第一章 第九話『交流』
領主アルベルト=ヒューゲルシュタットの屋敷に呼ばれた日から二週間ほどが過ぎた。
この二週間でジョンの『ダンジョンマスター』の特性もだいぶ分かり、今はそれを踏まえた上での特訓となっている。
ジョンの『ダンジョンマスター』は、よく知られているダンジョンを作る以外に、他では見たことのない特徴があった。それは、他のダンジョンであってもそのダンジョンの情報を取得できる、というものだ。これは、特訓に使ったダンジョン内で初めて『ダンジョンマスター』を発動させた際、ダンジョンのマップだけではなく、敵や罠の種類や位置の情報まで取得出来たことで発覚した。最初は何度も往復再現練習をしたため、ジョンの記憶内のマップが反映された物かと思われたのだが、ジョンがまだ行っていない場所やまさかの隠し通路まで一緒に表示されていたのだ。しかも、ダンジョン内にいる魔物の位置や踏破されて動かなくなった罠等も表示されていて、説明を受けたオーマは大いに驚いていた。
また、ギルド内でかなり有名になったため、ジョンのことを知っている人も増えた。声をかけてくる冒険者も増え、宿やギルドで顔見知りになった冒険者も多い。
この街に来て、一ヶ月以上。だんだん冬に近づき寒くなる中、ジョンは充実した日々を送っていた。
朝、『黄昏の剣』亭の借りている部屋で目覚めたジョンは、朝食を取ろうと階段を下りて酒場に行くと、店主のフェドロがジョンに気づいて朝の挨拶をしてくれる。
「起きたか、ジョン。おはよう。朝飯は出来てるから適当に座って待っててくれ」
「おはようございます、フェドロさん。今日は何を作ったんですか?」
「煮込み野菜のスープとライ麦パン。それと、昨日の晩のおかずだ。思ってたより減らなくてな。悪いが今日は我慢してくれ」
「いいですよ。用意してもらってとやかく言える立場じゃないので」
謝る店主は、朝食を準備しに厨房へ戻っていく。
ジョンは、適当に空いている席に座り、料理が出てくるのを待つ。その間、同じように朝食待ちの他の冒険者と挨拶を交わしていく。もうすでに一ヶ月以上『黄昏の剣』亭で寝泊りをしているので、この宿で寝泊まりしている冒険者ともだいぶ仲良くなった。
彼らと世間話をしていると、お待ちと、店主が料理を持って出てくる。
「あいよ。朝飯だ」
テーブルに並べられる料理を、皆で囲んで朝食を取る。この宿の飯は店主お手製でザ・男の料理といった具合の豪快な料理だが、見た目より美味くて量もあるので、朝からお腹いっぱいになる。
店主の男料理を頬張っていると、店主が今日も出かけるのか、と声をかけてきた。ごくっと、口に入っていた物を飲み込んでから、いえ、と答えた。
「今日はお休みなんですよ。先生に何か用事があるとかなんとかで」
「そうなのか。なら、のんびり過ごすんだな。外に出たら、次いつ休めるかわかったもんじゃない。休める時に休む、これが冒険者だ」
「はい」
ゆっくり食っていけよと笑って、店主はその場を後にした。
ジョンは残った料理を他の冒険者と取り合いながら、ゆっくりと朝食を食べ終えた。
食事を終えたジョンは部屋に戻り、私服に着替える。着るのは、家から持ってきている古着だ。アルベルトからもらった服もあるが、高級すぎて普段着るには向いていない。汚れたり破れたりした時を考えると、おいそれと着る気にならなかった。
そのまま、ジョンはギルドに顔を出す。フリーダ嬢から何か用事があるそうで、休みだがギルドに来るように言われていたのだ。
ジョンがギルドに顔を出すと、いつもの喧騒がそこにはあった。依頼を受ける冒険者や報酬をもらう冒険者、中にはすでに酒を片手に酒盛りをしている冒険者までいる。だが、皆一様に楽しそうだった。
「よおジョン。今日は休みか?」
酒盛りをしていた冒険者が酒を片手にジョンに声をかけてくる。ジョンが武器を持っていない事で休みだと踏んだようだ。
「はい。先生の方で何か用事があるらしくて。ボウゼさんこそ、朝から飲んでていいんですか? 依頼受けてませんでしたっけ?」
「なはは、いいんだよ。その依頼が終わってたんまり金が入ったからよ。こうしてぱあっと打ち上げよ。しばらくあくせく働く必要なし、だ。わはは!」
