第十二幕 一蓮托生 二人の決意と……
「っはぁ……息苦しかったぁ……」
「いや、僕としてはあっさり許してくれたことが逆に怖いんだけど……」
所変わり、既に布団(二人分)が敷かれた龍清の自室にやってきた二人。
あの後、蒼真から風呂に入って来いと言われて汗を流し、今は湯気を仄かに立ち上らせながら互いに白い浴衣のような寝間着姿に身を包んでいる。
先ほどの広間での話の通り、少女は龍清の物を借りているのだが、身長的な理由から、手足の所は少し肌が露出している。
「でもまあ、あまり長引かなかったのはこの際よかったかな? 色々と頭の中整理が必要だしね。今日の事とか……この子の事とかね」
「それは同感」
「クキュウ?」
二人が視線を向けた先には、小首を傾げる一匹の生き物がいた。
全体のシルエットは蛇の様で、首から尻尾の先まで一貫しており、全身を蒼い色の鱗が腹部部分を除いて覆っている。
その胴体に当たるであろう部分に、爪をもつ三本指の手足、背中部分には蝙蝠のような翼、頭には珊瑚のような角が二本生えている。
その姿はまるで空想上の生物、龍のイメージをそのままにしたようであった。その生き物は、徐に背中の翼を羽ばたかせて飛び始める。
「キュウ、キュウ!」
「うわっ!? ちょっと……」
「クキュル~♪」
そして龍清の頭の上に着地すると、ご機嫌そうな鳴き声を上げる。
どうやらそこが気に入ったようだ。
龍清はやや困り顔だが、無理に引きはがすのも可哀そうな気がしてそのままにする事に。
「こうしてみると、犬や猫とそんなに変わんないわね」
「そうだね、あの刀がこうなったって言っても、信じてもらえなさそうだよね。色々と」
この小龍は実は、怪物を倒したあの刀が変化したものだ。
屋敷のあった場所からどうにか警察に見つからずに逃げ出した後、突然刀が宝珠から変化した時と同じ光を放ち、それが収まったらこの小龍の姿になっていたのだ。
「ねえ、本当に何も知らないの? 元々君の物なんでしょ?」
現在、彼女の唯一の荷物である包みは少女の隣で解かれ、赤、白、黒の三つの水晶玉のような形の宝珠が姿を現しているが、聞けば元はこれに青色の宝珠も入っていたが、怪物との戦いの中で無くなっていた。
少女の証言とこれまでの経緯から、その青色の宝珠こそが、あの刀であり、今の小龍であるのだ。
「知らないわよ。村の大切なものだとは小さいころから聞かされてたけど……あれっ?」
「どうしたの?」
「クキュ?」
ふと考え込むような動作をする少女は、直後、ぽんと手をたたく。
「そういえば、村長だった爺ちゃんに、小さい頃から聞かされてた伝承ってのがあったんだ。ひょっとして……」
「それってどんな伝承?」
「えーっと…………忘れた」
思わせぶりな事言っておきながら、あっさりとしたその回答に思わずずっこける龍清。
突然の事の為、頭の上の小龍も思わず落ちかける。
「……昔から聞いてたんじゃないの?」
ジト目で睨んでくる龍清に、流石に悪いと思ったのか、少女は視線を逸らしながらバツの悪そうな顔をする。
「しょ、しょうがないでしょ……あんな奴にずっと追いかけられてて、思い出す余裕もなかったんだから」
尤もな言い分と思いたいが、龍星からの疑惑の視線は止まらない。
本当は聞いてないのではないのか、大事な話の途中に寝ていたのではないか、そんな疑念が龍清の中にはあったのだ。
居心地悪さを感じつつあった少女は、何とか話題を逸らそうと試みる。
「そ、それより、あんたこれからどうするの?」
「? どうするって?」
「どういう訳か知らないけど、あいつらがこれを狙ってたわけだから、それが変化したそいつも襲うだろうし、そうなれば当然……」
「あ、あぁ……」
龍清も何となく察しがついた。と言うより、察しざるを得なかった。
宝珠から変化した小龍はもちろん、その元であったあの刀を使った自分も、奴らに狙われる可能性は十分にあった。
