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第一章 第八話『出会い』




 振り返ると、冒険者ギルド以降見ていなかったバンが立っていた。他の町民と同じような小奇麗な服を着ていて、農村から出てきたジョンなんかよりよほどいい服を着ていた。

 そんな彼が、なぜか暗い笑顔で、ジョンに笑いかけてくる。どこか危険な雰囲気をまとっていて、近寄りがたい。


「久しぶりって言うほど、時間も空いてないか。なあ、ジョン。暇だったら少し俺に付き合ってくれないか?」

「顔が怖いぞ? 何かあったのか?」

「なんもねえよ! なあ、付き合うのか、付き合わないのか、どっちだ?」


 バンの様子は、切羽詰まったような、焦りのようなものが見え隠れしていた。冒険者ギルドで初めて会った時は、明るく、何より楽しそうな雰囲気で、一週間でなぜそうなると思うほどの変貌ぶりだった。

 ジョンは不信感を募らせる。何かおかしいと。このまま付き合うと、危険だと感じた。

 ……ついていかないといえば、この場で喧嘩をふっかけられそうだった。喧嘩なら負ける気はしないが、この雰囲気だと何かしら武器を隠し持っていそうで危なっかしい。休日の街中なので、今のジョンは武器になりそうな物を携帯していない。だが、付いて行ったら付いて行ったで余計危ない気がする。

 何も答えずにいると、バンはイライラしたようにジョンを睨んでくる。

 だからジョンは、とりあえず少し話をしてから考えてみようと、バンに話しかけることにした。


「俺に付き合って欲しいって、なにか用事があるのか?」

「ふん、付いてくりゃあわかる!」


 ジョンはため息を付いた。


「なあ、バン。本当にこの一週間何があったんだ? 前に会った時と雰囲気が全く違うぞ」

「なんだっていんだよ! 付いてくるのか来ないのかはっきりさせやがれっ!」

「わかったから総興奮するなって。ついていくよ」

「フンッ、分かりゃいいんだよ。……ついてきな」


 そう言って踵を返して、ジョンに背を向ける。付いて来ているかも確かめない。

 一瞬このまま逃げてしまおうかとも思うが、明らかにおかしいバンの様子に渋々だが、付いていくことにした。

 だが……


 バァンッ! ヒヒイィン!! 「「キャアァァァァ」」


 何かがぶつかる大きな音と馬の嘶きが聞こえたかと思うと、すぐに女性の悲鳴が聞こえてきた。その声は中央街道から聞こえてきて、通りが騒然となっているようなざわめきが聴こえてくる。

 その突然の悲鳴に裏路地の方へ向かおうとしていた二人は振り返った。音はそれほど離れていた感じがせず、路地から中央街道に出ただけで現場に着きそうな気がした。

 すぐさまジョンは走りだし、現場に向かう。


「あ、おい!」

「バン、ごめん。話は後だ!」


 静止しようとするバンに一応の断りを入れて、路地を抜けて中央通りに走り去っていく。

 バンはその後ろ姿を見送ることしかできず、ジョンをつかもうと伸ばした腕は、行き場をなくして力なく垂れ下がった。


「……ちっ、畜生! なんだよ。なんだんだよ、あいつはよぉっ!!」


 路地にバンの絶叫が響き渡った。


 ジョンが路地から中央街道に飛び出すと、案の定中央街道では複数の馬車が横転して、投げ出された御者が転がっていたり、馬車の荷物や破片が辺りに散らばっていたりと散々な有様だった。馬車の馬達は興奮していて、(ながえ)で繋がったまま暴れていた。

 そのせいで周囲の男達は馬車に近づくことができずに、周囲の物をどけることしか出来ていなかった。

 そんな中、投げ出された御者が頭から血を流しながらも叫んでいた。


「お嬢様っ!? 誰か、まだ馬車の中にお嬢様がっ!」


 悲痛雨な叫びだが、倒れた馬車の周囲には繋がれたままの馬や他の馬車の馬が暴れている。誰も助けに行けていなかった。

 ジョンはその声に反射的に飛び出して、馬の間をすり抜けて馬車に飛びついていた。近づく者はなんであれ蹴りを入れようとする馬の蹴りが馬車に当たって、不規則に揺れる。頑丈なので衝撃が凄まじく、気を抜けばすぐに振り落とされそうだった。

