表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

第一章 最終話『全てが変わった日』

第一章、これにて完結です。






 ジョンから間抜けな声が漏れて、少しの間静寂が訪れた。自身の状況が飲み込めず、ぽかんとした表情のまま、マリーを見つめている。今マリーは何と言った? 自分がエルフ? そんな珍しい存在が自分? そんな疑問が沸いては消えて、一向に進まない。

 だが、そこで重要な事を思い出す。


「はっ!? そんな事よりあれから村はどうなった!?」


 ぶつかる程の勢いでマリーに詰め寄る。そして、ジョンが気を失ってからの村の様子を問うた。訳の分からない自分の正体より、そちらの方がジョンには知りたい事だった。

 いきなり詰め寄られて、マリーは顔を赤くしながらジョンの肩を押し返す。


「ちょっ、ちょっと落ち着いてよ、ジョン。今から話すから! でも……」


 ジョンの肩を押す力が一瞬弱まる。顔を伏せ、表情が暗くなる。


「ジョンにも辛い話になると思う。心して聞いてね?」


 マリーがポツリポツリとそれからの事を語りだした。

 あの日、ジョンが気を失い、ダンジョンが消滅した後、残されたのは傷ついた村人と多数の惨殺された山賊達の死体だった。殆どの死体が真面な死に方をしていない事がひと目で分かる程崩れ、ひどい有様だったという。村人達はダンジョンが生成された時点で山賊達とは隔離されていたため、魔物や罠に襲われている場面に出くわす事はなかったが、死に際の断末魔だけは聞こえていた。生き残った村人達は気が狂いそうになりながらも、自分達が助かった事だけは理解でき、なんとか耐えられたらしい。

 全てが終わった後、生き残った村人達は比較的被害の少なかった東の地区に身を寄せ合うように集まり、今回の惨劇を嘆き悲しんだ。山賊と交戦した者達の殆どが抵抗むなしく殺された。


「お父さんも……」


 マクシーも他に戦っていた者も帰らぬ人となったとマリーは言う。


「マクシーさんまで、か」


 ジョンが、その事実に軽い衝撃を受けた。なんとなく、生き残っていそうだと思っていたのだ。

 結果、村の総人口の半数近くが殺され、村は村としての機能を失い、維持不可能な状態になっているという。


「お父さんも、ケヴィンおじさんや村長さん、他にもたくさん死んじゃった……」


 マリーが悲しそうに俯く。あれから一ヶ月、だいぶ気持ちも落ち着いたはずだが、改めてジョンに話した事でその時の気持ちがぶり返したようだ。


「……トーマス達は? 他の子供達はどうなった?」


 ジョンが話を変えるように今の話に出てこなかった幼馴染について訪ねた。


「うん……トーマスの所も襲われたって。それで……」


 マリーが口淀む。だが、ここで言わなくてもすぐに判る事。

 マリーは唾を飲み、意を決してありのままを告げる。


「アークが殺されたって」



 あの日、鐘が鳴る頃には、トーマス達も異変に気づいていた。鐘が鳴るより早く、アークがトーマスの家にやってきたのだ。


「トーマス、起きろ! 何か大変な事が起こってる!」


 そう言って寝ていたトーマスを、家族を起こしていく。まだ大きく事態は動いていなかったが、全員が起き、動ける状態になった時には、村の西側に火の手が上がり始めていた。その事に気づいたアークは、家族を連れて逃げる準備をしていく。


「とにかく逃げるぞ、トーマス」

「おい、落ち着けって。何があったんだよ」

「細かい事はわからないけど、村が襲われてるんだと思う。このままここにいたんじゃ、俺達もむざむざ殺される事になる」


 だから、家族を連れて東に逃げようとアークは言った。

 そんな時だった。鐘が鳴り響いたのは。

 村人全員を起こすために、事態を知らせるために鳴らさせた鐘は、これ以上ないほどの事態の深刻さを告げているように感じられた。


「とにかく逃げるぞ。トーマス」

「わかってるって。急ごう」


 二人は家族を連れて、東へと向かうために家を後にした。アークの予測だと、何者かに襲われているとの事なので、できるだけ見つからないように、身を小さくして東へ移動しようとする。

