黒幕がいると思っている。山本もきっとそうだと思っているだろうが決してそれを口に出すことはない。その黒幕の筆頭候補が衆議院議員で山本の友人である黒木俊一だからである。
「三浦に見に行かせたんですか?」上田が聞くと
「たまたま近くを通らせたら、勝手に見てきただけだ。」山本が言う。
山本警部は素直ではない。有名私立大卒で、刑法の権威と言われた教授のゼミに所属し、30代後半でキャリアでもないのに警部にまで昇進している。そのうえ、警部の書いた論文を盗用した教授が、その後に学会の権威と呼ばれるようになったということから、次期首相候補と言われる黒木議員に神童と言わしめる頭脳を持っている、らしい。しかし、警察内では自分の気ままな捜査しかしないために警部という役職にもかかわらず窓際どころか別部屋にされている。
上田も当初は山本が無茶をしないようにとつけられた監視役だったが、今では色々と尊敬していた。三浦巡査長は元々監視役である上田をさらに監視するために上田の部下をしていたことが発覚してからは山本と上田の言うことを何でも聞く都合のいい使い走りになっている。三浦は山本と上田がまだ怒っていると思っているが、二人はそんなことを気にしていないにもかかわらず、便利だからその時のことをたまに蒸し返すことにしていた。
「でも、同情を引いても、裁判官には意味なくないですか?」
上田が聞くが、山本は資料から次はテレビに視線を写しながら、
「裁判員制度が始まって、もう何年にもなる。裁判員さえ同情に流せたら、量刑時にかなり軽めになる可能性がある。結局は素人に意見を求めて、裁判官が決めるが、人は多数決に勝てないから裁判官も流されるんだろうな。」
「裁判官の考え方が固いからって、民間の意見を取り入れるために始まったって言っても、結局は素人がやると判断できないなんてことはありますからね。」
「人生のかかった判断なんて結局のところ、プロだろうが素人だろうができないもんだろ。」
山本の言うことも理解できるが、それでは社会は成立しないと上田は思った。
「まあ、ひどい話ですよね。プロができないから素人も加われって言いてるんですから。」
「五條の事件はまだましなんじゃないか。死刑とか絡みだとさらにきつくなるみたいだしな。」
「そうですね。少なくとも、同情して減刑を訴えるくらいなら精神的な負荷も少ないでしょうから。」上田が言う。
「裁判員制度についての議論ですか?」
ドアの方からした声に二人が振り返ると、署長が立っていた。
この署長もなかなかの曲者である。常に笑顔を絶やさないが、そのくせ、なんだかんだで重要な情報を知っていたりもする。その真意がどこにあるのかわからない、被疑者にしたくない人物である。
「何かご用ですか」山本が聞くと、署長は笑顔のまま、
「いえ、少し暇だったので歩いていると話が聞こえてきたので、入れてもらおうかと思いまして。」と言った。
「そうですか。それでは署長はどうお考えですか?」山本が聞く、
「警部?」上田が本当に聞くのかよと言わんばかりに言う。
「いいと思いますよ。素人の意見を取り入れるべきかどうかという点では、私も疑問を感じます。しかし、裁判官という仕事についての社会的認識が広まれば、裁判官を目指す子供が出てくるかもしれない。千人程度しかいない裁判官が現在この国で起こっている犯罪を審理するには少なすぎる。
後進育成のためにも、少しずつでも裁判官を理解してもらい、数が増えることを期待したいものです。」
「裁判員になる側ではなく、裁判官側の切実な要望ですね。」上田が言う。
「我々警察の捜査は万能ではありません。検察のそれもそうです。
裁判官が、被疑者を知るのは警察・検察の作る書類だけですからね。少しでも詳しく読み込んで審理してもらわなければ、我々の仕事の意味がありません。」
「警察の仕事の意味を見出すために裁判官を増やすということですか?」
山本が言うと署長は、
「いえ、現在も少ない人員の中で一生懸命審理してくれている裁判官の皆様に少しでもその負担を減らして、あげられればいいなと思いましてね。」
署長の真意は相変わらずわからない。この発言の意図だけでも何通りの裏も想像できる。言葉の通り・警察・検察のため・社会維持のための重要職の確保のため等、考え始めたら色々と思いつきそうだ。そんなことを考えていると署長はテレビのニュースで先ほどから報道されている事件の話題を始めた。
「この事件、大変なことになってますね。2・3か月前から、少しずつですが会社の社長や政治家の息子、地主の子ども等の権力者の息子が捕まる事件が増えてたんですが、最近ではそういうドラ息子とでもいえばいいのか、そういう人がボコボコにされて調べたところ犯罪が発覚して捕まるというふうになってきてるそうですよ。」署長が興味もなさそうに言う。
「うちの署では大丈夫なんですか?」山本が聞く、
「今のところ、そういう事案はないですが、南署の管轄で1件そういう事案が出たそうです。残念ながら南署の署長も関与が疑われていて、監査室に呼ばれたそうですよ。」
「もみ消しに協力したということですか?」上田が聞く、
「そのようですね。」署長は笑顔のままだ。
「署長は親交があるんですか、南署の署長とは?」山本が聞く
「いえ、でもこの前いきなり来て、監査官が生意気だとか助けてくれとか言ってましたね。」
「で、なんと返したんですか?」山本が聞くと、署長は肩をすくめて、
「自分で蒔いた種は自分で拾ってくださいと申し上げたら、坂本という監査官と同じことを言うなと怒鳴って帰っていきました。」
「そうですか・・・」山本が言うと、
「実はその事案で捕まったドラ息子が、ひったくりや万引きなどを何十件もしていたようで、管轄を超えてうちの管内でもやっていたようなんです。」
「で、その捜査を俺たちにしろということですか?」山本が聞く、
「さすが、山本警部。お願いします。」笑顔の署長、嫌な顔をする上田、あきれ顔の山本。3人表情だけ見ると何があったのかと聞きたくなる状況だろう。
「最初っからその話をしに来たんですよね?」上田が聞く、
「山本警部と組み始めて、カンがよくなりましたね上田君。」署長は笑顔で言う。
「どうも・・・」上田が言う。
「で、捕まったドラ息子はどこの権力者の?」山本が聞く、
「いや~、それが本庁のお偉いさんのご子息でね。適当な刑事に任せると身内だから甘い捜査してるんだろうとなるでしょう?
その点、警部なら、上層部の顔色を無視して突き詰めてくれそうだからいいかなと思いまして。」
「要するにとことん追求して、そのお偉いさんを失脚させたいということですか?」
「まあ、その人がどうなろうが一署長の私には関係ないですが、しっかりやらないと警察の信頼が揺らぎますからね。詳しい書類は三浦君にでも持ってこさせますよ。それではよろしく。」そう言って、署長は笑顔で部屋を出て行った。
「あの人には文句言わせない雰囲気がありますよね。」上田が言う。
「そうだな。」山本も心からそう思った。
「とりあえず、以上が資料になってますのでよろしくお願いします。」そう言って、三浦は部屋を出ようとする。上田は三浦の腕をつかみ、
「えっ、手伝ってくれないの?」と聞いた。
「課長からは、何人か応援を出すと言っておられましたが、こいつが良いというのがあれば課長に伝えます。」三浦が言うが、
「じゃあ、とりあえず、三浦だな。」山本が言う。
「そうですね。三浦で。」上田も続く、
「いや、でも・・・。わかりました。あと、ベテラン中堅あたりは他の事件の捜査用に選ばないで欲しいということです。」三浦が反論しようとしたが、諦めて言う。
「使えるやつは回さないということですかね。」上田が言う、
「じゃあ、一番若い奴から順番に出せるだけ回せと言ってこい。」山本が言う。
「いや、新人なんて使えないじゃないですか?いいんですか。」
三浦が確認すると山本はにやりと笑い、
「新人を俺色に染めて、課長にお返ししてやるよ。」と言った。
「課長の一番恐れてることじゃないですか。」上田が楽しそうに言う。
三浦はため息をついて、「ご要望にお応えできるとは限りません。」と言って、部屋を出て行った。
「三浦、そのうちに心労でハゲそうですね。」上田はまだ楽しそうだ。
「お前がいじめるからな。」山本が言うと、心外だなと言った感じで、
「警部のせいでしょう?」と上田が返す、
「いや、上田がハゲたら俺のせいかもしれないが、三浦のハゲはお前のせいだろう。」そう言って山本は笑った。
「確かにそうですね。で、どこからやりますか。万引き、ひったくり、事後強盗なんかもやってますね。捜査一課の仕事ぽいのもありますけど?」
「とりあえず、ひったくりからだろう。で、ドラ息子の事情聴取はできるのかよ?」山本が聞く、
「いや~、どうですかね。ボコられて、まともに動けないらしいですし、他の課の邪魔にならないようにしようと思うとかなり難しい気がしますよ。」
「じゃあ、とりあえず、警察病院行くか。」
「面会できるとは限りませんよ?」上田が行くのを嫌そうに言った。
「行けば何とかなるだろ。」そう言って山本は立ち上がり、部屋を出た。
上田は、こういう人だったことを思い出して、山本に続いた。
「あ、山本さん。お久しぶりです。」
警察病院に着き、被疑者への面会を求めたところ、他の人物との面会が先にあり、その人以外との面会は許されていないということで帰ろうとしたところに、坂本が現れ、声をかけてきた。
「ああ坂本さん、どうも。」山本が何の感情もない挨拶を返したことに、坂本は怒ったのか、
「坂本と呼び捨てでいいですよ。今日はどうされたんですか?」と聞いた。
「ボコられた警察のお偉いさんの息子の捜査をさせられてまして、面会を希望したんですが断られて帰るとこですよ。」
「ああ、そうですか。それなら一緒に行きますか?」坂本が言う。
「えっ、でも面会はできないと言われましたよ?」上田が聞く、
「ええ、普通はできないんですけど、僕だけは彼の父親の件で、特別にできるんですよ。」
「そう言えば、面会を許されている人物がいると受付の人が行ってましたね。」
上田が驚いていう。山本はじっと坂本を見てから、
「ご一緒していいんですか?」と聞いた。
坂本は満面の笑みを浮かべ、
「もちろんです。ただ、僕が彼に聞いた話は部外に漏らさないでください。大物過ぎてめんどうくさいんですよ、父親が。」
「わかりました。でも時間を頂くのも申し訳ないので、今回はやめときますよ。聞きたいことが山ほどあるということでしょう?」山本が言うと、
「いえ、僕に関しては面会の時間は限定されていませんので何時間いようが大丈夫です。それに、山本さんのお役に立てるならそれだけで光栄ですから。」
坂本は笑顔でそう言う。このやり方はうちの署の署長に通じるものを感じて山本は、「それではお言葉に甘えさせてもらいます。」と言った。
「こんにちは、渡辺幸次さん。あなたのお父様の部下で坂本と言います。
ああ、間違えた元部下のでした。お父様は先ほど懲戒免職になりましたから。」
坂本の笑顔を横目に見ていた上田は背筋にゾクッとするものを感じた。笑顔であんなこというのかと思うと、坂本に対する見方はかなり変わってくる。
ベッドの上には顔面が腫れ上がり、ギブスをまかれた右腕と左足をつられた状態で20歳くらいの男が寝そべっていた。顔面が腫れすぎていて、表情は全く分からないが体が小刻みに揺れているところを見ると怒っているのかもしれないと上田は思った。
