第一章 第七話『ユニークスキルとギルド職員』
またもや説明回。
「おおっと、済まない。急な話だったな」
男は笑いながら、突然のことで間の抜けた顔をしているジョンに、両手を挙げて敵意がないことを示した。
その男は、年の頃四十代ほど、鋭い顔つきと服の上からでもわかる引き締まった身体をした壮年の男性だった。こんな状況でなければ、あるいは冒険者として目の前に現れたなら憧れを抱きそうなかっこいい雰囲気を纏った大人だった。
ただ、呆然としているジョンと男を外から見ていたフリーダ嬢は頭を抱えた。
「お遊びが過ぎますよ。マスター」
「すまないすまない。さて、自己紹介がまだだったね。私はオスカー=オフマン。このギルドを統括している者だ。よろしく」
手を差し出して握手を求めてくる。
ジョンは、はぁ、と差し出された手を握り返したが、状況は未だに飲み込めていなかった。
統括している者と簡単に説明しているが、つまるところ、このギルドの最高責任者で長ということになる。フリーダ嬢もマスターと言っているので、ギルドマスターと思っていいだろう。なぜ、そんな人物がいきなり自分の前にいるのか。なぜ、勧誘なんかされているのか。自分はたまたま冒険者登録にやってきただけで、勧誘されるいわれはないと思うし、年齢だって登録の際に提示しているので、成人すらしていないのを知らないわけでもないだろうに……と様々な疑問が浮かぶ。
ジョンのその表情から、オスカーは頭にたくさんの疑問符が浮かんでいる様子を見てとった。
「まだ状況が飲み込めていないと思う。まあ、いきなりだったしな。それは仕方ない。だが、今は詳しく話している時間はないんだ。だから、また後で詳しい話をしようじゃないか。いいだろ?」
ジョンに問いかけたのに、別のところから文句が出る。
「それなら何も今話さなくても良かったのではないですか? 登録が終わってからでも呼び出せば問題なかったはずですが」
オスカーの後ろに立っていたフリーダ嬢が、頭を振りながらオスカーの言動に苦言を呈する。
オスカーは振り返ってフリーダ嬢を見上げながら、そう言うな、と苦笑した。
「こんな貴重な人材を見つけたんだ。できるだけ早く確保しておきたいと思うのが心情だろう?」
ただまあ、と再びジョンに視線を戻してから話を続けた。
「もう他の登録者は全員戻っているだろうから、君も早く戻ったほうがいいだろうな」
ジョンを椅子から立たせ、部屋から出るように背中を押して急かす。
話についていけなかったジョンは逆らえるほど状況を理解しておらず、なられるがままに部屋の外へと向かってしまう。
ただ、部屋を出る直線、その背中に再びオスカーの言葉が降りかかる。
「ジョン君。君には特別な力がある。ギルドはそれを欲している」
扉を開けて出ようとしたところに、その言葉。
「……っ! それはいったいどういっ…………!」
振り返って、問い詰めるより早く。
「早く部屋に戻りなさい! 今は気にしない! マスターもジョンを煽って惑わせないでください!!」
フリーダ嬢の鋭い声が飛んできて、それ以上聞き返すこともできずに、部屋を追い出された。追い出された部屋から、フリーダ嬢のオスカーに対する文句が聞こえてくる。
フリーダ嬢の説教とオスカーの軽い文句の言い合いを聞きながら、ジョンの足取りは遅々として進まず、部屋に戻るまでの間に似たような疑問がぐるぐると頭の中で回る。結局、ジョンの思い浮かんだ疑問に対する答えは得られず、悶々としてしまう。だが、それでもゆっくりと進んだおかげで部屋に戻る頃には少なからず冷静さが戻ってきてくれた。
だから、部屋に入った時、すぐに部屋の違和感に気がつくことができた。
――部屋の人数が減っている。
だいたい、朝いた人数から三分の二ほどになっていた。残った者の中に、バンやバルドフの姿もない。
あれ、とは思ったが、よくよく考えたら、適性検査に受からなかった者がいるのなら、適性検査の後もこの場にいる必要性はない。そして、バンがいないということは、ああ、バンは合格できなかったんだな、と少しの寂しさが湧いてくる。せっかく近い年の子がいると思ったのに、と。
ジョンは若干の寂寥感を覚えながら席に座る。
少し後、フリーダ嬢が戻ってくる。皆の前に立ち、深々とお辞儀する。
「皆様、冒険者登録お疲れ様でした」
全員の顔を確かめるように、一人一人と視線を合わせていく。
「勘のいい皆様ならもうお気づきでしょうが、この部屋の人数が減っております。それは、今ここにいない者が適性検査において冒険者の資質がないと判断されたため、適性検査後に直接お帰りいただいたためでございます」
フリーダ嬢が一呼吸挟む。
「おめでとうございます!! 今、この場に残っている皆様は冒険者として登録されました!
