第7話
まだ朝の早い時間にベッドの上でクリスティーネは目を覚ます。
背中で感じるその柔らかな感触と見知らぬ天井にしばしまだ夢の中なのかと呆けてしまう。
しばらくして昨日の出来事を順を追って思いだす。
砂漠でデゼールレザールに襲われて助けられてから地上戦艦シェルム・リューグナーへと招待されたのだ。
体を起こしてバスルームに向かう。
昨日教わった使い方を思い出しながらバスタブにぬるま湯を溜める。
砂漠での生活を思えば贅沢な話ではあるがその誘惑に抗えるものではない。
服を脱いでシャワーからのぬぬま湯を頭から全身に浴びる。
しばらくその気持ちよさに身を委ねるとシャワーを止めて半分までぬるま湯をためたバスタブにその身を沈める。
そこであらためて考えてみる。
ここが昨日に空から見た巨大な戦艦の内部に建てられた都市であり長大な高層建築物の中であることを。
聖地から供される技術については長老のオズワルドからも聞いたことはあるがここはそれ以上のようだ。
砂漠を走る地上戦艦であるのにも関わらず水も食料も豊富だというのは本当に驚きだ。
昨日に車から見た大勢の人間達あれだけの人間を養えるだけの備蓄があるというのなら尚更である。
両手で湯をすくいながらしばらく見つめてみる。
昨日聞いた説明では火ではなく電気でお湯を温めているそうである。
湯をでると部屋に置かれていたタオルこれも自由に使っていいそうであるが、ふわふわなその柔らかな感触に驚きながらも髪を拭き全身を拭う。
これも自由に使って構わないと言われている服の中から明るい黄緑色の半袖の浴衣のような服を選ぶ。
それから朝のまだ早い時間ならそれほど人目につくこともあるまいと思い切って町に出てみることにする。
マンフレートはラインハルトとその副官3人を相手にジギスムントの持ち帰ったデータを元に対抗案の検討を続けていた。
「で、具体的には何か対策はあるのか全く歯がたたんのでは話にはならんぞ」
ラインハルトの言葉にマンフレートは、
「今まで何度も言ってきたが最終的には騎士の技量になる。
シャ-ル・ヴィエルジュは所詮は鎧のようなものだ騎士の力量を超えることなどはできん」
その言葉に副官の3人があからさまに不快そうな顔をする。
「とはいえそれでは芸が無いからな。
新たに王都から届いた技術を応用してシャ-ル・ヴィエルジュの外装と外骨格の金属の比重と密度を上げることはできる。
その分重量が増えるので各駆動系の負担軽減のための強化と機動力の低下を防ぐために出力の向上など文字通りの大手術になるがな」
「具体的にどれくらいの時間がかかる」
「ヴィエルジュの精神的負担の軽減も考慮すれば1体あたり3ヶ月はかかるな。
現在シェルム・リューグナーで主戦力となるシャ-ル・ヴィエルジュ全期でなら2年は必要にな・・・」
「話にならんッ!」
ラインハルトが激昂してマンフレートに詰め寄る。
「エアツェールングの森を確保することは最優先事項だ。
あれほど豊かな大地は今やこの地上にはあそこしか存在しないのだからな。
今後もより多くの人員を迎え入れ王都を拡大させるためにも急ぐ必要があるのだ」
「ならばヴィエルジュでは無くアマトゥールを性格には受精卵の段階で改造することでストレスを軽減するしか方法は無くなるな」
「方法があるならばもったいぶらずに実行してもらいたいものだな」
「最後まで話は聞いてもらいたいものだな。
そうなると聖地から新たに主戦力全員分の受精卵の受け取りが必要になる。
それだと聖地からの他の物資の受け取りが不可能になるかもしれなくなるのだ。
知ってのとおり聖地からの支援は有限であり期間ごとに受け取れる物は限られる。
ヴィエルジュの受精卵1つでシェルム・リューグナー全員分の食料をどれだけ賄えるかそこまで教えなければならんのかね」
副官の1人が立ち上がりかけたときドアが開き金髪の愛らしい女の子が銀の盆の上にポットとカップを持って現われる。
それを見てラインハルトが副官に座るように仕草で示す。
「まだ起きてたのかい、アンネリーゼ」
アンネリーゼはテーブルにカップを置き紅茶を注ぎながら。
「いえ、弟の容体が心配で目が覚めたんですマンフレート先生」
紅茶を注いだカップを全員に配り終わるとアンネリーゼは、
「では先生、私弟のためにお花を受け取りに行ってきます。
今日はお天気もいいから朝咲きの花がきっと綺麗ですわ」
「ありがとう、アンネリーゼ。
気をつけて行っておいで」
アンネリーゼが部屋から出て行くのを見届けるとラインハルトはマンフレートに問い質す。
「シャ-ル・ヴィエルジュ以外に方策は何かないのかね」
「それは騎士の矜持を捨てると受け取っていいのかね」
その言葉にあらためて副官の1人が立ち上がる。
「無礼なッ!この場で斬られたいか」
「よさないかリベルト、失礼したマンフレート先生。