 なんとか倒れた馬車によじ登り、扉に開けることに成功するも、近くに人がいることに興奮している馬の蹴りが絶えず打ち込まれていて、開いた扉もその反動で閉まったり跳ね上がったりを繰り返して、なかなか中には入れなかった。それでも、なんとか扉を抑えて中へと滑り込む。

 中は豪華な装いだった。弾力のありそうなソファーに赤い壁紙、入ってきた扉と現在は床になっている扉の窓にはレース状のカーテンがかかっている。

 そこに、一人の少女が倒れていた。暴れる馬車に力なく振り回されて、あちこちに体をぶつけているのがすぐにわかった。このままでは危ないと、自分の体を盾にするように少女を抱き起こし、クッション性のあるソファーに少女を移動させる。できるだけ少女に衝撃が行かないようにソファーの縁をしっかり握り、自分の体とソファーで挟んで支え続けた。

 しばらくすると、ようやく馬も落ち着いてきたのだろう。揺れることがなくなり、馬の暴れる音もなくなる。

 そこまでになって、ようやくジョンは少女を抱えて馬車から這い上がった。外の空気を吸ってホッとため息が出る。

 ジョンが姿を現すと、周囲から歓声が上がった。ジョンが飛び込んだのは多くの人が見ていたし、その後馬車が蹴られ続けるのも見ていたので、気絶することなく無事に少女を抱き抱えているジョンに拍手が沸き起こる。

 少女を抱いたまま馬車から降りると、馬が暴れている間に集まったのだろう、街の衛士が治癒術師を連れて待機していた。気絶した少女を受け取った治癒術滋賀すぐさま治療を開始する。

 その間に周囲の収拾と他の怪我人の治療に励む衛士達。ジョンもできるだけその手伝いを買って出る。そして、ある程度事態が落ち着いたところで話を聞きたいと言う衛士に連れられて、詰所まで移動するのだった。


 詰所は平民地区と貴族街を仕切る城門の隣にあった。貴族街に入る者を監視するために作られた詰所で、各門にそれぞれ存在するらしい。街の主街道である中央街道の詰所が一番大きく、城壁の中に何部屋にも分かれて広がっていた。

 ジョンを連れた衛士が城門横の衛士用の入口から中に入ると、他にも複数人待機させられていた。ジョンと同じように緊急時に協力した者や事故の発生時から目撃していた者達だという。話を聞くためにそういった者を全員集めたらしい。


「いやー、すごい事故だったね。馬車が横転は時々起こるけど、あんなに危ない感じなのは珍しいよ。俺達もなかなか近づけなかったし、大変だった……あ、飲み物飲むかい?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「そうかい。欲しくなったら言ってくれよ。なんたって君はあの事故の功労者なんだから」


 そういった衛士は、ジョンを椅子に座らせてから自分の分のコーヒーを用意しにいく。そして、コーヒー片手に飲みながら戻ってきて、事情聴取を始める。ジョンの名前を聞き、それからどうして事故現場にいたのか、どうやって場車に乗り込んで少女を助けたのかを聞いていった。


「うん、よくわかった。ありがとう。それで、ジョン君だったかな。君は助けた女の子の素性については知っているのかな?」

「いえ、咄嗟だったので特には。ただ、お嬢様と呼ばれていたから貴族なんじゃないかとは思ってます」

「そうかい。知らずに助けたってわけか」


 衛士は、そんな勇敢なジョンの肩を叩いた。


「大手柄だよ。彼女に何かあったら、この事故はこんなもんじゃすまされなかっただろうね。何せ、君が助け出した女の子は、領主様のご息女だったんだからね。本当に君の勇気に感謝だ」


 話しながら、ポンポンとジョンの方を叩き続ける。若干、叩く力強くなっていっているような気がするが。


「でも、今後はあんな危ないことはしちゃいけないよ? 命に関わっていたかもしれないんだ。君みたいな子がそんな事で命を落とすようなことがあっちゃいけない。君はもっと自分の命を大切にしなきゃ!」


