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第一章 第一話『始まり』

 国の北部に聳えるイシュオン山脈から流れるシレーヌ川と、それが作り出す肥沃な平野部を抱えた農業国家、エステリア王国。山脈からいく筋も流れ出た水源が一つに纏まり大河となったシレーヌ川は、時に氾濫して、国の中央部に広がる平野部一帯に肥沃な土をもたらしてから、国を縦断して海に至る。エステリア王国を支える広大な農地の土壌を作ってくれる恵みの河だった。

 そんなシレーヌ川の水源の一つがあるイシュオン山脈の麓に小さな村があった。山脈につながる山岳地帯の傍で、豊かな森の恵みと村の南側にあるそれなりの広さの畑で細々と日々の暮らしを営んでいた。

 この村で家族で農民として暮らしている少年ジョン。エステリア王国では見かけない金髪と碧の瞳を持った少年だった。

 今日の農作業が終わったのか、ジョンは汗を拭いながら畑横の土手から夕日を眺めていた。

 季節は夏。

 畑では実りを迎えた麦が黄金の穂の頭を垂らして風に揺れていた。今は黄金の穂が夕日の色に染まり、夕日との色合いで視界全体が真っ赤に染まっていた。

 その風景を焼き付けるように、雄大な景色を見つめ続けている。


「……おーい、ジョーン」


 そんな時、土手の先からジョンを呼ぶ声が聞こえてくる。

 振り向くと、そこにはジョンの幼馴染のトーマスとアークの姿があった。ジョンを迎えに来たらしい。


「畑仕事終わったんだろ? 早く帰ろうぜ」


 先に声をかけてきたのはトーマスだ。短く切った栗色の髪は若干逆だっていて、明るい性格と相まって活発的な印象を受ける、ジョン達のムードメーカーである。


「ちょっと待ってて。今農具片付けてくるから」


 ジョンが土手の上を指差す。そこには鍬が置いてあった。土手の先にある納屋に、鍬を片付けるためにやって来たのに、夕日に目を奪われてそのままになってしまっていた。


「あー、急がなくてもいいからな、ジョン。こいつのことは気にすんな。


 アークが言う。

 アークは、黒に近い髪を耳が隠れる程度まで伸ばしている少年だった。いつも、調子に乗って暴走しがちなトーマスを冷やかしては、暴走する前に止めてくれるしっかり者だ。

 ジョンは土手の上に戻り、鍬を持って納屋に向かう。

 納屋には、村人が共同で使う様々な農具が仕舞ってある。鍬や鎌、犂などの農具が一緒くたにして置いてあった。

 鍬を所定の場所に片付けて、トーマスたちのところへ戻った。


「お待たせ。じゃあ、帰ろうか」


 ジョンに促されて三人は、夕日が沈み暗くなりだした土手を仲良く並んで帰っていった。



「と、そうだ。ジョンに伝言があったんだ。親父が次の種まきも手伝って欲しいって」


 帰り道の途中、トーマスが親からの伝言をジョンに伝える。

 次の種まきまで、まだ数ヶ月は空いているが、作物の実りが良かったのか、親が嬉しさのあまり翻た言葉を律儀に伝えてきたようだ。


「そういや、うちも手伝って欲しいとか言ってたな。なんか、ジョンが種まき手伝うとその年の実りがいいとかで」

「そうなのか?」

「そうらしい」


 ジョンからすると、あまり実感の沸くことではなかったが、長年農家を続けている人からすると結構違いが出るらしい。


「まあ、そのおかげでここ数年余裕のある生活が出来ているみたいだからなぁ。昔は結構厳しかったらしいよ」


 ジョンが種まきから参加した年の収穫量は参加しなかった年に比べて多くなる。そのことに気がついた近所の農家の親父達はこぞって種まきの時、ジョンに手伝って欲しいと頼むようになった。いつもと同じ農作業でも、それだけで収穫量が増えるなら、頼んだほうが得。そう言う結論に至ったそうだ。

 また、ジョンが頼み事を断らない事も、要因の一つなのだろう。

 ジョンは滅多に人からの頼み事を断らない。人には優しくという両親の教育もあるだろうし、ジョン自身の資質もあるのだろう。どちらにせよ、頼み事を断らないところに付け込んでいるという一面もあった。

 おかげで村は、税として取られる分を差し引いても、余裕のある暮らしができるようになっていった。


「まあ、当分先の話だし、親父達もそこまで気にしてないだろ」


 アークが言う。


「そうだそうだ、そんな先のことなんて気にしても仕方ねえよ。楽しくやろうぜ」

「言いだしっぺのお前には言われたくないだろ。なあ、ジョン」

「そうだなぁ」

「ひどくね!?」

「それはそれとして、おじさん達にはいつでも呼んでくださいって伝えておいて」


 今回も、ジョンは断らなかった。

 それをトーマスもアークも「断ったっていいんだぜ? 強制ってわけじゃないんだし」「そうだぞ、ジョン。無理に手伝う必要はないって」と、いつものことだとは思いつつも、断らないジョンを諭した。二人には、大人に言い様に利用されているようにしか見えなかったので、このまま利用されっぱなしになるんじゃないかと、心配で仕方が無かったのだ。

