第一章 第三話『午後の狩り』
集合場所に二人が戻ると、既にマクシーとトーマスは戻っていた。
ジョン達を見つけると軽く手を挙げて、声を掛けてくる。
「戻ってきたみたいだねぇ」
「お父さん、ただいまー」
「戻りました、マクシーさん」
「獲った獲物はあっちに置いてあるから、そこに持っていくといい」
マクシーが獲物を仮置きしている場所を指差す。
そこには敷物が敷いてあり、その上に野鳥や兎の死体が、少し傾斜のついた地面に頭を下にして置かれていた。
ジョンもその横の空いている敷物の上に、獲った獲物を置いていく。
「へえ、結構獲ったんだね」
マクシーが並べられていく獲物を見て呟く。
「ジョンってすごかったんだよぉ。見えてもいない藪の中の獲物を獲っちゃうんだから! あんまり狙いを定めてるように見えなかったのに、ピュッて矢を放つと獲物が獲れちゃってるのよ!」
それを聞いていたトーマスが口を挟んでくる。
「マクシーさんだってすごかったぜ。結構離れてる獲物を一発で仕留めてたし、飛んでるのでも落としちまうんだから。やっぱ本職は違うよな!」
マリーのジョン自慢に触発されて、トーマスもマクシーの功績を自慢してくる。
それにカチンと来たのか、マリーはトーマスを睨んだ。
「何よ! なんでトーマスがお父さんの自慢してくるの!?」
「ジョンより本職の方がすげーのは当たり前だろ?」
「ジョンだってすごかったんだから!」
互いにペアの自慢をしたかっただけなのに口論になっていく。
視線を反らせては負けだとばかりに睨み合い、両者の間には、バチバチッと火花が散っていた。
その横で、当の本人達は傍観気味で、二人をそっちのけで獲物を並べていた。
「さ、昼食にしようか。マリー、トーマス、喧嘩はそのくらいにしなさい」
「「喧嘩じゃない!!」」
声が重なる。
これにはマクシーもジョンも苦笑するしかない。
四人は纏まって座れるほど空いた場所に敷物を敷いて、並んで座る。
昼食は朝作ってきたサンドイッチだ。日持ちする燻製肉をライ麦パンで挟んでいる。それと水筒。サンドイッチにかじりついて、水筒の水で流し込む。
昼食の途中から、マクシーが午後の予定を話していく。
「さて、午後の予定だけど、ここから先はジョン君と二人で大物を狙っていくから、二人には今まで獲った獲物を持って帰ってもらうよ」
マリーとトーマスを指差す。
「え、私はまだ帰る気なかったんだけど?」
「そういうと思ってたけど、ダメだよ、マリー。さっきも言ったけどここからは大物狙いだ。二人には獲物を持って帰ってもらわないと、私達も安心して大物を追いかけられないんだよ」
このまま、四人で狩りを続けることはできる。ただ、その場合は今まで獲った獲物を持ったまま、大型の獲物を追いかけなければならなくなる。それでは、獲れるものも獲れない。身軽になるために獲った獲物を置いていくこともできるが、それでは離れている間にほかの獣に食い荒らされてしまうことだろう。見張りに二人を残すよりも、村に獲物を持って帰ってもらった方が、安心して狩りを続けられる。
「えー、もっとジョンと狩りしたかったのに……」
「それはまた今度だよ、マリー」
ぶすっとするマリーに、ジョンが囁く。
「ここから先はもっと大変になる。だから、できるだけ万全な状態で挑みたいんだ。マリーが持ち帰ってくれたら、大物が獲れる気がするんだよ。お願いだ」
「ジョンがそう言うなら、おとなしく帰るわ。ジョン、大物を獲ってよね」
「ああ、任せてくれ」
ジョンがマリーに微笑む。
その間、マクシーがトーマスに向き直る。
「トーマス。マリーをよろしくね」
「任せてください、マクシーさん! マリーは俺がちゃんと守ります!」
「えー、トーマスじゃ、護衛としても不安なんだけど?」
横からぼそっとマリーが呟く。ジト目でトーマスを見ていた。
「何おぅ!?」
「何よ」
「はいはい、喧嘩しないの」
昼食を食べ終えた四人は、行動を開始する。
マリーとトーマスは獲物を全て籠に移して、敷物を畳む。
マクシーとジョンは装備を確認していく。
マリーとトーマスがそれぞれ籠を背負って、いつでも出発できる準備が整った。
「ジョン、大物待ってるぜ!」
「ああ、トーマスも気をつけて帰れよ」
「おう」
言葉を交わして、マリー達が村に帰っていくのを見届ける。
「さて、私達も行こうか。二人の期待にも答えられるくらいの大物を狙うよ」
「はい!」
そうして、ジョントマクシーは再び森の土を踏みしめた。
森に入った二人は、手分けして獣の痕跡を探しながら歩いていく。まずは、獲物となる大型の獣を見つけなくては始まらない。