「キャリアでありながら、まさか自分の子どもに足元をすくわれるなんて、無様ですね。お父様はあなたのせいで、警察官から犯罪者になりました。我々監査室の仕事は警察官の不正を正すことです。あなたが今までしてきたことを正直に話してください。とりあえず今日は、ひったくりや万引きと言った窃盗関連の取り調べです。もうお父様は色々と認めていますから、今嘘をついてもどうしようもありません。あとで余罪が増えるより自白した方がいいですよ。」
坂本が言い、山本に向かって、「どうぞ。」と言った微笑んだ。
「いいんですか?他にも聞くことがあるのでは?」山本が聞くが、
「いえ、正直言うと僕は明日でも明後日でもいつでも面会できるので、この時間はフルで使ってもらっていいです。」と言った。
「では、渡辺幸次さん・・・・・・・・。」
「今日はありがとうございました。わざわざ、お時間を頂きまして。」
一通り、渡辺への質問を終え、部屋を出たところで山本が坂本に礼を言う。
「いえ、よかったですね。すんなりと色々聞けたんで手間が省けたんじゃないですか?」坂本は何の問題もないというふうに言う。
「あの、彼は監査官のご子息だったんですか?」上田が恐る恐る聞く。
「ええ、しかも監査室長の息子だったんでもう大変ですよ。」
「トップがそんなことしたら、監査室自体の信頼に関わりますよね?」
山本が聞く、坂本はため息をついて、
「本当ですよ。まあ、少し前から黒い噂のある人だったんで、何かやるだろうと思ってたんですが、こういう形だと対処の仕方が問題になりますからね。」
「黒い噂とは?」山本が聞く、
「誰にも言わないでくださいね。実は不正をした警官から金を貰って不問にしたとか、上層部の人間に問題が発覚するたびに箝口令を出して、監査の仕事すらさせない、なんてこともあったみたいです。」坂本は声を潜めて言った。
「噂ですよね?」上田が聞く、
「いえ、実際にそういうことをしていたので、その見逃した警察官に頼んで事件をもみ消したりとかもあったみたいで、あのドラ息子の事件が発覚して、直ぐに懲戒免職になったところを見ると、上層部の誰かが口封じのために早々に、そのような処置をした可能性もあると見て、捜査してるんですよ。」
坂本が息を長くはく。疲れたと言った感じで自分の肩に手をやり、自分で肩を揉んでいるようだ。
「お疲れのようですね?」山本が聞くと坂本は笑いながら、
「それは、そうですね。最近は全国を回って調べたりしてて休みがないですから。」
「東京だけじゃないんですか?」上田が聞く、
「全国的にも監査官のもみ消しとか協力とかがあって、キャリア自ら調べて来いって警察庁から命令がありまして。」
「そうなんですか。大変ですねキャリアも。」上田が言うが、
「いえ、しっかりした仕事せずに偉そうにしてるやつも多いですから、地方に行くほど疲れますよ。でも、坊ちゃん狩りのおかげで、警察内の膿が表面化して、感謝もしてますよ。」坂本が言う。
「坊ちゃん狩りというのは?」山本が聞く。
「ああ、権力者の息子を坊ちゃんと呼んで、おやじ狩りみたいな感じでボコボコにされてることからネットでそう呼ばれてるんですよ、今回の事件。まあ、金持ちのお坊ちゃんから金を巻き上げるんじゃなくて、元々親の七光りとはいえ地位を奪ってるんで、ネット住人からは楽しまれてますよね。」
「妬みの対象がボコられて、そのうえ、持っていた力も失うとなると、そいつらにいじめられていた人は気分爽快ってことですか?」山本が聞く、
「そういうことでしょうね。虐げられた者ほどその反発は強くなって、集団となり仕返しを考える。」坂本が珍しく真顔で言う。
「えっ、その坊ちゃん狩りをしてるのは元被害者ってことですか?」上田が聞く、
坂本は普段見せている笑顔に戻り、
「いえ、そういうことはないんですけど。ただ、そうなってもおかしくないかなと僕の勝手な想像ですよ。」といった。山本が、
「本当にありがとうございました。とりあえず、渡辺の仲間にも話は聞かなければいけないですが、それはまた後日になりそうですので、これで失礼しますよ。」
「そうですね。僕が会えるのも渡辺だけなので、お力になれず、すみません。」
坂本が頭を下げる。
「いや、坂本さんのおかげで、渡辺もあっさり認めてくれましたから。」
山本が言うと、坂本はきょとんとした顔で、
「僕、何かしましたか?」と聞いた。
「いえ、とりあえずご協力ありがとうございました。」そう言って、山本は歩きだし、上田も挨拶を済ませて、山本を追いかけて行った。
坂本は二人の後姿を二人には見せない鋭い視線で見送っていた。
「それにしても、坂本さんのおかげで取り調べができてよかったですね。」
上田が言うと、山本は「そうだな」と答えただけで何か考え込んでいるように見えたので上田が、
「何か気になることでもありましたか?」と聞いた。
「坂本の狙いがわからない。」山本が言うと、上田は意味が分からず、
「自分の取り調べに僕らの同行を許したのは、何か坂本さんに違う意図があったってことですか?」
「あいつが俺らに便宜を図って得することがないだろう。」
「警部をゼミの先輩として尊敬しているからで納得できないと?」
「立場からすればあいつの方がよっぽど優秀だろう。それに、あいつは黒木に近い考え方をする奴だ。俺にそこまでするようなことはない。」
上田も車のハンドルを握りながら考え、
「じゃあ、黒木さんから警部には便宜を図れと言われていたとかどうですか?」
「黒木も俺と同じただのゼミの先輩だ。もし、黒木が警察庁OBとかならまだしも、法務省だし、考え方が近いからと言って心酔するほどじゃないだろう。」
「じゃあ、黒木さんが何か個人的なグループを持っていて、そこに坂本さんも加入しているというのはどうですか?」上田は無責任な想像をただ楽しんでいたが、山本は真剣な顔で、
「その可能性はあるな。何か特別な目的をもって、いろんな場所に黒木の息のかかった人間がいると考えると国家を覆すようなグループの可能性もある。」
「じょ、冗談ですよね?」上田が恐る恐る聞く、
「まあ、考えすぎだな。それに坂本のおかげで、すんなり取り調べを終えられた。
おそらく、あいつの捜査はそこまで進んでいないが、進んでいるように見せて俺らの質問に渡辺が答えやすいように脅しをかけてくれてたからな。」
「やっぱりそうだったんですか。なんかおかしいなと思ってたんですよ。」
「上田、どう思う『坊ちゃん狩り』について?」山本が聞く、
「五條さんパターンだと主犯格は坂本さんですか?」きりっとした顔で言うが、上田はすぐに吹き出して笑ってしまった。
「さすがにそれはないだろうな。坂本もそこまでバカじゃない。」山本も笑いながらいう。上田も笑いながら、本来の質問の意図を聞き直した。
「つまり、『坊ちゃん狩り』の裏には何か世間のイメージとは違う目的がある?」
「ただの坊ちゃんに対する妬みや被害者の復讐ではなく、もっと根の深い問題じゃないかとお前は考えてるのか?」山本が聞く、
「あれ、警部は違うんですか?」上田が聞き返す。
「俺は、坂本がなぜ『坊ちゃん狩り』について話したかだよ。どちらかというと最初の冗談の方が答えは近かったな。」
「なるほど。同じ事件を捜査していたから通称でそのまま言ってしまったという可能性が大きいと思いますけど。」
「ああ。だが、通称というよりはネットの付けたあだ名って感じだろう。それに、わざわざ自分の捜査目的までバラして、俺らを同行させた目的が分からないしな。」
「人数がいる方が脅しの効果が出るからじゃないですか?
もしかしてですけど、警部にあえて情報を伝えることで、何か重大な事実を明らかにしようとしてるとか考えてないですよね?」上田が心配そうに聞く。
「実は、監査室長の息子はグループの一員で、リーダー格はもっと偉い人の子どもだったとかか?」山本が笑いながら言う。
「副総監って確か鈴木でしたよね名字?」上田もふざけながら言った。
山本が事件の資料を見ながら、グループの名前を目で追う。すると、
「おっ、あったぞ鈴木。でも親の名前は違うな。たしか副総監は、総太郎でそいつの親は総三郎だな。」
「あはは、兄弟みたいな名前ですね・・・・・」上田の笑い声は次第に小さくなり、気づいてはいけないことを気づいたのではないかという感じで山本を見て、
「違いますよね?」と聞いた。
「調べる価値がありそうな話だな。」とだけ山本は答えた。
「さて、どうしましょうか。」署長はため息をつきながら、山本と上田に向かって聞いている。戸籍を調べたことで、グループの鈴木が副総監の甥にあたることが判明したため、署長に報告しているところだった。
「まあ、気づいてしまった以上、公表しないと後が怖いですしね。」
上田が気まずそうに言う。
「いや~、お手柄なんですけど、相手を考えるとなかなか行動に移しにくいですね。息子ではなく甥というのもまたなんとも言えないですしね。」
「副総監の弟さんは都庁の職員ですし、警察とは無関係ですから、副総監にまで責任を追及はできませんからね。」上田が言う。
「とりあえず、都庁職員の息子とだけ発表して後は監査に任せますか?」
署長が提案するが、それまで黙っていた山本が、
「いえ、副総監の甥の関与ということで公表しましょう。おそらく坂本は、それが目的で俺たちの捜査を手伝ったと思います。」ときっぱりと言った。
「つまり、坂本監査官は上からの圧力でグループの主犯は渡辺監査室長の息子ということで片を付けるように言われたが、納得できなかった。そこで自分以外にこのことを気づかせて公表させようとしたということですか?」
「出世に興味のない俺やこれ以上出世しなさそうな上田に泥を被ってもらって、そのあと公になれば公然と自分が動けるそういうことでしょう。」山本が言うと、
「えっ、警部何気にひどいことサラッと言いましたよね。」と上田が言うが、署長と山本は無視し、
「ギブ&テイクですか。警部と上田君の方が多くテイクしてるように思いますが、それでも公表されますか?」署長が聞く。
「まあ、こうなったら公表しましょう。坂本にはさらに何か違う狙いもあるかもしれませんし。」
「あえて、その狙いが何かを知るために、思い通りに動こうということですか?」
署長が聞き、山本がうなずく。
「わかりました。それでは発表は私がしましょう。ただ、上から何か言われたら、警部に責任を取ってもらいますよ。いい意味でも悪い意味でもですが。」
「褒めてもらえることを期待しときますよ。」山本はそう言って、署長室を出た。
上田も「失礼します」と言って山本を追いかけて行った。一人残った署長はため息をついてから、「やれやれ」と言って手元の資料を見て、また深くため息をついた。
「西署の署長が緊急で会見を行うということで、各報道機関は西署に集まっています。世間を騒がしている『坊ちゃん狩り』でこの間、警察官の不正をただす監査官のトップが懲戒免職になり、近くの南署の署長も事件のもみ消しに関与したとして、批判を集めている警察が何を公表するのかに注目が集まっています。」
キャスターが、現在山本と上田の居る西署の前から中継を行っている。
署長室を出て一時間くらい経過した頃に、報道陣が集まり始めたことから、山本と上田は署長の行動の速さに驚きを見せていた。しかも、署長本人が報道陣の前で直接公表するということだけに、上層部の反応が読めなかった。
記者会見用に用意された部屋には大勢の報道陣が詰めかけていた。そこに署長が現れ、
「皆さん、お忙しい中お集まりくださりありがとうございます。