 だが、事態がそれを許さない。

 全員で逃げ出す中、先頭を行くトーマスがジョンを探しに散った山賊と出くわしたのだ。トーマスは見つからないように物の影から先の様子を見ようと、山賊はジョンを探しにがむしゃらに辺りを見渡していて、注意がそれた時だった。互いに驚き、動きが止まってしまう。


「な、なんだテメエ!?」


 先に動きが戻ったのは山賊だった。物陰に隠れたトーマスに剣を抜き、未だ驚きで動けていないトーマスに斬りかかった。


「トーマス!」


 後ろで事態を見ていたアークが、咄嗟に山賊とトーマスの間に身を踊らせた。トーマスが殺されると思い、何も考えられずに飛び出していた。

 振り下ろされた刃は、トーマスに届く事なく、手前に入り込んだアークの体を切っていた。


「アーク!」


 目の前で血しぶきを上げながら倒れるアークを、驚きから解放され自由に動けるようになったトーマスが受け止める。


「ちっ」


 山賊が違う相手を斬った事に舌打ちし、再度剣を振り上げる。


「お前らには用はないんだよ。さっさと死んでろ」


 ジョンの見た目の情報が、この辺りでは見ない容姿だと聞いていた山賊からしたら、ありふれた姿のトーマスやアークは路肩に転がる石よりも価値のない存在で、今はただただ邪魔な存在だった。

 なんの情けもなく振り下ろされた刃は、しかし何も斬る事なく地面にぶつかっていた。


「あ?」


 先程まで目の前にいたトーマスが、いつの間にか山賊の後ろに居た。アークを抱えたまま、山賊の攻撃を避けたのだ。もともと、ジョンのダンジョンで一番鍛えていたのはトーマスだった。動けさえすれば、手下の山賊程度の攻撃など避けるのは容易いはずだったのだ。

 自分の油断でアークが着られる結果になった事が悔しくて、でも、このまま手を拱いて自分も斬られる様な事になれば、後でアークになんと言われる事か。そんな思いがトーマスの心に浮かび上がる。頭の中でアークの嫌味が聞こえた気がした。

 そう思うと、ここで死ぬわけには行かないと、トーマスはこの後の山賊の攻撃を躱し続けた。

 その後は、ダンジョンが生成され、山賊の悲鳴が響いて、事態は終息していった。



「それで今、トーマスは?」

「今はこの街にいるよ。こうなったら、アークの分まで強くなって先に死んだ事を後悔させてやるって笑ってた」

「そうか」

「後ね。ゴードンがちょっと危ない感じになってるの」

「ゴードンが?」



 ゴードンもまた山賊達に襲われていた。西の地区で暮らしているゴードン達は真っ先に山賊達に襲われ、その被害は甚大な物だった。まだ鐘の鳴る前で、山賊達は適当な家に押し入って、金目の物を奪い、そこに住む住人を、男は殺し、女は犯して楽しんでいた。

 ゴードン宅もそうやって襲われ、家族が殺される中、ゴードンは命からがら逃げ出していた。だが、逃げている途中、メアリーの事を思い出して、自分が助かるよりメアリーの無事を確かめる方が先だとばかりに、メアリー宅へと向かった。

 メアリー宅に着くと、案の定メアリー宅も襲われていて、中からメアリーの悲鳴が聞こえてくる。


「メアリー!?」


 悲鳴を聞き、飛び込んだ先には、メアリーを押し倒す山賊の姿。まだ、ゴードンには気づいていなかった。


「やめてっ! 放して!」


 必死に抵抗するメアリーに山賊は夢中になっており、楽しそうにゴードンに気付く事なく事に及ぼうとしていた。


「へへ、そんな抵抗すんなよな。いたぶるの楽しくなっちまう」


 下卑た笑みでメアリーを押し倒し、伸し掛かる姿に、ゴードンは鬼の形相で近くの道具で山賊を思いっきり殴りつけていた。ぎゃっという山賊の悲鳴をものともせず、そのまま蹴り飛ばしてメアリーの上から退ける。


