第一幕 平穏無事 少年の穏やかなる日常
さあ、ここから本格的に話が始動します。
第一話は……まあ、普通の日常の一幕です。
「……はぁ」
今日何度目になるのか、数えるのも億劫になる位ついたため息を漏らしながら、龍清は厚い雲に覆われた空をただただ眺めていた。
今朝のドッキリ番組もかくやと言うほどの盛大な祖父のいたずらから、かれこれ既に5時間以上経ち、今は自身の通う中学の教室にいる。
池に突っ込んだ後、体が冷え切る前に湯浴みしたので、春先とはいえ風を引く心配は無し。多少湿り気を帯びてた髪も、学校に着くまでに乾ききったし、早起きしたおかげもあって朝の準備にも余裕をもって行えた。
しかし、自分の気持ちは、この空と同じ暗く沈んでいた。
「いい加減やめて欲しいけど、無理だよなあ……」
祖父の悪戯は今に始まったことではない。
自分が物心ついた時から飄々としてて、屋敷を色々と改造してあのような仕掛けを仕掛けてそれに誰かが嵌るのを、自分は部屋から楽しんでる。
屋敷にいるものの大半は引っかかるのだが、特に自分が群を抜いて高い。記憶を振り返ってみても、数えるのも億劫になるほど引っかかってる気がする。
(どうせ明日も同じ目に遭うんだろうなぁ……)
当然、やめてほしいとお願いしたのも二度や三度ではない、最近では毎度言っているのだが、聞いてもらえないというか、上手い事言いくるめられてしまうというか、はぐらかされてしまうというか……
ともかくそんな感じで、何度かけあってものらりくらりと聞き流されるだけで、次の日にはいつものごとく引っ掛けられる。昨日も必死に訴えたのに今朝であれである。
「……はぁ」
考えれば考えるだけ、明日の朝の事を想像すればするだけ、どんどん気分も沈んでいく。
とうとう机に突っ伏してしまいそうになった。その時……
「なーに沈んでんだよ!」
「うわっ!?」
突然背中に衝撃が走る。
一瞬の事に驚くが、同時に聞こえてきた声から誰がやったのかを直ぐに察し、沈みかけてた半身をお越し、その人物へと振り返る。
「もお……背中を叩かないでっていつも言ってるでしょ。結構痛いんだからね、潤?」
「えっ? そんなに強く叩いてねえぞ?」
怪訝そうな顔で少年、大桐潤は首を傾げて龍清を見つめる。
筋肉がついてる感じはしないものの、体つきはよく、龍清と比べると一つ二つ上の学年に思えるほどである。
「でも痛いんだよ。少なくとも軽く叩いてる感じじゃないんだから」
「え~、龍清が軟なだけじゃないのか?」
そんなことない。と言えないのが龍清の悲しいところである。
この少年はこういう些細な事で力加減を間違うことがあるのだが、龍清も決して肉付きの良い体といえないのは事実だからだ。
「それよりさ、またそんな風に暗くなってさあ。どうせまた爺さんの悪戯に引っ掛かったんだろうけど、あんまし気にしない方が良いぞ?」
「そんなこと言ったって……」
「あんまし暗い気持ちでいると、そのうち頭からキノコが……」
「生えません!」
条件反射的に反論する龍清の反応を楽しむかのように笑う目の前の友人に、さっきまでとは別の意味で机に突っ伏したくなってきた。
「潤。そこまでにしたらどうです?」
「そうだよ。龍清君また拗ねても知らないよ?」
するとそこへ、二人の男女がやって来た。彼らも龍清と潤のクラスメイトである。
片や細見で眼鏡をかけており、いかにもインテリといった感じの落ち着いた雰囲気の男子。
片やセミロングの髪を揺らし、温和な印象の女子であった。
この二人、黄乃枝霜谷と橘小雪に注意された潤は、何かを思い出したかのようにきまずそうな顔になる。
「あ~、それはちっと困るな。龍清って一度臍曲げるとなかなか機嫌直さないんだもんなあ……」
「……人を駄々っ子みたいに言わないでくれる?」
半目で見据えつつも、とりあえず気分を持ち直す事が出来た二人に感謝する。
勿論、潤が嫌いとかそんなことはない。やや苦手意識はあるものの、この二人を含めた四人でいられるのは、彼の存在が大きいのだから。
「それはそうとさ、今日の帰りどうする?」
が、そんな気持ちのそんな彼の一言で吹き飛んでしまった。
よく見ると霜谷と小雪は彼を半目で見ている。おそらく、今の自分もそんな顔だろう。
この切り出し方をする時、潤の言う事は概ね決まっているのが解ってるからだ。
「今度は何ですか? 何かの不思議生物探しですか? それとも、隠し財宝探しですか?」
「この間みたいなのはやめてよね。本当に心臓に悪かったんだから」
「あぁ、思い出したら眩暈が……」
三者三様、呆れる霜谷に疑わしそうに見つめる小雪、そして額を押える龍清であった。
潤には、「面白そうなことにとことん首を突っ込みたがる」というある悪癖がある。
人伝い、噂話、サイトの掲示板、様々なところからこの町に関する面白そうな話を見つける度、こうして三人を誘ってはそれを実際に探したり、見つけようとするのだ。
本人は本気で見つけようと言うよりは、「面白そうだから」と言った感じなのだが、それに付き合わされて、今まで三人が個別、あるいは一緒に被った被害は数知れず、危険ごとに巻き込まれかけたのも一度や二度ではないのだ。
「そんな顔すんなって。今日は比較的まともだと思うぜ? ほら」
潤が取り出した携帯の画面を覗き込むとそこには、『神出鬼没!? 廃屋に現れる幽霊の怪!』というタイトルと、そこにいろんな事を書いてあった。
どうやら例によって、この町のオカルト話題を書き込む掲示板サイトのようだ。
「まさか……この幽霊を探しに行こうって言うんじゃないでしょうね?」
「さっすが霜谷! 察しが良いぜ!」
この良い笑顔を見て、三人は深くため息を吐く。
幽霊話など、この町ではそれほど珍しいものではない。その意味では確かにまともと言えばまともだが……
「これ、真夜中の時間帯じゃないですか? まさか、それまで家に戻らないつもりですか?」
掲示板の書き込みには様々な目撃情報があるのだが、概ね時間帯は夜の7時から深夜の1、2時頃までだったりする。
「だってよー、そんな時間に家出るって言ったら絶対反対されるに決まってるだろ? 友達の家に泊まってるとか適当に言ってよ。探しに行こうぜ!!」
「駄目だよ、そんな時間まで帰って来なかったら、お母さんたち心配するもん」
「第一、何処に出るのか当てもないのに、見つかるわけないじゃないですか」
「ちぇー、相変わらずノリ悪いなあ。なあなあ、龍清なら解るだろ!」
二人の反応を予想してたのか、詰め寄ってくる潤にため息を吐きつつも、龍清も首を横に振る。
「無理だよ。門限を破って家に帰ってきたら、父上が怖いし……」
そう言うと、潤も納得したように首を振って引き下がる。
それでもと愚痴る潤に苦笑する霜谷と小雪だが、再び空を見上げた龍清は、相変わらずどんよりした曇り空に、不吉感を覚えずにはいられなかった。
次回はもう一人、主役登場の予定ですが、誰か察しがついても、ネタバレを防ぐために名前を出すことはご容赦ください。
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次回の更新は9月15日の予定です。