本日は、先日懲戒免職となった元監査室室長のご子息のグループについて、新事実が判明しましたのでその御報告をさせて頂きます。なお、質問などに関しては、報告の後で受け付けますが、今だに捜査中であるため、詳細が判明していないこともありお答えできないことがありますがご了承ください。
それでは、今回判明した新事実についてご報告します。
まず、グループの中に鈴木修二という男がいました。この男について、警視副総監の弟の息子、つまり甥にあたる存在であるということが判明しました。
グループ内での渡辺被疑者と鈴木被疑者の力関係はまだ捜査中であり、わかっていませんが、監査室側は鈴木被疑者に関しての公表をせず、監査室長だけを処分したことから隠ぺいを行おうとした可能性は払拭できません。
副総監の親類縁者に犯罪者が出た以上、この事実を公表しないことは、警察に対しての信頼が揺らいでいる現在の状況を考慮しても、公表しなければいけないと思い本日皆様にご報告させていただきます。そして、不祥事が続いていることについて、平素より警察活動にご協力を頂いている国民の皆様に謝罪をさせて頂きます。申し訳ありませんでした。」
署長は深々と頭を下げた。その署長の姿に向かってカメラのフラッシュが絶え間なく続いている。テレビで見ていた上田が、
「これ署長の立場がやばくならないですか。もっと僕とか警部の責任だという感じにするとかもっと上層部に対して含みのある言い方をするとかしないと。」
「世間を味方にしてから、上層部に報告することにしたってことだろう。」
山本が冷静に言う。しかし、まだ会見は続いており、署長は顔を上げ、質問を受け始めた。記者の一人が質問する。
「今回の事実は、どのように判明し、公表に至るまでにどのような段階を要したのでしょうか?」
「事実が判明したのは、ひったくり事案・万引き事案を担当した刑事が、グループの人間が『坊ちゃん狩り』にあったということで、その親類縁者について、洗い出した結果、この事実が判明しました。公表に係る段階は、つい一時間前に担当刑事より、報告を受け、上層部に対してこの会見を行うことを伝えず、私の独断で皆様にご報告することを決めました。」署長が言いきる。
「その刑事について、署長はどのようにお考えですか、また、上層部の意見を聞かずに、このような会見を行ったことで自身の立場は危うくなるとは考えなかったのですか?」記者が聞く。
「部下の刑事に関してですが、上層部を恐れず、真実を追求してくれる優秀な部下を持ったことを私は誇りに思っていますし、この件でその部下に対して何かしらのペナルティーがあること自体が警察上層部の腐敗を表してるということになります。また、私の立場についてですが、今回の件で処罰を受けることは覚悟の上です。警察署の署長として、この署に勤務する刑事の行ったことの責任は署長である私にあると考えます。もしも、国民の皆さんが部下の刑事の功績をたたえてくれるのであれば、私が自身の身を危うい場所におくようなこの会見を行ったことも意味を持ちます。真実の公表と部下を守るためならば、私は免職になろうとも構いません。」
警察の記者会見には、珍しく拍手が起こっている。違う記者が、
「警察上層部の腐敗という点に関してですが、署長は含まれないのでしょうか?」
「私も上層部の一部であることは否定できませんが、一署長である私には警察組織を動かす力がないのもまた事実です。」
「今回の事件をきっかけに、国民の捜査協力が失われ、坊ちゃん狩りを行う者たちが評価されているという現状を署長はどうお考えですか?」
「確かに、人である我々警察は万能ではなく、全ての犯罪を取締れるかというとそうではありません。そのような状況では、被害者の救済と銘打って暴力をふるう彼らは正義の味方に映るかもしれません。
しかし、人は社会のルールである法律の中で毎日の生活を行っています。法律もまた万能ではありませんから、善良な国民すべてを保護することはできません。それでも、人は法律の中で生きています。法によらない暴力は誰かのためであっても、犯罪でしかありません。
被害者の救済を訴えるのであれば、警察に犯罪の発生の報告と目撃情報の提供によって、埋もれてしまった犯罪を表面化してください。協力下さった国民の皆様は警察が必ずお守りすることを、お守りできるような警察作りをお約束します。」
「それでは、あくまで『坊ちゃん狩り』は犯罪者の集団だと言われるわけですね?」記者の鋭い質問にも署長は顔色を変えずに、
「もちろんです。法律を守らない人間は全て犯罪者です。それが、お金持ちやその親類だろうが、警察関係者だろうが、政治家やその関係者だろうが、もちろん大義名分を掲げた者だろうとも、誰かを傷つけたり、誰かを不幸にするような行為をする者は、どんな理由でも犯罪者であると私は思います。」
会場内に静寂が続く、何も聞かされていなかった広報部の人間が入ってきて、会見を打ち止めにして、署長を無理やり壇上から降ろそうとするが、署長はその前に、自分から壇上を降りた。そして、広報部の人間が会見の終了を告げた。
「やりやがったな、あのたぬきオヤジ。」そう言って、山本が笑った。
「笑い事じゃないですよ。いくら国民を味方につけても、お咎めなしとはいかないんじゃないですか。」心配そうに上田が行った。
上田の思った通り翌日、山本と上田は本庁の監査室に呼ばれた。監査室に入ると坂本が今までに見たことのないような真剣な顔でこちらを見ている、いや、睨んでいると言った方が正しかった。山本と上田が入室すると、坂本は何を言うでもなく、急に頭を下げた。坂本の前にあった机にあたりそうなほど頭を下げている。上田が驚いていると、坂本が大きな声で
「このたびは本当に申し訳ありませんでした。」と言った。
「謝るってことは、今回のことはお前の思うとおりになったということか?」
いつもと変わらない落ち着いた感じで山本が聞く。
「多少の想定外なことはありましたが・・・」坂本が言う。
「署長の会見か?」山本が聞くと、坂本は頭を上げ、笑いながら、
「あれは想定できるものではなかったんですけど、それよりも予定外なこともありましたので。」
坂本はどうやら山本が怒っていないことを察したのかいつもの笑顔で話す感じに戻っていた。
「その予定外のこととは?」山本が聞くと、
「実は・・・、あのグループのリーダーが高村祐樹と言う人物だったんですが、これが、高村刑事副部長の息子だったんですよ。監査室は刑事副部長から自分の息子が関与したことが公になる前に監査室長の息子が主犯ということで片を付けるように言ってきました。」
「つまり俺らは、お前の望んださらに上の大物の親類が関与していることを公にしてしまったということか?」
「はい。鈴木に関しては、最近の事件から『息子』が関わっているのが多かったので、父親の確認だけしていて見落としていたんです。おかげで、副総監の甥っ子は追及するのに刑事副部長の息子はしないのかよってなりまして、堂々と刑事副部長を罷免することができそうです。」
「なんかあると思って協力してやったんだから、俺らにも協力してくれるんだろうな?」山本が聞くと、
「そうですね・・・・、何か聞きたいことでもあるんですか?」
坂本が少し考えてからそう言い、聞き返した。
「まず、『坊ちゃん狩り』っていうのは、同じメンバーが全国を回って犯行を行ってるのか、それとも、模倣犯が増えて全国的な事件となったのかと言ったところだな。」山本が聞く、
「同じメンバーかはわかりません。形式としては、覆面に金属製や木製のバット、鉄パイプ等、地域によって凶器は違いますが、外見は全国的に同じで、覆面の種類も似たようなものらしいです。あと、暴行の仕方にも共通点があり、首から下は凶器によって強打されており骨折などをしているんですが、顔面に関しては凶器を使わず手袋などを付けた手で直接殴っていました。こちらも鼻の骨や頬骨が骨折したりしていますが、今までに重傷者が出ているにもかかわらず、死者はまだ出ていません。」
「つまり、相手が死なない様に考えて暴行を加えていたということか?」
山本が聞くと、坂本も考えてから、
「そのようですね。あと模倣犯の存在もありますが、模倣犯に関しては特定されて捕まっています。暴行が雑だったり、凶器を準備して集合しているところを目撃されて、逮捕されていますが本物とは手口も外見も違いすぎている上に、狙っていた被害者もその辺の金持ちの無害な一般人だったりと、とにかくすべてにおいて雑なんですよ。」
「本物はどこかで悪さをしている『坊ちゃん』だけを特定して、誰にも目撃されずに集合して、殺さないように暴行を加えているということか。」
「そうですね。あと、声紋鑑定の結果なんですが、動画を見ている限り、音声は被害者である『坊ちゃん』たちと覆面集団の先頭に立って話している者の声しか入っていないんです。」坂本が言うと、上田が不思議そうに
「それがどうかしましたか?」と聞いた。
「上田、バカなのか?」山本が聞く、
「えっ何でですか?」上田がさらに不思議そうに聞く、それに答えたのは坂本だった。
「上田さん、力づくで何かをしようとした際に人は、雄叫びのようなものを上げます。その声どころか、覆面集団は一言も発せずに暴行を加えています。
つまり、前もって計画についての詳細をシュミレーションしていて、現場の確認どころか、声を出さないことまで徹底された、いわばプロ集団の可能性もあるということです。もし、覆面集団が『坊ちゃん』どもの被害者であるなら、憎しみなどから罵声が出たり、恨み言を言ったりしてしまうと考えられますが、覆面集団からその声すらない。」
「つまり、犯人グループの特定どころかその集団の総人数もつかめないということだな。」
山本が言うと坂本は黙ってうなずく。
「ただ、毎回しゃべっている一人については、同じ声であることが分かっているので、そこから特定しようとしているんですが、全くつかめていませんし、何か不自然な感じも残っているので、何とも言えないですね。」
「不自然な感じって何ですか?」
上田が聞くと坂本も少し困った顔で、
「この声と被害者の会話が微妙にかみ合わない時もあるんですよ。あらかじめ録音されたものを流している場合もありますし、声紋鑑定の結果では、該当するものが判別できていないどころか似たような声の人も特定できなかったところを考えるともしかしたら、合成音声ではないかという疑いまで出ていて。」
「話しているように見せて実は反しているふりをしてる上に、声紋から特定されないための細工までされてるのか。」山本が言う。
「でも、被害者が本人たちを見ているなら、そこから特定できるヒントも・・・」
上田の発言は途中でドアから入ってきた人物によってさえぎられた。
「自分らの犯罪を告白するような証言をあいつらがするわけないでしょう。
余罪の追及を現場の人達が一生懸命していますが、弁護士のせいで何も話さなくなって捜査は難航中ですから。」
入って来た男は静かにそう言った。山本と上田が誰だ?と思っていると坂本が、
「すみません、山本さん・上田さん。僕の上司の吉本さんです。」
吉本と紹介された男は、
「このたびは、坂本のせいで危うい立場にしてしまい申し訳ありませんでした。
上層部からの圧力では我々もどうしようもできないことがありましたので、そこは監査室の全員が不満に思っていたのですが、監視までついて何もできないところで山本警部達が動いてくださったおかげで事態を変えることができました。本当に感謝してます。」そう言って、吉本は頭を下げた。
「坂本に指示をしたのはあなたが?」山本が聞くと、坂本が
「ち、違います。僕の独断です。」と言った。
