第五幕 凶兆注意 夢現の悪夢
龍清の朝の光景part2です。
朝のお約束を楽しんでもらえれば幸いです。
「……あれ?」
目を開けるとそこには、今までとは違う風景が広がっていた。
直ぐにこれが夢の世界だと気付いた。だが、今まで自分を悩ませてきた夢とは、明らかな違和感を感じずにはいられなかった。
今まで見てきた謎の夢は、何かの心象風景か、過去の映像のように思えた。
自分の夢なのに、自分に全く覚えの無い、そんな感じがしてならなかった。
だが、自分がいるこの世界は、ぽつんと立つ自分の周りが一面真っ白である事以外は何もない。
そしてそんな空間に、突如として変化が訪れる。
「えっ、何?」
突然周りの色が変わり始める。真っ白だった空間が上から少しずつ灰色に、そして黒く染まっていく。
訳が解らず戸惑いを隠せない龍清だが、その中で、ただ一つ、黒とは違う物を見つける。
「あれは……」
それは光、まるで真っ暗な夜空に輝く、ただ一つの星のような光だった。
それに手を伸ばし、掴もうとしたその時、また別の何かを感じ、思わず振り向く。
「えっ……」
そこにあったそれもまた、黒い「何か」としか言いようがなかった。
全体が影のように真っ黒で、しかし、輪郭がおぼろげで完全に形を成してるとは言い難いそれが近づいてくる。
しかもそれは、自分に来るほどに徐々に形を崩していく。人の形はどんどんなくなり、腕だったものが、胴だったものが、そして顔だったものさえ、既に不気味な何かに変わっていた。
「こ、来ないで……」
言いようの不気味さ、思わず呟いた龍清のその言葉を合図にするかの如く、既に人の形を失った「それ」は襲い掛かり、そして……
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「うわぁあああああっ!?」
悲鳴と共に自分に覆い被さっていた布団を勢い返し、目を見開いて起き上る。
上体を起こしたまま、荒かった呼吸が徐々に整っていくと共に、既に眠気など吹っ飛んだ龍清の思考も冷静さを取り戻す。
「何だったんだ今の? 気味悪い……」
既に春の陽気で部屋は適度に温かさがあるのに、体には未だ寒気が走ってた。いや、数日前からこうだ。
廃工場の悪霊調伏を終えて帰ろうとした際に感じたあの悪寒。それ以来、昼でもその事が忘れられず、夜に御勤めで外に出れば、時々言いようのない視線と共に感じるようになった。
だが、その事で何度か帰ってから占っても、具体的な事は何一つわからなかった。祖父や父に話をしてやってもらったが、結果は同じだった。
得体のしれない何か。それが今自分の身に巻き付いてるようで、龍清は気味悪さを感じずにはいられなかった。そこへきて今回の夢だ。
いくら悪い事に巻き込まれるのが日常茶飯事ともいえる龍清でも、ここまで来ると異常と感じざるを得ない。
「もしかして……予知夢?」
突拍子もないが、龍清のような陰陽師の家に生まれた者にとっては、それほど珍しい事ではない。
毎日、と言うわけではないが、陰陽師は自分や特定の人物に起こる出来事を夢と言う形で予見する事がある。
無論、先の事が見える、と言うわけではない。力のある物ならばある程度具体的な物をみる事ができるらしいが。龍清を含めた大半の者は、自分の身に何かが「起こる」と言う事しか知ることができず、何処で、どうしてそうなるのかと言った事を知る事はまずない。
「…………」
当然、このような予知夢に心当たりなどそうそうないものなのだが、龍清は険しい顔で考え込んでしまう。
数日前からの悪寒、それが何か関係あるのかと思う。加えて最後の部分が、非常に不安を煽り立てられる。
(僕が何かに襲われる? いや、まさか……でも……)
考えたくはない事が、頭に思い浮かぶ、いくら否定しても、まるでシャボン玉の如く次々と思い浮かんでくる。
いつもならもう少し考え込むものだが、龍清は自分の寝間着と肌の感触に思考を止める。
「……ちょっと湯浴みしてこよう」
悪い夢を見たせいで、寝間着の下は汗びっしょりになっていて着心地は良くなかった。
今すぐさっぱりしたい。そう思うと、さっきまでの悪い考えも霧散していってしまう。
「…………」
が、部屋の戸を開けた直後、上下左右、床も天井もじっくり見て安全を確認する。
あの祖父の事、どうせまた仕掛けを施してるに決まってる。この数日だけで、金たらい、クリーム弾、落とし穴と、色んな罠に嵌ってしまっているのだから。
「……よし」
目立ったものがないのを確認し、それでも慎重に慎重を重ねるようにゆっくりと床に足を付き、何もない事を確認して廊下に出る。
浴場に向かうその足取りは普通だが、顔はしきりに天井に、庭に目を光らせる。向かって左の部屋戸にもだ。
祖父の仕掛けは上下前後左右、何処から何がきっかけで襲ってきてもおかしくはないのだ。
またどんな仕掛けを施しているのか、それを考えると一瞬たりとも気を抜けない。一歩、また一歩と足取りは徐々に早くなっていき、周りへの警戒も決して疎かではなかったのだが……
ガコッ!
「……っ!?」
突然の足裏の違和感、そして物音に気付くも、時すでに遅し。
「……ひぶっ!?」
バチィン!! と言う音を立てて龍清の顔に当たったのは、床から垂直になった床板だった。
所謂ネズミ取りやパッチンガムの要領だろう。龍清が踏んだところに留め具のような物がはずれる仕掛けが施され、勢いよく床板が回転、彼の顔にクリーンヒットしたのだ。
「……っ!!」
思わず両手で顔を覆いながらしゃがみ込む龍清、だが、その感情は痛みよりも、怒りの方に支配されつつあった。
「……爺様ぁあああああっ!!」
今日もまた、龍清の渾身の叫びが、東郷邸に木霊するのであった。
プロローグと一部被ったのですが、これも彼の日常の一幕なので、ご了承ください。
では、次回も楽しみにしてください。