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ある小説家志望の十二カ月

ある小説家志望と怪しい占い師

作者: コーチャー

「占いは口から出た時点で、それがどのような言葉であっても的中するようにできてるのよ。私が試しにあなたを占ってあげましょうか?」


 くせっ毛の茶髪をかきあげながら、瀬利秋穂せり・あきほは得意げに言った。彼女は僕の所属する文芸サークル『あすなろ』の隣に居を構える占いサークル『千里眼』の部長である。


 新入生勧誘も一息ついた五月。澄み渡る青空に木々の新緑が眩しい季節である。


 僕はゆえあって『千里眼』を尋ねた。別になにか人生に迷いがあり、占いにすがろうとした、というわけではない。七月に刊行される『あすなろ』の季刊誌のテーマが『ホラー』に決まったためだ。ホラーに決めたのは四月に復学した矢矧やはぎ先輩である。この男は物書きとして卓越しているのだが、人間としては下なのである。今回も「夏といえばホラーだ。それ以外は夏とは言えない」、と言い張り季刊誌のテーマを強引に主導した。


 ホラーといえば、心霊体験が最初に思いついたのだが、どうにも他のメンバーとかぶりそうな題材であった。ない頭をいろいろ搾り、古今東西の書物を読み漁り、ついに『占い』というワードが思い浮かんだのである。僕はいそいそと部室を飛び出すと隣の部室の扉を叩き、問うたのだ。


「何か占いに関する怖い話などありませんか?」、という僕に対して彼女の反応は失笑であった。

「お隣さんがいきなり来たかと思えば、突拍子もないことを聞く。占いは基本的に怖いものよ。だって必ず当たるもの」

「必ず当たる? それはもう占いではなく予言ではないですか?」


 占い、というのもは当たるも八卦当たらぬも八卦であるはずである。それ故に、占いが当たった時に人は奇妙な一致や運命性に驚き、ときに嘆き、ときに歓喜するのである。それが必ず当たるとなれば、人はそれを頼りこそすれ、感情を揺さぶられることはないだろう。なぜなら、事前に起こることが分かっているのだ。いくらでも対応は可能なのである。


「そうね。占いは予言と言ってもいいわ」

「なぜ、そこまで言い切れるのです。占いなんて当たることもあれば、外れることもあるはずです」

「まぁ、そういわずに占われなさい」


 そう言って彼女は僕の顔の前に右手をかざすと、目をつぶりしばらく動かなかった。そして、急に息をフーっと吐くとこう言った。


「あなたは空の青い日に男に悩まされる。男はときに優しくときに厳しくあなたを糾弾する。迷える若山羊は文字の森を彷徨う。彷徨いの末に彼は真理にたどり着く。どう? 当たってる?」

「……ええ、当たっています。だけど、なんというか。漠然としてませんか?」


 瀬利は僕が反論することもわかりきっていた、とばかりに首を振ると一冊の本を取り出した。本の背表紙には『ノストラダムスの大予言 一九九九年世界崩壊』と書かれている。いまから十六年前、一世を風靡したノストラダムスの預言である。僕はまだ二歳だったため記憶にはないが、世間では一九九九年の八月に世界が終わるとして様々な解釈が行われたという。


 核戦争。巨大隕石の衝突。バイオハザード。多くの世界崩壊のストーリーが語られたが、どれも当たることなく世界は未だに続いている。こんな外れた予言を持ち出して必ず当たる証明、とは言えない。


「お隣さんはこの予言が外れた、と思っているでしょ?」

「ええ、世界は崩壊せずにいまも続いている。当たっているとはとても思えません」

「世界が崩壊する? それって本当に予言に書いてあったからしら?」


 わざとらしい微笑みを作ると彼女は、本を開き該当の詩が記述されたページを開いた。そこにはデカデカとした文字で次のように書いてあった。


『 L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois Du ciel viendra un grand Roi deffraieur Resusciter le grand Roi d'Angolmois. Avant apres Mars regner par bon heur.』



「フランス語ですね」

「フランス語ね。読めるの?」

「いえ、語学は英語とドイツ語選択なのでさっぱり」


 瀬利はでしょうね、という風にため息をついてさらに一ページめくった。そこには僕のよく知る予言の文言が並んでいた。


『1999年、7か月、空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモワの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために』


 これなら、フランス語の教養がない僕でも読める。だが僕の知る限り、空から恐怖の大王も降ってきたというRPGじみた出来事も、アンゴルモアとかいう大王が蘇った、というゾンビ事件が起きたということもない。一九九九年の夏は普通にやってきて普通に終わった。