つきましては、只今よりギルドカードの配布を行いたいと思いますので、名前を呼ばれた方は私の下までカードを取りに来てください」
鞄から羊皮紙とギルドカードの束を取り出して、机の上に広げる。
羊皮紙には、今回冒険者として登録された全員の名前が書き込まれており、今後冒険者ギルドで大事に保管されることとなる。一枚につき一回、その時受かった者の名前が纏まって記されているため、いつ受かったかや同期の把握など、これを見ればすぐにわかるようになっている。
フリーダ嬢が羊皮紙に書かれた名前を読み上げて、一人ずつギルドカードを渡していく。ジョンも受け取り、全員にギルドカードが行き渡った。
「では改めまして、皆様登録おめでとうございます! これをもちまして冒険者登録を終了いたします。皆様の今後の活躍とご武運をお祈りいたしております。お疲れ様でした」
再び深々とお辞儀をして、フリーダ嬢は部屋を出ていった。
冒険者登録は終了し、思い思いに部屋を出ていく新冒険者達。これから様々な経験をし、中には亡くなる者もいるだろうが、大きく成長して世界に名を轟かせていくことになるだろう。ジョンも、その仲間入りを果たしたのだった。
ジョンが部屋を出ると、フリーダ嬢が廊下で待っていた。
「ジョン君、君は私についてきてくれる? マスターが待ってるわ」
「分かりました」
フリーダ嬢に連れられてきた場所は、冒険者ギルドの三階、ギルド長の部屋だった。
「マスター、ジョンを連れてきました」
フリーダ嬢が扉を叩いて、中に入る。
そこは応接室のように窓際にギルド長の机椅子が置いてあり、その前に低い机とそれを挟んで両側にソファーが置いてある部屋だった。両側の壁には本棚と戸棚が並んでいて、書類のようなたくさんの本や巻物が仕舞われている。
「待っていたよ。ジョン君」
窓際に先ほどの男、オスカーが椅子にも座らず、立ったままジョンを待っていた。
後ろ手で腕を組み、窓から外を見ていたのだろうと思われる角度で、振り返る。威厳を持たせたいのかゆっくりとした動作で、ジョンを見てくる。どこか計算された動きだが、夕刻など窓から逆光が射してくる時刻なら、そこに荘厳な雰囲気が醸し出され、その雰囲気に飲み込まれていたかもしれないが、今はまだ昼。普通に天上から光が射し込み、室内を明るく照らしているだけだった。
それでも、オスカーの表情はニヤニヤしていて、どうだかっこいいだろう? と言わんばかりの顔だったので、逆にいつも以上の冷静さでそんなオスカーの様子を無視する。なぜか、反応してはいけないような気がした。
「それで、先ほどの話を詳しく聞かせてもらえるんですよね?」
冷静に、ただ冷静に問いかける。
オスカーは出鼻をくじかれて鼻白んだ。もう少し乗ってきてくれてもいいだろうと思う。せっかく、威厳を持たせるような演出をしてみたというのに。だが、それならそれで、変な反応をされるよりはましだろう。
「そうだな。とりあえず、そこのソファーにでも座ってくれ。フリーダ、お茶を用意してもらえるかい?」
「かしこまりました」
一礼して、フリーダ嬢が紅茶を入れに部屋を出る。
ジョンは、言われた通りにそばのソファーに腰掛けた。革張りの、今までジョンが見たことのない高級そうなソファーだった。腰掛けたら、柔らかくジョンを受け止めてくれる。若干、座り心地に心奪われそうになるが、本題はそこではないのでなんとか自制する。
ジョンが座ったのを確認すると、オスカーもギルド長の机を回って、ジョンの前のソファーに腰を降ろした。対面で話をしてくれるようだ。
「さて、何から話そうか。
……まずは君を勧誘した理由からだな。それを話さなければ始まらないしな。さっきも言ったが、ジョン、君には特別な力がある。それは、他の何を置いても確保しておきたいほど特別な力だ。ギルドカードは持っているね?」
そう言われて、ジョンは改めてギルドカードを取り出した。さっきもらったばかりで、新しい綺麗な光沢を放っている。
