第8話
その日の午前ベルンハルトは娘のイレーネを連れて病院を訪れていた。
特に何かある訳ではないずっと旅暮らしであり無理をさせてきたので念を入れてのことであった。
マンフレートの紹介状を受付で渡してイレーネと待合室で待つことになる。
順番が来てイレーネを診察室に送り待合室に戻ろうと廊下を歩いていると耳を覆うように頭に布を巻いた少女が何かを探すように歩いているのを見つける。
「何かお探しかなお嬢さん」
不意に声をかけられて驚くもクリスティーネは気を取り直して訪ねる。
「すみません昨日こちらに預けられた赤ん坊を訪ねてきたのですが場所が分からなくて」
「そうですか、では受付までご一緒しましょうか。
ちょうど私も戻るところでしたので」
「ありがとうございます、ぜひお願いします」
クリスティーネをともなってベルンハルトは受付で昨日預けられた赤ん坊について尋ねる。
案内された新生児室には他にも数人の赤ん坊がいたが案内をした看護師は迷うことなく1人の赤ん坊を抱き上げクリスティーネの元につれてくる。
クリスティーネは抱きしめてその顔色を見るが昨日に比べると赤みが差し元気そうである。
このまま連れ帰っても問題ないとのことでありまだしばらくは時間に余裕もあることからクリスティーネは赤ん坊を連れて帰ることにする。
誰かに育ててもらうにしてもそれまでは見つけた自分の責任だと考えたからだ。
「ありがとうございました、ベルンハルトさん」
「いえ当然のことをしたまでのこと。
クリスティーネ殿よければ赤ん坊の名前を教えて頂けますかな」
「それが私も昨日に砂漠でこの子に会ったばかりで名前を知らないのですよ」
そう言うとクリスティーネは昨日砂漠で馬車の残骸の傍で赤ん坊に出会ったことからデゼールレザールに襲われて助けられたあとにシェルム・リューグナーに連れられてきたことまでを掻い摘んで話した。
「そうでしたか、ですが名前が無ければその子も困りましょう。
出会ったのも何かの縁クリスティーネ殿が名付け親になってあげてはいかがかな」
「そうですね、では考えてみますね、
慌ててつける訳にもいかないですがなるべく早く名づけてあげる事にします」
ベルンハルトとクリスティーネが赤ん坊とともに受付のある待合室に戻るとイレーネが既に待っていた。
「待たせてしまったようだな、イレーネ」
「ううん、私も今戻ってきたところだから」
そう言うとイレーネはクリスティーネと赤ん坊に目を向ける。
「こちらは娘のイレーネになります。
イレーネこちらの方はクリスティーネさんだ」
「はじめましてイレーネです。
クリスティーネさん赤ちゃんを見せてもらってもいいですか」
「はじめましてイレーネちゃん」
クリスティーネは膝を曲げて赤ん坊をイレーネの目からも見えるようにする。
イレーネは赤ん坊の顔を覗き込みクリスティーネが、
「抱いてみるイレーネちゃん」
その言葉に驚いた顔でクリスティーネを見つめイレーネは首を振る。
「まだ少し怖いかな、じゃ指を手の前にだしてみて」
イレーネが恐る恐る人差し指を右手の前に差し出すと赤ん坊はその指を握ってくる。
驚きながらもイレーネは赤ん坊が握るままに任せて見つめている。
クリスティーネとベルンハルトはそんなイレーネと赤ん坊の様子をしばらく見守るように見つめる。
受付で受け取ったイレーネの診断書には問題はなく健康優良児とのお墨付きであった。
ベルンハルトはその内容に安心しながら診断書を大切に懐にしまう。
「ではクリスティーネ殿、私はこの後仕事もありますのでこれにて失礼します」
「はい、ありがとうございましたベルンハルトさん」
そこでクリスティーネはイレーネに視線を向けて、
「失礼になるかもしれませんがベルンハルトさんが仕事中はイレーネちゃんはどうするんですか」
ベルンハルトはイレーネに顔を向けて
「お恥ずかしながら男手1つなものでして私が仕事のあいだはいつも1人で待たせることになってしまうんです」
「そうなんですか」
そこでクリスティーネは少し思案したのちイレーネに膝を折る。
「ねえイレーネちゃん、もうしばらくこの子の遊び相手になってくれないかしら」
その言葉に少し驚きつつも赤ん坊の顔をしばらく見つめてイレーネはベルンハルトに顔をあげる。
そんな様子にベルンハルトはイレーネに笑顔で頷き返すことで背中を押す。
