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第十三幕 悠悠閑閑 変わらぬ日常のちょっとした変化

「ん、ん~!」


 上体を起こした状態で背伸びし、龍清は目覚めの朝を迎える。

 着衣の乱れを整えながら障子戸を開けると、外は雲一つない、心も晴れ晴れするような青空であった。

 つい数日前に遭遇した出来事など、まるで嘘だと思いそうになるが、あれが現実に起こった事である事は、龍清自身、よくわかっていた。


「さてと……」


 その証拠に、目が冴えたのを認識して、視線を落としながら振り向く。


「クキュゥ……」


 そこには少し前から自分と一緒にいる。青い鱗の小龍が、まるで猫の様に体を丸めて眠っていた。

 その光景にくすっと笑いながらも、起こさないようにそっと小龍の頭を撫でる。


「おはよう、春清」


 起こすのも悪いと思い、ゆっくりと立ち上がり、顔を洗う為に部屋を出る。

 当然、祖父の悪戯の仕掛けが施されていることを警戒したが、今回は特に何もなく、洗面場に向かう事が出来た。


「……おかしい」


 しかめっ面の龍清は疑念を隠せなかった。

 ここ最近、祖父の悪戯の頻度が減っているように思える。

 あの食えない狸爺の事、殊勝になって控えるようになったとは到底考えにくい。


(何か嫌な事を考えてなきゃいいけど……)


 不安を隠せずに部屋の戸を開ける龍清だが、この時彼は、自分の部屋を通り越してしまっていたことに気付いていなかった。

 とはいえ、自分の両隣は空き部屋だったので、今までなら何の問題はなかった。

 そう、今までなら……


「……えっ?」


「……」


 龍清の視界に入って来たのは、捲れ上がった布団と丸まってる小龍ではなく、下着姿で上着に手を掛け、半裸になっている少女の姿だった。

 お互い、一瞬思考が停止状態になって固まるが、先に動き出したのは少女、西麗の方だった。


「……と」


「と?」


「とっとと出てけーーーーー!!」


 ものすごい勢いで来た拳は、フリーズから立ち直った直後の龍清の顔に綺麗にめり込むのであった。











 ――――――――――――――――――――











「痛た……」


「キュゥ……」


「ふん!」


 朝のドタバタ騒ぎの後、二人は龍清の部屋にいた。

 と言っても、二人の部屋は襖で隔たれてるだけなので、着替えが終わった西麗が襖を開けて、二人の部屋を繋げたのだ。

 そして今朝のドタバタの所為で、顔がくっきりと拳の形に赤くなってる龍清と、それを心配そうに覗き込む春清、そして不機嫌MAXで顔をそっぽに向ける西麗がいた。


「自業自得でしょ」


「いや、だから考え事してて部屋を間違えただけで下心があったわけじゃ……」


「言い訳すんな! 人の着替え見たのは事実でしょ!」


「うぅ……」


 そう言われると、龍清としては返す言葉がない。

 とはいえ、本人にその気がないこともわかってる西麗は、申し訳なさそうに項垂れるその姿を見てて、流石に悪いと思い始める。


「それよりさ、今日一日どうするのよ?」


「どうするって……まあ、いつも通りかな?」


 今日は土曜日、休校日なので龍清も今の時代の少年らしい、Tシャツにゆったりめのズボンの格好で、西麗もTシャツにジーンズと言う服装である。

 むろん彼女の服は東郷邸に居候するようになってから買ったものである。


「いつも通りって……またあのわけ解らない文字と睨めっこして一日終えるつもり?」


「一応あれも文字なんだよ? 昔のだけどね」


「あんなの、知らない奴から見れば落書きみたいなもんでしょ?」


 酷い言われ様だと思いつつ、ため息ひとつで済ませる。この国の生まれでなく、ましてこういった文体に触れ合う機会の無かった彼女に何言っても、豚に念仏猫に経なのだから。

 龍清の休日の過ごし方とは、家の古文書などに目を通し、陰陽術の勉強と修業の事である。

 本人としてはすでに休日の日課になっているのだが、西麗はそれがどこか納得いかない様子だ。


「雨とか曇りならまだいいわよ? でもこんな晴れの日に部屋に籠りっきりってどういう事?」


「いや、外に出る用事があるわけでもないのにそんな……」


「あたしなんて晴れの日は決まって外に放り出されてたわよ? 薄暗い部屋の中で一日終えてばっかだから、そんなもやしみたいな体してるんじゃないの?」


「もや……!?」


 自分の発育があまり良くないのは自覚してるが、そうはっきり言われると流石に反論の一つもしたい。


「だってそうでしょ? 体つきはちょっとひょろいし、肌は薄ら白いし、顔もなんか女に見えなくもないし」


「か、顔は関係ないでしょ!?」


 外見一番のコンプレックスを言われ、思わず声を荒げる。

 この中世的な顔立ちの所為で、女に間違われただけでなく、色々酷い目に遭ったこともあったりした。

 それを思い出した龍清は途端に暗い気持ちになって肩を落としてしまう。


「な、何? いったいどうしたの急に?」


「ううん、何でもない。なんでも……」


 だが、そのどんよりとした様子を見てると、明らかに何でもないとは思えない。


「キュウ? キュウキュウ!」


 するとそんな彼を見かねたのか、春清が近寄り、龍清の顔を突っつき始める。


「あっ……大丈夫だよ春清、ありがとね」


「クキュ~♪」


 頭を撫でると、嬉しそうに鳴き声を上げて頬ずりしてくる。

 ここしばらくの間一緒にいて、この小龍、春清の事がある程度分かってきた。

 性格はこの通り人懐っこく、心の機微に敏感な様子で、元気をなくせばこの通り励ましてくれるし、邪な考えを持ってる相手には龍清の頭の上で警戒する。


(初めは苦労したなあ……突然唸り声上げて、角から電気を相手に飛ばした時には)


 どういう訳か、自分と西麗以外の、一般人には基本的に姿が見えないようで、春清が何か起こしても、他人には何が起こったのか理解できなかったりする。

 このため、春清とのやりとりは傍目には龍清が奇怪な事をしてるようにしか見えないし、さっき言ったように人に(と言っても、邪心のある相手にだが)危害を加えることもあった。

 だが春清は利発的で、龍清のいう事をしっかり守るので、春清に注意し、本人も人目の付くところでは注意するようになり、今では私生活に支障はない。

 ただ、中には春清が見えてるのか解らない人もいたりする。


「龍清……」


「あっ、はい」


「いっ!?」


 障子戸を開けた、東郷蒼真もその一人である。

 その姿を見た途端、龍清は落ち着いた様子で向き直り、西麗は慌てて胡坐をかいていた足を正して正座になる。

 この家に居候するようになってから、彼の前では必ずこうなってしまうのだ。

 蒼真本人はそんな二人を一瞥すると、特に何か言及することもなく、要件を伝える。


「直ぐに着替えと支度を整えろ」


「……はい?」


「人だ。それもどうやら、少し厄介ごとになりそうでな。お前も働いてもらう」


 それだけ言うと、蒼真はその場を後にしていった。


「……妙だな」


「? 何が?」


 顎に手をやる龍清の顔を、西麗は怪訝そうに覗き込む。


「いつもなら父上や爺様が応対して、僕も一緒にってのはそんなにないんだけどなあ」


「余程やばい案件って事」


「いや、一概には言えないけど、なんか嫌な予感がするなぁ……」


 とはいえ、呼ばれた以上は行かなくてはいけない。

 龍清は西麗を隣の部屋に移動させて襖を閉めると、早速、御勤目の為の装束に着替え始めるのだった。

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