第一章 第四話『収穫祭』
祭りは始まった。
沢山の村人達が中央広場に集まって、飲めや歌えやの大騒ぎ。
特に真ん中のキャンプファイヤー風の大猪の姿焼き周辺の長テーブルは大賑わいだ。皿を持った村人が切り分けられていく肉を貰おうと集まって、我先に貰おうとする者や待っている間に他の村人との世間話に花を咲かせている者、皿を持ったまま酒を飲み酔っ払っている者など様々だ。
ジョン達幼馴染四人は近くの長テーブルに座って、その様子を料理をつまみながら眺めていた。ジョンが獲ってきた大猪の周りに集まった村人の盛況ぶりを見ていたいのか、祭りで一番人気がある場所なので見ていたいのか、どちらにしろ見ているだけで楽しいものだった。
そこへ、神父を連れた村長がやってくる。目的は大猪ではなく、ジョン達のようだ。
「おお、ジョン、ここにいたか。お前のおかげで今年の祭りは大成功だ。なあ?」
「そうですね。あんな大猪見たことがないですよ」
村長と神父は交互にジョンを褒めていく。大猪を獲ってきた時にも驚かれて褒められたが、祭りの成功を見て、改めて褒めに来たらしい。
「ありがとうございます、村長」
「お前達も、ここでじっとしてないで祭りを楽しめよ。村長からの命令だからな」
ジョン以外にも声をかけてから、村長達は去っていった。
「マリー、向こうでマクシーが呼んでたぞー」
「あ、お父さんが? ジョン、ごめんね。ちょっと行ってくるね」
「気にしなくていいさ。それより早く行ったほうがいいんじゃないのか?」
「うん、じゃあまた後でね」
父からの呼び出しということで、マリーも移動してしまう。
残されたジョン達は、大猪が切り分けられていくのを見ながらのんびりと駄弁っていた。
切り分けられた肉を貰った村人達はこれを獲ったのがジョンだと知っているので、貰った肉片手にジョンの元にやってきては一言二言言ってから去っていく。
「ジョン、トーマスも。暇ならこっちを手伝っとくれ」
それまでずっと見ていたトーマス母が、ジョン達に声を掛けてくる。
トーマス母はずっと肉の切り分け作業をしているおばちゃんだ。肉を貰った村人がジョンの方へ流れていくので、ジョン達がただ駄弁っていて何もしていない所をずっと見ている。
二・三人で肉の切り分け作業をしているのだが、人だかりはまだまだ解消されていない。食べ終わった村人が再び並んでしまうからだ。
「母ちゃん……やべ、じゃあなジョン。俺は逃げる。手伝ったら最後、いつまでやらされるか……」
「俺も行くわ、ジョン。じゃあ」
引き止める暇もなく、逃げ去っていく。
「あ、おい! トーマスもアークまで……仕方ないとは言いたくないな……」
二人揃って逃げていくのを見ながらため息をついて、トーマス母の元へ向かった。
「なんだい、あの子達。トーマスはわかるけどアークまで逃げるこたないだろう。……帰ったら説教だね」
逃げた息子達に、暗い笑みを浮かべる。
「来てくれて助かるよ、ジョン。薄情な息子達は置いといて手伝ってくれるかい?」
「いいですよ、おばさん」
こうして、ジョンは肉の切り分け作業を手伝うことになった。
獲った本人が切り分けるということで、並んでいた村人達が次々とジョンに賞賛の言葉をかけていく。肉を貰った後、ジョンの元を訪れる気のなかった村人までいるので、見ている時よりも賞賛の声は大きい。
それが、ジョンにはすごく嬉しくて、幸せで、ニコニコしながら肉を切り分けては渡して行った。「ありがとうございます!!」の言葉とともに。
そんなこんなで祭りは進み……夕方頃になると姿焼きもだいぶ片付き、いつのまにか村人も飯より酒を片手の愚痴大会に変わっていた。
神父のいる教会を休憩所がわりにして、何人も酒に飲まれて酔い潰れた者が運び込まれたり、飲んで吐いてを繰り返しては教会で休憩して祭りに戻っていく者がいたりと、酒が祭りの中心になっていた。