クリスティーネに顔を向けるとイレーネは
「はい、オジャマでなければ私ももう少し一緒に遊びたいです」
「ではベルンハルトさん今日1日イレーネちゃんをお借りしてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんです。
イレーネの事をよろしくお願いしますクリスティーネ殿」
「今日1日イレーネちゃんをお預かりしますね。
あらためてよろしくね、イレーネちゃん」
「はい、よろしくお願いしますクリスティーネさん」
クリスティーネから宿泊先の場所を聞くと夜には迎えに行く事を伝えて病院の前でお互いに別れるとベルンハルトは仕事にへと向かう。
イレーネと赤ん坊を連れてクリスティーネも1度宿泊先の方に戻る事にする。
はしゃぐティモとネリーを諭すように諌めると長老のオズワルドはその場に集められた全員に礼を言うように促す。
奥の方ではラインハルト他数名が部屋に入ってきた彼らを暖かく出迎え席へと促す。
全員が席に座るとフェオドラが合図をしテーブルの上に豪勢な食事が大皿に大盛りにして運ばれる。
「どうぞみなさん、遠慮なく食事をお楽しみください」
ラインハルトのその言葉に全員が大皿に手を伸ばし料理をとると口に直接運んでいく。
「ほら、みんな目の前の開いている皿に自分の必要な分を取り分けていくんだ」
オズワルドのその言葉に全員が顔を赤くしたり苦笑いを浮かべながら大皿から自分の皿に料理を取り分けていく。
ハンスが空になったグラスを振るように掲げ、
「あの水ってこれだけなのでしょうか」
その脇に給仕の侍女が立ち水差しを見せるように示し、
「お注ぎいたします」
呆けるハンスに笑顔を向けて侍女はそのグラスに水を注ぐ。
ラインハルトはそんな食事の様子を微笑ましく眺めている。
「いや申しわけありません。
何分このような食事をする機会が皆ありませんので」
オズワルドの言葉にラインハルトは笑顔を向けて、
「いえ、かまいませんよ。
今回は皆さんの旅のお話などをお聞かせいただければと、皆さんのご都合を無視して私の我がままでお越しいただいたのですから。
堅苦しい作法は抜きで気軽にお食事をお楽しみください」
あらためて礼を言い頭を下げようとするオズワルドを手で制してラインハルトは食事を勧める。
口にソースをつけたティモが水を注ぐ侍女の綺麗だが無表情な顔を眺める。、
「ヴィエルジュだよ。
彼女達は伴侶の騎士が亡くなってね、それで今は給仕などの仕事にまわっているんだよ」
そのラインハルトの言葉に全員があらためて給仕をしているヴィエルジュを見つめる。
食事の合間にラインハルトに促されそれぞれが旅の話をはじめる。
ときに大仰にときに冗談混じりにときに寂しそうに誰もが誰かに語る。
「そうですかオズワルドさんは以前は王都におられたのですか」
「ええ、とはいえ随分と昔になりますが」
「よろしければ何故王都を出ることになられたのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「構いませんとも、とはいえ私自身あのときに何が起こったのか詳しくはないのですが。
実は王が殺されたのですよ」
その言葉にラインハルトが少し驚きを見せつつ、
「ですが王は不死のはずではなかったですかな」
「ええ、そうなんですが実際には決闘だったのですが。
そうあの漆黒のシャ-ル・ヴィエルジュと戦いで王は負けて殺されたのですよ。
もう50年近くも昔の話になりますが。
それで王が居なくなったことで聖地からの支援も途絶える事になりました。
残された人々の間で争いが起きそうになったこともあり両親はまだ少年だったワシを連れて王都を離れた訳です」
「漆黒のシャ-ル・ヴィエルジュですか・・・。
その他には何か分からないのですか」
「残念ながらそれ以外に分かる事はありませんのじゃ」
「大丈夫だよ、そんなのラインハルト様が倒してくれるよ」
大声でそう言うティモにラインハルトは笑顔で返す。
「私以外にもここシェルム・リューグナーには強い騎士が大勢いますから不安にならず安心してください」
食事が終わりしばらくすると雑談のように隣の者と話す者も増えラインハルトは席を立ち退席を告げオズワルド達にはゆっくりするように言うと部屋を出ようとする。
