第5話
部屋の中では白髪まじりで顔のシワも深い男が画面を見ながら手元のパネルの上で指を躍らせている。
金髪の愛らしい女の子がその脇のテーブルにカップを置き紅茶を注ぐ。
「ありがとう、アンネリーゼ」
男が一言礼を言うとアンネリーゼは笑顔を男に向けて、
「ではマンフレート先生、私は弟の様子を見に行きますね。
何かあればすぐに来ますので遠慮なく呼んでください」
「ああ、弟さんによろしくな」
アンネリーゼが部屋を出て行くのを見届けるとマンフレートは作業を再開する。
10分後に全ての調整を終えるとマンフレートの横のドアが開き中にへと入る。
部屋の中には医療用のベッドが1つあるだけでその上に寝ている男はラインハルトである。
すぐに目を開き体を起こすとラインハルトはその右手を見つめ握ったり開いたりを繰り返す。
「あまり無茶はしないことだ。
アマトゥールは所詮、ヴィエルジュの代替品に過ぎん本物には及ばん。
いくら身体能力を上げても一定の限界を超えられんぞ。
すでに調整なくしてはその体を維持できないのだからな。
君という偶像を信奉している街の連中には見せられん姿だ」
伸びるラインハルトの右手がマンフレートの首を捉え絞めあげる。
体を起こすとそのままマンフレートを高く持ち上げる。
「余計な話は必要ない。
お前は私の体の健康を常に維持させる事だけを考えていればいいんだ。
私にお前を殺せないなどと勘違いはしない事だ」
そう言うと首から手を離しマンフレートは床に尻餅をつく。
「それよりシャ-ル・ヴィエルジュの対ドラゴン戦を想定した改造はどうなっている」
ラインハルトはマンフレートを見もせずに言い放つ。
マンフレートは体を起こさず床に座ったまま答える。
「何度も言っているが実戦データ無しで万全と言える訳が無いだろう。
本気で戦うつもりならドラゴンとの戦闘データは必須だ」
「こちらも言っているだろう騎士を使い捨てにできる余裕はないと、ドラゴンの強さを想定してその範囲で万全を期せばいい」
「だからそのドラゴンの強さを想定するデータが必要だと言っているのだ。
エアツェールングの森のドラゴンは他のドラゴンとは違って古神の眷属なのだぞ。
自分で考えられないなら私に任せてもらいたいものだな」
そこでマンフレートはラインハルトに蹴り飛ばされる。
「よかろうそこまで言うのならやらせてやろう。
すぐに何人か寄こすように命じておく」
「人選を含めてだ何度も言ってるが目的は戦闘データの収集だ。
脳筋ばかり寄こされてせっかくのデータを無駄にされては叶わんからな」
ラインハルトはマンフレートをしばらく睨みつけると、
「よかろう、その代わり全ての報告をこちらにまわしてもらうぞ」
「分かっている、人選が決まったらそれを含めて作戦内容も報告するさ」
ラインハルトは着流しのような服を身につけるとそのまま部屋をあとにする。
それを見てマンフレートは体を起こし、
「愚かだな自分の力量も分からぬというものは。
聖地が古神の眷属を殺せるほどの力を与えるはずなど無いのに。
だがそれでも他の者には選択肢を与えねばならん。
このまま何も考えずに死ぬか、それとも逃げて生き延びるのかをな」
そう言うとその部屋を出て先ほど座っていた椅子に座る。
ドアを閉めると写真たてを手に取り1人呟く。
「姉さん、もう夢から覚めてもいいですよね・・・」
セネスの町はこの地域でよくあるオアシスをを中心に生まれた町だ。
町を訪れたアリュウとアイシェラはまず通りの屋台で喉を潤す事にする。
硬い外皮に錐で穴があけられるとストローが差し込まれる。
それを2人で受け取るとストローに口をつけ中の果汁を吸う。
甘味のある汁にようやく人心地つくと日除けのために用意されている傘の下に入る。
傘は日中の暑い日差しを避けるためセネスの町だけでなくオアシスならどこにでもあるものだ。