「君は『ユニークスキル』というものを聞いたことがあるかい? 君が持っている特別な力のことだ。ギルドカードには特殊な加工が施されていて、『ユニークスキル』を持つ者にしか見えない特別な欄が存在する。『スキル』『特殊スキル』の更に下に『ユニークスキル』の欄があるはずだ」
確かにそこには、『ユニークスキル』と書かれた項目が存在した。見本のカードにはそんな欄は存在しなかったそこには『ダンジョンマスター』と書き込まれていた。
「その欄はギルドの上級職員と本人にしか見ることはできない。知られると面倒事に巻き込まれることが多いのでね。そして、君の持つ『ダンジョンマスター』だが、これはダンジョンを作り出す能力だ。ギルドとしては、その力がどうしても欲しい」
『ユニークスキル』とは、固有技能と呼ばれる個人仕様の強力な技能だ。数十万人に一人という割合でしか存在せず、非常に珍しい技能である。
カードを見ながら、この力の何がギルドにとって欲しいのかを考えてみる。だが、”ダンジョンを作り出す”がどんな風に作用するものなのかわからなかったジョンは、オスカーに直接聞いてみるしかなかった。
「あの、なぜこの……『ダンジョンマスター?』の力が欲しいんですか?」
「例えば、だ。大量の魔物や罠が仕掛けられたダンジョンがあったとしよう。何も知らないでそこに入ろうと思うかな?」
大量の魔物や罠が仕掛けられたダンジョン?
何が出るのか、何が起こるのかわからない場所……想像してみる。ダンジョンに入った瞬間、見たこともない魔物に襲われ、逃げる間もなく食い殺されたり、突然の罠で殺されてしまったり、そんな事が起こるダンジョン。そんなダンジョンならどれほど魅惑的なものが眠っているとしても入ろうとは思わない。入るとしたら最低でも、どんな魔物が出て、どうすれば対処できるのか知らなければ、奥に進む気にはならないだろう。まあ、どんな事が起こっても対処出来るだけの強さと応用力があるなら話は別だが。そんなことができる者はひと握りだろうし、素人が立ち入っていい場所ではない。
「……思わないですね。危険すぎる」
「そうだろう。だが、事前にそれらの魔物や罠に対する対処法を学んでいたとしたら、そうは思わないんじゃないか? 例えば、この魔物は火に弱いとか、この罠はここを壊せば発動しない、とか」
確かに、どんな魔物だろうと対処の仕方を知っているなら、恐ることはない。罠も同じく対処の仕方がわかっているなら問題にならない。逆に、敵を引っ掛けたり、有効利用できるだろう。
「事前に学べば、危険は減る。で、『ダンジョンマスター』はダンジョンを作り出す能力。
……
………
…………はっ! 『ダンジョンマスター』の力でそういう場所を俺に作れってことですか!?」
「その通り!! 君はなかなか頭がいいな。実地で学ばせることはできるが、どうしても危険が伴うのでね。安全に学べる場所があるなら、それに越したことはない」
つまり、ゲームで言うチュートリアルダンジョンを作り出せ、ということだった。チュートリアルでは、対処の方法を学び、実践する。実際の魔物や罠が死ぬような威力だったとしても、チュートリアルならダメージ調整されていたり、失敗しても死ぬようなことはない。
「これは、君にもメリットのある話だ。君は今日初めて、自分に特別な力があると知ったね。なら、その使い方はわかるかね?」
ジョンにわかるわけがない。何をどうすれば『ダンジョンマスター』の力を発動できるのか、どんな風に作用するのかさっぱりわかっていない。
「ギルドには、それを君に教える術があるのだよ」
「それはどういう?」
「それはね。他の『ユニークスキル』と違って『ダンジョンマスター』が特殊で、使い方を教えられるほど前例が多いのよ」
別のところからいきなり声がした。
いつのまにかフリーダ嬢が戻ってきていて、ジョンの問いに答える。