野良の生物とかと同じなら、まだそれを否定できる要素はあるのだが、あれはとてもそうとは思えない。
戦い方こそ獣のようであったが、対峙した時の瞳の奥に、野性の本能とは違う何かを感じ取れたのだから。
「うーん……本当はあんまり厄介ごとには関わりたくないけど、何ていうか、もうそういうのに慣れたくないのに慣れてしまったというか、諦めがつくというか……」
「そういう事ばっか考えてるからヘタレなんじゃないの?」
「うっ、でもさ……」
ヘタレと言う言葉に、胸に何か刺さる物を感じながらも、さっきまでの頼りなさげな表情を一変させる。
「さっきみたいなのが人々を襲うなら、僕は陰陽師として、それを放置できない。まして、自分の所為で他人が被害に遭うなんて、それで知らんぷりはできないよ」
「……」
その顔と言葉に、少女はしばらく呆けてしまっていた。
さっきまでと、戦闘時の消極さはどこへやら、強い意思を宿した双眸に、少女は感心するように声を漏らす。
「ずっとそうしてれば、あんたも少しはましなんでしょうねぇ……」
「? なんか言った?」
「何でもない。それよりそういう事なら、あたしもできる限り協力するか」
「えっ!? いやいや、ここにいた方が良いって!」
何が「そういう事」なのかよく解らないが、突然の言葉に驚きを隠せない龍清。
しかし、元は彼女を狙ってたとはいえ、対抗する力もないのにそんなことはさせられないと思い、考え直させようとする。
「何言ってるの? 元はあたしが巻き込んだようなもんだし、このまま逃げても無駄だと解ったし、だったら奴らに一発噛みついてやらないとね!」
「いや、でも……」
「それに、あんただけだとなーんか心配だしね」
その一言に思わず言葉が詰まるものの、気を取り直して彼女を止めようと説得を続ける。
「で、でもさ、君にもしものことがあったら、僕もなんだか後味悪いし「西麗」……えっ?」
突然何のことだろうと思ったが、言葉を遮られ、思わずそのまま二の句を待つ。
「いつまでも「君」とか「あんた」とかで呼んで呼ばれるのはめんどくさいのよ。でもよく考えてみたら、名乗ったこと無かったし」
「……そう言われてみれば」
「まあ厄介になるし、これから二人であいつらと戦うわけだしね」
もうすっかり二人で怪物と対峙することが前提となっていると悟った龍清は、これはもう無理だと心の中で諦める。
こうなったら、自分が出来る限り頑張るしかないかもしれないのを予感しつつ、名乗るために彼女と向き合う。
「僕は東郷龍清。悪霊調伏とか、加持祈祷を生業にする陰陽師だよ」
「あたしは西麗、秋西麗。よろしくね、龍清」
「うん、こちらこそよろしく、西麗」
こうして二人は、互いに協力することとなった。
だが、握手まで相手終わったその時だ、徐に彼女、西麗の雰囲気がわずかに変わる。
「とまあ、それはそれとして……」
「えっ……」
直後、西麗の手はそのまま龍清の服の襟部分を掴み、そのまま龍清を自分の目前に引き寄せる。
突然の事に戸惑う龍清は、さらに西麗の顔に怒りがわきあがっているのを見てさらに困惑を隠せなかった。
「えっ? 何! 何で怒ってるの!? 僕何か悪いことした!?」
「あんたさぁ、怪物に襲われる前に、あたしの裸見たでしょ! しかも、何回も!」
「……あっ」
その瞬間、怒りで紅潮を始めた西麗とは真逆に、顔を真っ青に染めて行く龍清だった。
勿論、悪意や下心があったわけではない。しかもそのうち二回は不可抗力とさえいえる。
だが、そんな彼の弁解をするより早く、西麗は龍清を前後に揺さぶるのだった。
「ちょっ! やめて! 落ち着いて! 僕の話を聞いてーーーーー!!」
「忘れなさい! 今すぐ! 全部! 一切合切! 忘れなさーーーーーい!!」
その夜、西麗に勢いよく揺さぶられる龍星の悲痛な悲鳴が、夜の町に響き渡ったという。