「申しわけありません、ラインハルト様」
突如、オズワルドに呼び止められラインハルトが振り向く。
「もし失礼でなければ聖地より授かりしその胸の王の証をご拝謁できますでしょうか」
その言葉に思わず目を見開くが幸いオズワルドは頭を下げていて気付かない。
「いや申し訳ない急ぎ戻らねばならないのでな。
この次にあらためて機会を設けましょう。
それよりオズワルド殿は王都のことにかなりお詳しいようだできれば政務に携わっていただけると助かりますな」
「そのような、もったいないお言葉を」
「何をおっしゃられますか。
ここシェルム・リューグナーには上下関係はありません。
各々がそれぞれの得手不得手があるだけなのですから。
オズワルド殿のそのお知恵をぜひ我らにお貸しいただきたいのです。
今は時間もありませんのでこの件もまた後ほどに」
そう言い残してラインハルトは部屋を去っていく。
残された人々はそれぞれの会話に夢中でオズワルドとラインハルトの会話に意識を向けることは無かった。
ただ1人部屋から去っていくラインハルトの背中を憧れの目で見つめるティモを除いて。
クリスティーネがイレーネと赤ん坊を連れて宿泊先に戻ると他のみんなはラインハルトからの食事に誘われてでかけていた。
ロビーの受付で赤ん坊のために必要なものを一通り頼むとそのまま食堂の方へと足を向ける。
午後からをどう過ごすかとイレーネに訪ねると彼女も昨日ここに着たばかりで詳しくないとのことであった。
子供連れで耳を隠していれば気付かれる事も無いだろうと結局はクリスティーネが朝に訪れた公園に向かう事にする。
食事を終えロビーに戻ると声をかけられ乳母車を受け取る。
哺乳瓶やオシメなど必要な物も一緒に運べるようになっており残りは部屋に届けてくれることになる。
急いで揃えてくれたことにお礼を言いクリスティーネ達は公園に向かう。
思っていたより人は少なく2時間ほどは特に何もせずにのんびりと過ごす。
イレーネも少しづつ赤ん坊に慣れてきたのか頬に触れたりする。
それからアンネリーゼに教えられたビニールハウスへと向かう。
色とりどりの様々な花とその匂いにイレーネが驚き目を見開く。
はしゃぐようにイレーネが花の鉢を1つ1つ見ていく。
その様子をクリスティーネが見つめているとドアが開き声がかけられる。
「あら、確かクリスティーネさんですよね」
わずかに驚いたような声がかけられ振り向くとそこにアンネリーゼがいた。
「お耳が見えなかったので少し気付くのが遅くなりましたわ」
「こんにちはアンネリーゼさん。
すみません大勢で押しかけてしまって」
「いえ、構いませんのよ。
ここは誰でも自由に入ることができる場所なのですから。
それに、また来ていただいて私も嬉しいですわ」
イレーネが奥から戻ってくるとアンネリーゼに挨拶をする。
「こんにちは、イレーネといいます」
「こんにちは、アンネリーゼと申します。
よろしくねイレーネちゃん」
アンネリーゼは乳母車の赤ん坊を覗き見て微笑みかけクリスティーネに訪ねる。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「それがこの子とは砂漠で昨日あったばかりでまだ名前を知らなくて」
そう言うと大まかな事情をクリスティーネはアンネリーゼに説明する。
「まあ、そうでしたの。
私たらお2人とも騎士なものですからイレーネさんの妹なのかと思いましたわ」
その言葉にクリスティーネは赤ん坊とイレーネを見るがやはり見た目では分からない。
大人になれば例外もあるが平均身長が180と騎士なら大柄になるのと身にまとう雰囲気で気付く事もあるがとくに赤ん坊では分かりづらい。
クリスティーネも病院で赤ん坊が騎士であると教えられて初めて気付いたくらいである。
そのことを不思議に思いながらアンネリーゼの横顔をクリスティーネは見つめる。
「すみません私たらまたお話が長くなるところでしたわ。
イレーネちゃんもどうぞ遠慮なくお花を見てくださいね」
その言葉にアンネリーゼに一礼をしてイレーネは奥の先ほどの場所に戻っていく。
それから花を眺めながらしばらくの時を過ごす。
「そう言えばアンネリーゼちゃんはこの時間はお仕事は大丈夫なの」
「はい、今はマンフレート先生がお忙しく部屋にはこなくていいのでと外出許可を頂きましたので。
