第一章 第十一話『帰郷』
ジョンとバンは荒い息を整えながら、看板を見上げていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…やっと戻ってこれたね」
「ぜぇ……ぜぇ……はあぁぁ、そう……だな……はぁ…はぁ………」
二人が見上げているのは冒険者ギルドの看板だった。自力で逃げ出したあの場所からようやくここまで戻ってこれた。バンの独白が終わった後、できるだけ早く戻ろうと全力で走ってきたのだ。
看板から視線を戻し、勢いよくギルドの扉を開ける。
「ソフィーさん! オスカーさんはいますぅ……か……?」
急いでオスカーに連絡を取り、今回の件を報告しようと思って意気込んでいたジョンの言葉は、ロビーの中の光景に尻すぼみになる。なぜなら、そこには既にオスカーとフリーダ嬢が真剣な表情で話し合っていたのだ。ソフィー嬢に声を掛けた後で会えると思っていた人物が既にそこにいた。
二人は、カウンター横の通路手前に立っていた。ギルドの業務は既に終わり、奥の通路は明かりが落ちている。ジョンの叫び声を聞いて入口を振り返り、ジョンの姿を見て驚いていた。
「ジョっ……」
「ジョン!!」
オスカーがジョンの名前を呼ぶのを遮って、フリーダ嬢が先に名前を呼んでいた。ジョンに小走りで駆け寄ってそのまま抱きしめていた。
「ジョン! 大丈夫!? こんな時間まで何してたの? 何があったの!?」
「フリーダさん!?」
急に抱きしめられて戸惑うジョンだったが、フリーダ嬢の声色から心配してくれていることを感じ取り、なされるがまま、謝っていた。
「心配かけてごめんなさい。ちょっと誘拐されちゃってて……」
できるだけ軽く、事実を伝える。だが、そんなものは発せられた言葉を軽くするようなものではない。
「「誘拐!?」」
オスカーとフリーダ嬢の声が重なる。
フリーダ嬢はジョンを放し、ジョンの顔を見る。オスカーも近寄ってきて、話を聞けるようにジョンのそばに立った。そして、改めて話を切り出した。
「ジョン、それはどういうことだ? 本当に誘拐されたのかい?」
「それに関しては本当だぜ。なんせ俺も一緒に誘拐されてたかんな」
オスカーの問いに、ジョンではない者が答えた。ジョンの言葉を肯定するようにギルドの入口から呼吸を整えたバンがオスカーに答えながら入ってきた。
「君は確か……バンくんだったか。本当に誘拐されてたのか?」
まだ懐疑的なオスカーにバンは、嘘じゃないぜと笑う。
「なんかチンピラ風の男達に絡まれちまってさ。気がついたら地下施設に放り込まれてた」
武勇伝を語るように言いながら、ジョンの横に並ぶ。
「そこから、俺の『ダンジョンマスター』を使って自力で脱出してきたんだ」
「ふーむ……嘘ではないようだね。よく脱出できたものだ」
オスカーが顎に手を当てて、考え込む。
「それはそうと、どうしてオスカーさんとフリーダさんがロビーにいたんですか?」
ギルドに飛び込んで見た光景。こんな時間にも関わらず、二人がロビーにいるのが不思議だった。
「ん? それは君がいつまで経っても帰ってこなかったからだよ。いつもの時間に部屋に戻ってこないジョンを心配して、フェドロが知らせてくれたんだ。ジョンがまだ戻らないって、何かあったんじゃないかってね」
「それは……ご心配をおかけしました」
オスカーの言葉にジョンは恐縮する。確かに、いつもなら部屋にいる時間だ。一ヶ月以上も続いていたのだ。戻らないジョンを心配してもおかしくはなかった。
「ああ、それは気にしなくていいよ。ただ、それとは別に、昼に集団で動く怪しい男達が目撃されててね。人一人入りそうな大きな麻袋や少年を抱えてたって。それで、もしかしたらって話になってたんだよ」
「あ、それ俺達かもしれない」
ジョンが肯定する。なにか袋に入れられたところは覚えている。それがなんの袋かはわからなかったが、バンも一緒に捕まっていたことを考えると、自分達の可能性が高かった。
