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第1話

 トリノの町を訪れた女ジョルジャは防犯を考えて少し高めのホテルに宿泊する。

 トリノの町の周辺はテリアの王都からの物資が取引されることもあり他の地域に比べれば豊かなほうである。

 種や苗に鶏に牛といった家畜もあるので少なくとも王都との取引が続く限りは食料に困る事はない。

 このような地域は珍しく王都が限られた物資を独占するのはむしろ特権であり当たり前のことであった。

 部屋に入ると主人より手渡されたカバンを開き中の通信装置を起動させる。

 主人より教えられた周波数に合わせてあと返事をは待つだけである。

 返事がいつになるのかは彼女自身にも分からないことである。

 通信に返事があったのは半月を過ぎた頃である、場所だけを聞かれると1週間後にトリノの町に訪れることだけが告げられる。

 約束の1週間後にホテルの部屋に彼らは訪れる。

 1人は黒髪で長身のまだ10代と思われる青年で漆黒の柄と鞘の刀を腰に佩き肘の上まで裾を折った黒いコートと黒いブーツとコートの下のシャツまで黒い男だ。

 もう1人は長い黒髪を後でまとめて龍の髪留めで止めている少女で年は少年と同じであろうか。

 少年と同じで首のスカーフまで黒1色の服装である。

 少年はアリュウ・(テン)・サァ-シャ、少女はアイシェラ・グラヴィリオンとジョルジャに名乗る。

 互いの名乗りが終わると呼び出した用件の話になる訳だが詳しい内容は主人にしか分からずジョルジャは2人に主人のいるロ-ニャの町まで足を運んでほしいと頼む。

 アリュウとアイシェラは快諾し3人は翌日定期便の馬車でローニャの町に向かう事になる。



 ジョルジャはアリュウとアイシェラをともないトリノからローニャへの定期便の馬車に乗り込む。

 定期便は荷物を運ぶのが主な仕事であり客を乗せるのはついでになる。

 そのためもあって荷台にはジョルジャ達3人以外には母子2人の客だけである。

 荷台の左右に瑣末な長椅子が置かれて5人は互いに向き合って座る。

 荒野の街道を進む馬車の定期便は予定よりも時間が遅れることも珍しくなく退屈な時間が続く。

 アイシェラが水筒からコップとなる蓋に水を注ぎ口にしていると向かい合って座る女の子の目線に気付く。

 コップを差し出して水を注ぐと、


「ありがとう、おねえちゃん。

 私ルイ-ザっていいます」

「アイシェラよ。

 ルイ-ザちゃんはお母さんと2人でお出かけなの」

「パパと待ち合わせなの。

 先にローニャで待っているって」


 ルイ-ザは水をおいしそうに飲んでアイシェラにお礼を言ってコップを返す。

 隣に座る母親はアレッサンドラと名乗りアイシェラに礼を言って頭を下げるのを慌てて止めて笑顔を返す。

 ジョルジャはそんな3人を微笑ましく見つめながら隣で眠るアリュウに目を向ける。

 街を出発してから3時間ちょっとずっと眠りぱっなしである。

 あきれつつも懐中時計を開き時間を確認する遅れるのはよくあることだがそれでもそろそろ到着してもいい時間であった。



 ロ-ニャの町に着いたのは予定よりも1時間以上を過ぎた14時をまわった頃である。

 馬車の荷台から降りて伸びをするアリュウとアイシェラに物売りの子供達が集ってくる。

 子供連れでは客にならないと知っているのだろうルイ-ザとアレッサンドラは囲まれることもなく馬車から離れていく。

 左手をアレッサンドラとつなぎ振り返りながらルイ-ザがウサギのぬいぐるみを持つ右手をアイシェラに振り上げて、


「お姉ちゃん、ありがとう」


 アイシェラもルイ-ザに笑顔を向けて右手を振る。

 そうしていると逃げるタイミングを失って物売りの子供にすかっり囲まれてしまう。