重要なのは騎士の矜持では無くいかに犠牲を減らしてドラゴンを倒すかにある。
そのためならば我々は如何なる汚辱にも耐える所存だ」
ラインハルトのその言葉を聞き副官は椅子に座りなおす。
「ならば騎士の存在を無視して考えてみよう」
その言葉に副官の3人からあからさまな敵意が剥き出しになるがマンフレートは無視して話を続ける。
「ジギスムントに頼んでついでに捜索させたものになる」
スクリーンに1つの町が映し出される。
「かなり巨大だな王都の廃墟か何かになるのかね」
「詳しくは分からんが必要な施設の存在は確認されている」
スクリーンに別の映像が建物が映しだされる。
「粒子加速器を備えた施設になる。
この施設ならば反物質素粒子の精製が問題なく可能であろう。
ここから得られた反物質素粒子で対ドラゴン用の兵器の開発を行えれば騎士の技量に囚われずに戦う事も可能となろう」
「ならばすぐにでも取り掛かれるのかね」
「まだ肝心の部分が話し終わっておらんよ。
この町だがガーディアンがまだ生きておって近づくことが用意ではない。
自立思考型のキラーマシン共だが廃墟となってからも増産されているようだな。
膨れ上がって今ではどれほどの数かも分からん代物だ」
「だがドラゴンよりも勝算はありそうだな」
「もしキラーマシン共を殲滅し粒子加速器を手に入れることができれば反物質素粒子からシャ-ル・ヴィエルジュに搭載できる兵器の開発が可能になる」
「ではまずこの廃墟の制圧を行わなければ先に進めないということだな。
分かったではあらためてこちらの方向で検討してみるとしよう」
その言葉と同時にラインハルトは立ち上がり副官達も立ち上がる。
「ああそれとジギスムントと新しくきたベルンハルトだが引き続き試験操縦者としてこちらで預かりたいのだがな」
「その2人の扱いに関してはマンフレート先生にお任せしましょう。
ただし昨日のドラゴンの1件だけは口外しないようお願いします」
ラインハルト達が部屋から出て行くのを見届けるとマンフレートはアンネリーゼの注いだ紅茶に口をつける。
「さて破滅へのカウントダウンは止められそうにないということだな。
いったい何人が生き残れることになるのやら」
そう言いながら椅子に座るとデスクの上の写真立てに目を向ける。
「あの頃とは何も変わらないのは姉さんだけですね・・・」
クリスティーネは公園の深緑の中で寝そべりながら草花の匂いに包まれていた。
本当にここが戦艦の中なのかと疑うほどに濃い緑の匂いに溢れている。
1日中このまま寝そべっていたい誘惑にかられるがそれは無理なことであろう。
エルフである自分が人間から好奇の目で見られることは自覚している。
今までにもそれで余計なトラブルに巻き込まれたことも何度かあった。
人間は不思議な生き物だとクリスティーネは思う。
種族という意識よりも個人の我が勝っているように思えるからだ。
他人を思いやれる者もいれば自分を中心にしか考えられない者もいる。
他人と自分を比べて卑屈になる者もいれば優越感を感じる者もいる。
かと思えば他人の目を気にせず堂々と自分らしく振舞う者もいる。
人間を嫌いになりそうなときもあったがそんなときに助けてくれたのも人間であった。
そして未だに人間と共に生きているのであるから自分も変わってしまったのかと考えるときもある。
目を瞑って深呼吸をするそのまましばらく目を瞑っていると人の気配に目を開ける。
金髪の長い髪を風に揺らした愛らしい女の子が蒼い瞳に自分を映すように覗き込んでいた。
どこか現実感の無い不思議な少女であった。
驚いていると少女は微笑んでクリスティーネに、
「おはようございます」
「・・・ええ、おはようございます」
思わずひきつった声でクリスティーネも返事を返す。
少女はそのまま上から覗き込みクリスティーネは体を起こす事もできずに困ってしまう。
「えっと・・・」
クリスティーネの様子に少女は首を傾げながら考えるそぶりをして何かを思いついたように、
「失礼しました私はアンネリーゼと言います。
よろしくお願いしますね」
「クリスティーネよ、よろしくねアンネリーゼちゃん」
(そういうことじゃないんだけどな・・・)
上からアンネリーゼに覗き込まれたままクリスティーネも寝そべったまま動けずにしばらく見詰め合ってしまう。
「そうだ、私お花を取りにきたんでした」
唐突にそう言うとアンネリーゼは立ち上がりクリスティーネもようやく体を起こし座ったままあらためてアンネリーゼに目を向ける。
朝日の降り注ぐ深緑の森の中どこか存在が希薄なようでいてしかし目の離せない命の輝きに溢れた相反する何かを持ち合わせたような不思議としかいいようのない少女である。
アンネリーゼはクリスティーネに振り向くと、
「クリスティーネさんも一緒にお花を見にいきませんか」