 褒め称えた後に、説教が待っていた。確かに、ジョンが助けに行かなければ、もっと大変なことになっていたかもしれない。だが、それは他の大人達の仕事であったのだ。周りに大人がいるのに、子供がそんな命の危険を冒してまでやらなきゃいけないことじゃない、と衛士は繰り返した。


「あー……でも俺、これでも冒険者だから、大丈夫ですよ」


 その一言に驚く衛士だったが、それでも! とジョンに命の大切さについて説教していった。ジョンも恐縮しつつ、話を聞いていた。

 そんな心温まる衛士との交流も唐突に終わりを告げた。

 ジョンのいる部屋にいきなり、騎士がなだれ込んできて周囲を固めたのだ。

 ざざざっと全員の配置が終わったところで、入口に立っていた隊長らしき騎士が敬礼しながら大声で告げる。


「アルベルト=ヒューゲルシュタット閣下、ご入室!」


 その言葉で、騎士の後ろで待機していた口髭を蓄えた高級そうな衣装を身にまとった男が入室してきた。部屋にいる者達をざっと見渡す。


「この部屋に娘を助けてくれた者がいると聞いてきたのだが……ああ、君だね」


 娘を助けた者の外見を聞いていたのだろう、ジョンを見つけるとそこで視線が止まった。ジョンの金髪はそれだけ人目を引く。


「ありがとう、君のおかげで娘は無事だった」


 いきなりの貴族の登場に、ジョンはしどろもどろになる。


「あ…いや…あの、俺…じゃなくって、私はただ取り残された人がいると聞いたので、無我夢中で……」

「それでも、君がいなければ娘は助からなかったかもしれない。感謝するには十分な理由だと思うがね。君の名前は?」

「私はジョン、です。ロワ村のジョン」

「ジョン、か。君の名前は覚えたよ。私は、アルベルト=ヒューゲルシュタットだ。この街の領主といえばわかるだろう。……ところで、君はどこかで教育を受けたことは?」


 アルベルトは先ほどの言い直しや敬語で、おや? と思った。着ている服は農民のそれなのだが、ただの農民が敬語を知るわけがない。何かしらの教育を受けたことがあるのかと思ったのだ。


「え? そんな経験はありませんが。それが何か?」

「いや、すまない。ちょっと気になったものでね。君の言葉遣いはどこで教わったんだい?」

「これは両親から……いつか役に立つだろうって」


 それを思い出して、ジョンは自分がいつか本当に出て行くだろうと両親が思っていたということを実感した。既に、そのための教育なりなんなりを少なからず施されていたという事実に驚いた。ただ、お金についてはあまり深く教えられていなかったことはなぜなのか気になるところだが。


「いい両親だったんだね。村からはいつこの街に来たのかな?」

「二週間ほど前に、です。冒険者になるために村を出てきました」

「その年で冒険者に?」


 ジョンが村を出てきた理由を聞いて驚いたが、それで娘が助かったなら深く聞く必要はないなとそれ以上の追求はしなかった。

 ジョンは、最初こそ緊張していたが、アルベルトと話しているうちにだんだん慣れてきて、言葉崩すことなく会話を続けていく。いくつかアルベルトに質問される度に、しっかりと言葉を返すので、聞いたアルベルト自身を驚かせていた。


「ありがとう。君のことがよくわかった。それで、後日改めて何かお礼をしたいから、その時はよろしく頼むよ」


 ようやくジョンへの質問は終了し、アルベルトは事故の詳細等の報告書を確認しに部屋を出ていった。

 ジョンはホッと胸をなでおろした。そして、緊張で凝り固まった体をほぐすように背伸びをする。いきなり貴族様、それも領主様に話しかけられるとは思ってもいなかった。しかも自分に会いに来たようで、緊張しない方が無理がある。


「まあ、ご領主様は気さくな人だからね。そんなに緊張しなくても平気だよ。さあ、事情聴取も終わったし、もう帰っても大丈夫だよ」


 衛士が肩を叩いて、ジョンを宿まで送っていった。



 それから数日経ったある日、ジョンがオーマとの特訓を終えて冒険者ギルドに顔を出そうとやってきたのだが、ギルドの周りには人だかりと入口前には豪奢な馬車が一台止まっていた。普段町中を走っているような辻馬車とは質の違う高級な馬車だ。