「お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
机の上に紅茶を置いていく。……三つ。
お茶を出し終えたフリーダ嬢はそのまま、ジョンの横に座った。そして、紅茶の入ったティーカップに優雅に口をつける。
「全『ユニークスキル』所持者のうち、『ダンジョンマスター』が約三割を占めているの。それだけ『ユニークスキル』の中ではありふれたもの。でも、固有技能とも言われる『ユニークスキル』のはずが、『ダンジョンマスター』だけなぜそんなに多いのかわかるかしら?」
わかるわけがない。
「それはね、『ユニークスキル』の中で『ダンジョンマスター』だけ、"増える"からよ」
他の『ユニークスキル』は全て生まれた時から所持しているもので、他に教えられるほど同じ技能所持者がいない。いたとしても、使い方はまちまちだし、出会うこともない。だからこそ、固有技能と呼ばれている。
「まあ、"増える"というのは語弊があるが、似たようなものか。たくさんある『ユニークスキル』の中で『ダンジョンマスター』だけが、後天的に入手可能することができるのだよ。後天的に手に入るのに『ユニークスキル』に分類されているかは話していけばわかると思うから、今は置いておこうか」
そこで、一旦休憩を挟む。出された紅茶は冷めないうちに飲んでおく。
一息入れて、再び話に戻る。
「ジョン君、『ダンジョンマスター』はダンジョンを作り出す能力だが、作り出されたダンジョンは『ダンジョンマスター』の死後、どうなると思う?」
さっきからいろいろ質問されるが、ジョンにはわからないことばかりだ。だが、個人の魔力で作り出したものが、その死後どうなるかなんてそんなに選択肢はない気がした。力の供給が途絶えたならその存在は、"止まる"か"消える"かだろうと当たりを付ける。
「世の中にダンジョンが現存していることを考えると、"止まる"、ですか?」
「普通ならそうなるわ。でもそれは、ある程度の大きさまでの話。それより大きなダンジョンになると、機能停止することなく自動で動き続けるの。『ダンジョンマスター』の死後もね。そういったダンジョンは総じて攻略がすごく難しくて、高難易度ダンジョンと呼ばれているわ。そして、攻略できる者も限られてくる」
「で、だ。そういったダンジョンは、攻略できた者にダンジョンの所有権が移り、その者が新たな『ダンジョンマスター』になるのだよ。つまり、高難易度ダンジョンを攻略できるほどの強力な冒険者ないし傭兵個人に『ダンジョンマスター』が継承される」
「だから『ダンジョンマスター』の数は、ジョン君みたいに生まれた時から所持している子の他に、高難易度ダンジョンの数だけ、存在するっていうわけ」
それで、『ユニークスキル』の中で三割を占めるほど数が多いのかと納得する。ダンジョンがある限り、所有権は移り続け、『ダンジョンマスター』の数も一定数は存在し続けるというわけか。
「スキル所持者が一定数存在するということは、それだけノウハウも貯まるということでもあるの。だから、ギルドとして教えることもできる、というわけね」
「そこまではわかりました。でも、それだと俺以外にも冒険者いギルドの方に『ダンジョンマスター』がいるんじゃないんですか? さっきの話だと、一流の冒険者が所持していてもおかしくないと感じたんですが」
「ああ、いるにはいる。だが、そんなん高難易度ダンジョンを攻略できるほどの強者なら、どこもかしこも手を貸して欲しがってね。引く手数多で多忙なんだ。素人の教育に手を貸せる程、余裕はない」
「それで俺……なんだ」
最後の一言で、ジョンはがっかりしたような、ほっとしたような感覚に襲われた。体から力が抜け、ソファーに体を預けていく。内心、頼られることを嬉しく思っていたのに、その理由が他の者が忙しいから……なんだ、自分の特別な力が欲しいって言っといて、他の者が多忙だから、素人の俺に声をかけたってわけか。なんだかつまらないと思ってしまった。だが、反対に、力の使い方もわからないのにそんな大事なことをさせられることにためらいと若干の恐怖も覚えていたので、心のどこかでホッとしている自分もいた。