アイシェラにここを動かないように言うとアリュウは宿を探しに行くことにする。
知らない人から物を貰ったり買ったりしないようにだけ言ってアリュウは傘の下からでていく。
しばらく1人で果汁を飲んでいたが無くなったこともありアリュウの戻りまで時間もあるだろうともう1つ果実を買いにいく。
果実はこの砂漠では高価な物になるがアイシェラは喉の渇きというよりは甘味の誘惑に負けてしまう。
硬い外皮に錐で穴があけられるとストローが差し込まれる。
それを受け取り傘の下に戻ろうと振り返ったところで走ってきた女の子がぶつかってきた。
思わず手を滑らし果実を落とす。
「あぁ、ごめんなさいお姉ちゃん」
女の子が慌てて頭を下げるのをアイシェラは手を振って止める。
「いいのよ、それより大丈夫だった。
ケガとかしてない」
「すまなかったお嬢さん、イレーネが迷惑をかけてしまったようだな」
アイシェラの背中イレーネの駆けてきた方から声がかけられる。
そこに男が1人立っていた腰の剣から騎士と分かる。
「すまない店主、果実を2つもらえるかな」
店の女は慣れた手つきで硬い外皮に錐で穴をあけるとストローを差し込み男に手渡す。
男は両手の果実をアイシェラとイレーネに手渡す。
アイシェラはしばらく考え、
「ありがとうございます、でも。
連れから知らない人から物を受け取ってはダメだって言われてますので」
「これは失礼いたした名前をまだ名乗っていなかったですな。
私はベルンハルトと申すものでこちらは娘のイレーネと申します。
さてお嬢さんのお名前をお教えいただけますかな」
「はい、アイシェラといいます」
「では、アイシェラ殿これでお互い名前を知ったということで受け取って頂けますかな。
そうでないとこの果実も行き場が無くなって困ってしまいますのでな」
少し考えてアイシェラは、
「分かりました、ありがとうございますベルンハルトさん」
果実を受け取るとアイシェラはベルンハルトとイレーネの3人で傘の下に入る。
「ベルンハルトさんはイレーネちゃんと2人で旅をしているんですか」
「ええ、家内は長い旅暮らしで病を患いまして3年前に亡くなりましたので今はイレーネと2人で旅をしています」
「そうですか、失礼ですが何か目的があっての旅なのでしょうか」
「お恥ずかしい話ですが仕官を夢見ての当てのない旅になります。
やはり騎士として生まれたのなら王都の騎士団に就かねば身の拠り所がありませんからな」
「そうですか、でも王都の騎士団に入るのは大変なのでは」
「ええ、本当に恥を晒すお話になりますがヴィエルジュにもなかなか選ばれず己の情けなさばかり募ります。
ですが王都で暮らせる事になればイレーネにも幸せな未来が待っていますから。
イレーネにはマリーの母親の分も幸せになってもらいたいので」
「叶うといいですね、イレーネちゃんのためにも」
アリュウが歩いて来るのを目に捉えアイシェラは、
「すみません。連れが戻ってきましたので。
ごちそうさまでした、ベルンハルトさん。
イレーネちゃんも」
アイシェラはアリュウの傍に駆け寄り2人で何事か話し合うとアリュウがベルンハルトに頭を下げる。
ベルンハルトも会釈を返し去っていく2人を見送る。
ジギスムントは全身をフードで覆うとカバンを8個左右の肩に担ぎ小型のその飛行機から飛び降りる。
「さすがにこの陽射しではたまらんな。
コンスタンツェ荷物を」
上の操縦席を振り返りこちらを覗き込んでいるコンスタンツェにそう言う。
先ほど肩に担いでいたのと同じカバンを4個受け取ると次に背負子を2つ受け取る。
最後に飛び降りるコンスタンツェを受け止めると地面にゆっくりと下ろす。
背負子に荷物を4個括りつけるとコンスタンツェが背負う。
ジギスムントは8個背負子に括りつけて背負う。
2人が離れるとパイロットに手を振り合図を送り飛行機は飛び立っていく。