「……やっぱりか。自力で脱出してくるとは思わなかったが、大事がなくてよかったよ。君達を誘拐した犯人達はこちらで調べておくから、今日はもう休むといい。きっと自分達で思っている以上に疲れているはずだから。バン、君もジョンと一緒の宿に泊まりなさい。脱出したことはばれているだろうから、一人になるのは危ない。二人纏まってくれていたほうがこちらとしても警護しやすいしね。フリーダ、何人かすぐ動ける腕のいい冒険者を手配してくれ。ああ、それと親御さんにはギルドから使いを出しておくから、そちらに向かう人員もだ。よろしく」
「かしこまりました」
一気にまくし立てたオスカーにフリーダ嬢はお辞儀をして、ギルドの奥へと入っていった。
「二人は手配が済むまでここにいるんだよ。その後は私が宿まで送ってあげるから」
「はい」
少し時間が空いて、フリーダ嬢が戻ってくる。
「手配の方終わりました。宿の方にも連絡できましたので、もう安心かと」
「そうか、ありがとう。フリーダももう休んでくれ。この子達は私が送っていくよ」
そのまま、その場は解散となり、オスカーがジョン達を『黄昏の剣』亭へ送ってくれる。
宿に着くと、引率がフェドロに代わり、オスカーはジョン達にお休みの挨拶をしてから去っていった。
「しっかり休みなさい。それじゃあ、おやすみ」
「お休みなさい」
「お休み~」
ジョンは、バンを連れて自分の部屋に戻ると、用意されたベッドに倒れ込んでいた。やはり、自力脱出という極度の緊張の中にあったせいで、自分で思っている以上に消耗していたらしい。二人は、そのまま泥のように眠ってしまった。
次の日、ジョンはギルド長室にいた。オスカーやフリーダ嬢といったジョンと関わりのある者達が集まり、今後について話し合っていた。
「これから、ジョンをどうしていくべきか、何か案はないか?」
この部屋に集まった直後から、昨日のジョンの状況を事細かに説明させ、ジョンが誘拐された状況、捕まった場所でのチンピラの会話、脱出までの一連の流れ、その中のジョンの誘拐を依頼した何者かの存在を知ったオスカーはため息をついて、皆に今後どうするべきか意見を求めた。
ジョンは人目を引く。ジョンの見た目に惹かれて誘拐を企てた好事家なら話は早いが、もしジョンの力のことが外部に漏れて、その力を求めて誘拐を企てた者がいたとしたら、調べるのは一苦労だ。『ユニークスキル』とはそれだけ求める者が多い。だが、現状ではその辺りを確かめる術はない。
「ジョンに護衛をつけるべきかと」
フリーダ嬢が提案する。
「それは大前提だ。今後、ジョンには護衛をつけた上でどう行動してもらうか、そこが問題なのだよ」
ジョンに護衛をつけた場合、ジョンの力のことを秘密にしておくことは難しい。今までは、知られぬように最低人数で隠れて特訓していた。そこに力を知らぬ者を護衛として近くに置いたならば、バレない方がおかしいだろう。だが、ギルドとしては、やはり知っているものは最小限に抑えておきたかった。知られぬように行動させるべきか。
「……では、ジョンを一旦人の目から離してみては?」
今度はオーマが提案する。
「それはどういうことかな?」
「一先ずジョンを人目のつかない場所へと隠すんです。このままこの街に留まっていてはまたいつ狙われるかわかったものではありませんし、ジョン個人を守るだけなら私達の中だけでもなんとかなるでしょう。ついでに、私達なら今までと同じように訓練もできる。ジョンを街から離して、その情報を押さえておけば、彼に近づこうとする者がいたら牽制しやすく、ギルドとしても対処がしやすいでしょう? そうして時間を稼いでいる間に、今回の誘拐事件を調査しておいてもいい」
ふむ……とオスカーは考える。確かに、街にジョンがいなければ、誘拐犯達はジョンの行方を探すだろう。その情報をギルドで押さえておけば、そいつらの足取りを追えるかも知れない。無理に近づく者がいれば、ギルドで対処すればいい。
「……そういえば、もうじき冬だったな。ジョン君、種まきの時期が近いんじゃないかい?」
「あ、そうですね。もうそろそろ村に戻っておきたい時期かも……」
ジョンの言葉でオスカーは決断した。