「いえ、私の監督不足で、ご迷惑をおかけしてしまったことに変わりありません。」
「ところで、被害者たちには覆面集団に心当たりはなかったということですか?」山本が聞く、
「思い当たる人物が出ても、ことごとくその人物のアリバイが立証されているので、ただの勘違いということで処理されています。」吉本が答える。
「少ない証言のことごとくが立証できないために捜査はさらに難航しているということです。」坂本も言う。
「そうですか。ところで、俺たちを今回呼び出したということは何かしらの処分があるということですか?」山本が聞くと
「いえ、今回のことは僕に全て原因がありますし、何よりご迷惑をおかけしたので謝罪をしたかったんですが、こちらが署に向かうと何かと問題になるのでお呼びだてしてしまったんです。」坂本が必死に言う。
「そうですか。」山本が小さく納得したように言う。
「あの~、僕たちの処分はなくても、署長の処分はありますよね?」
上田が恐る恐る聞く。答えたのは吉本だった。
「西署署長は、無断で会見を行ったことについての口頭注意を先ほど致しました。ですが、彼に何か処分を下すことはありませんよ。」
「本当ですか?」上田がさらに聞く、
「はい、どちらかというとあの役目はなかなかできないものですから、代わりにしていただき感謝しています。それに、処分を行うと世間からの批判が出るように署長自身が会見でそういう雰囲気を作っていたので、上層部も何もできなくなりましたしね。」吉本が真顔で言う。
「我々も見習うべきかなと先ほど言ってたところでした。」
坂本が笑いながら言う。吉本も横でうなずいていた。
「じゃあ、俺らについての処分も何もなしということですか?」山本が聞く、
「ええ。ただ、他の職員にも同じことをされると組織捜査を基本とする警察の在り方上に問題がありましたから、一度監査室に呼ばれて注意を受けたという体裁をとらせて頂きました。」吉本が説明した。
「まあ、誰かに聞かれたら、注意されたこととこれからは相談してからしますで片付いたことにしときますよ。」山本が言う。
「ありがとうごいます。他に何か聞きたいことがあったんじゃないですか山本さん?」坂本が聞くが、山本は吉本を一回チラッと見てから、
「いや、これは個人的に興味があったことなので、また別に日に。」
そう言って、山本は監査室を出て行った。上田もそれに続いた。
「彼はどこまで、気づいていると思っていますか、坂本さん。」
吉本が坂本に対して聞いている。
「さあ、山本さんは気づいていても正義のためなら、僕の思い通りに動いてくれることがわかりましたから、それだけで十分収穫があったと言えるでしょう。
手のひらで踊っていることに気付かない人よりも、踊らされていることを自覚している人の方が大きな成果を上げてくれるものですよ。」
坂本はイスに深くすわり、天井を見上げて笑みを浮かべた。
「どう思いますか。坂本さんはまだ何かを隠していると言った感じでしたが。」
上田が聞くが、なかなか返事が来ない。警部は考え事をすると自分の世界に入る傾向があるため、質問に対する答えが来なくてもおかしくないと最近思うようになっていた。
「坂本は自分の手のひらの上で俺らが踊っていると思ってるだろうが、いつまでも手のひらの上に居てやるつもりもない。だが、情報が正直言って足りないから情報を得るまでは踊っているふりを続ける必要がある。」山本が突然言った。
「飛びつく島を見つけてからじゃないと、やりたいことができないということですか?」
「そうだな。まずは、犯人グループの本当の目的だ。」
「警部はただの被害者の復讐ではなく、何か違う目的で『坊ちゃん狩り』が行われているとお考えですか。」
「例えば、黒幕がいると仮定して、今回の事件で得をする人物は誰かを考えると、誰だ?」
「大雑把な質問ですね。事件が一個で、会社の社長の息子だったとするなら、社長を失脚させるために仕組まれたことと考えて副社長や取締役の誰かと言えますけど、今回の様に親の業種も様々で、犯行地域もバラバラだと誰か特定の人を狙ってとかではなさそうですね。」
「いや、どこかで『坊ちゃん狩り』が起こると、絶対に関与するものがある。」
山本の言うことを聞いて、上田は少し考えてから、
「警察・・・・」と言った。
「事件が起これば警察が動くが、今回の事件は、事件のもみ消しが関係してるから、もみ消しに関与した警察関係者が批判を浴びる。そして、そういう奴はベテランや、署長クラスのことが多い。」
「じゃあ、地域における警察上層部を排除するための事件だということですか。」
「いや、結局は管理責任の問題から警察庁にまで批判が集まることを見越して、全国で一斉に『坊ちゃんが狩り』が始まったと考えるなら、警察全体の上層部、つまり警察庁を標的にした事件かもしれない。最悪だな・・・・」
「そうですよね。警察庁相手に喧嘩売られてしかも犯人は見当もつかないじゃ、その上層部からなに言われるかわかったもんじゃないですよ。」
「違う。俺の言った最悪だっていうのは、警察上層部に不満のある奴らが誰かってなった時に、自分の被害をもみ消された被害者かあるいは・・・」
山本が言いかけた時に上田も気づき、その続きを言った。
「もみ消しに協力させられた警察官ってことですか?」
「ああ、警官になりたい奴の理由は、公務員だからとか、他の就活がうまくいかなかったからとか、親の勧めでってのもあるが、警察官という仕事に対して憧れ、国民のための正義の仕事をしたいからという奴もいるだろう。
正義を守るための警官が犯罪者を守るようなことをさせられたらどうなるかを考えると最悪だろう。」
「信じた正義はなく、汚いことをさせられて、それを強要した上司を恨み、告発したいができない状況。
やり場のない怒りが、もみ消しの原因になった奴を白日の下に出すことで、正々堂々と自分の信じた正義を実行できる。それが本当の狙いですか?」
「今の段階では、仮定したものばかりで何とも言えないが、何もない現状で少し筋の通った仮説ができたら、それで捜査ができそうだからな。」
「でも、警察官が絡んだ事件だとすると監査官の仕事、それこそ坂本さんの仕事ですよね?僕らには何もできそうにないと思いますけど。」
「上田、さっきお前の言った坂本の何か隠している感じが、仮定だが、監査官が仕組んだクーデターだとするとどうだ?」
上田は驚きすぎて口を開けたまま何も言えなかったが気を取り直して、
「監査官が現場の人間を唆して、今回の事件を起こさせていたということですか?」
「あくまで仮定だ。監査官は各地域に居て、その地域の不正を捜査するが、必ずしも全員をその対象にはできない。自分より上の人間は何か大きな不正が世間にばれない限り手出しできないだろう。その不満がたまりにたまって、今回の事件を起こした。自分たちの手が出せなかった奴の情報を渡して襲わせる。
もみ消しが世間に露呈した瞬間に自分たちがやりたかった大物に対する監査を行い失脚させる。]
「そうやって、警察内部の膿をなくすことが今回の最大の目的ですか?」
「その画が描けるのは、警察庁の人物で、その仕事をしている人物、そしてそれを行っても大丈夫なくらいの後ろ盾がいる人物だ。」
「坂本さんですか?キャリアで監査官、黒木議員という将来を期待された大物政治家がバックにいるとなるとなかなか当てはまる人もいないですから。」
「その可能性は十分にある。だが、大事なこととして、全部俺らの仮定に基づいての話だし、世間は広いから同じような立場の奴もたくさんいるかもしれないしな。まずは証拠探しだな。」
「五條さんの時もそうでしたけど、証拠と呼べるものが見つからない可能性の方が大きそうですよね。
それに20何万人っている警察官のどれだけが関与しているのかって考えるだけで嫌になりますよ。」
二人はほぼ同時にため息をついた。
「いや、二人ともお咎めがなくてよかったですね。」
いつも通りの笑顔で、署長は山本と上田に対して言っている。
「署長の方こそよかったですね。あれだけのことをして、口頭注意だけで済んだんですから。」上田が言うと署長も「奇跡ですね」と言って笑っている。
「それで、署長としては予定外のことは何もなかったということでよかったですか?」山本が聞くと、署長は笑いながら、
「いえいえ、私の行動は全てその場しのぎで、どのようになるのかも検討もつかない状況でしたので、何も処罰されなかったことを感謝したいと思ってますよ。」
「そうですか。」山本がそっけなく返したことを、署長は気にもせずに、
「それで、監査室に行って新たに分かったことはありましたか?」
「何かとは?」山本が聞くと、
「前回の強盗事件と言い、警部は他者とは違う視点をお持ちだから、今回の『坊ちゃん狩り』についても何か違う見方をされているのではないかと思いまして。」
「そうですね。今回は署長のおかげで色々と助かりましたから、俺の妄想を少しだけお話ししますよ。」
山本が言うと上田はその横で驚いていたが何も言わなかった。
「監査室の坂本の話では、『坊ちゃん狩り』を行っている覆面集団には、統率が取れた動きと証拠を残さない様に細心の注意が払われて犯行をしていることが分かっています。
そのことから坂本は、覆面集団を『プロ』と称していました。
このことから、私が妄想したのはもみ消しを強要した警察上層部に反発した警察官が全国的に繋がり、今回の事件を起こしたのではないか、そしてその首謀者は、警察官の不正をただす仕事をしている監査官ではないかという感じです。」
「なかなか、人には聞かれるべきではないような妄想ですね。
でも、確かに坊ちゃんたちの悪行を知ったうえで、その人物の身を襲撃することを一般人ができるのかという点と、大人数で凶器を持って集合しているのに目撃者がいないというのも、警察官が情報を報告していないからと考えると、納得できる範囲にはありますからね。」
署長はあくまで微笑みを浮かべながら山本の話に賛同してる。
「署長、警部の妄想ですから、あまり相手にしない方がいいかと思います。」
上田が言うと署長は笑い声をあげ、
「暗闇でやみくもに動くよりも、手をかざして、壁を探さなければ現状は変えられませんよ。それに情報が少ないなら、妄想が妄想であることを証明し続ければ、おのずと真実に近づけるではないですか?
捜査も自由な発想と行動をしなければ真実にはたどり着けないと昔先輩から教わりましたしね。」
「つまり署長は、この妄想が正しいかどうかの捜査を行えと言っておられるということでよかったですか?」山本が聞くと、
「『真実は小説よりも奇なり』と言いますが、『妄想よりも奇なり』とは必ずしも言えませんからね。自分の信じたものを貫いて初めて、正義とは何かを問える立場になれると私は思いますよ。」
署長は含みのある笑顔を山本に向けている。
「それでは、署長命令で自分の信じた捜査を行わせて頂きます。」
山本はそう言って署長室を出ていく、上田は一人残って署長に聞く、
「正義を問える立場って何ですか?」
署長は微笑みながら、
「無知な者には、何が正しくて、何が間違っているかわからないから、とりあえず、何でもいいから知ることから始めてくださいということですよ。」
「そうですか・・・、了解しました。捜査に行きますので失礼します。」
上田は敬礼をした後、部屋から出て行った。
その後ろ姿を見ながら、署長は
「彼は、おそらくわかっていない気がしますね。」と言って笑った。
「署長という人がわかりません。」
自分たちの部屋に戻っての上田の第一声がこれだった。
「署長が何考えているかを考えることの方が無駄だと思わないか?