ジョンも既に解放されていて、報酬に大猪のうまい肉の部位をブロック単位でもらい、広場の片隅でのんびり食べていた。
そこへ、マクシーとマリーが戻ってくる。他に二人ほど連れている。
「やあ、どうやらこっちも落ち着いたみたいだね」
「ただいまジョン、疲れてない? なにか飲み物もらってこようか?」
「いやー、今年はジョンのおかげで大盛況だったな」
「マクシーがお前を褒めるもんだから、俺達も祝いに来たぜ」
次々にジョンに声をかける。
他の二人は、この村の顔役だった。各区画の纏め役で、マクシーもその一人。
村の要職とも言える存在で、自警団の団長だったり、農作物の集計等をする会計役だったりする。
彼らはマクシーも交えて、ひとしきりジョンを弄って遊んだ後、「じゃあな」と去っていった。替りにトーマスとアークが戻ってくる。
ここからは大人達の時間になる。
日は沈みきり、中央広場は篝火が焚かれ、煌々と辺りを照らす。
メアリーが面倒を見るぐらいの子供達は既にいない。親に連れられて、家に帰っている。
残っているのは酔っ払った男達と、その世話に残った少数の女達。
ジョン達はあまり気にされていないため、残っていても注意されない。酔っ払いのどんちゃん騒ぎを見ながら、料理をつついている。
「こうやって見てると、思い出すなぁ」
アークが呟く。
「そうだよな。あの人達、あそこのおっさん以上に騒いでたもんな」
しみじみとトーマスが言葉をつなぐ。
「なあ、ジョンもそうだよな?」
「そうだな……」
あの人達。
この村を救った冒険者達のこと。
襲われたのが収穫の時期だったので、その年の収穫祭には彼らも参加していた。村人達に混じって、村人以上に騒いでいた。
死ぬかも知れない恐怖から解放されたその年の祭りは、生きている喜びを噛み締めるべく、例年以上の大盛り上がりだった。半数以上の男達が、次の日二日酔いで動けなくなったほどだ。
だが、ジョンが思い出しているのはそのことではない。
「なあ、ジョン。また俺たちに会いたいか?」
リーダーだった戦士が聞く。ジョンの頭を撫でながら、見上げるジョンを見据えている。
「会いたいなら、冒険者になればいい。ここには残ってやれないが、同じ世界だ。冒険者なら、いつかどこかで会えるだろ」
遠くで、戦士を呼ぶ声がする。すぐ行くと返事をしながら、ジョンを見る。
「あとな。冒険者は成人してなくてもなれるんだぜ。知ってたか? お前が冒険者になりたいなら、その気持ちが抑えきれないなら、十三になった時、冒険者ギルドを訪ねるといい。冒険者になれるかもしれないぜ?」
ジョンの頭から手を離し、マントを翻す。
「いつか、会えるといいな。……待ってるぜ」
じゃあなと、戦士は仲間の元へ向かう。
「先生っ!!」
その後ろ姿を見つめられながら、冒険者は去っていった。
今年で十三。
戦士の言った年だ。
冒険者になりたい。この気持ちは昔から変わらない。
だが、両親のことを考えると、この村を出るとなると話は変わってくる。
冒険者登録は大都市でしか行えない。
冒険者ギルドはある程度の大きさの街なら必ずある。ただ、冒険者登録が行える所はかなり大きな街に限られる。
そこまで何日かかるかわからないが、そこまで行って冒険者になるということはこの村を捨てるようなものだ。
今まで育ててくれた両親を、この村を捨てる。その選択を選べるほど、ジョンの覚悟は出来ていなかった。
両親にまだ何も返せていない。まだ村に貢献すらしていない。そう思っていた。
「なあ、迷ってるんだろ?」
過去を思い出していたジョンの耳にそんな言葉が届いて、ハッとなる。
周りには、じっと見ている幼馴染がいた。
「悩むならどんと行け! あんないい両親なんだ。無下にはしねえよ」
「そうよ。心配することないって! ケヴィンさんもカルラさんもわかってくれるわよ」