しばらく周囲を探索しながら進んでいくと、幹に泥が付着した木を発見した。泥には獣の毛も混じっている。ただ、泥自体はとうに乾いていて、新しい痕跡というわけではないようだ。さらに探索すると、泥溜りも見つけることができた。
「どうやら猪がいるみたいだね。ジョン君、どっちにいるか分かるかい?」
「あっちにいる気がします」
ジョンが森の奥を指さした。その先には獣道がある。
「追うよ」
「はい、マクシーさん」
ジョンが発見した獣道を進みながら、新しめの他の痕跡がないか探す。
またしばらく進むと、今度は木の根か何かを探していたのだろう、土を掘り返した跡が見つかった。土はまだ柔らかく、そこまで時間が経っていないように感じられた。
二人は頷き合い、追跡を再開する。
途中、猪の痕跡を見つけられず、足踏みする場面が何度かあった。痕跡が見つからなければ、どこにいるのか分かるものではない。
しかし、そんな時はジョンの勘が役に立つ。
森の中に居ると、なぜかジョンの勘が冴え渡る。近くだと、見えなくても獲物が獲れるし、遠くても追っている痕跡からどちらの方向にいるか当ててしまう。何となくわかるらしい。
「マクシーさん、あっちです」
「そうかい。じゃあ、もう少しで見つけられそうだね」
マクシーも何度か一緒に狩りに出ているので、ジョンの勘が当たる事を良く知っていた。疑うことなく、ジョンの言った方向へ足を踏み出していく。ただ、なぜジョンにこんなことができるのか分からず、過去には直接尋ねたことがあった。
「ジョン君はどうして追っている獲物の居る方向がわかるんだい? 勘というには正確すぎる気がするんだけど?」
「自分でもよくわからないんですけど、何となくそっちにいるなって感じるんです。自分でも説明できるような感覚じゃないんですけど……」
ジョンにも不思議だった。森の中にいると、いつも以上に感覚が研ぎ澄まされる気がする。昔からそうだった。
「そういう所は本当に狩人向きだよね。どうだい? 農家の跡取りじゃなく、マリーとくっついて私の跡を継いでみる気はないかい?」
それからマクシーは、冗談交じりにマリーとくっついて自分の跡を継がないかと勧誘してくるようになった。
ジョンも何度も挨拶がわりに言われてきたので、「継ぎませんよ」と軽く流せるようになっている。
そうこうしているうちに、目的の獲物が眼前に姿を現した。ようやく追いついたのだ。
「見つけた」
視線の先にいるのは、体高がジョンの胸ほどありそうな大きな猪。周囲を警戒しながらも悠然と歩いている。
マクシーが手振りでジョンに先回りするように指示を出す。一矢で仕留め損なった時の保険だ。この大きさになると、一矢で仕留めるのは難しい。正確に急所に当てなければならない。
ジョンもそれを理解しているので、気づかれないように回り込む。そして、マクシーの矢で仕留められなかった時のために、自分も弓を構えて急所に狙いを定めておく。
その間にも、マクシーは猪に狙いを定めている。ジョンが先回りできたことを確認すると、ひと呼吸おいてから矢を離した。
ヒュッと矢は見事に猪の急所に突き刺さる。だが、やはり一矢で動きを止めることはできなかった。
驚いた猪は、向いていた方向のまま、なりふり構わず走り出す。つまり、ジョンの方へ。
元より、こうなった時のために待機していたジョンは、冷静に矢を放っていた。猪の真正面、その眉間へと。
それが止めの一撃となった。
ジョンの元へ辿り着く前に力を失い、崩折れる。勢いのまま、地面の上を転がった。
「仕留められたようだね」
「マクシーさん」
転がって動かなくなった猪の後ろから、マクシーがやって来る。
「上出来だよ、ジョン君。この大きさなら、十分祭り用の主肉になるよ」
「そうですね。ちょっと大きすぎる気もしますけど」
横倒しになった猪は、その全長がジョンの身長を超えていた。重量も相当にありそうで、逆に持って帰るのに苦労しそうな大きさだった。
「もう日が暮れる。急いで戻ろうか」
二人は適当な長さと太さの丸太を探し出し、それに猪を縛り付けてから肩に担ぐ。そして、二人でえっちらおっちらと森を抜けて村へと帰った。
村の中央広場は今、収穫祭のために村人が集まっている。
中央広場は普段、村人の集会などに使われている。西の川側に村長宅、東の森側に教会があり、有事の際は村の責任者達が即時集まれるようになっていた。