冒険者ギルドは隣にある酒場と外に出ずとも行き来できる作りになっている。冒険者は依頼を終えたら酒場でよく酒盛りするので、直接ロビーから酒場に行けるように右奥の壁に扉が設置されているのだ。また、ギルドと酒場が繋がっているため、酒場の人が多いと溢れた者達がロビーにまではみ出してくる。中にはロビーで酒盛りをすることを楽しんでいる者もいて、ロビーではよく酒盛りしている風景を目にすることができた。彼らもそうやって酒盛りを始めたのだろう。
「あんまり酔って暴れないでくださいよ。俺も巻き込まれるのはゴメンですからね」
「そう言うなって。なあ?」
酒を持った腕をジョンの首に回して寄りかかる。そのまま、仲間達に笑いかけた。周囲の仲間達もおぉ、と酒を持ち上げて笑い合っている。
少しの間、酔っ払いの冒険者達に絡まれていたジョンだったが、ボウゼの意識がジョンから外れた時にそっとその場を離れ、一人カウンターに向かった。カウンターには受付のソフィー嬢が座っていて、ジョンが来ていることには気づいていたが、自分からは話しかけず、おっとりとジョンが来るのを待っていた。
「ソフィーさん。おはようございます」
「おはよう、ジョン君。今日はなにか用事かなぁ? オーマさんと一緒じゃないのねぇ」
「先生は用事があるじゃないですか。ギルドの方に届けがあったはずですよ」
「あらぁ、そうだったかしらねぇ」
おっとりと、思い出すように頬に手を当てて首をかしげる。
「じゃあ、ジョン君は何の用事でギルドに来たのかしらぁ」
「フリーダさんに今日来てくれって言われたんですよ。それで、フリーダさんいますか?」
「ちょっと待ってねぇ」
そう言って、ソフィー嬢はフリーダ嬢を呼びに中に入っていった。
ソフィー嬢が戻ってくるまでそんなに長い時間はかからないと思うので、ジョンはその場で待つ。
ジョンが手持ち無沙汰で時間を持て余していると、突然ゾクッと背筋に悪寒が走った。気持ち悪い感覚に勢いよく悪寒の原因がいる方向を振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
「もう、やめてくださいよ、アガレスさん。あんまり気持ちのいい感覚じゃないんですよ、あれ」
「ごめんごめん。ジョンが余りにもいい反応をするもんだから、面白くってな」
彼の名はアガレス。このギルドの若手筆頭の盗賊だ。歳は二十歳前後と若く、さらに面倒見がいいらしく、領主と会った事で有名になったジョンに何かと目を掛けて、色々と世話を焼いてくれていた。
ちなみに、ジョンが冒険者登録に来た日、同じような悪寒に襲われたのも彼が原因だった。なぜかアガレスに見られると悪寒が走る。油断していると特に強く感じて、それを知ったアガレスがからかう様に、不意打ちをしてくるようになってしまった。ただ、なぜそうなるのかは本人たちも分かっていない。
「今日もオーマさん所で修行か?」
「いえ、用事があるって今日は休みになりました」
アガレスが首をかしげて聞いてきたので、そのまま答える。
ギルドでは、ジョンはオーマの所に弟子入りした新人冒険者ということになっていた。ギルドとしてはジョンの存在は隠しておきたかったが、ジョンが有名になった事で隠して力をつけさせる、というわけには行かなくなった。そこで、とりあえずの肩書きとしてオーマの弟子という事を公表して、ジョンがオーマの元に通う口実を作ったのだ。実際、『ダンジョンマスター』の事を隠していてもオーマの下で特訓しているので、間違ってはいない。
「そうなのか。だったら、これからどっか遊びにいくか? 行きたい所があったら連れてってやるぜ。なんだったらちょっと口に出せないところでもいいぜェ?」
「あー、まだギルドに用事があるんですよ。フリーダさんに呼び出されちゃって……」
ジョンがフリーダ嬢の名前を出すと、アガレスはしみじみとした様子で呟いた。
「フリーダ嬢かぁ。そうか、なら無理に誘っちゃ悪いか」
「いえ、こちらこそ誘ってもらってありがとうございます。また機会があったら誘ってください」