「オアシスの近くでは目立つからな。
しばらくは歩きだコンスタンツェ」
「私よりジギスムント様のお体が心配です」
「大丈夫だ、マンフレート先生が砂塵と熱対策はしてくれている。
さてでは行こうかコンスタンツェ」
「ウィ、モア・マーテル」
ジギスムントとコンスタンツェがセネスの町に着くと既に夕刻であった。
遅くなる前に宿を決める事にする。
荷物が荷物だけに高めの宿に泊まらざるを得ないがその分の経費も前渡しにされている。
気兼ねなく宿を決め町にある宿と酒場の場所を尋ねる。
コンスタンツェを部屋に残しジギスムントだけがでかける。
幾つかの宿にまず先により騎士を捜していることと明日の時間と場所を伝える張り紙を金銭と共に渡す。
それから食堂と酒場を同じようにまわる。
ついでに宿で待つコンスタンツェと食べるために食事も買い込んで戻ると。
宿のロビーで1人の男がジギスムントを待っていた。
「失礼いたす、私はベルンハルトと申す者だが今よろしいでしょうか」
ベルンハルトは丁寧な物腰でジギスムントに話しかける。
「ええ、ですがまず荷物を置いてからでもかまわないだろうか。
連れも待たせているので」
「それはもちろんかまいませんとも。
ここでお待ちしております」
ジギスムントは部屋で待つコンスタンツェに荷物を渡し事情を説明するとカバンを1つだけ受け取りロビーに戻る。
立ち上がろうとするベルンハルトを手で制しジギスムントも向かいの席に座る。
フードを背中におろすジギスムントのその顔の右側は目を中心に機械化されていた。
「まさしく聖地の技術、ではあなたは本当に王都の騎士なのですね」
興奮気味に話すベルンハルトにジギスムントは柔らかい物腰で話しかける。
「まずは少し落ち着いてお話しましょう。
私はジギスムント・ロンデンバーグ と申します。
騎士の募集の告知を見て来られたのでしょうが内容はご理解いただけていますかな」
「これは失礼いたした」
ベルンハルトはあらためて居住まいを正す。
「ベルンハルト・クリストファーと申します。
エアツェールングの森のドラゴンですな。
まず騎士ととしての勇気と技量そして何よりも人々を守ろうという気概を示す事ですな」
「そうです、必要な装備はこちらで用意しています。
まずはこれをご覧いただきましょうか」
床のカバンをテーブルの上に置くとジギスムントはベルンハルトに向けて中身を開いてみせる。
「オオオォォォッッッ!」
驚きがベルンハルトの口からどよめきとなって溢れる。
「こちらが今回お渡しする装備アマトゥールになります」
カバンの中には琥珀に包まれた胎児が入っている。
「ヴィエルジュを成長させずに胎児の状態で固定させてあります。
どのような騎士でも扱える反面あらゆる面で成長したヴィエルジュに劣ります。
なので騎士の技量に強く左右されることになります」
「本当にこれを私に・・・」
「ええ、今回の試験をお受けいただけるのならですが」
「それはもちろんッ!、いえ失礼いたしました。
あらためて、試験を受けさせて頂きたい。
どうか、お願いしますジギスムント殿」
座ったままではあるがテーブルに擦りつけるようにベルンハルト頭を下げる。
「まあ、まずは頭をお上げください。
何分これも貴重な者になりますがベルンハルト殿なら問題ないでしょう。
試験はあと11人が揃ってから始めることになります。
申しわけありませんがまず数が揃うまでお待ちください」
「分かりました、では私の宿をお伝えしますのでよろしくお願いします。
それと私と同じように仕官を希望する者にも心当たりがあります。
お許しいただけるなら彼らにもこのことを伝えたいのですが」
「それはこちらも助かります。
実は明日の昼に指定したのも他の町をまわることを考えての事なので。
それならば私もこの町でのんびり待つこともできますので。
是非、お願いしたい」
