第十五幕 眼光紙背 盆水は何を見通す?
今回も徹夜での突貫工事です。
いけないと思いつつも、どうしても執筆に取り掛かれない。
次回は余裕をもって書いていこうと思います。
「まったくもう! 引き受けるって自分で言っておいて結局これなんだから!」
自室に戻ってから、龍清は部屋の中の物をあれやこれや取り出しつつ、先ほどの事を度々口にした。
「いつもいつも厄介ごとを、自分の所に来た仕事だって僕に押し付けて、抗議するとさっきみたいにわざとらしく泣き崩れたふりをして……」
ぶつぶつと口から言葉がやむ気配はなく、しかし、動かす手足は一寸の狂いもない程に綺麗に置かれていく。
やがて口から恨み言のように紡がれる彼の不満は、徐々にエスカレートしていき、比例するように声音も大きくなっていく。
「そういえば小さいころからこんなだった。墓地の真ん中に置き去りにされたのも、廃寺の本堂の中に閉じ込められて一夜を過ごす羽目になったのも、山の中で木に縛り付けられたのも、全部、あの人の所為でーーーーー!!」
「喧しい!」
うがーと擬音が聞こえそうな勢いだった龍清の顔に枕が直撃する。
勢いのままに倒れる彼を枕を投げた張本人は腰に手を当てて一瞥してる。
「部屋に戻って来てから、人の言う事まったく聞かずにぐちぐちぐちぐち……何があったか知らないけど、鬱陶しいったらないわよ!」
「鬱陶しいって、そこまで言わなくても……」
「自分の言葉を思い返してから言いなさいよ。つうか、解れた男に未練たらたらの女みたいだったわよ」
「あぅ……」
何かグサリと胸に刺さる感じがして、思わず胸を押えながら妙な呻きを上げる。
だが思い返してみれば、広間を出てからずっと祖父への不満をぶつぶつ呟いてた気がしたので、それ以上は何も言えない。
「今さら何言っても後の祭りなのは解ってるんだけど、何時も押し付けられるからさぁ……はぁ」
「嫌なら断ればいいじゃないの?」
「それができたらどれだけ僕の気も楽な事か……何を言っても言い包められるし、抗議すればのらりくらり……」
「あんたがはっきり言えないヘタレなだけじゃないの?」
「うっ……」
確かにはっきり『嫌』と口にしたことがあるかと言われると、それ以上は言えなかった。
「はぁ……とはいえ、受けた依頼はきっちり解決しないと」
もう自分が未熟な所為だ。そう自分の心に言い聞かせる事にする。
口に出したら西麗に「そういう思考だからヘタレなんじゃない」と言われるだろうが。
「で、人探しなのに何でそんな色々訳わからないのが必要になるわけ?」
「クキュゥ?」
龍清の前には、三脚状の支えの上に水の入った鉢、火を灯した蝋燭、真横には数枚の呪符が置かれていた。
傍から見れば人探しに必要と思えない、そもそも、人を探すのにここにいる事が普通は考えられない事なので、西麗の疑問は尤もだ。
「あのね、手がかりが無いのに闇雲に探したって、見つかるわけないでしょ?」
「そりゃそうだけど、じゃあ何か当てでもあるっていうの?」
「それを掴むために用意したの。まずは……」
そういって龍清は、依頼主の女性から受け取った、失踪場所と思われる場所に残されていたという、失踪者の携帯電話であるそれを正面に置くと、そこに呪符を翳す。
「…………」
目を閉じ、まるで何かを待つようにその姿勢を維持し続けることおよそ数分。
「……うん、こんなところかな?」
一人得心が言ったように呟くと、今度は蝋燭に呪符を近づけて火をつけると、それを鉢の水の上にもっていき、燃え尽きるぎりぎりまで手に持っていた。
「……よし」
「よしって、何やってんのよ?」
「符水を作ってたんだよ」
疑問符を浮かべる西麗に、龍清は鉢の中の水を覗き込むようにしながら説明する。
「ふすい?」
「さっきみたいに呪符を燃やして、その灰を混ぜた水の事だよ。さっきの呪符に、この携帯に残ってる持ち主の『念』を焼き映して、これを燃やした呪符で符水を作る。これでこの符水に、失踪する前後の様子がある程度見えてくるんだよ」
「へぇ~、便利なもんね~」
「いや、僕の力じゃ結構ぼかしが入るし、そんなに詳しくは見えないよ絶対」
「……さっきのあたしの感心を返しなさいよ」
「しょうがないでしょ! 僕の力はそんなもんなんだから!?」
恐らく割と本気だったのだろう。感心した表情が一転してジト目で見つめられたが、此ればっかりはどうしようもない。
気を取り直して龍清は再び目を閉じ、二つ指立てた手を口に添えて呪文を唱え始める。
「暗雲吹払 月下天照 急々如律令!」
呪文と共に符水を覗き込むと、符水の中に薄らと何かが見え始める。
鮮明ではないが、家や塀がわずかに見え、空の様子が暗かった為、恐らく夜の様子のようだ。
「これは……失踪当夜の事なのかな?」
「って、これ解るの? もうちょっとはっきり見せなさいよ」
「いや、こういうのは術者の霊力に比例するから、僕の霊力だと、これ以上はちょっと限界だよ」
しかし、今の所、特にこれと言った以上は見受けられない。
典型的だが、自分でどこか行こうという感じも、誰かに連れ去られる気配もない。
「……ん?」
だが、その時異変が起きる。
突然映像に、黒い靄のようなものがかかり始めたのだ。
「何よ、これじゃ見えないじゃない?」
「なにこれ? こんなの初めてだ……」
そうつぶやく龍清の胸は心中穏やかではなかった。
今までこの術を使った事は幾度かある。だが、こんな現象は今までなかった。
何より、霞が掛かるように、映し出される光景を侵食していく黒い靄には、何か不吉な気配を感じずにはいられなかった。
「キュ……キュキュ!」
すると、翼を羽ばたかせながらその様子を見ていた春清が、突然毛を逆立てる猫のような気配を発し始めた。
「春清?」
「キュ~……」
何かを感じ取ったのか、邪な気配を持つ相手に向けるときと同じように低く唸っている。
(……まさか)
一抹の不安を感じる龍清だったが、その不安が心を締めていくのを示す様に、符水の光景はどんどん黒く塗りつぶされていった。