そんな風にアガレスと話していると話していると、ソフィー嬢が戻ってきた。
「ジョンくぅん、もうちょっと待ってねぇ。もう少しで来ると思うからぁ」
「あ、はい。わかりましたー」
「じゃあな、ジョン。また何か機会があったら遊ぼうぜ」
「はい。アガレスさんも何かあったらよろしくお願いします」
「おうよ」
アガレスがジョンのそばを離れてギルドを出て行く頃、奥からフリーダ嬢がやってきた。今日も青いドレスの制服にキリっとした眼鏡姿で決まっている。
「おはよう、ジョン」
「おはようございます」
「それじゃあ、付いて来てちょうだい」
フリーダ嬢がジョンを連れて、ギルド内に入っていく。
ジョンは、フリーダ嬢についていきながら、今日の用事について聞いてみた。まだ、なぜ呼ばれたのかを聞いていなかったのだ。
「あの、今日はなんで呼ばれたんですか?」
「んー? ああ、そういえば言ってなかったわね。今日はギルドカードの更新をしようと思って。オーマさんがいなくてお休みでしょ? 今のうちにしておこうと思うのよ」
「あ〜、そういえば今まで一度も更新したことないや……」
「でしょ? まあ、ジョンはまだ本格的に依頼を受けたわけじゃないから急ぐ必要はないんだけどね。でも、スキルも使えるようになってきたし、一度しておいたほうがいいと思って……こっちよ」
案内されたのは、ギルド二階の通路奥。前のステータス確認を行った魔機のある部屋より数部屋奥の一室だった。
「さあ、ここに座って。また手を出してね」
フリーダ嬢が部屋にあった机の引き出しからまたもや針を取り出して、ジョンに手を出すように指示を出す。
また針で刺されるとは思っていなかったジョンは驚いた。
「また血を取るんですか!?」
「そうよ。といっても前みたいな魔機は使わないんだけどね。あれは最初のギルドカードを作る時専用よ。さあ、手を出して。チクッとするからね」
ジョンの指先に針を刺し、数滴の血を採取する。それを、小さな道具に仕掛けて、その下にジョンのギルドカードを置いた。
すると、道具から光が零れ、そのままギルドカードを照らし出す。淡い光はゆっくりとカードを包み込み、カード全体が光に包まれると、吸い込まれるように消えていった。
完全に光が収まり、道具やカードがうんともすんとも言わない状態になった時、フリーダ嬢がギルドカードを道具の下から引き抜いた。
「はい、終わったわよ。これでギルドカードの更新は終了よ」
そして、そこに表記された『ステータス』を確認するため、ギルドカードに目を落とす。一つ一つの項目をゆっくりと確かめていく。
「……すごいわ。『レベル』が二も上がっている。全体の数値が上がってて、特に『魔力』や『知力』の上がりが高いから、その分『レベル』も上がったみたいね。やっぱり、鍛えてなかった部分を鍛えると伸び率が高いわねぇ」
ふむふむと頷きながら、一人納得する。全ての項目を確認し終えてから、ジョンに説明していく。
「それじゃあ、教えるわね。
まず、『筋力』『体力』『敏捷』だけど、少し上がってるけどほぼ据え置きね。それから、『魔力』『知力』が大きく上がっているわ。これは『ダンジョンマスター』の特訓で魔力を使うようになったからでしょうね。そのおかげで一気にニレベル上がってる。ついでに『器用』や『精神』も少し上がっているわ。何か他にしてたんじゃない?」
この二週間、ジョンはオーマとの特訓とは別に、アルベルトから贈られた合成弓を使いこなすための訓練もしていた。今まで使っていた弓よりも軽く引けるのに威力が高い。しかし、少し重く、放つ力が強いため矢がぶれやすかった。なので、周囲の森で狩りをしながら、命中力を上げるため、的あてを念入りに行っていたのだ。それが、『器用』『精神』の上昇に貢献したのだろう。
「後は、『魅力』も上がっているわねぇ……ここって、他の項目と違って上げるための明確なやり方ってないんだけど、エレオノーラ様を助けたのがなにかしたの貢献でもしたのかしら……。
はい、そんなところよ。カード返すわね」
フリーダ嬢がカードをジョンに返す。