「ジョン君、手を貸してくれないか?」
オスカーが真剣な表情で問いかけてくる。
どう答えたものかと、ジョンは考え込んでしまう。どこか、自分じゃなくてもいいんだと思っている自分がいて、素直に手を貸すとは言えない気分だった。特別な力の”特別”が実際、他の人の代用なのだから、どうでもいいといった気持ちになる。そんな気持ちであれこれ考えていると、関係ないことまで思い出してくる。
「……俺、村に早く帰りたんだった」
思い出したのは両親のこと。両親とは冒険者登録が終わったら一度帰ると約束していたことを思い出したのだ。
「村? 君の村はどこかね」
「シレーヌ川上流の森のそばにある小さな村です」
「シレーヌ川上流……ロワ村だったか。そんなに遠い村ではないのだな」
「両親と約束してたんだ。冒険者になったら一度村に戻るって」
「そうか。フリーダ、ロワ村まで帰るのにどれくらいかかる?」
オスカーはフリーダ嬢に問いかける。
「ロワ村でしたら、馬車で数日といったところではないでしょうか」
「数日か……ジョン君。君はいつまでに帰らないといけないのかな?」
ぼーっとどこか放心状態に近いジョンはソファーに身をあずけながら、投げやりに答える。
「いつまでって決まってないですよ。俺が早く帰りたいだけで……」
「そうか。では逆に、いつまでだったら滞在できる?」
滞在……その言葉を聞いたことでジョンの意識は戻ってきた。
目を見開き、驚いて問い返す。
「なぜ、そんなことを?」
「いや、なに。君が村に帰るにせよ、力の使い方は知っておくに越したことはないだろう? 残れる時間があるなら、その間に学べるだけ学んだほうがいい。ギルド以外では学べないだろうし、時間は有意義に使わなくてはね」
オスカーが優しく諭してくる。
それにジョンは唖然とした。そんなこと考えてもいなかった。さっきの話から、手を貸さないで帰るといえば、そのまま帰されるものかと思ったのだ。ギルドに手を貸さないなら、教えない。そんな風に聞こえていた。
「えっ……と、遅くても次の種まきの時期までには帰りたいです、ね」
「それは冬?」
「はい」
今はまだ秋。収穫が終わって次の種まきまでに土を作る時期で、種まきまで短くても一ヶ月以上空いていた。
「それならまだ一ヶ月以上空いているな。なら十分『ダンジョンマスター』を習得するだけの時間はある。帰りは私達が責任もって送るから、それまで留まってくれないか?」
「それは……」
ジョンとしては、できるだけ早く帰りたい。だが、急いで帰らなければいけない時期まではまだ時間があるのもまた事実。そして、帰りは村まで送ってくれるという。そう言われると、ここで断るのも何か気が引ける。ジョン自身も力の使い方は覚えておきたいところではある。
そんな風に迷っているジョンに、オスカーはもうひと押しすることにした。
「この街での滞在に関しても気にしないでくれ。宿泊費等は全額ギルドが持つことを約束しよう。それでもダメかい?」
うーん、と悩むジョン。早く帰りたいが帰らなきゃいけない時期まで期間がある。帰りも送ってくれる。そして、滞在費も気にしなくていい。ここまで言われると留まった方が利口だと思う。
いろいろ悩んだ末、ジョンはため息をついて頷いた。
「はあ、わかりました。しばらくの間お世話になります」
「ありがとう。こちらこそよろしく頼むよ。では、まずは『ダンジョンマスター』の力の使い方を覚えようか」
オスカーはニコッと笑って、今後の予定を口にする。
「明日朝、改めて『ダンジョンマスター』を教える先生役を紹介するから、ギルドを訪ねてきてくれ。その後、『ダンジョンマスター』を使いこなせるようになったなら、我がギルドに協力してくれると助かるよ」
「はーい」