「やっぱり外れてると思います。それとも先輩は、恐怖の大王が降ってきて、アンゴルモアの大王が蘇った、とでも言うんですか?」

「バカじゃないの? そんなファンタジー小説みたいなことあるわけないじゃない」


瀬利は僕を珍獣かなにかを見るかのような目で見た。自分の方がよほど信じられないことを述べているというのにこの仕打ちはどうしたものだろう。僕はプライドが高いとは言わないまでも、常識人だと自分を信じているのでこのような言いようは傷つく。


「……だったら外れてるじゃないですか?」

「そうね。外れてるわ。もうダメダメでセンスがないとしか言えないわ」


 このとき、僕は絶句した。思考が停止したといってもいい。


 占いが確実に当ると証明するはずの人物が言うべき台詞とは到底思えなかったのもあるが、「センスがない」と切り捨てるまでは思いもよらなかったからだ。


「ダメダメなお隣くん? なに鳩が豆鉄砲でも食べた顔してるのよ。人の話をちゃんと聞きなさい。これだから最近の若者は困るのよ」

「鳩は豆鉄砲を食べません。くったです。当たった、という意味です」

「食ったでも喰ったでも一緒じゃない。なにあなた、真面目君なの? 占いに関する怖い話などありませんか? なんてほうけた質問してきたのに。変わってるわね」


 瀬利は、僕の顔をまじまじと見ると「あの子、と同類かしら」と小さく呟いた。このとき僕は魔窟にいるのだとつくづく感じた。『あすなろ』に所属する先輩の『千里眼』の評価は、


「理論は詭弁に押し流され、あとは結論のみで語られる」

「言語が違う。文化が違う。次元が違う。それがお隣さん」

「お隣は文学的魔窟だ。俺たちの理はあそこでは鼻紙にすらならない」


 この惨憺さんたんたる評価を僕は今になって真だと理解した。だが、いまさら理解しようと一度開いてしまった黄泉比良坂への道は消えることがなく。ぽっかりと深い闇をたたえている。


「そう。センスがないのよ。それ故にこの予言は外れたの。センスよく考えましょう」


 そう言うと瀬利は蛍光ペンで次の文字にラインを入れた。ラインが入ったのは、「Septmois」、「deffraieur」、「Mars」、「Angolmois」の四つの単語である。


「フランス語ができないあなたに私が教えてあげる。センスがいい訳ってやつを。まずSeptmoisは七月じゃないわ。七月ならjuillet。じゃー、ここでクイズです。北斗七星をラテン語で何と言うでしょう?」

「え、北斗七星?」

「五、四、三、二、一、ゼロ。はい。ダメダメでーす。正解はセプテントリオンズ。ここのセプトはSeptと同じで七つ。だから、七カ月間とでも訳せばいいわ。ではいつからの七カ月間?」


 瀬利は、右手の五指を開き、その横に左手でピースを作ってみせる。アノ訳の中で期間に関わりがありそうなのは一箇所しかない。


「マルスの前後ですか?」

「いーね。ダメを一個減らしてあげる。ダメなり君。そう。マルスの前後七カ月間」


 屈託のない笑顔で彼女は言うが、今僕にはどれくらいのダメがついているのか僕には分かっていない。


「だけどマルスって人名ですよね?」

「やっぱりダメを三つ加えます。マルスといえばギリシャ神話の軍神だけど、三月を表す英語Marchの語源とも言われているわ。つまり三月から前後七ヶ月間、ということになる。ではなにが起こるのか? そこを解く鍵がdeffraieurよ」

「deffraieur?」

「これは変な単語で『d’effraieur』と記せば、確かに『恐怖の』になるのだけど、原文では『deffraieur』で『’』は付かないの。では意味はといえば、『浪費する』つまり、降りてくるのは浪費家の王ということになる」


 浪費家の王が降ってきも怖くはない。寧ろ、所帯じみた感じで少し親近感さえ湧いてくる。僕は一気に恐ろしさの失せた大王に少し同情した。


「では、最後のアンゴルモアとは?」

「アンゴルモア――Angolmoisは至ってそのまま。フランスの地名にアングーモア。そして、ノストラダムスの生きた時代にここから出た王がいるわ。名前をフランソワ一世。イタリアからレオナルド・ダビンチを招聘してルネサンス風の宮殿を建てたりして浪費家な王として有名だった。つまり、あの予言をセンスよく訳すと」