「よし! ならば、ジョンには村に戻ってもらおうか。人の少ない辺境の小さな村だ。近づくものがいたらすぐにわかるだろう。ついでに、ジョンには力の訓練をそちらで行ってもらおうかな。村人にジョンの力が知られても、外部との接触を監視していれば問題ないだろう。護衛兼先生役はオーマとフリーダで交互に行ってくれ。ジョンに近づくものの排除も、だ。以上!」
「はっ!」
オスカーが椅子から立ち上がり、指示を飛ばした。
「それで,バンの方だが、当面護衛をつけておいてくれ。基本的に自由に行動してくれて構わない。もともと街の住人だから、危険がある場所には近づかないだろう」
バンは今、別室待機になっていた。ジョンの話から力については詳しく教えていないというので、この場に呼んでいなかったのだ。
これで全ての案件が片付いた。そして、ジョンの桔梗についても確定したのだった。
「あ、アルベルト様達に挨拶しておいたほうがいいですよね?」
ジョンが思い出したように領主に別れの挨拶したほうがいいか聞いてくる。
「閣下か……。いや、そちらはギルドから使いを出して伝えておくよ。あまり、君が居なくなったことを大っぴらにしたくないからね。いいね?」
「……マスターがそう言うなら俺に否はないですよ」
それから慌ただしく帰郷の準備を進め、ジョンの荷作りも済んだのでいよいよ帰郷と相成った。ギルドの前では目立つので、『黄昏の剣』亭そばの人気のない路地で馬車を待つ。
待ち合わせ場所に馬車がやってきて、御者がジョンの荷物を積み込んでいく。ジョン自身の荷物はそれほど多くはないが、いい機会だと村人用にいくつかお土産を買っていた。喜んでくれるといいが、とジョンは思う。全ての荷物を積み終わると、ジョンは場車に乗り込んだ。
「あれ?」
最初の護衛役はオーマだと聞いていたのに、馬車の中にはフリーダ嬢が載っていた。
「おはよう、ジョン」
「護衛役って先生じゃなかったんですか?」
「オーマは別件でしばらく身動き取れなくなったのよ。だから村までは私が引率していくことになったから、よろしくね?」
分かりましたと、とりあえず了承した。だが、ジョンは今までフリーダ嬢が戦っているところを見たことがないので、彼女がどれだけ強いのかよくわからなかった。冒険者登録の日にバルドフをひと睨みで怯ませていたのだから、決して弱くはないだろうとは思っていたが、実際どれくらいなのだろうと思う。
少しもやっとした気持ちのまま、馬車は出発した。
ヒューゲルシュタットの西門から出て、シレーヌ川沿いを北上していく。既に雨季が終わり、穏やかなシレーヌ川の流れを眺めながら、のんびりと馬車は進んでいく。村までの旅路は順調に消化されていった。そして、ようやく村が目視できるところまでやってきた。
遠くに木造の建物が見えてくる。まだ遠いが、右手側に村に属する畑が広がり、次の種付けのために耕され、柔らかな茶色い地面を晒していた。新鮮な土はいく筋もの山のように盛られて畝が出来上がっていた。
その中で畑仕事をしていた数人の村人が、見慣れぬ馬車が近づいてきていることに気がついて、こちらを見ていた。今は行商人が来る時期ではないし、荷馬車でもないので何なんだろうと思っているようだった。
ジョンは、不安そうな村人を安心させるように窓から身を乗り出して手を振った。向こうから自分だとわかるように大きく振り回す。そして、大声で叫んだ。
「ただいまーー! ジョンだよー! 帰ってきたよーーー!!」
馬車から見覚えのある金髪と、大声でジョンだと叫ぶのを聞いて、村人は顔を見合わせて歓声を上げた。ジョンに分かるように、自分達も大きく手を振り返す。ジョンには聞こえなかったが、互いにジョンが帰ってきたと笑い合い、その中の一人が他の人に知らせるために別の畑へと駆けていく。その光景を見ながら、馬車は村の中へと入っていった。
「おかえり、ジョン」
「ただ今戻りました、村長」
村長が、ジョンを迎え入れる。
今ジョンは中央広場横にある村長宅でフリーダ嬢を伴って村長に帰郷の挨拶をしていた。
「元気そうでなによりだ。冒険者にはなれたのか?」