 アリュウに助けを求めようと辺りを見回すと物売りの少女が1人立ち去る親子を目で追っているのが視界に入る。

 それに気付いたのか年長の女の子がその少女に駆け寄って腕を引っ張ってアイシェラの傍にくる。

 強引にかき分けたり押し分けることもできずに困ってしまうアイシェラにジョルジャは思わずクスクスと笑ってしまう。



 アイシェラが親子に気を取られて物売りに囲まれている頃アリュウは相棒を尻目に遅い昼飯にすべく食堂を探していた。

 依頼人に会うのは夕方でありアイシェラならアリュウの居場所も分かるのでジョルジャを気にする事もないだろう。

 目に付いた食堂に入ると昼を遅くまわっていることもあり席はガラ空きであった。

 カウンターに近い席に座ると注文をとりに恰幅のいい女が近づいてくる。

 大盛りのパスタと水を頼みできあがるのをしばらく待っていると入り口の扉が開き男が2人入ってくる。

 よれた着古されたコートを着た50前後の男とまだ若い20才前後の男だ。

 2人は真っ直ぐアリュウの席にへとやってくる。


「俺はトマソ・ブシェッタっていうこの街で保安官をしている者だ。

 こっちは助手のジュリオだ。

 お前さん騎士だな」


 アリュウはトマソの眼を見る信念を持つ男の眼だ。

 権力を振りまわして小遣い稼ぎをするやすぽっい男ではなさそうだ。


「ああ、そうだぜ」


 アリュウはテーブルに立てかけている太刀を持ち上げてみせる。


「鋼の剣か光剣(ウィスパ-)は持っていないのか。

 それとヴィエルジュは一緒じゃないのか」

「生憎と男の1人旅だぜ、それに刀もこれだけだ」

「はぐれ者の騎士くずれという訳か。

 この街で何か起こす気じゃねえだろうな。

 この町にいったい何の用事でやってきたんだ」

「ただ旅の途中でいい温泉があるっと聞いたんでな。

 それでちょっと足を伸ばしたのさ」

「そうか、では身元を証明できる物はは持っているのか」


 そこでアリュウは荷物を相棒に預けぱっなしであることを思い出す。

 とはいえ先ほど1人だと言ったばかりである。


「持っていないのか。

 それだとちょいっと事務所まで来てもらうことになりそうだな」

「ほう、どういう理由になるんだ」

「無論、身元不明の不審者としてだ。

 ここ最近ジャコモ・アルベルティっていう騎士くずれがこの辺の町や村を襲ってやがるんでな。

 その仲間の疑いがあるとして一緒に来てもらうことになる」

「この辺の町や村を襲うといっても金になる物も限られているんじゃないのか」

「奴の狙いは発電機だ。

 分かるだろう俺達にとって例えそれが小さな発電機であっても奪われることは死活問題になるんだ。

 おいジュリオ!こいつを事務所まで連れて行け」


 ジュリオと呼ばれた若い助手がアリュウを立たせる。


「騎士を拘束できる代物なんてのはないが。

 逃げたらすぐにお前さんをジャコモの一味として手配させてもらう。

 余計な手間はかけさせないでくれよ」

「それより食べ損ねた大盛りパスタのほうが気になるな」

「署についたらピザくらいなら食べさせてやるさ。

 取調べのあとになるがな」


 ジュリオにアリュウを事務所まで連れて行くように言うとトマソは店の主人に騒がせたことの謝罪をしにカウンタ-へと足を向ける。

 アリュウを先に歩かせるとジュリオは先に事務所に向かうためドアを開けて店をあとにする。



 トマソは事務所に着くと先に帰りジュリオが済ませていた荷物を確認する。

 刀はもちろんコートと財布も預かっている。

 それとペンダントであるが高価そうな漆黒の宝石がはめ込まれている。

 裏を見ると紋章が刻印されている。

 崩れた塔に絡みつく2匹の蛇その塔の下は炎で燃えあがっている。

 ジュリオに専用の金庫にまとめて入れて保管するように指示をして取調べ室に足を向ける。