「メアリー! 無事か!?」

「ゴードン!」


 助け起こしたメアリーはゴードンにしがみついたまま震えていた。助けられなかった時の事を考えて、恐怖でいっぱいだった。半面、ゴードンが助けに来てくれた事で得られた安心で、恐怖心が強くなっている面もあった。


「早く逃げよう! もう、周り中こんな奴らに襲われてる」

「うん! ゴードン、助けに来てくれてありがとう」


 二人は手を取り合って、その場から逃げ出した。その場に転がっている山賊の生死を確かめることなく。

 二人が去ってから少し、メアリーを襲った山賊が目を覚ました。強く頭を殴られたが、死ぬほどの威力はなかったようだ。心底イラついた表情で自分を殴った誰かを恨む。その場に女がいない事で、その誰かが連れ出したのだろうと思うと、楽しみを邪魔された以上に馬鹿にされたような気がして憎しみが募る。


「あのガキ! ただじゃおかねえぞっ!」


 あの女に関しては、ただ犯すだけじゃ済まさねえと心に誓う。

 ゴードンとメアリーは、山賊に襲われているのがまだ西の地区だけとは知らなかった。だから、どこへ逃げていいのか皆目検討もつかず、適当に村長宅や教会のある中央広場を目指すことにした。この事態に、村長達も何か動いているかもしれない。そう考えたのだ。

 だが、そちらにも山賊達は集まっていた。途中、鐘が鳴り響き、村へと散っていったと言っても、まだ数人が中央広場に残っていた。

 中央広場に入ると、残っていた山賊が目ざとくゴードン達を見つける。


「お、何だあのガキ。女連れてるじゃねえか」


 ゴードンがメアリーを隠すように前に出る。鬼の形相で相手を睨みつける。

 ゴードンの表情に一瞬たじろぐ山賊だったが、ゴードンの体格を見て、顔だけだと判断して、逆に挑発するように下卑た笑みで見てくる。面白いとばかりに、少しの間、にらみ合いが続いた。


「おいてめえら! そいつ捕まえてろ!」


 後ろから、先ほど殴りつけた山賊が怒りを滲ませた顔で目の前の山賊達に叫ぶ。追いかけてきたのだ。

 メアリーの表情が恐怖に歪む。

 ニヤニヤと、さらに面白くなったとゴードンを囲む山賊達。後ろから追いついてきた山賊が、力いっぱい武器を振って威嚇する。


「さっきはよくもやってくれたな。せっかく気持ちよくさせてやろうと思ったのによ!」


 メアリーを見て、次にゴードンを見る。


「てめえか。俺を殴ったのは。楽に死ねると思うなよ! だが、その前に」


 ゴードンより先にメアリーに狙いを定めて、武器を振るってくる。


「てめえは許さねえ!」

「危ないっ!」


 メアリーを庇う様にゴードンが武器の軌道に割って入る。メアリーを抱え込むように引き込み、自分の体を盾にしようとする。だが、間に合わず、割って入ったゴードンの左腕と、その先にいたメアリー諸共斬られてしまった。


「ちっ、下手に庇うから殺しきれなかったじゃねえか」


 右肩から胸の所辺りまで切り裂かれたメアリーは、口から血を吐いて倒れてしまう。


「メアリー! メアリー!!」


 胸元から血を流し、浅く呼吸を繰り返すだけの状態のメアリーを、ゴードンは泣きながら支えていた。自分の腕が切り落とされた事よりもメアリーが死にそうになっている事の方が恐ろしかった。

 山賊がまた武器を構えてゴードンとメアリーに止めを刺そうとする。

 メアリーを守れなかった事で茫然自失の体のゴードンにはそれを止める余裕はなかった。

 だが、その前に地響きが鳴り、山賊達との間に壁が出来上がり、巨大ダンジョンが生成された。ゴードンもメアリーもダンジョンによって隔離され、命の危機から解放されたと言っていいが、負った傷から流れる血がこのままではどの道命はない事を告げていた。