正義なんて言葉は人によって意味が違う。
例えば、戦争で一人の犠牲者も出さないような作戦を立てたとして、最小限の犠牲で戦争が終わるならと思う者と、相手の戦意を喪失させるような大打撃を与えなければ戦争は終わらないと考える者のどちらが正しいかなんて簡単には決まらない。
人が死なないに越したことはないが、そこで生ぬるい作戦を行った結果、無関係な人に危害が及ぶなら徹底的に駆逐するべきだ。」
山本が言うが、部屋にいる者は上田も含めて首をかしげている。それを見て山本が、
「つまりはお前らの反応と同じだよ。わからないなら自分でその答えが出せるだけの情報を仕入れればいい。わからないまま、放置してたら真実は見えてこないということだ。」
「はあ、なるほど。」上田が言い、三浦が
「さっきから何の話ですか?」と聞いた。山本はそれを無視して、
「で、三浦。借りれた人材は?」と聞いた。
「言われた通り若い順に3人ってとこが限界でした。」
三浦が一人ずつ紹介を始めた。一番若く、3人の中で一番背の低い藤堂、二番目に若く、一番背が高く体格もしっかりしてる加藤、3人の中で一番年長で少しぽっちゃりとしてる今川。三人とも紹介されると頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。
「3人か・・・、まあ予想よりは多かったか。」山本が言うと、
「そうですね。最悪一番若い奴だけってこともありそうでしたから。」
上田が続けて言うと、1番若い藤堂が、
「若い奴は使えないということでしょうか?」と強気な感じで聞く。
「いや、そんなこともないけど・・・・」
上田が言いかけたところで、三浦が山本もつかみ手繰り寄せ小さい声で、
「藤堂のことなんですけどキャリアで、課長としても持て余してたんで都合よく回された感じなんですよ。どうしますか、課長の方にお返しします?」
「マジか、キャリアの若造って。しかも今の感じから俺らのこと見下してる感があるよな?」
「ノンキャリがみたいなところはさっきからありますね。」
上田と三浦がひそひそと話していると藤堂が、
「何ですか、言いたいことがあるなら直接言えばいいでしょう。」
と言い、横から加藤が大きな声で、
「藤堂、お前は警部たちに対して失礼だろう。大体、目上の人に対する態度が悪すぎる。」
「うるさいですよ。加藤さんみたいに考えもなく、目上の人に言われたことしかできないような人が僕に意見しないでください。」
「何だと~」加藤が藤堂に詰め寄ろうとすると、二人の間に今川が割込み、
「まあまあ、二人とも落ち着いて。僕たちはとりあえず、山本警部のお手伝いに来ているんだから、それに組織捜査の基本はチームワークだからね。仲良くしようよ。」
一番年長の今川は一番腰が低い感じで言った。
「今川さんもバシッと言ってくださいよ。」加藤が詰め寄る、
「そうですね、どっちつかずが一番いけないと思います。加藤さんにもっと考えて動けと言って下さい。」藤堂も詰め寄り、今川が完全に挟まっている感じになった。それを面白そうに山本は見ていたが口を開き、
「藤堂、キャリアだか何だか知らんが、俺の下にいるうちは、ただの捜査員の一人だ。若い奴は雑用が多いのが決まりだから、言うことをきけ。
加藤、警察は疑うのが仕事だ、上司の言うことが常に正しいとは限らない。自分でその捜査の正誤を判断できるようになれ。あとうるさい。
今お前らが言いあってたことが他人から見たお前だ。そのへんを理解して、自分の在り方を見つめなおせ。以上。」山本がぴしゃりというと、藤堂・加藤は「すみませんでした。」と言って頭を下げた。
「あの~、僕は?」
若手3人の中で唯一名前も感想も言われなかった今川が不安そうに聞く。
「今川は、あ~その・・・・、上田お前も何か言え。」
急に話を振られた上田は驚き、
「あの~、その、何だろうな。そ、そうだ、後輩にはもっとビシッと言った方がいいぞ。優しく言っても受けあがるからな。」
「・・・・わかりました。」
不満そうに今川はそう言った。
「まあ、とりあえずここにいる6人で捜査を行うから、さっき今川が言ったように仲良くしろよ。」
なぜか三浦が最後をまとめたことを不満に思いながら山本と上田は三浦のことを見ていた。
「例の件ですが、滞りなく進んでいるということです。
あと、坂本から連絡があり、あいつが不審な動きをしているということでしたが、坂本に何かアクションを起こさせますか、それともこちらで何かしますか?」
ブラインドは締切られ、電気もつけられていない部屋の入り口付近に立った男が、椅子に座って腕組みをしている男に対して話しかける。
「どうしようかな。まあ、彼もバカじゃないだろうから、とりあえず様子を見よう。
問題は、行きすぎて目に止まって欲しくない人に見つかることだろう。」
腕組みをしていた男は、机の上に肘を乗せ、指を組んでそう言った。
「山本警部ですか・・・・・」
入り口付近にいる男が言う。
「まあ、山本に見つかるのはいいし、最後に彼の役目があるからいいんだけど、あまり早すぎるとこちらが厳しくなる。少しこちらから釘を刺しておいてくれ。」
「了解しました。」
男は入り口から外に出て行った。
椅子から立ち上がり、ブラインドを開け陽光を受けた男がひとり呟いた。
「警察組織の膿が出終わったら、山本、お前の出番だよ。」
そう言って黒木は空を見上げた。
「で、捜査って何をするんですか?」
西署の山本警部の部屋で三浦が聞いた。
山本の仮説と署長からの命令の内容を伝えたところ、戸惑いながら三浦が聞いたのである。
「とりあえず、情報収集だ。」
山本が言うと、上田が難しそうな顔をして聞いた。
「でも、事件は全国各地で起こってますし、自分達で全部の事件の情報を集められるわけでもないですよ。
それに、事件の主犯を監査官だと仮定するなら、僕らの動きは常に監視下にあると考えるのが妥当だと思います。」
「というか、悪人とはいえ、市民に対して警察官が暴行を加えたことを明らかにすると警察組織の信頼は地に落ちますよ。」
キャリアである藤堂は警察組織の維持が重要だと主張しているようだ。
「あん、警察組織守ることより市民守ること考えろよ。市民を守るのが警察の仕事だろうが。」
加藤が言い、藤堂とのにらみ合いが始まる。
「で、でも、市民を守ることも大事だけど、警察組織がなければ犯人は逮捕できないし・・・、それに警察組織に信頼がなければ市民も助けを求めることができないじゃないかな」
にらみ合いを続ける二人の間に入り、今川が言ったが、そんな事そっちのけでにらみ合いは続いていた。
「今川の言う通りだ。警官が暴力をふるっていたことが公になれば、確かに警察組織への信頼はなくなるかもしれないが、悪人を見逃せば同様に信頼は失われる。
どうせなくすなら、自分たちがやっていい気持で終われる方を選ぶべきだ。
そのためには・・・・」
山本が言うと上田が、
「そのためにはどうするんですか?」と聞く。
その場にいたすべての人間が山本の答えをじっと見つめて待っている。
「・・・・どうしよう。」
山本が言うと、上田を筆頭に全員が肩を落として、そこから笑い声をあげた。
「何やら楽しそうですね。私もまぜてください。」
突然聞こえた声に全員が振り返ると署長が笑顔で立っていた。
それを見て若手の三人が同時に「すみません」と言って頭を下げた。
「いや、別に怒っているわけではないのですが。」
署長は微笑みながら、少し困った感じで言った。
「署長、何かありましたか?」山本が何もなかったように聞く。
「いえ、先ほど言い忘れたのですが、南署の署長はまだ、処分が下されていないため南署にいるということを言ってなかったので伝えに来ただけですよ。
いいですね、笑顔の絶えない仲良い職場。私、基本的に署長室に来てくれる人がいなくて寂しいですから。」
「三浦でよければお話し相手にどうぞ。」
上田が言うと、三浦が「えっ?」と言い、署長が「ありがたいですが、人員の無駄になりますからね」とやんわりと拒絶し、三浦はショックを受けていた。
「南署に行けば何かわかるということですか?」
一連の会話を無視して山本が聞く。
「さあ、どうでしょうか。ただ地方に出向させられるほどの権限が私にはないので、近場で事件のことが聞けるのは彼だけだと思いましてね。」
署長もさっきまでの会話がなかったものであるかのように普通に答えている。
「まあ、捜査としては意義がありそうですね。」
上田が言うと、署長は嬉しそうに
「そうですか、お役に立てて嬉しいですよ。また何か進展があれば教えてくださいね。」
署長はそう言って、部屋から出て行った。
「確認なのですが、ふざけていたのをお怒りに来られたのではないということでよかったですか?」
今川が聞く、
「ああ、署長は暇があるとこの部屋に来て、雑談して帰ってくから大丈夫だよ。」
上田が言うと、新人3人は胸をなでおろした。
「とりあえず、南署の署長に会いに行くか」
山本が言うと上田が聞いた。
「誰と行きますか?」
今までなら上田と山本しかいなかったところに4人増えたということはそれぞれの仕事を決めなければならないことに気付いた山本が
「ああ、じゃあ、藤堂・今川は俺と一緒に南署へ、上田は三浦と加藤と今までの『坊ちゃん狩り』の映像を見て、何か捜査に役立ちそうなことがないかの確認だ。」
「わかりました。」
上田がそう言うと、直ぐに加藤が、
「自分も警部にお供したいです。藤堂よりかは役に立つと思いますが?」
「確かに行動力の面からすると加藤がついてくる方がいいかもしれないが、それでは、藤堂が成長しない。それに、上田・三浦は分析力に関しては俺よりもいいところがある。加藤に足りないのは、考えて行動することだから、二人に学んで行動力と分析力を併せ持った刑事になれ。」
「わかりました。ご期待に沿えるように頑張ります。」
加藤が勢いよく言う。山本は「がんばれ」と言って、藤堂と今川を連れて部屋を出た。
「運転は藤堂、今川は助手席で道案内。」
山本はそう指示を出して、さっさと後部座席に座った。
車に乗ると、今川が、
「警部、加藤を残したことは先ほどのお話で理解したのですが、僕がこちら側なのはどうしてでしょうか?」
「不満か?」
「いえ、上田さんと長らくコンビだったので、上田さんがご一緒の方がいいかと思いまして。」
今川がオドオドとそう言うと、藤堂が言った。
「警部と一緒が嫌だと言ってるようにしか聞こえませんよ。」
「そうじゃないけど、僕もあまり捜査に出ずに資料整理が多かったから、そっちの方が向いてるかなと思って言っただけだよ。」
弁解しようと今川は必死に言う、山本がいつもの調子で
「別に今川はどっちでもよかったんだよ。」
「えっ、僕いらない人材でしたか?」
今川が不安げに聞くと山本は笑って、
「違う、違う。藤堂と加藤の仲裁役をしている時点で、こいつには人を見る目があると思ってたし、押しは弱いけど自分の意見を言えるだけの分析力もあった。
聞き込み組と分析組どちらでも役に立つだろうと思ったが、まあ、俺の興味としては聞き込み組に入れて、その実力を見てみたかったのと、あとは・・・」
「あとは何ですか?」今川が聞く、
「藤堂の扱いが一番うまいのはお前だと思ったからな。」
「いやそんなことないですよ。」
「まあ、謙遜するな。藤堂は加藤に対して強気で行くけど、今川に対してはどこか弱い感じがしてたからな。」
運転していた藤堂が、
「それはそうですよ。今川さん、いつも頼りないし自分から発言することもないですけど、一応キャリアですから。キャリアの先輩には僕も遠慮したいところですから。」
「いや、別にキャリアだからとかじゃないと思うんだよね。偉そうにふんぞり返ってても、仕事できるわけじゃないからさ。大事なのは人間関係だよ藤堂。」
「へ~、キャリアだったのか今川。雰囲気ないな。」
「警部もやめて下さいよ。警察官であるのはキャリアでもたたき上げでも変わらないんですから。」
「藤堂、見習えよ。お前、めんどくさいから俺のとこに課長が出してきたらしいぞ。」