軽く返事をして、ジョンは苦笑いを浮かべる。
なんだか、ここまでされた時点でもうこの人には逆らえないような、そんな気がした。
翌日から、ジョンの特訓の日々は始まった。
昨日、宿に戻って今後のことを話そうと思ったら、ギルドの方から金はもらってるから気にするなと、既に支払われていることに驚き、ついでに素泊まりのはずが朝夕と一階の酒場で食事まで振舞われることになっていた。
朝、ギルドに顔を出すと、受付には知らない女性が座っていて、ジョンが声をかけるとすぐに奥へと引っ込み、フリーダ嬢を呼んでくる。フリーダ嬢は、いつも通りの青を基調とした制服のドレスを身に纏って現れた。
「ジョン、こっちへいらっしゃい」
フリーダ嬢に呼ばれて連れて行かれたのはまたしてもギルド長の部屋で、中にはギルドマスターのオスカーと複数人の男女が待っていた。
「ジョンか。待っていたよ。紹介しよう。今後、君を担当してくれる職員達だ」
まずは、受付嬢のソフィーだった。今日受付にいないと思ったら、こっちで待機していたらしい。ジョンが受ける依頼や指令、報酬等の受付関連を担当してくれるという。
「よろしくねぇ。ジョンくぅん」
「よろしくお願いします。ソフィーさん」
次にフリーダ嬢。彼女は、ジョンに関する雑務を担当してくれるという。受付の終わった依頼等の処理も全て彼女が受け持ってくれる。ギルドに用事がある際は、彼女を頼るようにと、オスカーは付け加えた。
「改めてよろしくね。ジョン」
「こちらこそ、よろしくお願いします。フリーダさん」
「それから、君に『ダンジョンマスター』の使い方を教える先生役のオーマ殿だ。ギルド内の後進の教育を担当している戦士だ。普段は冒険者として活動しているから、そちら方面でもいろいろ教わるといい」
彼は、にこやかに笑う爽やかな青年だった。だが、腰には長剣を下げ、体に様々な武器を携帯していて、にこやかな顔からは想像できないような、危険な武装姿だった。ただ、雰囲気自体は柔らかく、ジョンにもとっつきやすそうな印象だった。
「よろしく、ジョン君」
そう言って握手を求めてくる。
「これからよろしくお願いします、オーマさん」
「呼び捨てで構わないよ。訓練の時はビシビシ行くから覚悟しておいてね」
「はい。あ、でも、教えてくれる人を呼び捨てにはできないので、『先生』と呼ばせてください」
「君が呼びたいならそれでも構わないさ。よろしくね」
がっちりと握手を交わし、笑い合う。
その雰囲気と『先生』と呼ぶことに昔の先生を思い出し、懐かしい思いになる。ああ、また先生と呼べる人に会えたと、嬉しくなった。
「最後にもう一人。君の護衛をしてくれるライヤーだ。訓練中に周囲を警戒していてくれる」
最後に紹介されたのはオーマとパーティーを組んでいる盗賊だった。職業盗賊なので、現実に窃盗等の犯罪を犯しているわけではない。他に後二人、オーマの仲間が居るが、今回は別行動中で会うことはないだろうとのことだった。
全員の紹介が終わると、オスカーが改めて纏める。
「おほんっ、最後になるが、ジョンに関してはギルドとしても隠しておきたいので、ここにいる者以外に外部に漏らすことを禁止する。できるだけ知られないようにして欲しい。
改めて、我がギルドへようこそ! ジョン!!」
全員がオスカーに合わせて、敬礼する。着込んだ青い制服に一糸乱れぬ敬礼で、すごく決まっていた。
その後は、オーマとライヤーに連れられて、近くの枯れたダンジョンに移動した。当分はここで『ダンジョンマスター』の訓練をするとのことだった。この辺りは森の中で人気もなく、ダンジョン自体枯れて久しいので、人が来る心配もない。万が一、人が来てもライヤーが哨戒しているので、すぐにわかるという。
「それじゃあ、『ダンジョンマスター』について説明するぞ。
『ダンジョンマスター』はダンジョンを作り出す力だ。手元に出現させた球体に、ダンジョンに必要な様々な情報を流し込んで、ダンジョンを作成する。それが終わったら、魔力を流し込み、球体をはじけさせるようなイメージで念じると、目の前にダンジョンが生成される。