「メアリー! メアリー……起きてくれよ……」


 泣きじゃくるゴードンの頬にそっとメアリーの手が触れた。

 ゴードンははっとなる。

 メアリーを見ると、口がゆっくりと動き、何か言っている様だったが、それは音として表に出ることはなかった。だが、見つめるゴードンには何を言っているのかわかった気がした。


「ねえ、怖がりゴードン、泣かないで。怖い顔が台無しよ?」


 徐々に弱っていくメアリーの呼吸。既に頬に触れていた手は力を無くし、地に落ちている。

 最愛の者の死を前にして、ただ見ていることしかできない悔しさ。泣きながら、ゴードンはメアリーに声をかけ続けた。


「メアリー! 起きてくれよ、メアリー! 逝くな! 逝かないでくれよ……」


 だが、その思いも虚しく、メアリーはゴードンの腕の中でそっと息を引き取った。


「くっ…………くそおおおおぉぉぉおぉおおぉぉおぉぉぉ!!!」


 ジョンにも負けない絶叫がゴードンの口から溢れ出る。顔を上げ、天に向かって叫んでいた。


「殺してやる! てめえら全員殺してやるっ! くそっ! くそがっ!!」


 辺りに響く山賊の悲鳴も耳に入っていないような状態で、ゴードンは山賊達への呪詛を垂れ流していた。

 全てが終わった後、復讐を誓った山賊達の無残な死体が転がる村で、ゴードンは立ち尽くしていた。復讐するはずだった山賊達は既に死んでいた。怒りをぶつけようにも死んでしまった。なら、この怒りはどこへ向ければいい? わからなかった。


「ああ……俺が弱かったからか……弱かったからメアリーを守れなかった……俺が強ければ、メアリーを守れたはずなのに……!」


 ぼそぼそと、片言のように呟きながら、ゴードンは死体の転がる村を歩いていた。


「ちくしょおおおぉぉぉぉ!!」


 怒りは全て自分へと向かった。それは、自分が弱かったから、強くならなければという強迫観念となって、ゴードンを飲み込んでいった。



「今は、ギルドでがむしゃらに強くなれるように鍛錬してる。けど、無茶ばかりやってて、このままじゃ潰れちゃうって姉様が言ってた」

「そうか」


 ジョンには、その気持ちは痛いほどわかる。だが、それを乗り越えられるかは自分自身の力以外には無い事もよくわかっている。だから、助言などしても無意味だと知っていた。今後どうなるかはわからないが、今はまだ、見守るしかないのだろうと思った。



「どうだい、調子は」

「顔色も悪くはないし、元気そうで良かったわ」

「先生。フリーダさんも」


 ジョンが目覚めて数日、オーマとフリーダ嬢がお見舞いにやってきた。

 まだまだ弱った体は動かせず、ほとんど寝ている事しかできなかったジョンには嬉しい再会だった。


「目覚めたって聞いてね。すぐじゃあ、君も辛いだろうから日を空けさせてもらったよ」


 ベッド横に設置された来客用のテーブルに腰掛けながら、オーマがすぐに来なかった理由を言う。

数人座れるように準備されているので隣にフリーダ嬢も座る。

 少しの間、ジョンの状態を聞く問答があった後、オーマは本題に入った。マリーの話だと、襲撃後最初に村に来たのがオーマだと言っていた。


「あの時は本当に大変だった。私が村に着いた時には言葉に言い表せないほどの有様だった。至る所に死体が転がってて、村人も見たくないとばかりに近寄らない。腐敗臭が村全体を包んでいたよ」


 なんでも、フリーダ嬢が戻って来た事に異変を感じてオーマは手の空いている冒険者数人を連れて、急遽村に向かったという。そこで見た惨状に絶句し、何を置いても死体処理だけはしなければと思ったようだ。


「あの時は、フリーダが予定にないのに戻ってきてね。ギルドの指示で戻ってきたって言うじゃないか。で、見せてもらった指令書が直前に盗まれた物だと分かってね。何か大変な事が起こってるんじゃないかと動ける者数名を連れて、急いで村に向かった訳さ」