「そうなんですか!くそ、出世して地方にとばしてやる。」
「だから、そういうとこ直せよ藤堂」今川が言う。
「まあ、いいじゃないか。藤堂お前に聞き込みのアドバイスだ。
まず、人間を見極めろ。プライドの高い奴は、下手にでて、ボロを出したときに畳みかける。慎重な奴には嘘を織り交ぜながら、少しずつ自分の聞きたいことを自分から話させる。
一番ダメなのは、初対面で相手を怒らせることだ。情報が一切出てこなくなる。」
「どうしたんですか、急に?」藤堂が聞く。
「相手の出方を予想して、相手の望むことをしながら情報を得る。そして、ここぞという時に反撃に出る。出世したいなら、相手をよく見ることだ。人間関係がうまくいかない奴は、いざ上に立った時に足元から引きずり降ろされるんだよ。
要するに、今から他の奴を見下しとくと、出世した後でそいつらに痛い目にあわされるってことだ。」
「みんなと仲良くしろということですか?自分より能力が劣っているのに偉そうにされるのは耐えられませんよ。」
「藤堂」
今川が言いすぎていることに制止をかけようと名前を呼ぶ。
「まあ、今川いいじゃないか。ここには俺らしかいないんだから。
でもな藤堂、お前が見ているその人は、結局その人の一側面なんだよ。
例えば、上田なんて普段へらへらしてて、何の役にも立たないような気がするが、
警部補だし、何よりあいつは運転がうまい。どんな細い道でもすらすらと通るし、やれと言えばドリフトもできる。」
「上田さん、そんなこともできるんですか?」
驚いて声に出したのは今川だったが、藤堂もルームミラーに写っている顔は驚いていた。
「見た目で判断できない奴なら他にもいるぞ。
三浦なんて、俺と上田のパシリをしているが、なんだかんだで有名な国立大学法学部出身のエリートで画像解析に関しては、うちの署一の腕前だ。」
「あ、あのいつもダメな感じの三浦さんまで」
「今川さん、失礼ですよ。」藤堂が言う。
「まあ、そういうことだ。藤堂が見下している奴らも何かしらそいつだけの特技や能力がある。お前や俺らが気付いてないだけで、人には何かしら、すごいと思える能力があるんだよ。見下す前にその人の長所を探せ。そして、見つかったなら、自分のためにその人の能力がどのように活かせるかを考えればいい。
俺は出世には興味もないし、自由気ままに捜査できる今の状況が気に入ってる。でも、お前らみたいに将来的に人の上に立つなら覚えておけ。
人の欠点でその人を判断すると、それは自分にも帰ってくるってことを。」
「わかりました。」今川が答える。
「わかりましたけど・・・」藤堂が納得いかないと言った感じで言う。
「どうした?」山本が聞く
「加藤さんの・・・、いいところが見つかりそうにないです。」
藤堂は小さな声で言ったが狭い車内では、聞き取るのに十分だったので、山本と今川は声を出して笑ってしまった。
「あ、あの、自分は何をしたらいいでしょうか?」
部屋に残った上田・三浦・加藤は、公開されては削除され、また投稿されを繰り返されている『坊ちゃん狩り』の動画を集めて、一つずつ見ては、上田と三浦がそれぞれの動画の内容に関して、意見を言い合っているが、加藤は二人の会話について行けず、戸惑いながら聞く。
上田と三浦は、加藤を見て、何か気づいたように手を「ポン」とうち、
「悪い、加藤。忘れてた」と上田が言った。
「えっ、自分の存在忘れてたんですか?」
「いや~、いつも警部か三浦のどっちかと二人で捜査してたから、一人増えてることになれてなくてな。」申し訳なさそうに上田が言い、三浦が
「動画を見て、気になったことを言ってくれたらいい。」
「でも、自分の意見なんて役に立つかわかりませんし、何より自分が気付くようなことはお二人も気づいていると思うのですが・・・」
加藤が言うと、上田が真剣な顔で、
「それは違うな。役に立つかどうかを決めるのは、俺と三浦がするし、裏付けは後で、みんなでするから、とりあえず情報を出さなければいけないんだよ。どんどん意見出すことで捜査の幅が広がると思え。」
「それに、見る人の趣味や経験によってものの見方は変わるんだよ。
例えば、被疑者の服装を見て、黒っぽいジャージにジーパンをはいて、スニーカーで、頭に帽子をかぶっていたという情報があったとする。
スポーツをやっていた人が、ジャージを見てどこのブランドのジャージかを教えてくれれば、被疑者の特定は進むし、ジーパン好きな人がそのジーパンをどこで売っている物とか限定品とかの情報をくれたさらに特定できる。スニーカーだって帽子でも何か特徴があればそれで被疑者の特定に役立つんだよ。
俺や上田さんが気付かないことをお前が気付くことは十分にあるから、何かわかったことがあればとりあえず言え。
それに、自分だけそうかもと思うよりは、みんなに聞いて、そうだった方が情報の信用性が上がるからな。」
「わかりました。頑張ります。」
加藤が凄い勢いで言ったので、二人はやや引き気味になったが、それも加藤のいいところかと思い直して、「おう、がんばれ」と言って、画面に視線を戻した。
画面を見ながら、三浦が
「でも、警部が藤堂を連れて行くのは驚きましたよ。
課長はとりあえず、お客さん扱いで何をやらすでもなくって感じだったからまさか取り調べに連れていくとは思ってませんでしたよ。」
「まあ、警部もどちらかというと、そんな感じの扱いを受けてきたから、わざとそうしようと思ったかもしれないし、加藤と一緒だとまたけんかになると思って連れて行ったのかもしれないな。」
上田が言うと加藤が、
「いや、そんなにけんかしませんよ。自分はただ、藤堂がみんなに溶け込めるようにアドバイスをですね。」
「まあ、確かに色々とかまってはウザがられてるからな。」三浦が言う。
「えっ・・・・」ショックを受けた感じで加藤が黙る。
「でも、藤堂は別に加藤が嫌いって感じでもないと思うぞ。
どっちかって言うと正直に自分の思ってることを本人に言えるくらいの間柄の様に感じたけどな。」上田が言うと加藤が嬉しそうに、
「ホントですか?」と聞いた。、三浦も
「確かに部署の方の部屋にいても、藤堂とまともに話してるのは加藤だけだった気がしますね。」
鼻をすする音が聞こえて、上田と三浦が振り返ると、加藤が涙を流していた。
「そうなんですよ。キャリアだからって、みんな避けて、それで一人になってへそ曲げたんですよ、あいつは。
もっと、今川さん見習えよっていつも言ってたんですけど。」
「加藤も藤堂も今川に対しては、意見はしてるけど相手にしないとかはないよな。腰の低い先輩下に見る後輩とかいるだろう?」上田が言い、三浦も
「いますよねそういう奴。でも、確かに加藤がしっかり先輩として対応するのはわかるけど、藤堂も今川に対しては加藤とは違う意味で正直に従ってる感じですよね。」と不思議そうに言った。加藤が首をかしげて二人に向かって、
「えっ、今川さんはキャリアだから藤堂もしっかり言うこと聞きますよ。」
上田と三浦は同時に「えっ!」と驚き、そして、上田は三浦も一緒になって驚いていることにも驚いて聞いた。
「お前知らなかったの?」
「いや、今川はなんて言うか、普通なんですよ。他の先輩方がコピー頼んだり、聞き込みの時に運転手させたり、なんていうか普通の若手のする仕事もどんどんやってたというか、キャリアの雰囲気が全くなかったので。」
「そうなんですよ。今川さんキャリアだけど色んな雑用も進んでやるんで、先輩方の中にはキャリアだということ忘れてる人多くて。でも本人もまったく気にしてなくて、そういう所をいつも藤堂に見習えって言ってるんですよ。」
加藤の言葉に、それまで上田と三浦の抱えていた疑問の「今川を見習え」の意味が解決した。確かに温厚で誰とでもすぐ仲良くなれそうな人柄で加藤と藤堂両方に見習わせるべきところはあったが、少し弱気そうなところが目立つ今川のどこを見習うのだろうと思っていたからである。
上田と三浦は顔を見合わせてから加藤の方を向いて、二人で
「なるほど。」と言った。
「北署の人間が一体何の用だ?」
南署に到着した山本達は、さっそく署長室に向かい、ドアを開けたところ不機嫌そうに、椅子に座っていた南署署長が言った。
「少しお話を聞きたくて来ました。今回のもみ消しについてです。」
山本が相手の顔色を気にすることなく言った、その後ろで藤堂は、あれ、南署の署長は怒らせないようにするべき部類の人間じゃないだろうかと思いながら、車の中での聞き込みのアドバイスに関して疑問を感じていた。
「私は忙しい。お前らにかまっている暇はない、帰れ。」
南署の所長が怒鳴り、藤堂が前に出ようとするのを山本が手で制し、
「自分で蒔いた種を拾うのが忙しいということですか?」
山本の後ろで立っている二人は何を言ってるのかわからず、山本の顔を不思議そうに眺めていた。
「な、何だと!お前、北署の署長の回しもんだな?」
「いいえ。確かに所属は北署ですが、監査官の坂本から代わりに話をきけと命令が来ましてね。それで来てるので、帰るわけにはいきませんし、なにより、追い返されたと坂本に言えば、あなたの立場はどうなりますかね?」
山本はすらすらと言っているが後ろの二人は一層不思議そうな顔で山本を見ている。
「あの生意気な監査官の回し者か。・・・・・わかった何が聞きたい。」
「では、まずあなたに事件のもみ消しを依頼した人物は誰ですか?
渡辺監査室長、高村刑事副部長、それとも鈴木副総監ですか?」
「刑事副部長だ。副総監は北署の人間が甥の話に気付くまで全く知らなかったらしい。とんだとばっちりだよ。暴いた刑事の顔が見てみたいものだ。」
藤堂が山本の顔を覗き込むくらいに出てきていたので、山本は頭に手を置き後ろにつき返した。それを見て南署署長が聞いた。
「さっきから後ろの二人の様子が変だがどうしたんだ?」
山本が二人を一睨みしてから、
「すみませんね。二人とも若手で初めての聞き込みなのでしっかり勉強しろと言ったら少し前のめりになりすぎた様で。」
「なんだと、監査官から頼まれた仕事に新人を連れてきたのか、お前は。」
「まあ、そうなりますね。次の質問ですが、いくら署長でも事件のもみ消しなんて一人では無理ですね。もみ消すように指示を出して実際に行動したのは誰ですか?」
山本が南署署長の怒りをものともせずに、淡々と聞き込みを続ける。
「話を聞いているのか!」
南署署長が叫ぶが山本は冷たく、
「あなたは、私の質問に答えればいいんですよ。あなたの免職も時間の問題だろうし、あんたは免職になれば犯罪者の仲間入りだ。少しでも自白して保身に繋がることを祈れよ。」
山本の後ろの二人はこれまで接してきた警部と違う人物が目の前にいるように感じて恐怖すら感じていた。南署署長も同様に感じたのか顔を引きつらせ、
「うちの管内にある交番勤務の若い巡査が、暴行現場に最初に向かったので、金を渡して、黙らせた。あとその他の事件に関しては、うちの刑事課の課長に指示して、高村刑事副部長のご子息の事件だけ、もみ消すように指示をした。」
「その巡査の名前と、課長の名前は?」
「巡査が森川で、課長が田中だ。」
「ご苦労様でした。これであなたの警察官としての時間は終わりだと思いますが、自分の蒔いた種もひろえないままで残念でしたね。失礼します。」
「な、ちょっと待て、正直に話したんだから何かしら便宜を・・・」
必死に助けを求める南署署長に対して、山本が笑顔で、
「無理でしょうね。ここにいるキャリア二人にあんな暴言はいといて、警察に残れると思う方がおかしいですよ。」
そう言って山本は部屋を出て行った。それを見て今川が続く。藤堂は南署の署長をにらみつけてから、二人の後に続いて扉を思いっきり閉めた。
「バン」という音に対して南署署長が「ヒィ」と小さく言ったが、むなしく署長室に響いただけだった。
「警部」
署長室を出た今川が、山本を呼び止めた。
「どうした?」
いつもと変わらない感じの返答が来たことで、先ほどの恐怖を感じた人物と同じ人物なのかと疑いそうになりながら、
「監査官の名前を勝手に使ってよかったんですか?