「分かりました、では早速彼等に手紙を書きます。
返事が来るのに時間がかかるかもしれませんが」
「大丈夫ですよ。
1ヶ月はかかると考えていましたのでその時間内であれば」
「では早速に、ジギスムント殿ではこれで失礼いたします」
「ええ、私はこの宿にいますのでいつでも気軽に尋ねてください」
ベルンハルトは立ち上がりジギスムントに頭を下げると慌ただしく宿を出て行く。
部屋に戻るとコンスタンツェが買ってきた物をテーブルに並べ食事の準備をしていた。
「待たせてしまったな、食事にしようコンスタンツェ」
「ウィ、どうでしたか。
強そうな騎士様でしたか」
「ああ、最初から大当たりだな。
あれではコンスタンツェと同じノーブルのヴィエルジュでなければマーテルには選ばれないだろう」
「それではジギスムント様と同じだけの強さを持っているということになりますね」
「いや、条件によれば私も危ういやも知れんな」
「ではマンフレート先生の条件も問題なく解決されていますね。
ではあと11人ですね」
「強い騎士が集ればよいのだがな」
ベルンハルトの呼びかけもあり12人の騎士が揃うのはそれから11日後となる。
実際にはそれ以上の騎士が集ったのだが試しとして行われたジギスムントの1太刀を受け止める事ができたのはわずかな者だけであり無論なかには死人もでた。
参加した者も承知の事であり騎士ならば怨むのは筋違いの事であった。
ジギスムントは集った12人の騎士を連れエアツェールングの森へと旅立っていた。
アリュウとアイシェラがセネスの町に戻ってきたのはジギスムント達が町を発った翌日である。
町中の陽射し除けの傘にイレーネが1人で座っているのを見かけてアイシェラが歩み寄る。
「イレーネちゃん、お久しぶり。
まだこの町にいたんだねベルンハルトさんは一緒じゃないの」
イレーネはアイシェラを見上げると、
「お父さんはお仕事に出かけたの、だからイレーネねお留守番なの」
「そうなのイレーネちゃん1人で大丈夫」
「うん、今までも何度かあったから大丈夫だよ」
アリュウがイレーネの傍まで来ると、
「仕事ってまさか例の張り紙じゃないだろうな」
「それってエアツェールングの森のドラゴン退治のこと」
「アイシェラにはあの時にも教えたがエアツェールングの森のドラゴンは古神の眷属だ。
他のドラゴンどころか神と同等の力を持っている奴もいるんだぞ」
イレーネが不安そうにアリュウに訪ねる。
「それって凄く危険なの・・・」
アイシェラがアリュウを振り向く。
「ねえ、ベルンハルトさんを助けに行ってあげられない。
イレーネちゃんの為にもお願い」
「アイシェラが果実を貰ったからな仕方がないか。
ただ本当にヤバイからな助けたらすぐ逃げるぞ」
「ウィ、モア・マ-テル」
アイシェラがイレーネに振り返り、
「大丈夫だよ、イレーネちゃん。
ベルンハルトさんはすぐに帰ってくるからね」
「本当、お姉ちゃん」
「うん、だから安心して待っててね」
アリュウとアイシェラもエアツェールングの森を目指す。
古神の眷属たるドラゴン達の待ち受ける魔境にへと・・・。
ちょっと補足です。
聖地からは基本ヴィエルジュは成長を終えた段階で引き渡されます。
これは胎児や受精卵の過程で引き渡されても普通は成長させることができないからです。
この例外が超人的頭脳を持つセ-ルマン・アルシミ-の存在になります。
聖地から引き渡されるヴィエルジュの力の上限は仮にBランクまでとなります。
ただし受精卵か胎児からセ-ルマン・アルシミ-が育てるとAランクを超える者がまれに生まれることもあります。
ベルンハルトがヴィエルジュに選ばれずに仕官できないのもBランクでは彼の力を引き出せないからです。
アマトゥールも聖地から渡されることはありません。
セ-ルマン・アルシミ-が受精卵や胎児から勝手に作ったものになります。