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第一章 第五話『街』



 村を出て数週間。


「ジョン、見えてきたぞー」


 そんな声が、荷台でじっとしていたジョンの耳をうつ。揺れる荷台を進んで、行商人のいる御者台横に顔を出した。そこには、高い塔の間に石壁がそそり立った灰色の巨大な建造物が、荷馬車のガラガラという砂利道を進む音とともに近づいてきていた。


「わぁー……」


 ここまで、いくつかの街を経由してきたが、ここまで大きな石壁は存在しなかった。

 感嘆の声を上げるジョンを、行商人はニヤニヤとした表情で見つめてくる。


「すごいだろ。あれが、お前が目指してる冒険者ギルドのある街『ヒューゲルシュタット』だ!」



 行商人とともに村を出たジョンは、彼のもとで行商人見習いのような扱いで日々を過ごしていた。お金を払って連れて来てもらったとは言っても、そのお金は微々たるもので何もせずに何日も過ごして良いような額ではない。だから、彼に言われるままに雑用をこなしていた。

 ジョンがあまりに生真面目に手伝うものだから、行商人は大いにジョンを気に入った。様々なことを手伝わせては教え、学ばせた。積荷の積み下ろしや馬の世話、果ては取引時のお金の受け渡しまで。たった数週間、一緒にいるだけの相手にそこまで信を置いてくれた。

 小さな村で育ったジョンはあまりお金の扱いに慣れていない。なので、行商人が軽く扱い方を教えたのだが、思っていた以上に慣れるのが早かったため、半分弟子のような扱いで本格的に計算などまで教えてくれた。

 ヒューゲルシュタットまで数週間。

 ジョンの村から真っ直ぐ目指せば馬車でたった数日。

 ジョン達が村から南東に下り、ぐるっと遠回りしてきたのでここまで時間がかかったのだ。

 そんな旅も、もう終わりが近づいていた。



 徐々に近づいてくる城壁。

 灰色の石壁は四角い石を積み重ねた作りで、所々に小さな窓がある。両側に塔があり、壁より一段高く、塔壁塔壁塔…と連なって、街をぐるっと囲っている。石壁の上には何人もの兵士らしき人影を見て取ることができた。

 ジョン達が向かうのは城門で、壁の一箇所に沢山の人と馬車が屯していて、その向こうに大きな門があった。

 門の下へ辿り着くと、御者を交代して行商人が門兵の所へ行ってしまう。ジョンに荷馬車の見張りを任せて。

 ジョンは改めて周囲を見渡す。

 沢山の行商人と荷馬車。それとは別に、旅装束を着た人もいる。冒険者だとわかる格好をした人物も少ないが存在した。並んでいるわけではなく、てんでばらばらに集まって情報交換などを行っている。

 門の前には荷馬車に乗った他の行商人が門兵と話した後、荷物を見聞されてから門兵に送り出されて、門の中に吸い込まれていった。このあたりは、他の街でも見られた光景だった。

 そのうち、行商人が戻ってくる。門をくぐる許可が下りたらしく、屯している他の荷馬車の間をすり抜けて門へと向かう。門兵に荷物の確認をされてから門をくぐる。



 城塞都市『ヒューゲルシュタット』 ※直訳『丘の街』

 総人口五千人規模の大都市。

 街の西側を流れるシレーヌ川の氾濫から身を守るために、少し離れた小高い丘の傍に村を作ったのは始まりだった。いつのまにか村は街になり、領主の館が丘の上に建てられて、それを囲うように貴族街、平民区画が出来上がった。そして、それら全てを囲う巨大な石壁が作られて城塞都市となった、エステリア王国の北部『フォルントベルグ』領の主要都市である。ジョンが暮らしている村も、この領内にある。横を流れるシレーヌ川沿いに南下すると王都『アーベンブルグ』にたどり着くため、北と南を繋ぐ要所として栄えていた。



 ヒューゲルシュタットの東門を潜って中に入ったジョン達だったが、二人の目的地は違っていた。


「ジョンは冒険者ギルドに行くんだったな。それなら中央街道を南下すれば、そのうち着くはずだぞ。俺はこのまま西の商業地区に行くから、中央街道までなら連れてってやれるが、どうする?」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらっていいですか? 中央街道までよろしくお願いします」