 二人に心配そうな表情が浮かんでいるので、安心させるようにジョンは大丈夫と言って笑った。


「父さんも母さんも無理さえしなければ手伝って良いって言ってくれてるし、俺も手伝いたいんだ。まあ、無理をしたら、今後そういうことはさせないって言われてるけど」

「……ジョンがいいんなら、それでいいんだけどさ」


 未だ心配そうな二人だが、ジョンがそういうのなら引き下がるほかなかった。




 三人が村の近くまで戻ってくると、またジョンを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、ジョーン」


 村の入口で一人の少女が、ジョンに向かって手を振っている。栗色の髪をセミロングにした可愛らしい少女だった。濃い緑のスカートを履いている。少女のお気に入りだ。

 まだ完全に夜になっていないとは言え、かなり暗くなった道を歩いていた三人は、急いで少女の下まで走っていった。

 ジョンが暮らす村は、村の北側にある中央広場から南側に向かって放射上に四本の道が走っている。北から東にかけてイシュオン山脈に通じる山岳地帯の森があり、西側には、そこから流れ出た川があるため、南側にしか道は伸びていない。

 村の外側には畑があり、その間に家々が立ち並ぶ。各道で隔てられた区画が、そのまま畑の区分けを担っていた。一区画につき、数世帯ずつ暮らしている。

 三人は少女のもとへと辿り着く。

 この少女は三人のもう一人の幼馴染で、マリーという。全員同い年である。

 この村には、彼らの他に後二人同い年がいるが、反対の区画で暮らしているため、普段会うことは少ない。ジョンとマリーが東の区画、トーマスとアークは南の区画、あと二人が西の区画だ。


「マリー、どうかしたのか?」


 ジョンが尋ねる。


「お父さんがジョンの家にこれを持って行けって。おすそ分けだって」


 そう言って、置いてあった籠を持ち上げる。中には山菜と一羽の野鳥が入っていた。マリーの父、マクシーが獲ってきたものだろう。

 マリーの父、マクシーはプロの狩人だ。山岳地帯の森を狩猟場として、狩りと採集で日々を過ごしている。今日はいつもより多く取れたので、一部をジョン宅へおすそ分けというわけだ。マリーとジョンの両親は仲が良く、こういうことをよくしていた。

 トーマスが横から籠を覗き込む。


「わぁ、こりゃ豪勢だ。うちにも欲しいわぁ」

「ダメだぞ」

「わかってるって」

「あ、それとね」

「ん?」


 トーマスが言ったことを即アークに突っ込まれて、肩を竦めているのを横目で見ていたジョンに、マリーがまだ何かあるようで話を続ける。


「もうすぐ収穫祭でしょ? お父さんがお祭り用に沢山のお肉がいるから、一緒に狩りに行きたいって」


 収穫祭。

 全ての畑の収穫が終わった時、それを祝ってお祭りをするのだ。農村部の数少ない娯楽の一つで、その日は大量の料理が振舞われ、大いに食べて飲んで盛り上がるのだ。

 その際出される料理に使う肉を獲りに行きたいのだろう。沢山と言っているので、一人で獲れる量ではないようだ。どれくらい獲るのかは直接聞いてみないとわからない。


「分かった。マクシーさんにいつがいいか聞いておいて。俺の方はいつでもいいから」

「ん、伝えとく。じゃあ、はい」


と、籠を渡してから、「またね」と手を振って、マリーは帰っていった。


「ここでも頼みごとかぁ……」


 いつの間にか、トーマスが後ろに立っていて、腕を組んでうんうんと頷いていた。


「ほんと、ジョンは皆に好かれてるなぁ」

「頼みごとを断らないからっていうより、構いたいから頼みごとをしてるって感じかな?」

「そんな感じがするよな。で、ジョン的にはどんな感じだ?」

「俺? んー、俺は頼られて嬉しい……かな? ほら、頼られるのって認められてる気がするし、喜んでくれるのが嬉しかったりするし、そんな感じ」

「ジョンはいい子ちゃんだな」


 トーマスが纏める。

 そういう所が皆好きな理由なんだろうな、とも思う。好き好んで、嫌いな奴とは関わろうとはしないだろう。好きだから関わろうとするのだ。たまに、嫌がらせで頼み事をしてくる奴もいるだろうが、それすらも無理しない程度でやってしまうから、周りからの株が上がっていく。それが、今のジョンだった。