『一九九九年、三月から前後七ヶ月間のうちにフランソワ一世のような浪費家の大王が現れる。幸運な支配するために』



「となるのよ」


 となるのよ、と言えれてもこれでは何がなにかさっぱり分からない。だが、世界が滅亡するような予言ではなくなった。


「で、結局これは何を表すんですか?」

「あー、ホント、ダメダメね。ここまで言って分からないなんて」


 呆れ顔で瀬利は僕を見ると部室本棚からさらに本を引きずり出す。タイトルは『激動の世紀末』であり、彼女に開いたページには一九九九年の簡単な年表が書かれている。彼女はそのなかから一つの項目を指差した。そこには、ある巨大な共産主義国家の大統領が辞任し、かつて情報局の長官だった男が首相に指名された、と記述されていた。


「彼は首相となってから、前大統領の横領やマネーロンダリングを許しながらも財閥から強引な方法で金を吸い上げ、その金でインフラや軍事力を増強した。結果としてその国は比較的幸運に支配され続けている。ほら、見事に的中したでしょ?」


 年表には、おでここそ禿げ上がっているが、細身で目の鋭い男の写真が載せられている。いまも国際会議ではよく見る男である。確かに当たっていると言えなくはない。だが、どうにも……。


「こじつけなんじゃないでしょうか?」

「そうよ」


 瀬利はあっさりとこじつけを認めた。


「いいんですか? それで」

「良いも悪いもないわよ。占いが絶対当たるのは、占われた相手が勝手にそれを解釈して現実に無理矢理適応させるからよ。それが個人ではなく、不特定多数の人に向けられれば適応範囲は無限に拡張され、絶対に当たることになる」

「それは詐欺なんじゃ……」

「詐欺でもいいじゃない。占いが当たっていると思えれば、出来事を咀嚼して適応できる。ああ、そういう運命なんだって」


 確かにそれはそれで幸せなことであるように思える。なによりもそれを当たっていると判断しているのは、占われた当人であり、占い師の方ではない。占いを行なった側は適当なことを言っているだけだ。


「確実に当たる占い」


「そう。怖いでしょ? 本当は占いにかこつけて見たい物を見たいように見ているだけ。真実かどうかなんて誰も本当は気にしていない。最初の占いだって、当たってると思えたなら見たいものを見ただけ」

 瀬利は指を三本立てる。


「だって、大学生が人から困らされるのはよくあることよね。一つ、教授陣から出される課題。二つ、友達関係、三つ、サークルなんかの先輩や後輩の問題。簡単に考えるだけでこれだけ出せるもの」

「なら、性別を男性と言えたのは?」

「大学の教授陣のほとんどは男性だし、友達やサークルの仲間が女性だけっていうのはかなり偏ってる。一人くらいは男性がいるのが普通だわ。だから、別に性別は女性でも良かった。まぁ、あなたは男の子だから男性ってしたほうが当たりやすい、と言えるけど」


 つまり、確率が高い方を選んでどのようにでも定義できることを言われたのだ。


「次の文字の森は簡単よね。課題のことで悩んでいれば文章を書き上げる悩みだし。友人関係でもいまならSNSとかで文字にして誰かに相談したり、答えを探したりする。何をするにしても文字が関わってくる」


 はじめに言葉ありき、と言えなくはない。


「全く、怖いもんですね」

「初めに言ったでしょ。占いは怖いものだって。でも、それはあなたの求めてる怖さじゃないかもしれないけどね」


 確かに、これは僕の求めている怖さではない。


「いえ、急に変なことを尋ねてすいませんでした」


 僕が頭を下げると瀬利は、苦笑して「いや、こちらこそいい暇つぶしになった。隣のよしみもなかなか良いものだ」と言った。僕は彼女が何を指して言っているか分からず、答えに窮した。


「暇つぶしですか?」

「ああ、こっちの話さ。じゃー最後にもう一度占ってあげよう。ダメダメなお隣くんを」


 そういうが早いか彼女は今度は両手を突き出して「はぁぁぁ」とわざとらしい動きをした。どうせ、この間に何を言うか考えているのだろう。


「出たよ。君は来年の今頃までに運命の出会いをする。それは君の価値観さえも変えてしまうものだよ。雨の日は気をつけなさい。きっと何かが起きるから」

「これも絶対当たる。占いですか?」


「そうだよ。正誤が分かるまでの期間が長ければ長いほどいくらでも人はこじつけができる。それに運命なんて重い言葉の結果はさらにあとにならなければ分からない。どう。完璧な占いだと思わないかな?」


 まったくよくできた占いである。

 怖いほどに当たりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 占いサークル「千里眼」、できることなら是非入ってみたいですね。部室内では常に「絶対当たる予言」が応酬してそうでとっても楽しそう。 物は言いよう考えようってことで、その前に「占い」の二文字が…
[一言] 待ってました。 やはりこのシリーズが好きですw
2015/07/19 18:16 退会済み
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