 何事かと思って馬車の横をすり抜けてギルドに入るのだが、入った瞬間その場にいた全員の視線がジョンを向いた。ギルド職員から冒険者まで全員一斉に、だ

 その視線にジョンはビクッとする。本当に何事なのかと身構える。

 すると奥から執事服を着た青年が出てきて、ジョンに恭しくお辞儀をしてきた。


「ジョン様、お迎えに上がりました」

「は?」


 なんでも、ご領主様からのお礼の準備が整ったとのことで、本日お迎えに上がった次第とのことだった。きりっとしたまま、丁寧にジョンに説明してくる。

 執事にお辞儀され、迎えに上がられる。農民に対する態度ではない気がするのだが、ジョンにはそこまで分からなかった。

 ジョンが驚いていると、ギルドの通路の方からフリーダ嬢がジョンに手招きしていた。この事態に、みんなの前で話すより、奥で話したほうがいいと判断したようだ。

 ジョンがそのことに気がついて、執事にまだ用事があるからと言って、ギルドの奥、フリーダ嬢の下まで走っていった。

 フリーダ嬢はジョンが来たので、奥の一室に入っていった。

 ジョンも後ろに付いて中に入る。

 ジョンが入って開口一番。


「ジョン、あなた何したの?」


 と、問い詰めてきた。


「え、何って言われても……ただ、ご領主様のご息女を助けた時、後でお礼するって言ってたからそれかなぁっと」


 ジョンのその発言にフリーダ嬢は頭を抱えた。


「はあ、噂では知っていたけど、まさか本当だったなんて……しかも、馬車までよこしてくるとは思わなかったわ。彼、君が来るまで待たせてもらうって言って聞かなかったのよ。マスターも頭を抱えてたわ」

「そうなんですか」


 どこか他人事のジョン。


「まあいいわ。ご領主様をあんまり待たせちゃいけないし、もう行きなさい。くれぐれも失礼の無いようにね」


 じょんは、フリーダ嬢とともに部屋を出て執事のところに戻ってきた。


「ご準備のほどはよろしいですか?」


 ジョンが大丈夫、と答えると、執事はジョンを馬車へと案内する。扉を開けて、恭しくジョンに乗るように勧めてくる。

 ジョンはこんな馬車に乗るなんて初めての経験だが、周囲の視線を独り占めにしている状況に耐え切れず、素早く馬車へと乗り込んだ。その間ずっと、ギルドや周辺の住人、冒険者達は驚いた表情のまま、場車に乗り込むジョンを見つめていた。

 豪奢な馬車は一路、領主の待つ館へと走り出した。

 領主の館はヒューゲルシュタットの中央、小高い丘の頂上にある。中央街道の緩やかな坂を上がり、貴族街へと入って急になる坂道をさらに登り、、東西の街道との合流地点である広場のそのまた向こうに、領主の館の門が存在した。

 馬車は、広場を抜け、門をくぐり、館の前で停車した。

 乗った時と同じように執事が先に降り、ジョンをエスコートする。

 ジョンが降りると待ち構えていたメイド達がすぐさまジョンを別室へと案内していく。執事にどこに行くのかと尋ねると、今のままの格好では領主様の前に出るには不適切なので、先にジョンの身支度を整えるとのことだった。

 連れて行かれた部屋で服を脱がされ、あれよあれよという間にジョンの身形が整っていく。領主の館ともあって、お湯を使って体を拭かれ、汚れを落とす。すぐに乾いた布で湿気を取られ、用意されていた衣装に袖を通された。そこまでをメイド達があっという間に行ったので、恥ずかしいと思う間すらなかった。

 すべてが終わったあと、ジョンは来ている服に戦々恐々としてしまう。


「あの、本当にこれを着てていいんですか?」


 そういうジョンに、そばで控えている執事が、その為のご用意された物ですから、ときにする必用はないことを強調する。

 今、ジョンが着ているのは、貴族が着るきらびやかな衣装だった。下に白いシャツを着せられ、その上に明るい緑色の生地に金糸で模様が描かれ、袖口や裾も金の縁どりが施されている物を羽織っていた。ズボンもそれに合わせた色合いの高級な代物だった。