村長が問いかける。やはり気になっていたのだろう。ジョンは冒険者になると言って村を出たのだ。これで冒険者になれずに帰ってきたとしたら、いい笑い者だった。
「はい! 無事、冒険者になることができました」
「そうか、そりゃよかった。で、ならなんで帰ってきたんだ?」
「成人するまでは村に留まろうかと思って、帰ってきたんです。村の人達との約束もあったし」
ジョンの言葉に、村長は呆れた。
「ジョンよ。せっかく村を出たのにそれでいいのか? 冒険者になったら金だって稼げるだろう。こんな小さな村にそこまで義理立てするようなもんでもないだろうが」
「いいんですよ。俺が決めたことですから」
「そうか、それならとやかくは言わねえよ。それより、そっちのベッピンさんはなんなんだい? お前のこれってわけでもないんだろう?」
村長が小指を立てながら、ジョンの隣に静かに立つフリーダ嬢を横目で見る。まだ、彼女が誰なのか紹介すらされていない。何が目的で村に来たのかわからないようだった。
村長の意識が自分に向いたのを確認してから、フリーダ嬢が自己紹介をした。
「申し遅れました。私、ジョン君の先生役として冒険者ギルドより派遣されました、フリーダ=オトマイヤーと申します」
優雅にスカートの裾を持ち、貴族らしい仕草で礼をした。そして、顔を上げて話を続ける。
「この度、ジョン君の帰還に合わせて少しの間、村への逗留をさせて頂きたく存じますので、その許可を頂けないかと、こうして挨拶に伺わせていただきました」
柔らかく微笑む。
村長は、そんな貴族然としたフリーダ嬢の仕草にたじたじになった。この村ではまず見ることのない優雅な動作、綺麗な言葉遣いに気圧される。
「そ、そうか。だが、急に言われてもすぐに返事はできない。小さな村でな。余所者を養っていけるほど余裕はないんだ」
これは嘘だった。ここ数年、ジョンのおかげで収穫物は増え、だいぶ余裕が出来てきている。だが、それを余所者に言う必要もないし、養ってやる必要もない。なので断る口実に使われた。
「お気に為さらずに。それらに関してはギルドの方で支援致します。何も、ただで泊めて頂こうなどとはもうしません。ただ、ジョン君にはそれをするだけの価値がありますので」
「そうなのか?」
村長はフリーダ嬢の支援とジョンの価値という言葉に反応した。もし、支援が受けられるなら、今以上に余裕のある生活が送れるようになるかも知れない。どれくらいの譲歩を引き出せるかは交渉次第だが、それだけの価値がジョンにはあるという。だから、ここはもう少し何かが引き出せないかと、悩むふりをして渋ってみる。
「だがなぁ……」
そこに、フリーダ嬢がすすすっと近づいて、村長の手のひらに小さな袋を乗せてから離れる。袋の中からじゃらっと金属のぶつかる音がした。
「もしよろしければ、こちらの方もお収めください。それでもダメ、でしょうか?」
村長は袋の口を開けて恐る恐る覗き込んだ。そこには何枚もの金貨が見え、愕然とする。まさか、いきなりこんな大金がもらえるとは思っていなかった。そして、こんな大金を見せられて、否とは言えなかった。
「……わかった。好きなだけ泊まって行ってくれ。わしの家に部屋を用意しておく」
「ありがとうございます。それでは失礼致します」
再び、綺麗なお辞儀をして、ジョンと共に村長宅を後にする。
家を出るまでの短い間にジョンが聞いてきた。
「フリーダさん。さっき何を渡したんですか?」
「秘密よ。まあ、これでしばらくは何も言われないでしょ。今後の交渉もしやすくなるわ」
秘密と答えをはぐらかされたジョンは、それ以上強く聞くことができなかった。知ると何か危ない気がして、そうですかと引き下がる。
外に出ると、村長宅は村人に囲まれていた。
村長宅前の中央広場に見慣れぬ馬車が止まっているのだ。ジョンが帰ってきたと知っている者は、ジョンの顔を見ようと待ち、知らぬ者は馬車と人だかりに興味を惹かれて集まった。そして直ぐに、周囲の者からジョンの帰還を知らされて、ジョンが出てくるのを待って、人だかりは大きくなっていった。