「ありがとうございます。少しは強くなれたんですね、俺」
「まあ、オーマさんの下で技術の応用とか魔力を使ったりとか、今まで一人じゃできなかった事をやってきたからね。でも、ぱっと見の強さは変わってないから、油断は禁物よ?」
ジョンの『レベル』がニレベル上がろうと、『筋力』や『体力』など、見た目ですぐわかる部分に変化がないのだ。強くなったと自慢しようが、体力面では今までと変わらないと、フリーダ嬢は忠告してくれる。
「『ステータス』の上手な上げ方とかあるんですか?」
「特別これが上がるって言うものじゃないけど、やったことのないことに挑戦してるといろいろ上がりやすいわ。今回のジョンみたいにね。様々な要因で経験が積めるとか、そういうことだと思っているわ」
「そうですか。ありがとうございました。これで用事は終わりですよね? じゃあ、俺はこれで失礼します」
「はい。じゃあまたね、ジョン。良い休日を」
フリーダ嬢にお礼を言ってから部屋を出る。これでギルドでの用事は済んだので、あとはもう自由時間だ。ジョンは、また一人で街へと出掛けるのだった。
街に出たジョンは、中央街道沿いに歩きながら、露店を見て回ったり屋台で食べ物を買って食べ歩いたりと、気ままに一人歩きを続けていた。たまに、武器屋や防具屋といった冒険に必要そうな物を売っている店に入ったりするが、大体が最初に持ってきた路銀以上の値段なので買ったりできない。ただ、お金が入るような事があったら買いたいななど、欲しい物を物色しているに過ぎない。
そんな風に道を歩いていたジョンに声を掛けてくる者がいた。
「ジョン、今いいか?」
そちらを振り向くと、再びバンが立っていた。この前のような張り詰めた雰囲気はなく、焦りも見えない。この一ヶ月ほどでだいぶ気持ちが落ち着いたらしい。
「バン、久しぶり。だいぶ雰囲気が落ち着いたね」
「ああ、久しぶり。あん時は相当気持ちが参っててな。それを謝りたくて……まあ、あれから結構時間が経ったんで今はだいぶ落ち着いたわ」
後ろ手で頭を掻きながら、バツの悪そうな顔をする。
ジョンは、その表情から危ない感じが消えていて安心した。あの時は、馬車事故でバンのその後が完全に頭から消えていて、少し経って思い出してから今まで一度もバンに会わなかったので、あれからどうなったのか全くわからなかったのだ。
「飯でも食いながら話そうや。この前の侘びってことで奢るからさ」
「いいのか? 俺もあんまりお金ないから助かるけど」
「天下の冒険者様が何言ってるんだか。依頼こなせば金ぐらいすぐ貯まるだろ」
「まだ本格的な冒険者活動? みたいなのはしてなくてさ。今は他の冒険者の下で修業中なんだよ」
「ふーん、そうなのか。てか、冒険者って弟子入りとか有りなんだな」
バンがジョンの現状を不思議そうに聞いていた。
それから二人は、適当な店を見つけて一緒に食事した。ジョンはあの後どうなったか聞いたり、バンはジョンの冒険者生活を聞いたりと、完全に吹っ切れた様子で食事中も楽しそうな笑いが二人の間で起こる。ジョンはそれが嬉しくて、バンの様子に本当の意味で安堵した。
食事の後、二人で連れ立って街の中を歩いた。バンがこの街の住人なので、ついでとばかりにジョンの知らないヒューゲルシュタットを案内してくれる。街の裏道や隠れた名店、地元住人だけが知っているような様々な場所を紹介されながら歩くのは、都会に慣れていないジョンには新鮮で飽きない時間だった。
だが、そんな時間もまた唐突に終わってしまう。
バンと一緒に両側が壁で覆われた細い小道を歩いていると、前方にチンピラ風の男が壁に寄りかかってこちらを見ていたのだ。ニヤニヤと、嫌らしい笑みを浮かべている。ジョン達が小道を抜けようと近づいていくと、壁から背中を離して通せん坊するように立ち塞がった。
男の挙動に、ジョンは内心危ないものを感じた。ここは裏路地の普段から滅多に人が通らないような小道。そうバンから聞いていた。バンの案内がなければ絶対に来ないような場所で道を塞がれるという状況は、何かしらの誘導、あるいは罠にはめられたのかと一瞬思ってしまうのだが……