 中に入ると待たせたこと詫びながら手の書類に目をやる。

 予めジュリオが聞いていた名前などが書かれている。


「名前はアリュウ・(テン)・サァ-シャ。

 で傭兵か、まあ騎士なら珍しくはないが傭兵団には所属せずに個人でか」


 トマソはあらためてアリュウの顔をいや眼を見る。

 悪党ではなさそうだが・・・。

 地獄を覗いてきたようなそんなどこか達観したような眼だ。

 かといって上から見下ろすようなすれた眼でもなく下から睨め上げる眼とも違う。

 いいようのない眼であった。


「まあ、お前さんが立ち寄った近辺の町や村に確認をとって問題が無ければ、早ければ明後日には解放されるだろう。

 悪いがこの町には電信装置なんて気のきいたものはないんでな納得してもらうしかないな」


 そこまで言って立ち寄った町や村を詳細に聞こうかというときに部屋の外から複数の足音が響いてくる。

 乱暴にドアが開け放たれて複数の鎧姿の男達が乱入してくる。

 何者だ!と叫びかけてトマソは男達の左胸の紋章に気付く。


「テリアの騎士団かっ」


 ローニャの町の南にある王都の騎士団である。

 本来はこんな辺境の町にくるような連中ではないはずである。

 彼らの後には困った顔のジュリオがいるが責めることなどできる訳はない。

 テリアの騎士団と揉めてもこんな小さな町では勝ち目などあるはずもないうえに下手をすれば王都との物資の取引も打ち切られることになるのだ。

 保安官助手であるジュリオにそれほどの責任を背負わせる訳にはいかない。


「そこの小僧かジャコモ・アルベルティの仲間というのは」


 先頭の口髭の男が詰問するように訪ねる。


「まだ決まったわけではありませんよ。

 これから立ち寄った町や村など詳しい事を聞いておかしなところがなければ無罪になることもあります」

「手ぬるいな」


 口髭の男はアリュウに近づくとその髪を掴むと机に叩きつける。

 3度同じことを繰り返すと再び詰問を再会する。


「ジャコモは今どこにいる吐いてもらおうか」

「待ってくださいよ、勝手な事をされては困りますな。

 その男はまだ仲間と決まった訳じゃないんですよ」

「だから今こうして聞いているんだ。

 時間をかけている暇はないんでな」


 トマソの方を振り向きもせずに口髭の男はアリュウに詰問する。


「ジャコモは今どこにいる。

 すぐに吐かなければ拷問をすることにになるぞ」

「察するにジャコモはテリアの騎士団の一員だったのか。

 だがそれだけでワザワザこんなところにまで来るのもおかしな話だな。

 何か大切な物でも盗られたのかい」


 アリュウのその言葉を聞くと口髭の男は掴んだままの髪を後に引いて勢いよく机に叩きつける

 今度は5回先ほどよりも強く叩きつける。


「余計なおしゃべりはいい。

 ジャコモ・アルベルティの居所を吐くんだ」

「図星だったのかい、眼を見れば分かるぜ。

 ちょっと動揺しただろう」


 口髭の男はアリュウの髪から手を離すとその顔に向かって右足で蹴りを入れる。

 空気が震えて衝撃が響き渡る。

 左の掌で受け止めるとアリュウはそのまま力を込める。


「悪いがお前達にまでおとなしくする理由はないんでな」


 口髭の男は振り払おうとするが足が動かせない。

 それどころか加わる力はさらに増して・・・。


「すみませんっ!その少年の身元引受人が現われました」


 その叫びにその場の全員の視線がジュリオに集る。

 ジュリオの傍には報告してきたのであろう若い女がいる。


「どんな奴なんだ、その身元引受人は」


 トマソが訪ねる。


「若い女の子です。

 それと教会のジョルジャも一緒です。

 シスター・シモーナの客人だそうです」


 若い女がその場の張り詰めた空気に怯えながらも答える。

 