だからまずは、手元に球体を出現させなければ始まらない。ジョン、両手のひらを上にして、そこに玉を乗せているようなイメージを浮かべるんだ」
言われた通り、手のひらを上にしてその上に玉を乗せているイメージを浮かべてみるが、何の変化も起こらなかった。
「……何も起こりませんが」
「一発でできるものじゃない。さあ、そのイメージを持ち続けるんだ」
しばらく、他のことは考えないようにしつつ、両手で玉を持っているイメージをずっと持ち続ける。だが、一時間経とうが変化は訪れなかった。
「うーん、これはイメージの仕方が合ってないのかもしれないな。じゃあ、ジョン。とりあえず、日常生活でよく両手で抱えた物を思い浮かべてくれ」
そう言われて、ジョンは少し考えてみる。
日常生活でよく抱えていた物……水瓶か。
ジョンは、水が入って重くなった水瓶を思い浮かべた。鍛錬のつもりで毎日大量の水を入れて水瓶を運んでいたので、その重さまでイメージできてしまう。両手で落ちないように抱え、川から自宅まで毎日のように運んでいた。
すると、水瓶の大きさほどの半透明な球体が目の前に浮かんだ気がした。最初は気のせいか目の錯覚かと思ったが、次第に鮮明になり安定していく。
「あ、なんか出た」
「それを維持できるように常にイメージし続けろ。その球体は他の人には見えないから、こちらからはあるのか確認できないからね」
その日はずっと、水瓶を抱えたイメージを持ち続け、球体を維持し続ける訓練で時間が過ぎていった。
次の日は、球体のイメージトレーニングをさせられた後、枯れたダンジョンの中の一室に移動し、隅から隅まで観察させられた。球体内にダンジョンを再現するためだ。覚えられたと思ったらまた外へと移動して、球体内にその部屋を再現する。うまくできたら、今度は目の前に生成してみて、それをオーマが確認する。それを何度も繰り返して、『ダンジョンマスター』を使用する際の感覚を体に覚えこまされていった。そのおかげで、一週間もしないうちにだいぶ球体内にダンジョンを再現構築できるようになっていた。
そんな毎日だったが、それだけでは気が滅入ってくる。なので、だいぶ慣れてきたことだしここらへんで休息を取ってもいいだろうと、オーマに休むようにと訓練開始から初めての休日をもらったのだ。
この街に来て即ギルドに向かい、それから数日空いてはいたが、気持ち的にも資金的にも観光している余裕はなかったので、今回初めて街を散歩してみることにした。
ギルドのある中央通りは来る時にも通ったし、お店や露店も軽くだが見て回っていた。それで、自分に必要そうな、または興味を惹かれた店に入ってみることにした。武器屋や道具屋、お土産屋など気の向くままに入っては見て回る。
そして今度は、中央通りから外れて、路地の方へと足を運ぶ。
中央通りに近い辺りはまだ治安が良さそうだった。お店等は減っているが、替りに住宅が立ち並ぶ。路上には井戸端会議中のおばちゃん達や子供達が駆け回っていた。
そんな中を歩いていき、周囲に目をやる。時たま、ジョンの見た目に惹かれた子供と目があったり、声をかけられたりしたが、概ね雰囲気は悪くなく、楽しい散歩だった。流石に、初めてで路地の奥深くに入ろうとは思わず、中央通り傍の路地をぶらぶら歩いていた。
「よお、久しぶりだな」
そんな時、後ろから声をかけられた。
この街に来てからまだほとんど外出もしていないはずで、久しぶりと声をかけられる覚えはジョンにはなかった。
誰だろうと振り返ると、そこには冒険者登録日以降、姿を見ていなかったバンが立っていた。どこか影のある暗い笑みを浮かべて……
思いっきり長くなりましたー。
元からここまで書くつもりでしたが、
長くなったんで途中で一旦切ろうとも考えたのに、
書き上げるとやっぱり途中では切りきれませんでした……orz