それでこのあとはしばらくは弟の傍にいてあげようかと思います」
「そう言えば弟さんはずっと入院中でしたよね。
よろしければお見舞いにお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、かまいませんわ。
きっと弟も喜んでくれますわ」
それからしばらくしてビニールハウスを出るとクリスティーネはイレーネと赤ん坊を連れてアンネリーゼの案内で弟の見舞いに赴く。
ベルンハルトが訪れたそこはシャ-ル・ヴィエルジュのメンテナンス専用であり室内の真ん中には1体の漆黒のシャ-ル・ヴィエルジュが寝かされている。
その見事な勇姿に驚きながらもベルンハルトはマンフレートを捜しその後姿を見つける。
こちらに背を向け画面を見つめながら手元のコンソールの上で華麗に指を躍らせている。
その黒髪の少女に違和感を持ちながらもベルンハルトは少女に近づき立ち止まる。
「セネスの町で会ったな、いやエアツェールングの森では助けられたか」
少女は振り向くことなく作業を続けながら話を続ける。
「何者だ、お前は」
「覚えておらぬとは心外だな、アイシェラだよ。
セネスの町では果実を奢ってもらったはずだが」
「確かにその身体はアイシェラ殿のものであるが、お主は違うであろう」
「ほう分かるのか、まあ騙すつもりはないがな。
私もアイシェラだよ君とセネスの町で出会った彼女は今は彼と眠っている」
「どういうことだ・・・、いやそもそもここで何をしている」
「まず後半の質問から答えるなら見てのとおりシャ-ル・ヴィエルジュの整備というより改修かな。
ここの施設が優秀なのでなマンフレートからの報酬の代わりに借りているのだ」
「報酬・・・?」
「それについての詳細は言えないがな。
そうそうセネスの町で会ったアイシェラだが君と娘のことを心配していたな。
本当に大切な物を見誤ると全てを無くすぞ。
妻を失ったときは娘がいたから気付かぬ振りもできたかもしれないが。
娘まで失うことになってももう誰もその心を埋めてはくれぬぞ」
ベルンハルトの脳裏にセネスの町に戻ったときのイレーネの顔が思い浮かぶ。
泣きたいのを耐えて笑顔で迎えてくれた涙混じりのあの笑顔が。
「ご忠告いたみいる」
「アイシェラとアリュウは心配いらない。
少し軟弱なのでな鍛えなおしているだけだ。
明日には目を覚ますだろう」
「お主は何者なのだ・・・」
「聞きたいかね。
Une histoire pour suivre le Crépuscule de Dieux」
その言葉にベルンハルトが答えを返す前にマンフレートが奥のドアから現われる。
クリスティーネは案内されたその区画が町ではなく艦の内部であることに驚きながらも案内されるままにアンネリーゼについていく。
ここに来るまでに人とすれ違うことはなく初めて来た日のような広い廊下でもない。
たどり着いたその突き当りの部屋のまわりには他に部屋は無い。
「さあ、どうぞお入りください。
こちらが弟の病室になりますの」
その部屋は真ん中に置かれているベッド以外には脇の小さなテーブルとその上に置かれたリモニウムの花の鉢があとは椅子が1つしかない。
その殺風景な部屋には窓は無く天井に空調システムがあるだけだ。
部屋の様子に驚きながらもベッドにあらためて目を向けてクリスティーネは驚く。
そこに眠るアンネリーゼに良く似た愛くるしい顔の少年には精神の精霊の存在が感じられなかった。
生きてはいるそれは確かだしかし心、魂、意志、そのようなものが欠落しているのだ。
クリスティーネがアンネリーゼに声をかけようとしたそのときドアが開け放たれマンフレートとベルンハルトが部屋に入ってくる。
夕刻シェルム・リューグナーの町だけでなく艦内の全てのモニターにラインハルトの演説が映しだされる。
「諸君、まずは永らく待たせてしまったことをお詫びする。
いよいよエアツェールングの森を不当に占拠するドラゴンに戦いを挑むことになる。
まずはこれを見てもらいたい」
モニターに廃墟の街が映しだされる。
「ドラゴンを殲滅するためにまず我々はこの街にある粒子加速器を手に入れねばならない。
その粒子加速器によって得られる反物質素粒子こそが我々がドラゴンを殲滅するための武器となる。