「心配するのはわかるけど、悩みすぎるのも体に毒だぞ? それこそトーマスぐらい気楽に行けって」
皆がジョンを励まして、背中を押してくれていた。
「……どうして悩んでるってわかったんだ?」
「んなもんわかるわ! お前があの人達に人一番憧れてることぐらい、俺達全員知ってるよ」
「あの人達もジョンにだけ、言葉残していったみたいだし、それが原因なんでしょ?」
「お前が、この村が大好きなのは皆承知だよ。だから、心配無用だと思うぞ?」
「皆……そうだな。今の俺の気持ち、父さん達に話してみるよ!」
晴れやかに、ジョンが立ち上がる。
「おう、それでこそだ!」
「頑張れ、ジョン」
決意を胸に、家に向かって歩き出す。
収穫祭の夜。
両親は、早々と祭りの席を抜け、家に帰っていた。あまり、どんちゃん騒ぎに参加するような性格ではないのだ。
そこへ、ジョンが帰ってくる。
「ただいまーっ!」
「おかえり、ジョン」
父ケヴィンがジョンを迎え入れる。
母カルラも居間でのんびりしていた。
ケヴィンの後ろについて居間に行く。これで、家族全員居間に揃ったことになる。
ジョンが生唾を飲んで気合を入れる。
「父さん! 母さん! どうしても話したいことがあるんだ!」
緊張のあまり、声が震えそうになるのを必死に抑えて、なんとか言葉を絞り出す。
その言葉に両親の動きが止まる。一瞬ビクッと体が震え、硬直する。そして、ゆっくりと深く息を吐きだして、「座りなさい」とジョンを椅子に座るように促した。
「それで……何を話したいんだい?」
椅子に座ったジョンに、ケヴィンが先を促す。覚悟を決めた表情で、ジョンの言葉を待っている。
ジョンも覚悟を決めて話し出した。
「父さん。俺、冒険者になりたいんだ」
冒険者に憧れていること、隠れて鍛錬していた事、その他いろいろ話していく。
ジョンからしたら一大決心。だが、両親からしたら違ったようだ。
あ、そっち? みたいな、どこかホッとしたような拍子抜けしたような空気が両親から流れ出す。
しかし、それにジョンは気づかない。
「あ、いや……今すぐ村を出ていくって話じゃないんだ。ただ、冒険者に登録できるのが十三かららしいから、できれば登録だけでもしに行きたいってことで。あ、それがもう戻ってこないって話じゃないんだ。成人したら出ていくことにはなると思うけど、それまではこの村にいるよ? ……ダメ…かな?」
あたふたしながら、言いたいことは言えたとチラッと両親を見る。
だが、ケヴィンもカルラも目頭を押さえて下を向いていて、ジョンの言い分にどんな顔をしているのかわからなかった。
「ジョン……私達はね。もともといつかこういう日が来るんじゃないかと覚悟していたんだよ」
「……え?」
「お前が私達と血が繋がってないことは知っているだろ? だから、いつか本当の両親を探しに行きたいと言い出すものだと思ってたんだ。……その覚悟をずっとしていた」
途中で何度か相槌を打ちながら、ジョンは両親が何を言うのかと耳を傾けていた。
「それが……そっちじゃなくて、冒険者になりたい……か……」
ジョンが見ている前で、だんだんケヴィンが震えだし、顔を上げた時にはたまらず笑い出していた。
「お前が冒険者に憧れていることは百も承知だよ。納屋の隅に隠してある木の剣のことも知っているし、夜こそこそ鍛錬してることも知っているから。改まって話したいことがあるって言うからもっと深刻なことかと思ってビクビクしたよ」
今度は母が話し出す。
「そうよねぇ。本当の両親を探しに行きたいって言われたら、ショックで寝込んでいたかもしれないわ。だって、私達が親なのが嫌だって言われたようなものだもの」
血の繋がらない子供が本当の両親を知りたいと思うとしたらどんな状況だろうか。