 オーマ達は冒険者の一人を伝令として街へと戻した後、亡くなった村人の遺体を中央広場に集め、山賊の死体を村の隅に纏めていったと言う。村人達は大半が東の地区に集まっていたため、怪我人等の治癒にはそれほど時間がかからなかったが、死体の処理だけで一週間以上かかったと言う。


「あのまま放置していたら何か良くない結果になりそうでもあったしね。遺体は中央広場で火葬したよ。ジョンのお父さんもお母さんも」


 それから集めた山賊の死体も焼いたそうだ。原型を留めていない死体を集めるのは、死体を見慣れた冒険者でもかなりきつい物があったという。

 その後は、ギルドから派遣された救援部隊とアルベルトの騎士団が派遣され、生き残った村人と子供達を村へと連れて帰った。ジョンもこの時村から街へと移され、それ以後はアルベルトの家で寝かされる事となった。

 家族が残っている村人は働き口へ、身寄りを亡くした子供達は街の孤児院へ、それぞれ連れて行かれ、今はそちらで生活しているという。


「この辺りの事には冒険者ギルドも噛んでいるから、そう辛い待遇にはならないはずだよ」


 オーマが補足してくれた。

 また、生き残った子供達の多くはジョンのダンジョンの体験者で、それらの経験から生き残れた可能性があるという。今後も様子を見て、ジョンのダンジョンが有用か否かを確かめていく事になるだろうとも言った。


「それからね? 私に指令を持ってきた使者なのだけれど」


 フリーダ嬢が、オーマの話が終わった所で後を継ぐ。

「あの使者は偽物だったらしいわ。本当の彼は既に亡くなっていて、本来の役目はオーマへの伝令だったそうよ。街を離れていたオーマにギルドに戻って来るように伝えるはずが、その途中で殺されたと見ているわ」

 使者となった青年は、村とは反対の方向にある森の中で死体で発見された。それも死後一週間以上が経過していて、状況的に見て村へ尋ねられるような物ではなかった。


「今は、彼を殺した犯人と、指令書を盗んだ犯人……十中八九ギルド内に居る可能性が高い……を探している所よ。自分達の信頼を裏切った罰は受けてもらうわ」


 まあ、ほぼほぼ犯人の特定は済んでおり、後は捕まえるだけ、という状態ではあるのだが。裏に何がいるのか確かめるべく泳がさているらしい。ただ、その辺りははっきり分からず、今回の襲撃事件を企てた者に担がされた可能性もあり、情報を引き出すべく、あの手この手で調べているという。


「まあ、今は休んでなさい。新しい事が分かったら知らせてあげるから」


 どこか複雑な表情を浮かべていたジョンにフリーダ嬢は優しく呼びかける。これらはジョンに手伝えるような物ではなく、心配するだけ無駄、今は気にせず休むように言っていた。

 それらを言い残して、オーマとフリーダ嬢は帰っていった。

 その日の夜、ベッドに横になったジョンを甲斐甲斐しくお世話をするマリー達の元へアルベルトが訪ねてきた。


「調子はどうだね、ジョン君」

「アルベルト様!?」


 ジョンがベッドから跳ね起き、姿勢を正す。その横ではマリーが背筋を伸ばし、雇い主であるアルベルトを前に固まっていた。


「ああ、そんなに畏まらなくていい。今回はただの見舞いなんだ。病人が下手に緊張していては、悪化してしまうよ?」


 そう言って、軽く手を挙げて、姿勢を崩すように言う。

 それでようやくジョンもマリーも緊張を解き、ぎこちないながらも元に戻った。

 アルベルトはベッド横の椅子に腰掛けて、ジョンの様子を見る。


「その様子だと、だいぶ事態を飲み込めているようだね」


 ジョンの暗い表情に、村での報告を受けているアルベルトはある程度話は聞いているのだろうと判断した。軽くため息をついて、話を続ける。


「ロワ村に関しては一時閉鎖。住人もしばらくの間は、この街に逗留する事になっている。だから安心したまえ。それはさておき、今は君の話だ。ジョン君、君は自分がエルフである事を自覚したかい?」