「まいいや。じゃ、また明日」

「あ、俺も。またな、ジョン」


 トーマスとアークが連れ立って、家路に着いた。

 ジョンは一人、籠を持って完全に日の沈んだ道を帰っていった。




 「ただいまー」


 門をくぐったジョンの声が、敷地内に響く。

 村の住宅は、四方を塀で囲まれた木造の建築物で、塀沿いに母屋や牛小屋、納屋などが収まっている。中央は中庭である。ジョンの家は角に門があり、対角に母屋、塀沿いに牛小屋や納屋が配置されていた。


「あら、おかえりなさいジョン。遅かったのね」


 母屋から母、カルラが顔を出す。


「ただいま母さん。トーマス達と話してたら遅くなっちゃった。あ、これ、マクシーさんから」


 母に籠を渡して、家に入る。


「あらー、マクシーから? まあ、鳥ね。早速使いましょうか」


 後ろから、籠を覗き込んだままの母が入ってきて、そのまま台所へと向かっていった。今日の料理に使う気らしい。

 母屋は入ってすぐ正面に台所がある。右壁沿いに水瓶等の壺類が置いてあり、そこから正面の壁沿いに、台所と食器棚が並んでいた。奥には扉が二つ有り、左が両親の部屋、右がジョンの部屋だった。中央に絨毯が敷いてあり、長テーブルと椅子が四脚置いてある。居間である。


「おかえり、ジョン」


 居間にいた父、ケヴィンが声を掛けてきた。椅子に座ってなにか作業をしているようで、長テーブルの上は大量の木屑で散らかっていた。


「ただいま父さん。何してるの?」

「ん、これか? ちょっと新しい食器をな。作っているところだ」


 手に持ったナイフで器用に木を削っていた。

 父はこういう物を作るのが得意だった。食器やちょっとした小物なら全て手作りしてしまう。

 この二人がジョンの両親である。ただし、見た目は全く似ていない。共に四十代で、エステリア王国ではありきたりな、栗色の髪と茶色い瞳をしていた。ケヴィンは、髪を短く切っていて、若干口髭を蓄えている。カルラは、長い髪をスカーフで巻いて、後ろで纏めていた。


「俺も手伝っていい?」

「いいとも。じゃあ、こっちの木を削ってくれるか?」

「うん」


 ケヴィンは微笑みながら、手付かずの木をジョンに手渡した。

 ジョンも受け取って、自分のナイフで木を削っていく。

 しばらく二人は作業に没頭していた。


「……二人共、ご飯できたわよー」


 カルラの声が響く。


「ほら、早くテーブルの上、片付けてちょうだい」

「う、うむ」

「あ、はーい」


 作業に没頭しすぎて、夕食のことを忘れていた。

 急いでテーブルの上を片付ける二人。


「もう、お父さんまで忘れちゃうんだから……」


 片付いたテーブルの上に、鶏肉入りの野菜スープとライ麦パンが置かれる。

 三人は揃って席について、神に祈りを捧げてから食事を開始した。


「ジョン、今日は遅かったが、何かしていたのかい?」


 ケヴィンが聞いてくる。


「畑仕事が終わった後、トーマス達と話しててさ。気づいたら遅くなってたんだ」

「そうか、何事もなくてよかったよ。友達は大切にするんだよ」

「うん」


 ケヴィンがジョンを見ながら、柔らかく微笑んだ。カルラも笑っている。

 ジョンは二人の本当の子供ではない。

 平均寿命が三十代前後のこの時代、二十歳までに結婚しているのは当たり前で、十代で子供がいるなんて更だった。しかし、二人には二十代後半になっても子供ができなかった。それが元で、元々暮らしていた土地に居づらくなった。そして、この村に越してきたのだ。

 この村での暮らしに慣れてきた頃、森の傍にジョンが捨てられていた。こんな場所に誰が捨てたのかは未だに謎だが、子供のいなかった二人には、これが神様がくれた贈り物だと思えた。子供を連れ帰ってジョンと名付け、今まで育ててきたのだ。

 和気藹々と会話が続いていった。

 食事が終わった頃、カルラが食器を洗いに台所に立つ。ケヴィンとジョンは、再び木を削る作業を始めた。しばらく、木の食器がぶつかる音と、シュッシュッという木を削る音だけが響いていた。

 洗い物も終わり、木の加工もある程度形になった頃、二人は作業を止める。

 今日はもう、寝るだけだ。


「ジョン、もう寝なさい」


 ケヴィンが部屋に戻るようにジョンを促す。


「うん、じゃあ父さん母さん、お休みなさい」


 ジョンが両親にお休みの言葉を告げてから、自分の部屋へ入っていく。

 両親はそれを見届けた後、燭台片手に戸締まりと火の処理をしてから、寝室に入っていった。



 ……

 …………両親が寝静まった頃、ジョンは一人、中庭の真ん中に立っていた。







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