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第一章 第二話『鍛錬と狩り』




「じゃあ、父さん母さんお休みなさい」


 ジョンは両親にお休みの言葉を告げてから、自分の部屋へ入っていく。

 だが、まっすぐベッドには行かない。そのまま、ベッドに入ることなく、部屋の中で静かに座って両親が寝るのを待っていた。ただじっと目を閉じて、音に意識を集中させる。

 居間では、両親が話しながら、手分けして戸締りと火の後始末を行っていた。

 突き上げ窓のつっかえ棒が外れる度に、カコンカコンッと軽い音を立てて窓が閉まる。


「あなた、こっちは終わったわ」

「こっちもしまいだ」


 火の処理が終わったケヴィンがカルラに言葉を返す。


「さて、私達もそろそろ寝るか」

「そうですね」


 全ての確認を終えた両親が部屋に戻ってくる。

 開閉で軋む扉の音が響き、バタンッと閉まった。

 もう、居間には誰もいない。

 だが、ジョンは動かなかった。しばらく、待たなければならない。

 寝つきの良い両親が寝るまで、そう時間はかからないはずだが、寝たかどうかを確かめる術はジョンにはない。だから、このまま静かに、ただ静かに時が経つのを待つのだ。自身の立てた音で両親が起きぬように身動ぎせずに。


 ……そろそろ頃合か。


 静かに立ち上がり、音を立てないように部屋を出る。軋まぬようにゆっくりと扉を開く。

 明かりの落ちた部屋は真っ暗だ。突き上げ窓は外の明かりを取り込むことはなく、僅かな陰影すらない。

 しかし、そこは自分の家。手探りでも問題なく進める。いつも行っていることなので慣れたものだ。明かりをつけないのは、その光で両親が目覚めてしまわぬようにするため。両親に気づかれたくはない。

 そのまま、家を出る。

 外は月明かりに照らされていた。満天の星に少し欠けた月。暗闇に慣れた瞳に眩しく映る。

 空を見上げていたジョンは、納屋に向かう。

 中に入って、隠してある大剣を模した木剣を取り出した。長さは、ジョンの身長に少し足りないほど。肉厚でそれなりに重い。流石に、本物の両手鉄剣程の重さはない。

 中庭の中央に立ち、周囲に何もないことを確かめてから剣を構えた。顔の横に剣を立て、正面を睨みつける。そこに敵がいるかのように。

 一歩踏み込んで、ゆっくりと剣を振り下ろす。呼吸を乱さぬように、動作を確かめるように、繰り返していく。


 一………二………三………四………五……


 回数を重ねるごとに、徐々に速度を上げる。


 十一……十二……十三…十四…十五…十六………


 次第に、ジョンの体には玉状の汗が浮いてくる。

 速度が上がるごとに、踏み込みは速く、振り下ろしは鋭くなる。ザッという踏み込み音の後、ビュッと剣が風を切る。

 声を出さぬとも、裂帛の気合を込めて、ひと振りひと振り振っていく。

 それを、百回以上繰り返す。

 しばらく、汗も拭うことなくジョンの鍛錬は続いていく。



 ――ジョンは冒険者に憧れている。


 この世界には冒険者ギルドが存在する。

 エステリア王国のある大陸には、大小様々な国があり、冒険者ギルドは、それらの国を跨いだ巨大組織だった。そこには、人種問わず様々な人々が冒険者として登録し、依頼をこなし、日々の糧を得て生活していた。

 そんな彼らにジョンは助けられたことがあった。



 数年前、まだジョンが十歳に満たない程の頃、この村は亜人の群れに襲われた。小さな村だ。戦える者も少なく、それだけで存亡の危機を迎えてしまう。

 その時、村を救ってくれたのが、冒険者だった。

 だから、この村には冒険者に憧れを持っている子供は多い。ただそれは、手の届かない者を思っての憧れに過ぎなかった。有名人に憧れる一般人程度だ。


 だが、ジョンは違った。もっと強い思いだった。

 直接、目の前で彼らに助けられ、戦いぶりを目にし、彼らのようになりたいと本気で思ったのだ。


 村が亜人に襲われた時、ジョンは亜人の潜む森の近くに来ていた。そのため、森から飛び出してきた亜人達の、最初の標的にされてしまう。

 亜人とは、人に害をなす種族の総称である。沢山の種族が居り、全体的に知能は低いが、残忍で狡猾な性格をしている。自分達より弱いと思うと、じわじわ嬲り殺して遊ぶ習性があった。