「だそうですな、その男はジャコモ・アルベルティとは無関係でしたな」


 トマソのその言葉に口髭の男は苦々しい顔になる。

 アリュウは口髭の男の足から手を離すと立ち上がる。

 

「じゃ、俺はこれで帰らせてもらうぜ」


 アリュウが立ち上がると口髭の男と騎士団は何も言わずにその場をあとにする。



 事務所の外にでるとアイシェラとジョルジャがアリュウを待っていた。

 アリュウの顔を見ると少し頬を膨らませて抗議をしてくる。


「私をおいて行くからこういう事になるのよ」

「まず、その手の荷物を見て反省をしてから言え」


 アイシェラ腕の中には物売りの子供達から買ったであろう物が溢れていた。


「っうぅ、だってあの子達だって今日のご飯がある訳だし」

「俺達にもご飯は必要だ。

 結局夕方まで何も食べれなかったしな」

「そうなの、じゃ何か食べる」


 腕の中を見ながらアイシェラが答える。


「いやぁ、悪かったな。

 まさかテリアの騎士団が出張ってくるとは思わなかったんでな」


 そう言いながらトマソが署から出てくる。


「ああ、そういえばさっき鎧姿の騎士達がでてきたけれど。

 テリアの騎士団だったの」

「そうみたいだな」

「まあ本来ならこんなへんっぴな町にはこない連中なんだがな。

 それを言うならお前さんがたも同じだが」


 そう言うとトマソは鋭い目をアリュウとアイシェラに向けジョルジャに顔を向ける。


「シスター・シモーナの客人だったとはな。

 それなら先に言ってくれれば面倒にもならなかったんだがな」

「今回はご迷惑をおかけしましたトマソさん。

 町のことを詳しく伝えておりませんでした私の不手際です」


 ジョルジャが頭を下げるのを手を振ってトマソは遮ると、


「いやいや、こっちにも手違いはあったんでな」


 トマソに振り返りアリュウが、


「騎士があまり好きではないみたいだな」

「好かれないことくらいお前さんも分かっているだろう」

「ああ、だがあんな連中とは一緒にされたくはないけどな」

「俺みたいな普通の人間から見れば同じさ。

 生まれ持った超人的な力を振りかざしてやりたい放題の傍若無人。

 かと思えば王の権威に媚びてあっさり矜持を捨てやがる。

 仕事に私情を挟むつもりはないが好きになんてなれるもんか」

「まあ、あんたが個人の感情だけで俺を捕まえたんじゃないっていうのは分かっているさ」


 その言葉にトマソは苦笑いを浮かべる。


「今回は悪かったなピザはまた今度おごらせてもらうよ」


 そう言うとトマソは事務所の中にへと戻っていく。


「目をつけられたみたいね。

 わざわざ私の顔を確認しに出てきたみたいだし」

「かまわないさ、それより今夜の約束の前に何か腹に入れないとな。

 さっきの食堂に戻るか」

「じゃ、とりあえずこれ」


 そう言うとアイシェラは干しイカを塩焼きにしたものをアリュウの口に入れる。

 