両親が自分によそよそしかったり、ほかの子供に全く似ていないと指摘されたり、何かしら周囲に違和感を持ってしまった場合ではないかとカルラ達は思っていた。
ジョンは、両親に愛されている実感があるし、村で疎外されていると感じたこともなかったので、そう思われていたことに逆に驚いてしまう。
「そんな!? 俺は父さんと母さんの子で嫌だと思ったことなんて一度もないよ!?」
「ああ、だから、そう言われたらショックなんだよ。ジョンは、私達が嫌いで冒険者としてこの村を出ていきたいわけじゃないのよね?」
「当たり前だよ!」
「そう……それならいいわ」
再び、ケヴィンが言葉を繋いで問いかける。
「ジョン、とりあえず確認しておくよ。お前は冒険者として通用すると思っているのかい?」
「……それはわからない。でも、自分の力を試したいんだ! 冒険者になれたら、自分の強さを知ることができるらしくて……それだけでも確認したい!」
「そうか……父さん達にもお前が冒険者に向いているかはわからない。だから、冒険者になって、その強さ?とやらが分かったなら、一度戻っておいで? 私達にお前の強さを教えてくれないか?」
「父さん……」
ケヴィンはジョンを安心させるように頷いて微笑んだ。
おもむろに席を立ち、後ろの戸棚に向かう。そして、戸棚の中に隠しておいた革袋を取り出した。
席に戻り、それをジョンの前に置く。
「これは?」
「ジョン、さっき私達は覚悟していたと言ったね?」
「うん」
「これは、その時にお前に渡そうと思っていた旅資金だ。お前が出て行くと言った時、すぐに渡せるように準備しておいた。予想とは違ったが、これで街まで行くといい」
いつかどこかで旅立つだろうと予見していた両親が、いつその時が来てもいいようにとコツコツ貯めていたへそくりだった。本当の両親を探しに行くと言われた時のためだったが、冒険者になりたいと旅立つのも似たようなもの。
今が、その時なのだろう。
ジョンは、そんな両親にどう反応していいのかわからなかった。
いつか旅立つだろうと思われていたことを心外だと悔しがればいいのか、冒険者になりたい自分を応援してくれていると喜べばいいのか、どちらの気持ちも湧き水のように溢れ出し、悔しくて嬉しくて、顔を涙でクシャクシャにしながら苦笑いを浮かべていた。
感極まって椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、袖で涙をぬぐいながら、父ケヴィンの胸に飛び込んでいた。
「ありがとう! 俺、冒険者になるよ!!」
父の胸の中で、しばらく思いのままに泣き続けた。
それから数日。
収穫祭も終わり、村はいつもの日常に戻っていた。
収穫された作物の何割かは税として取られたが、残りの余剰分が買取に来た行商人に売られ、替りに日用品を買い足していく。
そんな最中、少年ジョンはその行商人に引っ付いて旅に出ようとしていた。幾ばくかのお金を渡し、連れて行ってもらう許可が出た。
「ジョン、気をつけて行ってくるんだよ」
「面白い事あったら、教えてくれよ。楽しみにしてるぜ!」
「早く帰ってこいよ」
その他もろもろ。
出発に合わせて、両親やトーマス・マリーといった幼馴染達とその家族が見送りに来てくれる。
思い思いにジョンに見送りの言葉を贈り、抱きしめてくる。
もうじき出発の時。
ジョンは荷馬車に寝袋などの旅道具を入れた鞄を投げ込んで、荷台に乗り込んだ。
「行ってらっしゃい。無事に帰ってきてよね!」
「マリーも元気で……行ってくるよ」
最後まで付き添っていたマリーに別れを告げ、荷馬車は動き出す。
マリーは、荷馬車が見えなくなるまで手を振っていた。ジョンの旅路が無事に済むように願いを込めながら。
荷台からそれを眺め続けたジョンは、今、冒険者になるための第一歩を踏み出した。
ジョン、十三歳の秋の事だった。