 ジョンは、その言葉にはっとなる。マリーから聞かされていたが、今の今までずっと忘れていた。ジョンが気を失った後の話の衝撃が強すぎたのだ。村の事を考えるだけできつく、数日経った今は、思い出す事すらなかった。


「……いえ、今の今まで忘れていました」


 アルベルトは、そうだろうと言わんばかりに頷いた。


「では、エルフとは何か知っているか?」


 ジョンは、ギルドの座学で教えられた知識を思い出す。


「エルフとは、木の神によって作り出された森人種。深い森の中に集落を作り、滅多に人里に姿を現すことはない。でしたね?」

「そう、普段ならまず見る事のできない種族だ。木の神に愛され、全てのエルフは木の神の加護を持っている。君が人として生きていたとしても、エルフだったからこそ、木の神の加護を持っていたのだろう。人で木の神の加護を持っている者は珍しい事ではあるが居るには居る。だからこそ、君がエルフだという発想には思い至らなかった」


 この世界の神達は自分の眷属である各種族を作り出した。光の神に属する火の神がドワーフを、木の神がエルフを、水の神が人を作ったとされ、各々がその神の加護を受けて生まれてくる。人だけが繁殖力が強すぎて全員加護持ちという状況ではなくなったが。


「エルフは珍しい。それこそ、攫ってでも手に入れたいと思う好事家は必ずと言っていいほどいる。だから、君には私の庇護下に入ってもらいたいと思っている。このまま、誰の元にもいなかったなら、金目当てだったり、その他いろいろな理由で君を襲う者が絶えないだろう。私の庇護下ならばある程度は抑えられるはずだ。ただ、その代わりと言ってはなんだが、少し私に付き合って欲しい」


 エルフの噂を聞き、一目見たいと思う者は必ずいるだろう。貴族ならばなおさらだ。それだけエステリア王国ではエルフは珍しい。もし、社交場に姿を現す様な事があれば、注目を浴びる事間違いなしだ。かの者を保護している者がいたならば、その影響力は増すことだろう。

 だが、アルベルトは別に勢力拡大を狙っているわけではない。ジョンの今後のためにも貴族と顔つなぎが出来ていれば、何かあった際に優位に働く事もあるだろう。そう思っていた。今回の事態のように。

 その話を聞いてジョンは考え込む。

 現状では、ジョンは何の後ろ盾もないただの一般人だ。エルフだと分かるまでは確かにそうだった。だが、エルフという珍しい種族だと分かり金になると踏んだなら、何かしらちょっかいを掛けてこようする者は必ずいる。そうならないために、アルベルトの庇護下に入り、ジョンに手を出せば貴族と事を構える事になると分からせておいた方がいい。身寄りもなく、家族とともに過ごす時間は消え去った。両親の最後を思い出し、応援してくれた冒険者としてこの街で生きるなら、貴族との繋がりは大いに役に立つ事だろうと思う。


「……わかりました、アルベルト様。私はあなた様の庇護下に入りたいと思います。だからその代わり、村の子供達が健やかに暮らせるように手を貸してくれませんか? お願いします」


 ジョンが頭を下げ、アルベルトが力強く頷く。


「任せなさい。君の今後の影響はまだまだ未知数だが、決して小さくはないだろう。その見返りとなるのなら、子供達の事は任せておきなさい」


 その言葉にジョンはホッとする。これで、孤児院の子供達の安全は保障されたようなもの。できれば、一人一人が自立するまでなんとかしてやりたかった。

 そんな時、そんなジョン達のやり取りを部屋の隅でハラハラしながら見守っていたマリーにジョンの視線が向いた。


「所で、なんでマリーがアルベルト様の屋敷でメイドをしているんですか?」

「ん? ああ、マリーか。彼女は君をここに運び込んだ時、そのそばを離れようとしなくてね。君の世話をするって聞かなかったんだよ。なんでも、村にいた時点でずっと君の開放をしていたそうだし、絶対君のそばを離れないという決意の顔に心打たれてね。それだったなら、私からもお願いして、君の世話役として雇い入れたのだよ」