「あまり無駄遣いはするなよ。

 目の前の全ての人間を救えるほど俺達は善人じゃないんだからな」


 そう言いながら階段を下りたところで手すりを挟んでアイシェラの後に隠れるように座っている子供達にアリュウは気付く。

 アイシェラを見ると困ったようなお願いするような表情を顔に浮かべている。


「この子達がアリュウの事を教えてくれたのよ」

「それで晩飯を奢るとでも言ったのか」

「・・・」

「何を食べるかは俺が決めるからな」


 その言葉を聞いて子供達が立ち上がってアリュウに、


「ありがとう、お兄ちゃん」


 赤毛の年長の女の子が礼を言う。


「その前にまず名前を教えろ。

 アリュウだ」

「アレッシアよ、一番小さい女の子がジュリア、こっちがジョヴァンナ、太っちょがオッタビオ、メガネがエンリコよ」


 アレッシアは自分を含め女の子3人と男の子2人を順に紹介していく。


「腹一杯、食べさせるとは言わないからな」


 そう言うとアリュウは食堂に足を向けて歩きだす。


「かまわないわよ、勝手に食べるから」

「何を食べるかは俺が決めるって言ったよな」


 アリュウの隣にならびアイシェラも一緒に歩く。

 その後をジョルジャ、アレッシア、ジュリア、ジョヴァンナ、オッタビオ、エンリコがついて歩く。

 日は既にかたむき間もなく暗くなるであろう時間である。



 食堂のテーブルの上には皿に大盛りのパスタと塩で味付けした鶏やパンそれと卵のスープとサラダが置かれる。

 アイシェラはアリュウから先ほどの保安官事務所での出来事を聞いて、


「ふ~ん、それでそのジャコモ・アルベルティっていう騎士の一味と疑われたわけね。

 それでテリアの騎士団がでてくるってことは元騎士団かしら」

「だろうな、連中の慌てようからするとヴィエルジュも一緒なのかもしれないな」


 大皿の上でアレッシア、ジュリア、ジョヴァンナ、オッタビオ、エンリコ達と熾烈なパスタの奪い合いをしながらアリュウは答える。

 疑問に思いジョルジャがアリュウに訪ねる。


「ですがヴィエルジュが誰をマーテルに選ぶかは彼女達の自由意志ではないでしょうか」

「だからこそ困る事もあるのさ。

 特に防衛機密に関わっているとそれが敵対勢力に漏れる可能性もあるからな。

 酷い話だと精神支配(マインドコントロール)や薬で意志を壊してしまう場合もある」

「それではいざというときに戦闘を行うこともできないのではないでしょうか」

「どのみちマ-テルとなる騎士の言う事しか聞かないからな。

 騎士が離反すれば誰も命令する人間がいなくなる訳だから用済みってことなんだろうな。

 そういうことをする王都や騎士団も珍しくはないのさ」

「聖地は何も言わないのですか」

「聖地の認識ではヴィエルジュも品物でしかないからな。

 王に手渡されたあとにどのような扱いをされようと関心は示さない。

 マ-テルを失ったヴィエルジュがどんな悲惨な目に会おうとな」


 アイシェラもアリュウに訪ねる。


「ジャコモって人はなんで騎士団を抜けたのかな。

 だって王都にいれば暮らしに困ることはないんでしょう」

「幸せの本当の意味なんて人それぞれだからな。

 それに人の欲望に際限なんてないんだからなどんなに満たされても本当に満たされる事なんて無いのかもな」

「そうか。

 アリュウは私と一緒に居られて幸せ」


 そう訪ねるアイシェラの瞳をしばらく見つめてアリュウは、


「ああ、幸せだな」

「そうなんだ、私もアリュウと一緒で幸せだよ」


 嬉しそうに微笑むアイシェラにアリュウは、


「早く食べないと無くなるぞ。

 追加はしないからな」


 その言葉にアイシェラが大皿に目を向けるとパスタは残りわずかであった。

 慌ててパスタをジョヴァンナとオッタビオの2人と奪い合う。


「仮にマ-テルを失ったヴィエルジュはどうなるのでしょうか」


 ジョルジャが先ほどの続きをアリュウに訪ねる。


「それはヴィエルジュしだいだな」


 アリュウは最後のパンに手を伸ばすと半分に割った大きいほうをアイシェラに放る。

 驚きながらもアイシェラは口で受け止めると最後のパスタを自分の皿に持っていく。


「新しいマーテルを見つける者もいれば2度とマーテルを持たない者もいる。

 マーテルを持たないヴィエルジュは人里を避けて生きていくことが多いな。

 容姿の美しさもあるがヴィエルジュは基本人に危害を加えられないうえにマーテルを持たないヴィエルジュは意志が希薄になるからな。

 そうなると抵抗する気力も無くなって人間の欲望のはけ口にされることにもなりかねないんだ」

 