 ジョンの村を襲った亜人はゴブリンと呼ばれる種族で、醜悪な姿をした小型の亜人種だった。小型といっても、力だけなら一般人より強いので、戦い方を知らなければ、簡単に殺されてしまうような存在だった。


 ジョンは必死で逃げた。


 ゴブリンの半数ほどは村に向かったが、残りはジョンを嬲って遊び始めた。必死に逃げるジョンを追いかけ、追いつく度に軽く傷つけては逃げ出させ、逃げる先に先回りしては逃げ道を封じていく。ずっと、ニヤニヤしたいやらしい笑みのまま、追い詰めていく。


 ジョンの心にかかった心労は計り知れなかった。


 恐怖で思考は麻痺し、逃げる以外のことは思いもつかず、ただ逃げ続けることしかできなかった。なぜ逃げ続けることができているのか、そんなことにすら頭が回らなかった。

 ゴブリン達は、ジョンが転ぶ度に傷つけてはわざと逃がす遊びを繰り返した。


 だが、それはゴブリンにとって悪手だった。


 ジョンを嬲って遊ぶのに時間をかけていたため、村の近くまで来ていた冒険者が助けに来る時間が出来たのだ。

 群れの全員が村に向かっていたならば、村には相当の死者と被害が出ていたことだろう。だが、半数がジョンを追う遊びを行っていたため、少ない人数でもなんとか対抗でき、冒険者達が来る時間を稼ぐことができた。

 村に着いた冒険者は、またたく間にゴブリンを討伐していった。その後、追われていたジョンの前に助けに入り、残りのゴブリンも斬り捨てていく。


 こうして、ジョンと村は救われた。


 村人達は互いに抱き合い、生きていることを喜び、確かめ合った。

 目の前でゴブリンを切り捨てていく冒険者達を見て、助かった実感を得たジョンの恐怖からの開放感は半端なく、彼ら冒険者への憧れは、畏敬の念も込もって相当強く、ジョンの中に根付いた。

 その後、村人の勧めで、彼らはしばらく村に滞在した。

 滞在期間はひと月ほどだったが、その間毎日のようにジョンは彼らの元へと通っていく。彼らのように強くなりたいという言葉を持って。

 そんなジョンを彼らも気に入ってくれたようで、村に居る間だけ先生になってくれた。

 こうしてジョンは、彼らから様々なことを習うことができた。今行っている剣技もその一つ。


 一月で学べることは少なかったが、基本的な構えとそこからの攻め手と受け手、返しの仕方などを学び、彼らが去った後もこうして愚直に繰り返していた。

 ジョンは今の構えからの攻め・受け・返しの型を一通り終わらせると、次の構えを取る。そこからまた、攻め・受け・返しの型を繰り返していく。幾つもの構えと型を繰り返した。


 全ての構えが終わった時、一息付く。

 鍛錬で上がった息を整え、かいた汗を布で拭う。水を用意して、全身を洗っていく。

 空には満天の星。欠けた月はだいぶ傾いていた。

 木剣を片付けてから、ジョンは静かに部屋に戻っていく。



 翌朝、いつも通りの日常が始まる。


 日が昇る前から、川まで水を汲みに行くことから始まり、日中はだいたい畑仕事である。夜は、両親に気づかれないように鍛錬。

 両親は、畑仕事をジョンに任せて、牛などの家畜の世話が主であった。

 水を汲みに行くのもジョンにとっては鍛錬の一環で、大きな樽いっぱいに水をいれ、運ぶ。夜、鍛錬の後に水で身体を洗えるのは、翌日には自分で汲みに行くことが分かっているからだ。