坂本さんって結構、出世街道に乗ってて逆らうと怖いって聞いたことあるんですけど。」
「そうなのか?あいつ俺の前ではいつもニコニコしてるからそんな感じなかったけどな。」
「そうなんですか?年上のキャリアの人でも坂本さんに頭が上がらない人多いって聞きますよ。」
「まあ、大丈夫だろう。あいつには貸しがあるから、ちょっと名前使うくらい大丈夫だろう。」
「警部、車の中でのアドバイスと違ったじゃないですか!」
後から追いついた藤堂が走ってきた勢いそのままに聞いた。
「何が違った?」
山本は全く分からないという感じで聞き返した。
「最初に怒らせるなですよ、警部」
今川が言い、藤堂も「そうですよ」と言って同意する。
「ああ、あの署長はプライドが高いくせに、自分より偉い奴に弱いっていうタイプだからな。少し変則的にせめたんだよ。」
「最初から、あの署長の性格を理解していたということですか?」
今川が聞く、
「うちの署長のとこに助けてくれって泣きついて来たらしいから、そのへんから予想してたんだけどあたってよかったな。」
「うちの署長って、偉い人なんですか?」
藤堂が聞く、
「どうだろうな。でも、ここの署長は、少なくとも自分よりは偉いと思ったから助けを求めたんじゃないか?」
「あの、自分の蒔いた種って何ですか?」
今川が聞く
「ああ、あれはあの署長が、最初坂本に言われて、うちの署長にも言われた言葉をそのまま言って自分の背後に偉い人がいると見せたかったから言ったやつだ。」
山本が言う。藤堂がずっと気になっていたことを聞いた。
「あの、先ほどから坂本と呼び捨てにされてますけど、監査官を呼び捨てにしていいんですか?」
山本は何がいけないのかわからないという感じの顔で言った。
「あいつは大学のゼミの後輩だからいいんじゃないか。」
「えっ、警部は京泉大学法学部の三橋ゼミの出身なんですか?」
「何だ、知らなかったのか?だいぶ前からみんな知ってる話だと思ってたぞ。」
「いや、僕らにまでその情報は来てませんでしたよね、今川さん。」
「そうですね。たぶん加藤も知らないと思いますよ。」
「まあ、いいだろう。過去より今だ。」
そんなことを言っていると、山本達に近づいてくる男がいた。
山本達が自分に気付いたことを察したのか男は立ち止まり、頭を下げて、
「初めまして、刑事課課長の田中と言います。」と言った。
「あ、あのもみ消しを指示されていた・・・」
藤堂が言い、今川が無言で藤堂を黙らせようとした。それを見て田中が、
「かまいません。そちらの方の言う通りですから。」
「すみません、田中課長。もみ消しについてお話をお聞かせ願いますか?」
山本が丁寧に言うと、田中が
「お話は少し移動してからさせてもらいます。お会い頂きたい者もいますので。」
と言って進行方向に手を出して誘導する。
「わかりました。」山本達は田中の言う通りに移動することにした。
「こちらです。」
そう言って田中がドアを開けると、中には一人の若い男が直立不動で立っており、田中を見た瞬間に頭を下げた。田中が、
「彼は、交番勤務でもみ消しにも協力させられた森川です。」
「どういうことですか?なぜここに彼もいるんですか?」
山本が聞くと、田中は
「北署の方がうちの署長に会いに来られたと聞いて、もしかしたらと思いまして彼も呼んでおいたんです。あの署長のことだから我々に全て擦り付けて自分の保身を優先すると思ったので。」
田中の言葉を森川はとても悔しそうに聞いていた。
「まあ、俺らとしては手間が省けたので良かったですが、ここで証言することに嘘をつかないでください。この後監査官に報告しますが、できればあなた方はあのアホな署長に無理やり協力させられたということにしたいので。」
山本が言う。それを後ろで聞いている今川・藤堂は、警部は、次は嘘を織り交ぜながらの聞き込みかと思っていたが、どこからどこまでが本当で嘘なのかを判断しようと一生懸命に考えていた。
「いえ、我々も加担してしまった以上はその責任をしっかりと負いたいと思います。いいな森川?」
「はい」
二人の決心が本物のようでどんな処罰も受ける覚悟があると確信した山本は、
「まず、最初に申し訳ありませんでした。」
山本はそう言って頭を下げた。何が起こったのかわからない田中・森川はどうしたらと言った感じで今川・藤堂を見てきた。見られたところで警部のしたいこと等、自分達にもわからないといった表情をするしかない二人だった。
「実は、俺らは監査官からの命令で動いているのではなく、今回の『坊ちゃん狩り』について、ある仮説をもとに捜査を行っていたんですが、捜査のしようがなく、ここの署長にかまをかけに来ただけだったんです。
本当の話を聞くためにお二人に対しても監査官の名前を使いましたが、処分を受ける覚悟がある方にこの嘘は失礼になると思いましたので謝罪します。」
山本はそう説明してまた頭を下げた。田中は怒るでもなく
「頭を上げてください。もとをただせば我々がいけないことをしたせいです。」
「その通りです。」
森川も田中の意見に賛成と言った感じで頭を下げた。
「ありがとうございます。では、ここからの質問は今川、お前がしろ。」
そう言って山本は今川の方を見た。今川は突然の指名にどうしていいかわからないと言った感じになったが山本が田中たちの方を見て
「すみません。嘘をついた俺には話したくないと思いますので、優秀な後輩に任せさせてもらいます。今川頼んだ。」
そう言って山本は今川を押し出し、今川の後ろに立っていた藤堂の方に近づいて来た。この時、藤堂は山本の顔を見て、本当に怖い人だなと思った。
指名された今川は仕方ないので、前に出て、
「まずお二人にお聞きしますが、もみ消しに協力した件数はどれくらいでしょうか?」
今川は無難なところから攻めたと思い、山本を確認する。山本は黙って特に何もせず、こちらを見ているだけだった。
「僕は、暴行事件に居合わせた一件だけです。」森川が言い、
「私は、森川の関わった者も併せて18件ほどです。」
田中も素直に答えている。先ほどの山本警部のやり取りのおかげだなと思いながらメモをしていると後ろから藤堂の声が聞こえ、
「本当にその件数であってるんですか?」
「おい、藤堂失礼だろ。」
今川が言うと藤堂は「すみません」と言って引き下がった。
「すみません。次に、なぜ協力したのかという点をお聞きしたいのですが、上司からの圧力だけでということはないですよね?」
今川はまた山本を見ると今度は、
「いちいち俺を気にしなくていいから自分の聞きたいこと聞けよ」
山本が冷静に言い放って、
「すみません。で、田中さん・森川さんどうでしょうか?」
今川が聞くと、二人とも下を向いてから田中から話し始めた。
「私には、今年6歳になる娘がいるのですが、生まれつき肺に病気を抱えていて、医師からは手術が必要になると言われていました。でも、その費用が用意できず、現状では娘の通院・治療費で精一杯で、その費用を準備することもできなかったのですが、最近病状が悪化して、すぐにでも手術が必要になり、困っていたときに、署長から事件のもみ消しに協力してくれれば、手術費用を出してくれると言われて。」
「それで、事件のもみ消しを行ったということですか?消費者金融などを利用する等の選択肢もあったんじゃないですか。なのになぜ?」
今川は田中に同情しながらも、追及を続けていた。
「刑事課の課長という役職上、借金を作ることができませんでした。親族にもこれ以上頼れるような人がいなく、全ては私が世間体を気にしたために起こったことです。その責を負うことはお金を受け取った時点でできていました。
どのような処分でも潔く受けさせてもらいます。」
田中は頭を下げ、涙を流している。後ろから山本が聞いた。
「で、娘さんはどうなったんですか?」
「おかげさまでと言うのもなんですが、病状は回復して、医師の話ではこれから快方に向かうということでした。」
「よかったですね。」山本が言い、横から
「確かに娘さんの病気が良くなったことはよかったですけど、犯罪によって助けられた命を娘さんが感謝するとでも思ってるんですか?」
藤堂が怒鳴り気味に言い、田中はうつむいていた顔を上げて、強い意志がこもった表情で
「娘に軽蔑されてもかまいません。どんなに批判されようとも、親と言うものは子供に生きて幸せになって欲しいものなのですから。」
「それでも・・・」藤堂が言いかけたところで、山本が止める。
「田中さんはわかってるんだよ。お前の言いたいことも、自分の罪の重さも。
それでも、守りたいものがあった。手段は褒められたものではなかったとして、必死に守り抜いたんだよ。」
山本はそう言いながら、頭の片隅に五條の顔が浮かんでいた。
藤堂も山本の言葉を聞いて黙り込み、しばらく沈黙が続いたが、今川が、
「え~と、森川さんはなぜでしょうか?」
田中に対しての意見が浮かばなかったのと、これ以上田中さんを責めることはできないと思い話を変えるために森川に話を振った。
「僕は、昨年死んだ親父が、がんでその治療費のために母が借金をしていて、その返済のためにお金が必要でしたし、あの時署長に逆らえば、何かしらの理由を付けてやめさせると脅されていたんです。警察官になるのが小さなころからの夢で、せっかくなれたと思った矢先にこの事件が・・・」
「署長に加担したことで、その警察官もやめざるを得ないということになりましたが?」
今川が言うと、森川も涙を流して、
「自分には選択肢がなかったとはいえ、被害者の方に警察官として顔向けできないことをしてしまいました。大変後悔しています。この後、退職願を出しに行こうと思いま・・・・」
森川が言いかけたところで、ドアが「バン」と開き、スーツ姿の男がまず二人入ってきた後に、この前山本が会った坂本の上司の吉本が入って来た。
吉本は山本を見て、少し会釈し、山本もそれに返す。吉本が
「刑事課課長田中・交番勤務森川、本庁監査室の者です。
事件のもみ消しについてお話をお聞きしたいのでご同行願います。」
そう言って、先に入って来た男たちが田中・森川に一人ずつ付き、腕をつかんで無理やり連れて行こうとする。それを見て今川が、
「吉本さん、こちらの話がまだ・・」
「今川、所轄に出向中のお前の話と監査官である私の話なら優先されるのが、どちらか等、言わなくてもお前ならわかるだろう。」
「すみません。」
今川が引き下がる、吉本は部下であろう男たちに「連れていけ」と命令を出し、二人は腕を引っ張られて出て行こうとした。田中が山本とすれ違いかけた時、田中は捕まれていない方の腕を一瞬山本のジャケットの腰ポケットに入れた。
その早業は、引っ張っている吉本の部下はおろか、近くにいた誰にも気づかれないものであった。
部屋から出る時に田中は立ち止まって、山本に向かって
「色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした。後のことはよろしくお願いします。」
そう言って、頭を下げて部屋を出て行った。吉本は「先に車に行ってろ」と指示を出して山本の前に来て言った。
「なぜ、山本さんが彼らとお話をされていたのかお聞かせ願えますか?」
「たまたま、この署の署長さんにお話があって来ただけですよ。そしたら向こうから話しかけてきたので相手してただけですよ。」
「そうですか・・・」
「で、吉本さんはどうして、この部屋が分かったんですか?」
「この署の署長が、今、署に北署の者が監査官の名前を使って来ているが本当かと問い合わせてきましてね。まさかと思ったんですがやはりあなたでしたか。」
「まあ、この間の借りを勝手に今返済してたところですよ。」
山本は落ち着いて、少し微笑んでいるようにも見える。
「そうですか。それではこれで貸し借りなしと言うことでいいですか?」
「ええ。ところで、来るなら坂本だと思っていたのですが?」
「残念でしたね。坂本は仕事で地方に出てましてね。他の監査官ではあなたに融通が利かないので私が来たんですよ。」
「それは、それはありがとうございました。」
「で、収穫はありましたか?」
吉本が探りを入れるが、山本は肩をすくめて、
「いえ、人情話を聞いただけで、特には何も。」
「なるほど、次から我々の名前を使う時は事前申告でお願いしますよ。