 アリュウは最後のパンの1かけらを口に放り込む。


「そうですか・・・」


 アリュウの話を聞いたジョルジャは一言それだけを口にする。



 キアラが台所でそろそろ帰ってくる旦那のために夕飯の仕上げにかかっていると玄関のドアが開き声がかけられる。

 声の雰囲気から何かあったのが分かるのは長年連れ添ってきた経験というより隠し事が苦手な旦那の性格が大きい。

 キッチンの前のリビングに着替えを終えたトマソが顔をだす。

 何か手伝おうかと言われできあがった皿をテーブルに運ぶようお願いする。

 食事の間はキアラが一方的に話をするのが毎日の習慣である。

 珍しくトマソが話をきりだす、


「最近この辺を荒らしている騎士くずれの話は知っているよな」

「ええ、町でも噂になってますわね」

「その件で今日テリアの王都から騎士団がやってきてな。

 しばらくは騒がしくなるかもしれない。

 表だって何かすることもないとは思うが気をつけてくれ」

「分かりましたわ、ご近所さんなんかにも気をつけるように言っておきますね」

「ああ、頼む」

「相変わらず騎士の方は苦手ですか」

「あの日の光景はこの年になっても忘れられるものじゃないからな。

 この年になってもまだ目に焼きついているんだ。

 美しい女達を伴って全身を機械化した騎士どもが鋼の巨人で・・・」


 遥か天空のグラン・シャリオから彼らは災厄を持ってやってくる。

 天に住む現神(あきつみかみ)達の間で揉め事などが起こった場合は各々の代表の騎士が地上で決闘を行いその勝敗で揉め事に決着をつけるのだ。

 あの日ロ-ニャ街を襲ったのもそんな神の気まぐれが起こした災いであった。

 突如街の各地に現われた鋼の巨人シャ-ル・ヴィエルジュ達が逃げ惑う人々を気にかけることもなく戦いを始めたのだ。

 珍しい話ではない|現神《あきつみかみ達やそれに従う者達が地上を省みることなどありはしないのだから。 

 46年たった今でもあの日少年の目に焼きついた光景がトマソの目から離れることはない。

 震えるトマソの手にそっと静かにキアラの手が添えられる。


「確かに恐ろしい出来事でしたわ。

 でもそれだけではなかったはずですわ。

 少なくとも私はあなたに出会ったことで救われたのですから」

「ああそうだったなキアラ、君に初めて出会ったのもあの日だった。

 そうか君に出会ってからもうそんなになるんだね」

「ええ、そうですわ。

 確かにあのあと発電機を再び手に入れるのに30年近くももかかって大変な日々が続きましたわ。

 でもその1つ1つが私にとってはあなたとの大切な思い出でもありますわ」


 気がつくとトマソの手の震えはおさまっていた。


「そうだったな、あの日から君と僕との新しい人生が始まったんだな。

 キアラ頼みがあるんだが。

 明日の昼頃に事務所の方に君のピザを届けてくれないか。

 ピザを食べさせてやると約束した奴がいるんだ」

「ええ、いいですとも。

 でしたら腕によりをかけて美味しいピザを焼きあげますわ。

 少し多めに焼いてもいいかしら。

 あなたにも食べてほしいしジュリオにも食べてほしいわ」

「ああ、そうだな。

 マウラがジュリオを連れてこの家にきたとき以来だろうからな」


 そう言いながらトマソは娘のマウラがまだ助手になる前のジュリオを連れてきた日の事を思い出す。


「そうね、そうだわどうせなら今度マウラとジュリオと4人でお食事をしましょう」

「分かった、なら明日ジュリオに聞いてみるよ」


 キアラのはしゃいだ様子にトマソは今の幸せをあらためて噛みしめる。

 そしてこの幸せを精一杯守ろうとあらためて自分自身に誓うのであった。



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