ジョンが外に出たことで、一斉に村人の視線が集まる。帰還を祝う暖かい視線や、隣にいるフリーダ嬢との関係を勘ぐった好奇の視線、様々な感情の篭った視線に押されて、ジョンは一歩下がってしまう。
そんな中、さらに激しいものがあった。
「ジョオオォォンっ!!」
人だかりの中からマリーが駆け出て、そのままジョンに飛びついてきたのだ。勢いそのままの体当たりにも近い飛びつきに、ジョンはさらに一歩下がってしまう。だが、それ以上は男の沽券に関わるのでなんとか踏みとどまり、受け止めた。
「ジョン! ジョン! お帰りなさい、ジョン!!」
首に力いっぱい抱きついたまま、耳元でマリーがジョンの名前を連呼する。ジョンの帰還を聞き、急いで中央広場にやってきたマリーは、人だかりをかき分けて、最前列でジョンが出てくるのを待っていたようだ。後ろには、トーマスとアークもいた。ジョンと視線が合うと軽く手を挙げて、おかえりと言ってくれる。
ジョンは、叫ぶマリーを落ち着かせるように抱きしめ返して、マリーに聞こえるようにただいまと呟いた。そして、少しの間マリーの気が済むまで好きにさせる。
そんな二人を隣で見ていたフリーダ嬢は、少しの羨ましさと驚きを混ぜて、微笑んでいた。周囲に集まった村人全員が、そんな二人だけの世界になった空間を見つめていた。
「あ、それはそうと、冒険者になれたの!?」
唐突に思い出したマリーが、ジョンの首から手を離して、ジョンの顔を見た。
ジョンもマリーの顔を見ながら笑って、ああなれたよと囁いた。
「これが証拠の品。どう?」
ジョンは、懐から証拠の品、ギルドカードを取り出して、マリーに見せるように掲げる。
「ほー、それが冒険者の証か」
「本当に冒険者になれたんだな」
マリーが何か言うより先に、肩ごしにギルドカードを覗き込んだトーマスとアークが呟いた。
「トーマス、アーク」
「おかえり、ジョン。マリーが飛び出しちまうもんだから、声かけるタイミング逃しちまったぜ」
「おかえり。それよりもカードを見せてくれないか?」
アークが、ジョンの帰還祝いよりも興味を惹かれたギルドカードを見ることを優先したことにジョンは苦笑する。他が騒がしい時は冷静に諌めるアークだが、興味を引かれると一心不乱になるところがあった。
そんな、いつもの関係、いつもの空間にジョンは心地よさを思い出した。数ヶ月とはいえ離れていたのだ。速効で前と同じに戻るとは思っていなかった。だが今は、離れていた事自体が夢だったとさえ思えてくる感覚に囚われる。懐かしさが溢れてくる。
「ああ、いいよ。マリーもそろそろ離れてくれない? これから家に帰るんだけど」
「いや! あ、でも早くケヴィンおじさん達には早く会いに行かないといけないのか」
マリーは立ち位置を変えて、今はジョンの腕にしがみついていた。久しぶりのジョンとの会話をトーマス達に邪魔されて膨れている。
仕方ないなぁっとジョンはマリーをそのままにフリーダ嬢を振り返る。
「フリーダさん。とりあえず、俺の家に行っていいですか? 早く両親に報告したいんです」
「え? あ、ああ、いいわよ。というより、ジョン君の両親への報告も任務の一つだから」
マリーを好きにさせたまま、全く気にしないで自分に話しかけてくるとは思っていなかった。一瞬対応に困ってしまうが、直ぐに自分を取り戻して、ジョンの問いに答える。
「トーマス達も一緒に来る?」
未だにギルドカードをしげしげと眺めている二人に声を掛ける。
トーマス達はギルドカードをジョンに返しながら、行かねえと答えていた。
「俺らはいいわ」
「今日はおじさん達とゆっくりしなよ」
「ありがとう。じゃあ、また明日な」
じゃあな、とトーマス達が帰っていく。
幼馴染が解散したことでその場の人だかりも解散となった。ジョンの腕にしがみついたままのマリーとフリーダ嬢を伴って、ジョンは自宅へと移動していった。その間、今までのことをマリーに話しながら。
ジョンが自宅に到着した時、ケヴィンとカルラが中庭にいた。他の村人が知らせてくれたのだろう、ジョンの帰還を今か今かと待ち構えていたのだ。