 領主の館で貴族が着るようなきらびやかな衣装に身を包む。何かの間違いじゃないのかと思いたくなるが、領主の娘を助けたのは事実で、そのお礼に呼ばれたのもまた事実。

 執事やメイドが着飾ったジョンを見て感心しているが、ジョンにはそれを確認しているほど周囲を見る余裕はどこにもなかった。

 ジョンの準備が終わったので、改めて領主のアルベルト=ヒューゲルシュタットと対面する事となった。個人的なことなので、謁見の間やそれに準ずる部屋ではなく、私室に通された。

 そこは貴族が様々な遊戯に精を出す遊戯室のようで、広々とした部屋に手前にはいくつかのテーブルゲームが乗せられた机が並び、奥には暖炉とその前に低く大きなテーブルとそこを囲んで談笑するための複数人が並んで座れるほど大きなソファーが三脚置かれていた。

 ジョンが部屋に通されたことを告げられたのだろう。そこで待っていた人物がソファーからゆっくりと立ち上がり、ジョンを振り返る。

 一人は言わずもがな、領主のアルベルト=ヒューゲルシュタット。赤い生地に金の飾り紐で彩られた豪華な衣装を身に纏っている。前に会った時はマントをしていたが、私的な時間のようで外しているようだった。

 もう一人は、ジョンが助けた少女だった。ジョンを見るなりもじもじと、どこか緊張しているようだった。


「やあ、よく来てくれたね。歓迎するよ。この子はエレオノーラ=ヒューゲルシュタット。君が助けてくれた私の娘だ」

「は、初めまして、ジョン様。この度は助けていただいたとの事で、ありがとうございます」


 エレオノーラと呼ばれた少女はジョンに頭を下げた。

 ジョンは、頭を下げるエレオノーラに恐縮しながらも、そちらに返事をするよりも先にまずは領主に挨拶せねばと、アルベルトに敬礼した。


「ヒューゲルシュタット閣下。お招き、ありがとうございます! そして、エレオノーラ様も無事そうで何よりです」


 エレオノーラに笑いかける。

 だが、エレオノーラはジョンの笑顔を見る事無く、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 エレオノーラは淡い青いドレスを着ていた。スカート部分にふんだんにフリルが使われ、裾が緩やかに広がっている。他の人より赤みがかった髪を丹念に梳いて、金のバレッタで留めていた。全体的に幼い印象を受けるが、これでもジョンより年上だという。

 それからは、遊戯室での談笑となった。


「ジョン様は、どうしてこの街に?」

「私は冒険者になるためにこの街に来ました。村から一番近くで登録可能だったのがこの街だったのです。今は無事に登録できたので、新米ですが冒険者と名乗れるようになりました」

「まあ、私と変わらないくらいですのに、すごいのですね」


 エレオノーラはジョンの身の上話を聞きたがった。アルベルトは世間話程度には話を聞いてくるので、ジョンは聞かれるままに答えていく。途中からは、アルベルトがせっかくだから遊んでみるか、と遊戯室のいくつかの遊びをジョンに教えて楽しんでいた。そんな和やかな時間が、メイドが夕食の準備が整いましたと呼びに来るまでしばらく続いた。

 夕食は食堂で食べるようで、ジョンはメイドに案内され、食堂にやってきた。広い部屋には十人以上がまとめて食事が取れそうな長テーブルが置いてあり、上座にアルベルトが、右側にエレオノーラが座り、左側に二つほど席を開けて、ジョンが座った。私的な食事会だといっても貴族と同じといわけにはいかない。

 全員が席に着いたところで、メイド達が料理を運び込んでくる。ジョンの目の前に見たことのない料理の数々が次々と並んでいく。全て並んだところで、アルベルトが神に感謝を述べ、エレオノーラもジョンも祈りを捧げてから食事に取り掛かった。テーブルマナーまで教えられているわけではなかったので四苦八苦しながらだったが、美味い料理だからといってがっつくような食べ方にならないように気をつけながら、初めて食べる味に舌鼓を打つ。