「おうよ」


 初めての大都市で右も左もわからないジョンには、中央街道も冒険者ギルドもどこにあるのかわからない。幸い、行商人はこの地方を商売の拠点にしているだけあって、この街にもそれなりに詳しいので、大まかな場所や特徴は聞いていたが、やはり最初から案内無しでは迷ってしまいそうな気がした。

 行商人の荷馬車で道を行く。

 ヒューゲルシュタットの玄関は南門である。王都まで伸びる道があり、そこから領主館まで緩やかな上り坂が続いている。これが中央街道だ。東門から西門までの道も領主館前で中央街道とぶつかるが、その辺りは貴族街で一般人は立ち入れない。なので、ジョン達は貴族街に入る前に弓なりに貴族街を覆っている外壁沿いに南下して、中央街道を目指した。


「ジョン、この道をまっすぐ行けば冒険者ギルドが見えてくるはずだ。それなりに大きな建物だったはずだから、看板か何かを探せばすぐわかると思う。俺はこっちだからここでお別れだ」

「ここまでありがとうございました」


 中央街道にたどり着いたところでジョンを下ろしてくれる。


「何かあれば、訪ねてきてくれ。じゃあな」


と、別れ際にジョンに一言付け加えて、行商人は去っていった。

 一人中央街道に残されたジョンは、冒険者ギルドを探して歩き始めた。

 中央街道は賑やかだった。ひっきりなしに人々が往来し、道沿いに立ち並ぶ様々な店に吸い込まれては入れ違いに出てくる。店と店の間には露店が広げられ、店主と買い物を楽しんでいる人が足を止めて立ち話に花を咲かせている。街道自体も広く、馬車が二台余裕ですれ違えるだけの幅があった。

 道沿いに歩いているジョンにも、露天商は声を掛けてくる。


「よ、坊ちゃん、見ない顔だね。旅人かい?」


 一瞬、自分に声をかけられたことに気づかなかった。ただ声のする方に振り向いただけなのだが、露天商はジョンを見ていた。この国の人間ではないと思われたらしい。エステリア王国には金髪はほとんどいない。だから、ジョンの金髪は人目を引く。


「俺、ですか?」

「おうよ。なにか珍しいものはあったかい? なんだったら、こんなもんはいかがかな?」


 商品の中から一つを取り出してジョンに見せてくる。初めての都会なので珍しいものは多かったが、取り出されたのは見たことがある物だった。


「あー、そういう物はいいので。ところで、冒険者ギルドってどこにあるかわかりますか?」

「冒険者ギルドかい。もうちょっと行った先にあるよ。青い看板で冒険者ギルドって書いてあるからすぐわかるよ」


 商品を引っ込めつつ、質問に答えてくれる。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、ジョンはその場を後にした。



 少し歩くと青い看板が見えてきた。

 木造三階建ての建物に青い看板がかけられ、看板にはでかでかと冒険者ギルドと書いてある。


「ここ……か」


 ジョンは、ドキドキしながら看板を見上げた。

 村を出てから数週間、冒険者になるため、ここまで来た。ようやく夢が叶うのだ。長い旅だったと感無量になりそうになるが、まだ本当にかなったわけではないので、本当の感無量になるのは念願の冒険者になった時まで取って置かなければと、気持ちを引き締める。

 はやる気持ちを抑えて、扉を開いた。

 中は広めのロビーだった。正面にカウンターがあり、一人の女性が座っている。左には掲示板と奥へ続く通路。掲示板には依頼の書かれた薄い板が掛けられ、通路はカウンターの横を抜けるように奥に続いている。右には机と椅子が並び、奥の壁には扉があった。どうやら、隣の建物とつながっているようだ。ロビーには数人の冒険者風の男達。入ってきたジョンに、値踏みするような粘着的な視線を向けていた。