「ただいま! 父さん! 母さん!」
「おかえり、ジョン」
「お帰りなさい」
ジョンが叫んで家に入ると、二人は暖かく出迎えてくれた。久しぶりの再会に、両親に抱きつくジョンを優しく抱きしめ返す。ジョンは、数ヶ月ぶりの安らぎを得た気がした。
一頻り、再会の挨拶を済ませたところで、ケヴィンがフリーダ嬢にお辞儀した。
「ようこそいらっしゃいました。狭い家ですが、どうぞ中へ」
そのまま、中へと誘う。
両親の後について、ジョン、フリーダ嬢、そしてなぜかマリーまで一緒に家の中に入ってきた。室内は昔と変わらず、中央に長テーブルが、その周りに四脚あったが、椅子が一つ足りないのでマリーは適当な物を椅子がわりにして座る。
ジョンが、フリーダ嬢を紹介してから、本題に入った。
「父さん、母さん。俺、冒険者になれたよ」
ジョンが、端的に結果だけを伝える。
「そうか。それは良かった。街は楽しかったかい? 危ないことはなかったかい?」
ジョンの言葉にケヴィンは微笑んだ。それから、街で何があったのか聞く。
「楽しかったよ! 見るのも知るのも初めてのことが多くて、いろいろ戸惑ったりしたけどさ!」
「そうなのか。まあ、危なくなければいいんだ。それで、フリーダさん。あなたは何故、ジョンと一緒にこの村に?」
ケヴィンがフリーダ嬢に問いかけた。紹介された時ギルド職員という話は聞いたが、それ以上のことは何も言わなかった。職員だからといって、ジョンと一緒に村に来る理由がわからない。
フリーダ嬢は、外行きの表情で微笑んだ。
「私はジョン君が両親に冒険者に向いているかという報告を行うという話を聞いて、ギルド職員として説明しようと来た次第です。細かい話は抜きにして、結果だけをお伝えすると、ケヴィンさん。ジョン君は我が冒険者ギルドに必要な人材だと認識されており、冒険者としても素晴らしい素質があると保証いたします」
「それほどなのかい?」
ケヴィンがフリーダ嬢の話が俄かには信じられず、唖然とした。しかし、ジョンの素質が確約されているようなので、気を取り直して、そうか、と呟いた。
「ジョンは冒険者としてやっていけるんだな。思っていたより早い巣立ちだけれど、本当に良かった……」
「えっ? 父さん? 俺、まだこの村離れる気ないよ? 成人するまでこの村にいるよ!?」
ケヴィンの早い巣立ちと言われて、まだ村に居る気満々だったジョンは逆に目を剥いた。
「お父様。これはジョン君の意思なのです。我々もそれを尊重するつもりです。ただ、ジョン君には特別な力がある。数年もその力を放置するのはもったいないということで、私ともう一人、交代で村に逗留して、ジョン君の訓練を行いたいと思っております。既に村長様にも許可を頂いております」
「まだまだ未熟だからさ。本当の冒険者になるのは成人するまでお預けにするよ。その間にもっと力をつける! そして、強い冒険者になってやる! まあ、その前に約束の種まきの手伝いに帰ってきたんだけどね」
ははは、とジョンは笑いながら言った。
「そうか、無理しないで頑張るんだよ。フリーダさん、ジョンのことを頼みます」
「心配には及びません。しっかり鍛えさせていただきます」
それではこれで、と話の終わったフリーダ嬢はジョン宅を後にした。まだ、夜には早いが、泊めてもらう予定の村長宅に戻るのだろう。
「話は終わったのよね? じゃあ、ジョン! 今日は泊めて! 話聞かせてよ!」
今まで話に入ることができず、一人暇していたマリーがジョンに話をせがんでくる。街での思い出話を聞きたがった。女の子が家に泊まるのは問題なきもするが、そこは幼馴染。ケヴィンもカルラも気にしない。
「マクシーには私から伝えておくよ。ジョン、マリー、静かに話すんだよ」
「はーい」
「わかってるよ、父さん」
ケヴィンが了承したことで、マリーのお泊まりが決定した。ジョンもマリーに話したい事、聞かせたい事はたくさんあった。
四人で食事を取った後、カルラがジョンの部屋にマリーの寝床を用意した。両親が寝静まった後もジョンの部屋の中、深夜まで二人の会話が途切れることはなかった。