しばし思案しクリスティーネはアンネリーゼが気になることもあり一緒に行く事にする。
しばらく歩くと公園の外れにビニールハウスがありその中に幾つもの花が鉢に植えられて置かれている。
ビニールハウスの中は豊かな花の香りに満ちている。
「この公園の管理人さんが育てているお花なんですよ」
そう言いながらアンネリーゼは奥のほうに真っ直ぐ歩いていく。
クリスティーネは色とりどりの花に見とれながらもその後を着いて歩く。
「弟が入院していましてそれで私がお世話をしているんです。
それでお部屋を飾るお花をいつも分けてもらっているんです。
ありましたリモニウムのお花です。
母が好きな花ですのそれで家にはいつもこのお花があるんですの。
このお花があれば弟も家と同じように病室でも安心して過ごせると思いましていつも飾ってますの」
「そうなんだアンネリーゼちゃんは弟さんとは仲がいいのね」
「ええ、父と母が忙しかったのもありまして赤ん坊の頃から面倒を見続けていますので」
「弟さんが入院してからは寂しくはないの」
「私よりも弟の方が寂しがっていると思います。
私も今はお仕事で、あっマンフレート先生って言うんですけれど凄く偉いお医者様なんですけれどその方のお世話をしています。
それで私もずっと弟の傍にいてあげる事ができませんの」
「そうかアンネリーゼちゃんもお仕事をしているんだ」
「もちろんですわ。
ここでは特別の事情が無い限りはみんな何かの仕事をしていますわ。
弟が入院できているのも父と母が頑張っているおかげですわ」
弟の入院の理由など気になることはあったが立ち入った事なのでクリスティーネは訪ねるのをやめて、
「アンネリーゼちゃんのご家族はここに来て長いのかしら」
「ええ、もう随分前からここにいますの」
そう呟くアンネリーゼの瞳は本当にどこか遠くから来たように遠い彼方の何かを見つめているような印象をクリスティーネに与える。
「あら、いけませんわ私たら長いこと話しこんでしまいましたわ」
その言葉にクリスティーネも我にかえる。
「クリスティーネさんにもお時間の都合があるかも知れませんのに」
「いえ、私はここに着たばかりでまだ何もしていませんので大丈夫ですよ」
「そうなのですか、よかったとんだご迷惑をお掛けしたのではと。
そうですわ、よければクリスティーネさんもお花を1つ持っていきませんか。
ここの管理人さんにはメモだけ残していけばよろしいので」
遠慮しようかとも考えるがやはり砂漠での生活が長かったこともあり何よりもこの場を離れがたく思えるほどに花の香気はクリスティーネを癒してくれる。
迷っているとアンネリーゼは桃色の美しい木の鉢を手に取り、
「桜といいますのこの子がクリスティーネさんに一番なついているように思えますの」
そう言ってクリスティーネに手渡してくれる。
「ありがとう、アンネリーゼちゃん」
断るのも悪く何よりも確かにその桜はクリスティーネに甘えてくるような意識を向けてくるのが分かり素直に受け取ることにする。
「喜んでいただけて私も嬉しいですわ。
では私もそろそろ戻らねばなりませんのでこれで失礼いたしますね。
弟の病室に寄ってからマンフレート先生に朝食のご用意をしなければなりませんの」
「ええ、じゃまたねアンネリーゼちゃん」
「はい、またですクリスティーネさん。
ここはいつでも開いていますのでまたお気軽にお尋ねください」
アンネリーゼとクリスティーネはビニールハウスの前で別れそれぞれの帰路につく。
その部屋には窓は無くベッドとその脇に小さなテーブルと椅子が置かれているだけである。
ベッドの上には明るい金の髪をした愛くるしい少年が眠っている。
その脇で1人の女が椅子に座り少年を観察するように眺めている。
長い黒髪を後でまとめて龍の髪留めで止めている少女である。
ノックする音が聞こえ振り返るとドアが開き金髪の愛らしい女の子アンネリーゼが入ってくる。
「あら来てらしたのですか。
すみません来ると分かっていればお待ちしていましたのに」
「いや、こちらも急に時間が空いたのでな。
突然にオジャマして申しわけなかったな」
「そんな構いませんのよ、弟も喜びますから。
いつでも気兼ねなく遊びにきてあげてくださいね」
再びノックの音が響きドアを開けてマンフレートが入ってくる。
「ここにいらしたのですか。
お部屋の方にいないので捜しましたよ」
「ああ、すまぬな時間があったので少しオジャマさせてもらっていた。
では私はこれで失礼しよう。
そろそろ時間のようなのでな」
黒髪の少女は立ち上がりアンネリーゼに、
「ではお姉さん失礼させていただきますね。
弟さんが目を覚ましたらよろしくお伝えください」
そう言って黒髪の少女はマンフレートとともに部屋を出ていく。
リモニウムの花を部屋に置いてアンネリーゼはふっと思いだす。
「あら、そう言えばあの女の方のお名前は何と言ったのかしら」