 日中の畑仕事の合間にも、鍛錬をしていたりする。周囲に人がいないことを確認したら、鍬や鋤等を槍に見立てて素振りする。あまり人に見られたくないので、頻度はそう高くないが。



 収穫祭まであと数日と差し迫ったこの日、朝の水汲みを終えたジョンは、弓矢を背負って森の前に立っていた。

 畑仕事を両親に代わってもらい、森の中で動きやすく怪我をしないように厚手の服を着込んでいた。

 森の前には狩人のマクシーの他に、なぜかズボン姿のマリーと幼馴染のトーマスまで集まっている。


「おはよう、ジョン君。こうして皆で狩りに行くなんていつぶりかな」


 マクシーが声をかけてくる。

 マクシーは、マリーと同じ色の髪を短くした柔和な顔が特徴の人物だ。子供の頃から森に入っていて、既に狩人歴二十年になるベテラン狩人である。背中に弓矢を背負い、保護色になりそうなまだら模様の入ったベストを着込んでいる。


「おはようございます、マクシーさん。今日はよろしくお願いします。……それで、なんでマリーとトーマスが?」

「ああ、今日はいつもより多く獲る必要があるからね。二人には補助兼荷物持ちをしてもらおうと思って呼んだんだ」


 ジョンの疑問に、マクシーは手をひらひらさせながら答える。


「……それなら他の人でも良かったんじゃ?」

「まあいいじゃないか、たまには。二人だけだと大物を獲ったら身動き取れなくなるし、小物ばかりだと足りなくなるかもしれないからね。午前中は二組に分かれて数を取るよ。いいね?」

「……分かりました」


 若干腑に落ちないが、本職に言われたら否とは言えなかった。

 森での狩りは大仕事だ。一人だとあまり獲れない。小さな獲物でも数を獲ればすぐに身動きが取れなくなる。普段ならそれでもいいが、仮にも祭り用なのだから、村人全員が飲み食いできる量がいる。小物ばかりというわけにはいかないのだ。だから、それなりの大物を獲る必要が出てくる。

 マクシーは”午前中は”と言った。ならば、午後は大物を狙いに行くのだろう。


「いいところに気づいたね。午前中は集中的に小物を狙って、纏まった数を獲ってからマリーとトーマスに持ち帰ってもらおうと思ってる。午後からは二人で大物を狙うよ。マリー、トーマス、おいで」


 少し離れた所で様子を見ていたマリー達が寄ってくる。ジョン達が打合せしているようだったので、邪魔しないように離れていたようだ。

 寄ってきた二人は改めてジョンと挨拶を交わした。


「じゃあ、ペアを言うよ。まずは私とトーマスだ。そして、ジョンとマリーがペアね。異論はあるかい?」

「あの、俺とジョンがペアじゃないんですか?」

「腕の差を考えたら、こっちの方がいいんだ」


 てっきりマクシー親子と幼馴染コンビで組むと思っていたトーマスにマクシーが答える。

 言うまでもなく、この中で狩りの腕が一番いいのはマクシーだ。本職なので当たり前で、次にいいのがジョンだった。その次がマリーで、最後にトーマスとなる。腕がいい者と悪い者が組む。これがバランスを考える上で一番いい。そう言われて他に異論などあろうはずがなかった。

 トーマスは即引き下がる。


「ペアでの狩りは午前中だけにするから日が頂点に来る前にまたここに集合だ。数を獲るのが目的だから、大物がいたからって深追いしないようにね」

「「「はい」」」


 三人の声が唱和する。


「他に質問はあるかい? ないようなら分かれて出発するよ。……ジョン君。マリーを頼んだよ」

「お父さんは心配しすぎよ。大丈夫、安心して」

「そのお調子ぶりが心配の元なんだけどね」

「大丈夫です。何かあっても俺がマリーを守りますから」

「頼んだよ。それじゃあ、行こうか」


 四人は別れて森へと入っていった。



 森に入ったジョン達は、比較的浅い所を歩いていた。この辺りはまだ人の手が入っていて、下草は刈られ、木々は間引かれていて見通しはいい。


「この辺りに罠を仕掛けておこうか」


 獣道になっていそうな場所にいくつか跳ね上げ式の罠を仕掛けていく。人ならば見てすぐ気が付く程度の罠だから、万が一人が掛かるなんてことはないだろう。時間もあまりないので、手の込んだ罠は作れない。