こちらも、寝耳に水では対処ができませんからね。」
「名前を使ってもいいということですか?」
「できるだけ控えてください。我々も忙しいのでいちいち確認できないですから、こうしてここまで来るだけで無駄な労力を使っているんですから。」
「すみません。」
「ところでもう一度聞きますが収穫はなかったということですね?」
吉本が念を押す。山本は笑いながら
「ええ、全く何も。」
吉本は「そうですか」と言って部屋を出て行った。
「いや、吉本さんが入って来た時にはどうなるかと思いましたよ。よかったですね、お咎めなしで。」
運転しながら藤堂が言い、今川も「そうだね」と言っているが、山本からの反応はない。藤堂が、
「それにしても、今川さんが吉本さんに意見するなんて、何か心情の変化ですか?」
「べ、別にそういうことじゃないけど。まだ全然捜査が進んでなかったし、もう少し聞きたいこともあったのになあと思ったらつい出ちゃってさ。」
「つい、で出世コースふさぐところでしたよ。」
藤堂が笑いながら言う。二人は山本の反応がないのが気になって、赤信号で引っかかるのを待って、山本の方を振り向いた。山本は小さな紙きれを黙ってじっと見つめていた。藤堂はアイコンタクトで、今川に聞いてくださいよと訴えかけ、今川もそれに気づいたのか、首を横に小さく振る。藤堂に促され、今川が、
「警部、それは何を見られているんですか?」と聞く。
山本は声を掛けられて初めて、二人のことを思い出したように、
「・・・ああ。これは田中が出ていき際に俺だけにわかるように渡してきた紙だ。」
「えっ、そんなことありましたか?」今川が驚き、
「それって、何か吉本さん達には言えないことを警部だけに伝えたかったってことですよね」
藤堂も興味深げに聞く。
「ああ、たぶんな。ただ、この紙は、南署の人間の名前が書かれていて、ところどころに名前にバツがついてるだけで、これが何かはわからないな。」
「そのバツが、もみ消しに協力した人間ってことじゃないですか?」
「まあ、詳細はわからんが、署に戻ってからだな。」
「そうですね。」
藤堂が言うと、今川が言いにくそうに
「警部、あの~・・・・」
「どうした?今川なんか言いたいことがあれば言えよ。」
「あの、僕の聞き込みはどうだったでしょうか?」
「ああ、そういえば、聞き込み中も俺のこと気にしてたな。
まあ、60点ってところか。途中で邪魔が入ったから何とも言いにくいがな。」
「60点ですか・・・、今後のためにダメだったところをお願いします。」
「そうだな。良いところは、聞く内容は徐々に核心に迫るような流れだったからよかったし、冷静に話をきけていたのはいいと思った。
次に悪かったところだが、感情を揺さぶれていないところがダメだった。相手を怒らせるなり、おだてるなりして、本音を引き出すようなことができてなかった。」
「感情を揺さぶるですか、怒って余計ことを口走らせるように仕向けるってことですよね。」
「ああ、途中で藤堂に口を挟ませて、田中さんの覚悟のこもった言葉が聞けただろう?」
「あれ、警部が言わしたんですか?」今川が聞く、
「そうですよ。いくら僕でもあそこであんな失礼なこと言う勇気はありませんよ。警部がとにかくなんか否定しろって、いうから言ったのに、今川さん凄い怒るし、やるせない感じでした。」
「悪い、悪い。怒らせた方が、本音が出やすいが、褒めて気分良くしてから突き落とすのもまた一つの方法だ。
あと、今川の一番悪いところは、俺を気にして、その態度が相手に見え見えだったことだ。根拠がなくても堂々としてなければ相手はこちらを騙せると踏んで本当のことは話さなくなる。それじゃあ、聞き込みの意味がなくなるからな。
何もつかんでなくても、今のうちに、吐いた方が得だぞって相手に見せるくらいじゃないとだめだな。」
「なるほど。以後気を付けます。」
今川がしょんぼりとしながらも、前向きにとらえているようだった。
山本達が、署長室を出た頃、北署では、上田・三浦・加藤の三人がずっと、映像を見ていた。
「ダメですね。暗いところで撮られてる上に、全員が無地の黒い服で、特徴もなし。凶器のバットに関してもメーカーがわからないように色を塗りなおしてるようですし、覆面グループの声も一人しか入ってませんし。手掛かりゼロですね。」
三浦が伸びをしながら、そう言った。上田も同様の感想を抱いていた。
「休憩にするか。加藤、コーヒー頼む」
上田が言うと、三浦も「俺も」といった。加藤は「わかりました」と言って、
部屋から出ていった。上田がテレビをつけると、昼の情報番組が始まるところだった。
「もうこの番組の時間ですか!飯食ってないや。」三浦が言い、
「そうだな。加藤には悪いけど、何か買いに行ってもらうか。」
上田もおなかを抑えながら言った。
「本日は、最近世間で話題になっている『坊ちゃん狩り』についてです。」
テレビの中で美人な女性アナウンサーが、番組の内容の説明を行っている。
「佐々木アナも、前の事件では辛い思いしましたよね。友人が銀行強盗の真犯人で、自分もその目的の一部に、知らないうちに加担してたんですから。」
三浦が言う。この女性アナウンサーは佐々木といい、五條の行った銀行強盗についての計画を建てる段階で参加していた人物だった。そして、最も早く京泉大学元教授の三橋を公の場で批判した人物でもあった。強盗の目的が三橋元教授を貶めるための犯罪だったため、山本警部からすれば、目的の一部に加担したと判断されたが、三浦の言うように五條の計画を知らないうちに、三橋を私怨によって、批判したことで三橋と言う人物に注目が集まるきっかけを作っていた。
当然、彼女は自分の私情が入っていたとはいえ、アナウンサーという仕事をしていただけで、犯罪に問われることはなかったが、五條が逮捕された後は、五條が自身の友人であり、五條の計画に加担してしまったことも正直に番組で謝罪した。一部で批判も上がったらしいが、それよりも多くの応援・励ましを受け現在もテレビ番組に出続けている。
「確かにな。」
上田は三浦の言葉を肯定して、佐々木アナを見ていた。
「佐々木アナのファンなんですか、上田さん?」
加藤が、コーヒーを持って帰ってきて聞いた。
「ああ、まあな。この前の銀行強盗の時に実際に会ったけど、かなり美人だったぞ。」
「本当ですか、自分も会いたかったです。」
加藤が興奮気味に言っているのを無関係に三浦が、
「加藤、悪いけど昼飯何でもいいから買って来てくれないか?」
そう言いながら、5千円札を出している。加藤は受け取り、
「三浦さんのおごりですか?」
「バカか、領収書貰って来いよ。上田さん何がいいですか?」
「加藤の食べたいものでいいよ。三浦ごちそうさん。」
「だから違いますって。じゃあ、加藤頼んだ。」
「了解しました。牛丼とかでいいですか?」
「まあ、いいだろう。」上田が言い、「加藤にしてはいいんじゃないか」と言って、加藤が「なんですかそれ」と不満げに言って部屋から出ていった。
「佐々木アナは今回の事件の犯人はどういった人間だと思いますか?」
男性アナウンサーが佐々木アナに聞いている
「そうですね、狙われている人たちが犯罪をしていた坊ちゃんだけと言うことですし、その情報をつかめるのは被害者か仲間の誰か、あるいは警察ぐらいなのですよね。
この犯行の手口からすると一般人が行うにしては行動に無駄がなさすぎるようにも感じますね。まるで訓練された軍隊のような印象を受けます。」
「佐々木アナは、警察官の犯行ではないかと言っているように聞こえますが?」
「えっ、そうですか?すみませんそんなつもりではなかったのですが、でも、署長や上司からもみ消しを指示されて嫌々協力させられた警察官の方たちもいたと思います。今回の事件で表面化した警察上層部の腐敗と言わざるを得ない事態を早急に立て直してもらいたいですね。」
「そうですよね。警察を信用できない社会では誰も信じられないような気さえしますから。」
佐々木アナの言葉を聞いて、上田、三浦は顔を見合わせて驚いていた。
「警部以外にも、こんな発想する人いたんですね。」
「三浦、もしかしたら京泉大学の人ってこういう考え方が普通なのかもしれないな。」
「上田さん、そういうことは言わない方がいいかもしれないですよ。どこに京泉卒の人間がいるかもわかりませんし。」
「例えば、加藤とか?」
上田がふざけると三浦も笑いながら
「加藤はないでしょう」
上田と三浦が笑っていると
「自分がどうかしましたか?」
突然の加藤の声に驚き、ものすごい勢いで振り返ると、加藤が牛丼屋の袋をもって立っていた。
「いや、別に何もないよな、三浦?」
「そ、そうですね。気にするなよ加藤。」
「そうですか?まあ、いいですけど。どうぞ、温かいうちに。」
加藤は牛丼を配りながら、不思議そうに首をかしげている。
「速報です。ただ今はいった情報によりますと、東京都内で撮影されたとみられる『坊ちゃん狩り』の映像が公開され、国会議員石川徹氏の次男雄基さんが襲われたということで、石川氏についても事件のもみ消しに関与した疑いで捜査が開始されるということです。」
佐々木アナが速報を読み上げて、画面は公開された『坊ちゃん狩り』の動画に変わった。
いつものようにドラ息子の雄基がグループで若い男性に暴行を加えているところから始まり、覆面集団が現れ、雄基のグループは恐怖におびえてる。
グループの何人かがナイフを取り出し、「近寄るな」と叫んでいる。
覆面集団の一人が
「石川雄基だな?国会議員の親父にいつも助けてもらってるそうだが、今は助けも来ないし、お前の親父ももうすぐ終わる。お前ら親子のしてきたことの罪深さを知れ。」
言われた雄基も、ナイフを取り出し襲ってくる覆面の集団に対して、振り回している。何人か仲間がやられたところで、雄基が、
「今だやれ。」と叫ぶと周りから20人くらいの覆面集団と同様に鉄パイプなどを持った男たちが覆面集団に襲いかかろうとした。だが、その男たちは急に飛び出してきた黒い大きな物にぶつかり、次々と吹き飛ばされていった。
よく見ると全面が黒く塗られた中型の車であり、周囲には車にひかれた男たちの悲痛な声が響く。そして車からさらに覆面の集団が出てきて、撮影してるやつが周囲を写すと、最初来ていた10人に加え、車から5人、周囲を取り囲むように30人以上いる。
「お前らの浅知恵で俺たちを止められると思うな。」
覆面の男が言い放ち、次々になぎ倒されていく若い男たちが写された後、雄基の顔が絶望していく映像に切り替わる。ナイフを持っていた男たちもどんどん倒され、ついに雄基にもその暴力が及び、そして、
「動画をご覧の皆さん、我々は犯罪者です。
ですが、権力者が自由に財を蓄え、毎日を一生懸命生きている一般市民が苦しい生活をする。そして、何の権力もないこのクズどものような調子に乗った奴らのせいで、些細な幸せを大事にして生活してる者たちが、その些細な幸せをも奪われている現状を我々は見過ごせない。
ここに宣言する。権力をかさに着て、自分たちの一時の快楽のために他者を傷付けてきたこいつらのような者も、自分の権力にしがみつきたいがために、子供の犯罪を隠蔽しようとした者も、利益を見返りとして事件をもみ消す警察も全て我々によって粛清することを。」
この宣言の終了とともに、動画は終了した。
「この動画が、公開された直後、自宅で仕事をしていた石川議員が何者かに発砲され、病院に運ばれましたが、先ほど亡くなられたということです。」
佐々木アナが、速報を続けていた。
「やばいですよ。死者が出たのも初めてだし、しかも犯人グループは銃を所持しているということなら、これからも死者が出るかもしれないじゃないですか。」
三浦が言い、上田は考えてから、
「何で、石川議員は殺された?今までの様に警察が逮捕するというシナリオとは外れているのは、なんでだろう?」
「世間に『坊ちゃん狩り』についての情報が広がって、次の段階に移ったとかじゃないですか?」
三浦が言い、
「じゃ、じゃあ。最初から石川議員を殺したいと思っていた人がいて、たまたま、殺したときにあの動画が公開されたってことはないですか?」
加藤が言う。
「都合がよすぎるだろう。」
上田はそう言って、考え込む。山本警部ならどう考えるだろう。