 全員の食事が終わった時、アルベルトが改めてジョンに声をかけてきた。


「ジョン、君に渡したい物があるんだ。……あれを持ってきてくれ」


 料理を下げていくメイドの一人に指示を出して、何かを持ってこさせる。

 メイドはかしこまりましたと下がり、しばらくしてから縦長の、大きな木箱を持って戻ってきた。それをジョンの前に置く。


「これは?」

「開けてみてからのお楽しみだよ」


 アルベルトがニコッと笑って、ジョンに箱を開けるように促す。

 見ただけで高級だとわかる木箱だった。中に何が入っているのか、開ける前からジョンは怖くなる。

 恐る恐る箱を開けてみると、中には高級そうな弓が入っていた。緻細な装飾が施された弓で、全体に光沢がある。どうやら、合成弓の類らしい。


「手に持ってみてくれ。弦を張っても問題ない」


 そう言われて、箱から取り出して弦を張る。弦が張り詰められた弓はどこか、神々しさまで感じる代物だった。今までジョンが使ってきた弓とは比べ物にならない。


「君へのプレゼントだ。受け取ってくれ」

「そんな!? こんな高価な物は受け取れませんよ!?」

「娘の命を救ってくれた君への感謝の印だ。それぐらい私は君に感謝しているのだよ。逆に、受け取ってくれないと私達にそんな甲斐性すらないのかと他の者達に馬鹿にされてしまう」


 貴族は贈与物に見栄を張る。位に合わない粗末な贈与物だとそんな力や金もない貴族なのかと見下されてしまう。そう言っているのだ。だから、貴族は贈与物には金を掛ける。


「ジョン様。お受け取り下さいませ。冒険者たる者、いずれはこのような強力な武器も必要となりましょう」


 エレオノーラもジョンに受け取るように言ってくる。


「それに、正直言うとその弓は我が家には宝の持ち腐れでね。使い手がおらず、眠っていた代物だ。使ってくれる者がいるならば、それはそれで助かるのだよ」


 アルベルトとエレオノーラ二人がかりでジョンに受け取るように迫って来る。

 ジョンとしては、高価すぎて今の自分には不釣り合いで、使いこなすどころか、持ち運ぶこと自体怖く感じる代物なのだが、貴族からの贈り物だ、受け取らないわけにはいかなかった。


「わかりました。謹んで受け賜ります」


 弦を外して弓を箱に戻してから、ジョンはアルベルトに受納の礼を取った。

 ジョンが弓を受け取ったことで、食堂での用事もなくなり、ジョンは本日泊まる客室へと案内された。遊戯室での談話中に今日は泊まっていってほしいと言われていたので、部屋が用意されていたのだ。

 案内されたのは小物箪笥と大きなベッドが置かれている部屋だった。小物箪笥を使うような物は持ってきていないので気にしないが、そこに置いてあるベッドは高級なベッドで、天蓋は付いていないが、肌触りも滑らかで座り心地もふわふわしていて、ジョンがこれまた経験したことのない代物だった。やはり、貴族ともなると暮らす世界が別世界すぎると感じる。ベッドに潜り込み、掛け布団を被るとすごく暖かく、素晴らしい寝心地に、その日は夢を見ることなくぐっすりと熟睡してしまった。

 翌日、三人で朝食を取った後、帰りの馬車を用意していると告げられた。今着ている服も新しく用意されていて、農民が着ているようなジョンが着てきたような質素な装いの服だったが、生地の肌触りが段違いに良く、見た目が質素なだけの高級な服だった。

 ジョンは来た時とは別人のように高価な物に身を包み、領主が用意した豪奢な馬車で、領主アルベルトとエレオノーラに見送られながら、冒険者ギルドまで送られるのだった。


 次の日からしばらく、冒険者ギルドはジョンの噂で持切りとなった。ジョンは他の知らない冒険者達からもてはやされ、ジョンの存在を隠そうとしているオスカーは頭を悩ませるのだった。

 冒険者としては駆け出しだったが、注目度はすでに期待の新人以上の何かになっていた。




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