「ジョン、こっちは終わったよ」


 マリーが罠を仕掛け終えて戻ってくる。

 もうこの辺りには用はないと、二人は森の奥へと進んでいく。

 これから二人が狙うのは、兎や鳥といった小型の獲物だ。大型の猪や鹿は狙わない。ジョンとマリーだけでは獲れたとしても、運ぶのに時間がかかるので、全体の獲物の量が減ってしまうのだ。


 二人は注意深く周囲を観察しながら歩き回っていた。野鳥の声を聞き、藪の中の音を拾っていく。


 そうやって歩いていると、ジョンが不意に立ち止まる。マリーに静かにして動かないように指示をすると、おもむろに弓を構えて数メートル先の藪の中に打ち込んだ。

 藪の中に矢が消えると同時に獣の悲鳴が響き渡る。ヒャンッと短く響いた声は、すぐに森の中の音に紛れてしまう。

 ジョンが近づいて藪の中に手を突っ込んだ。藪の中から引っ張り上げたのは、お腹に矢が突き刺さった兎の死体。一矢で仕留められたようだ。


「すごいね、ジョンは。なんで、こんな離れてるのにいるの分かったの?」

「ん? なんとなくだよ。何かいる気がしたから狙ってみたけど、何がいるかなんてわかってなかったし、仕留められるかだって運が良かっただけだよ」


 手に持った兎から矢を抜いて、籠の中に放り込む。


「それで獲っちゃうんだから、やっぱりすごいよ。普通獲れるようなものじゃないと思うし」

「じゃあ、今度はマリーがやってみるか? 指示は俺が出すから」

「言われて出来るようなものじゃないと思うけど……いいの?」

「物は試しって言うしね。どのみち獲物はもっと探さなきゃいけないわけだし、問題ないさ」


 再び、新たな獲物を求めて歩き出す。


 しばらく、二人が獲った獲物は野鳥が主だった。ジョンが兎などの獲物を見つけられなかったので、見つけやすい野鳥ばかり獲っていたのだ。その間、マリーの挑戦とはならなかった。


 しかし、ようやくジョンの感性に引っかかるものがあった。視線の先の藪の中だ。

 ジョンが立ち止まった事で、マリーも察したらしい。ジョンが振り返ったときには既に弓を構えていて、準備が済んでいた。

 ジョンが獲物のいそうな藪を指差す。ただ、それだけで当たるわけがないので、マリーの横に立って構えた弓の狙いを定めていく。

 間近で視線を交わして、頷き合う二人。

 マリーが矢を離す。

 矢は真っ直ぐにジョンが指差した藪の中に飛び込んだ。だが、響いてきたのは獣の悲鳴ではなく、ビィィィンという硬質な音。木に刺さったらしい。

 その横から獲物が飛び出してくる。


「あぁぁあぁぁ……」

「失敗かぁ」

「こんなもんだよね……」


 マリーがガクッと肩を落として呟く。


「やっぱり、ジョンみたいにはいかないね……さ、簡単じゃないこともわかったし、ちゃんと獲ろう?」


 ジョンとしてはまだやっても良かったのだが、当の本人がたった一回で諦めてしまったので、その後は普通の狩りとなった。それでも、やはりジョンには何かわかるようで、時折藪の中へ矢を放っては獲物を獲っていた。


「こんなものかな」


 二人の籠には合計十数匹の獲物が入っていた。大半はジョンが獲った物だ。

 もうそろそろ、森を出るように行動しなければ、待ち合わせの時間までに森を抜けられなくなるので、二人は狩りを終了して帰路に着く。

 途中、仕掛けた罠を確認するが、あいにくそれらには獲物は掛かっていなかった。




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