だがしかし、その武器を手に入れるためには我々の行く道を阻む神の試練を超えねばならぬのだ。
だが諸君何も心配する事は無い、何も恐れる事は無い。
私はこの艦で共に生きる皆に約束をしよう必ず神の試練に打ち勝ちドラゴンを殲滅するための武器を手にする事を。
そして緑豊かな本物の大地の上で皆と共に笑顔で暮らせる日々をここに約束しよう」
町中と艦内に拍手と怒号が響き渡り明日に廃墟の町へと挑む事が伝えられる。
フェオドラが自身の艦に戻ると後ろを歩くヴィエルジュが話しかけてくる。
「大丈夫でしょうか、あの街のキラーマシンについての詳細は何も分かっていないのですが。
そもそも無理に大地に・・・」
その言葉は口にたたきつけるように押し付けられたフェオドラの手で遮られる。
「いつも言ってるだろう勝手に口を聞くんじゃない」
口を押さえる手に力を込め締めあげると、
「いいかお前達は人形なんだ。
人間みたいに振舞うんじゃない分かったな」
そういい終わると叩きつけるように床に投げ捨てる。
ヴィエルジュは立ち上がると顔を上げなおもフェオドラに。
「ですが私はお嬢さまの事が心配な・・・」
思いきっリ顔を殴られてヴィエルジュが後に飛ばされる。
「何度も言わせんじゃないよ。
もう私はお嬢さまじゃないんだよ」
そう言うとヴィエルジュに歩み寄りフェオドラはその顔を思い切り踏みつける。
「綺麗な顔しやがって嫌味か」
ふいの気配にフェオドラが振り向くと老婆が1人そこにいる。
「遅いからね、ちょっと様子を見にきただけさ。
あまりケガはさせないでくれよ」
「こんなケガくらい直ぐに治せるさ。
私たちと違ってな」
「そうだったね、だからこそその手の客にも出せる訳じゃ。
今日も可虐趣味の客で予約が一杯なんでな急いでくれるかな」
「わかったよ、ほらさっさと起きて店にいきな。
どうせお前にできることはそれくらい何だからな」
老婆に連れられていくヴィエルジュの背中を見送りながらフェオドラの手が無意識にその顔のキズに触れる。
「お前は苦しまなきゃダメなんだ、お前が見殺しにしたパパの分まで」
その晩にオズワルドは急ではあるがラインハルトに呼び出されることになる。
案内として訪れた若い男の運転で車に乗り街から艦に移動する。
連れてこられたのは巨大な機械で唸りを上げている部屋であった。
「いや、すみません。
まずは遅い時間になったことをお詫びします。
我々にも朝から夕方まで与えられた仕事というものがありまして、どうかお許しいただきたい」
オズワルドは部屋を見回す20人くらいだろうか年はバラバラの男女が囲むようにいる。
「ああ、失礼しました名乗るのがまだでしたね。
私はこの艦の警備を預かっています保安警備隊の隊長をしております。
名をペーター・シュライガーと申します」
男はにこやかに愛嬌ある笑顔でオズワルドに話しかける。
「はあ、それでここは何なのでしょうか。
私はラインハルト様に呼ばれたとお聞きしたのですが」
「はい、まずこの部屋は分けられた有機ゴミを細かく砕いて肥料にしております。
ゴミであってもここでは貴重な資源という訳でしてそれが例えあなたのようなゴミであってもというわけです」
オズワルドがその言葉の意味を理解して訪ね返す。
「今ワシの事をご・・・」
オズワルドのその言葉は男が抜き放った光剣を口に突きたてられることで遮られる。
「はい、では皆さん速やかにラインハルト様に仇なすこのゴミを肥料にしてくださいね。
新人のソフィさんは今回は何もしないでいいのでちゃんと見て手順を覚えてくださいね。
ニナルさんはソフィさんに説明してあげてくださいね」
男のその言葉にその場の全員が手際よく動き何の疑問も抱かずにオズワルドの服を剥ぎ取るとその身体を機械に放り込む。
男はそれを見届けると通信機のスイッチを入れ話しかける。
「保安警備隊のペーター・シュライガーです。
はいラインハルト様の暗殺を企てていた不穏分子の片付けを無事に終えました。
・・・・・・。
ありがとうございます、保安警備隊一同その言葉を励みに今後もシェルム・リューグナーに住む全ての人々の安寧と幸福のためにこの身を投げだす覚悟です」
通信機での会話を終えると男はラインハルトからの労いの言葉を告げその場が歓喜の声に包まれる。
男が解散を言いわたすと全員がその場を去っていき唸るような機械音だけが部屋に響く。