今日は収穫祭の当日ということで、最終準備のため、村人達がてんやわんやしていた。特に女衆は、昼から出す料理の準備でてんてこ舞いだ。中央広場に幾つもの長テーブルが出されており、その上に出来上がった料理が順次並べられていく。準備の終わった、あるいは無かった者達が挙って料理に群がり、盛況な賑わいを見せている。
ジョンとマリー、トーマスとアークもそんな大人達に混じって、長テーブルに料理が並べられていく様子を眺めていた。料理の中には、ジョン達が獲ってきた肉が使われているものもあり、トーマスなどはそれを理由につまみ食いしていたりする。
「すごい量ねぇ」
「くはぁ! この肉うめえっ!!」
「トーマス、今食いすぎるなよ。祭りはまだ始まってないんだから。まあ、なくなりそうな量じゃないけど」
「何か手伝えることはないかな」
マリー達が思い思いに見ていると、本日のメインディッシュの大猪の姿焼きが広場に運び込まれてくる。長テーブルの真ん中、キャンプファイヤーのように組まれたやぐらに固定される。
大猪の姿焼きは、皮をはいだ状態でお腹に香草が詰め込まれていて、肉に香りが付くようになっていた。また普通の猪の倍近いため、表面が焦げるほど焼いても中まで火が通らない。なので、焼きながら切り分けていく方法を取るようだ。
「おおおぉぉぉおおぉぉッ!!」
大猪の迫力と美味しそうな香りに村人達の歓声が上がる。そして、それを獲ったジョンの姿を見つけて、わらわらと集まってきた。
「よう、ジョン。あの猪お前が獲ったんだってな! 大したもんだ! わっはっはっ」
「もうマクシーのやつを超えたんじゃねえか!? なあ!」
「んだんだ。若いのに既に一人前かもな!」
皆、笑いながらジョンの肩をバシバシ叩く。本人そっちのけで言い合っていた。
「痛い痛いっ! 痛いからやめてくださいって!!」
流石に何度も叩かれてはたまったものじゃない。しかし、村人達は全く気にしていない。
ジョンの周りには、人だかりが出来ていく。幾人もの村人が痛い激励をしては、ジョンをもみくちゃにしていった。
いつの間にか、幼馴染達はジョンの傍を離れ、遠巻きに生暖かい目でジョンを見つめていた。頑張れという表情で近づこうとしない。巻き込まれたくはない。
「ねえ、マリー。ちょっと手伝ってー」
そこへ、話しかけてくる子がいた。
「この子達、私一人じゃ見てられないわ」
そこには、十人近い子供に纏わり付かれた少女が一人。纏わり付いているのは皆、十歳に満たない子供ばかりだ。
少女の名前はメアリー。腰まである髪をお下げにした背の低い少女。
その後ろには、ゴードン。ジョンより頭一つ以上高い大男だった。
彼らが、残り二人の同い年である。
メアリーが困り顔でマリーを見ている。人見知りで、同い年にも関わらずマリーとゴードン以外とはあまり話そうとはしない。特に、人目を引くジョンにはより近づこうとはしなかった。ただ、面倒見がいいので、こうして年下の子供達の面倒を一手に引き受けさせられる苦労性でもある。
「ゴードンは手伝ってくれないの?」
「俺が近づくとそいつら泣くんだよ」
むすっとした顔で、ゴードンが言う。
十三歳とは思えない高身長は、体格が出来上がる前に伸びたため、ひょろっとした肉付きで、強ばったその表情は、常に怒っているように感じるしかめっ面で、全体として怖い印象を与えてしまう。そのため、小さい子供は彼が近づいただけで泣き出してしまうこともしばしばだった。
「そりゃ、そんな顔してたら無理ないよね……」
その様子に手助けがいることがわかったマリーは、メアリーのスカートにしがみついている子供達に呼びかける。
「メアリーお姉さんだけじゃなくて、私とも遊ぼう?」
しゃがみこんで、子供達と目線を合わせる。ついでにニコッと微笑んだ。
それだけで、一人、二人とメアリーから離れてマリーの方へ寄ってくる子が出てくる。ただ、全員動くわけじゃないので、未だにメアリーのスカートを掴んで離さない子もいた。
寄ってきてくれた子供達を一度抱きしめつつ、一番小さな子を抱き上げて、トーマス達に向き直る。
「じゃあ、ちょっとメアリーを手伝ってくるね。ジョンにも伝えておいて」
未だ、村人達にもみくちゃにされ続けているジョンを横目で見やる。
「おお、任せとけ」
「行ってらっしゃい」
「それじゃあ、行こうか。アンナちゃん」
マリーのそばにいた女の子と手をつないで、メアリーと一緒に移動していく。
その後ろを少し離れてゴードンがついて行っていた。
祭りの準備も終わり、女衆の手が空いたことでマリーとメアリーは解放された。
もみくちゃにされていたジョンもトーマス達も、今は広場の長椅子に座っている。
村人全員が集まったこの場で、村長と神父が高らかに宣言する。
収穫祭は始まった。