「あ? なんだこいつ」
バンから男について何も知らないような呟きが漏れた。
「よう、坊主ども。ちょっとお兄さん達に協力してくれないか?」
挨拶するような軽い調子で片手を上げる。そして、嫌な笑みを浮かべたまま、一歩、また一歩とのんびりとした歩みで近づいて来る。その後ろからさらに数人男が出てきて、気が付けばジョン達の後ろの道からも何人もの男達が集まって、道を塞いでいた。全員、目の前の男同様にニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ、徐々に包囲を縮めてくる。
待ち伏せだった。
ジョンが逃げなければと思うより先に囲まれていた。それでも、どうにか逃げられないかと周囲に視線を走らせる。
「おっと、逃げられると思うなよ。この辺りの道は全部抑えてるからな。なーに、抵抗しなけりゃ怪我せずに済むぜ」
「なんだよ! あんた達は!? 俺たちに何の用があるんだよ!?」
バンが、囲まれた状況に恐怖心から叫んでいた。なんでこんな目に遭うんだと、絶叫する。
ジョンは、そんなバンの横でどうこの状況を切り抜けるか必死で頭を回していた。一人だと逃げ切れると踏んだが、バンも無事に脱出する道が思い浮かばなかった。
「てめえに用はないんだよ、ガキ。用があるのはそこの金髪よ。そいつを連れて行けば、たんまりと金が入るんでね。おとなしくしてろよ?」
男がバンを押し退けて、ジョンに近づいてくる。
押し退けられたバンは近くの仲間にぶつかり、そのまま首に腕を回され、片腕を掴まれてしまった。
「バン!!」
「おおっと、抵抗するなよ。あの坊主に何かあっても俺達には関係ないんでね。お前の行動次第でどうなるか変わるぜ?」
ジョンが捕まったバンを見て、また目の前の男に視線を戻して、力の限り睨みつけた。だが、それ以上のことはしない。下手な事をして、バンに何かあっては困る。
「放せよ! 放せ!!」
そんなジョンの心配をよそに、男の腕の中でバンは力の限り暴れていた。ジタバタと掴まれた腕は振れないにしても、両足を振り上げたり動かせる腕を振り回そうとする。
その行動に、目の前の男の堪忍袋が切れたようで。
「うるせぇ!!」
力の限り、バンの腹を殴りつけた。鳩尾に突き込まれた拳に、バンの呼吸は一瞬止まり、胃の内容物が逆流する。口から勢いよく吐き出して、そのまま意識を失ってしまった。
「ちっ、汚えな。てめえは暴れるなよ? これ以上はどうなっても知らねえぞ!」
怒りで反射的に飛び出しそうになった所を、男に静止させられる。
「バン……」
ジョンは下唇を噛みちぎりそうなほど噛み締めながら、男に問うた。
「お前達は何が目的なんだ!?」
「ああ? もう言ったよな? 金だよ金。お前を拉致して欲しいって奴がいてよ。そいつん所にお前を連れてけば、がっぽり謝礼がもらえるんだよ。だが、こいつのことは何も言われてねえからな。抵抗するなら命の保証はしねえぜ?」
「……本当に、俺が付いて行けばこれ以上バンには手を出さないでくれるんだな?」
「ああ、約束してやるぜ。お前が付いて来れば、な」
「わかった。ついて行く」
ジョンは全身の力を抜き、両手を挙げて降参した。自分を欲しがる人間が誰なのか気になったが、ここで聞いてもなんの意味もない。話してくれるとも思えなかった。
「それでいい。おい、チャッチャとやるぞ」
「へい」
周囲を囲んでいる男達の中から一人が、人一人すっぽり入りそうな大きな麻袋を持ってきて、ジョンの頭から被せていく。なされるがままに、ジョンは視界を塞がれ、何も見えなくなる。
男は、完全に抵抗をやめたジョンに近づいて、右手をジョンの頭の上に翳した。
「さあ、依頼人の所に連れて行ってやるから、大人しくしてろよ?」
そんな男の言葉とともに、ジョンの全身を何かが走り抜け、それだけでジョンの意識は刈り取られてしまった。
「おら、さっさと縛って持ってくぞ」
気を失った二人は、その場の男達に担ぎ上げられて、人知れずどこかへと連れて行かれるのだった。
『ステータス』更新を行いましたが、今後もこんな感じで口頭解説で説明していきます。