 もともと、事前情報でジョンの幼馴染のマリーの存在は知っていた。そんな彼女が貴族相手に怯む事なく、離れない、世話は自分がすると宣言したのだ。その瞳には、強い決意と覚悟を見てとったアルベルトの方が根負けした形となる。

 マリーが顔を赤くして、後ろで恥ずかしがっていた。自分の話など、あまりジョンには知られたくない話だ。ただ、がむしゃらに無謀に我侭を言ったようなものなのだから。

 ジョンは、そんなマリーの話を聞いて嬉しくなった。あんな事があっても変わらない気持ちに感謝したくなった。


「マリー、ありがとう」


 ニコリとマリーに笑いかける。マリーも恥ずかしげに笑い返し、二人の間にほんわかした空気が流れた。

 その様子を見ていたアルベルトは、こんな雰囲気が出る二人の間に割って入るのは至難の業。愛娘ももっと積極的に行かなければ彼の気持ちは手に入らないだろうなと、二人を見て思うのだった。


「では、また後日。今はしっかり体を休めて英気を養いなさい」


 椅子から立ち上がり、アルベルトはジョンに十分に養生するように言った。


「はい。ありがとうございます」


 アルベルトにお礼を言うと、後の事は任せなさいと告げて、アルベルトは部屋を出ていった。



 それからしばらく、体調もある程度回復したジョンは、アルベルトの屋敷にある塔の上から街を見下ろしていた。眼下に広がる街とそこで働き、動き回る人を見て思う。


「俺は、この街で生きるよ……父さんと母さんの分まで……」


 自分を庇って死んだ父と母。彼らが背中を押してくれて、夢だった冒険者になれた。ならば、自分は冒険者として、両親の分まで生きなければ、そう決意を新たにする。

 今後の予定はまだ決まっていない。とりあえず、冒険者として強くなる事は確定しているが、それ以外の事は何一つ決まっていなかった。自分がエルフである事、今回の襲撃事件の真相やダンジョンを発動していた自分の変化。知らなけれならない事はたくさんある。いつか、自身に関する事は全て知らなければならないという思いを胸に、視線を街の外へと伸ばし、遠く広がる田園風景を見つめていた。



 そこはどこかの室内だった。なんの特徴もない木造の大きな部屋は今、窓の雨戸が完全に閉められて外の光が入ってこないようにしてあった。その中にあって、暗くなった室内を赤い蝋燭の光がゆらゆらと照らしていた。


「どうやら、彼で当たりのようだ」


 誰かが言った。

 そこには十人ほどの人々が集まっていた。姿格好はまちまちで、ぱっと見、共通点はない。だが、一様に声を発した人物に視線を向けていた。


「そう、それで? 新たに神からのお告げはあったかしら?」


 その中の一人、顔を隠した女性が、質問する。


「ああ、あった。彼がそうだと言われたよ。ようやくだ、ようやく見つかったんだ。我らの悲願。我らの希望。今後はできるだけ彼が覚醒する状況を作り、本格的な目覚めを誘発していこうと思う。今回は、正体を確かめる事が最優先事項だったから、ああいう手荒な手段に出たが、彼で確定した今、できるだけ支援しながら覚醒を促すべきだろう。死なれるような事があっては、全てが元の木阿弥だ」


 そう、彼らがジョンの誘拐、村の襲撃を企てた集団だった。


「がははっ、なら、いろいろ準備せんとな! かの者を迎え入れるためにも、これ以上嫌われては元も子もない!」


 今回の出来事でジョンの心を深く傷つけた自覚は彼らにもある。だから、それを悟られる事なく見方に引き込まなければならないと思っていた。


「そうだな。それがいい」


 集まった者達が、口々にそうだそうだと相槌を打つ。

 これからの目的として、最初に口に開いた男は皆を見渡して盛大に宣言する。


「これより我らは、彼を迎え入れるべく行動を開始する! 各々心して準備せよ!」

「「「おおーっ!!」」」


 部屋に集まった者達は、呼応するように盛大な歓声を上げた。



 全てはここから始まる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