 その視線に居心地悪い気分になるが、冒険者になりたいのは自分なので怖いからと引き返すわけには行かなかった。緊張しながら一歩を踏み出して、カウンターに向かう。


「あの……! 冒険者になりたいんですが、なれますか!?」


 カウンターにいる女性に声を掛ける。力みすぎて少々声が大きくなる。若干裏返った気もする。


「んー?」


 間延びした語尾のほんわかした雰囲気をまとった女性だった。おっとりした調子でジョンに謝ってくる。


「冒険者志望の子かなぁ? ごめんねぇ、今日はまだ登録日じゃないのぉ」

「登…録…日?」


 そうよぉ、と困った表情でジョンを見る。

 なんでも、冒険者登録を行うには決まった日時があるという。その時に纏めて冒険者になりたい人を登録するらしい。冒険者は命懸けの仕事なので、適性のない者を冒険者にするわけには行かない。だから纏めて適性検査を行い、それに通過できた者だけに晴れてギルドカードを発行するのだ。適性検査は時間がかかるので、冒険者になりたい者をその都度検査していたら時間がいくらあっても足りないとも言う。


「だから、次の登録日まで待ってねぇ? 次まで数日空いてるけどぉ」

「数日……」


 ジョンは愕然としてしまう。

 冒険者登録が直ぐに終わるとは流石に思っていなかったが、登録するためにさらに数日待たなければならないのは正直予想外だった。できれば、なるべく早く村に帰りたいと思っていたので、数日も街に留まらなければならないのは、気持ち的にも路銀的な意味でも不安になる。


「とりあえず、次の登録の予約ぐらいは出来るけど、するぅ?」

「あ、はいっ! します!!」

「じゃあ、この札に名前とか年齢とか書き込んでね。嘘はダメよぉ?」


 ジョンの前に出されたのは小さな板。それに名前と年齢を書きこんだ。


「これは割符だから、無くしちゃダメよぉ。登録日に持ってきたら確認させてもらうからぁ」


 女性が板を半分に割って、片方をジョンに渡す。そして、何事もなかったかように、カウンターに座り直した。

 素直に割符を受け取ったジョンだったが、今後の予定は何も決まっていなかった。まさか数日も時間が空くとは思っていなかったので、これから何をすればいいのか思いつかない。第一、街に留まるための宿さえ、どこにあるのか分かっていない。


「あの、この辺りで安い宿って知ってますか? 今日この街に着いたばかりでその辺り知らなくて……」

「それならぁ、この裏にある宿を使うといいわよぉ。うちの子達もよく利用するしぃ、割符を見せれば分かってくれると思うわぁ」

「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそ、可愛い子は歓迎よぉ?」


 女性は、頭を下げるジョンににこやかに笑う。ふわっとした笑顔で、優しい視線をジョンに向けていた。そして、建物を出ていくジョンに手を振って、見送ってくれる。

 冒険者ギルドを出たジョンは、教えられた通り建物をグルッと回って裏路地にある宿にやってきた。こちらも木造三階建ての建物で、派手さはないが見栄えはそこまで悪くない。古い建物というわけではないようだった。

 一階は酒場になっているようで、冒険者らしき屈強な男達が酒を飲みながら屯していた。互いに酒を飲み交わし、情報交換や親交を深めている。

 ここでも、中に入ってきたジョンに視線が集まった。だが、入ってきたのが子供だとわかるとすぐに興味を失って、元のように他の冒険者達と騒ぎ出す。

 ジョンはそんな男達の間をすり抜けてカウンターに向かう。そこには店主らしき男が立っていて、ジョンが持っていた割符を見せると、ジョンに向かって話しだした。


「一泊小銀貨一枚だ。素泊まりで飯はない。なにか必要な物があったら、冒険者ギルドの方に頼んでくれ」


 ジョンは、お金の入った袋から大銅貨や小銅貨を取り出して、数日分の料金を纏めて店主に支払った。

 店主も出されたお金を確認して、確かに数日分が支払われているのが分かると、ふむ確かに、とジョンの頭に手を置いた。


「ようこそ『黄昏(たそがれ)(つるぎ)』亭へ。歓迎するぞ!」


 ワシャワシャと乱暴にジョンの頭を撫でてから、部屋へ案内してくれた。



 数日後、ジョンは店主に言われて冒険者ギルドに出向いていた。

 登録日がやって来たのだ。




 ※お金の価値

  小銅貨十円、大銅貨百円、小銀貨千円、大銀貨一万円、金貨十万円

  ここから上は金貨二十枚相当の金の延べ棒のみになります。


 お金の価値を十二進法にしようかと思いましたが、分かり難くなるので止めました。

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