第十一幕 無言重圧 東郷家現当主
「それで、こんな時間になるまで戻ってこなかったと……」
「御免なさい……」
「……」
何とか警察に見つかることなく屋敷を抜け出し、その後遠回りしながら家に戻ってきた龍清と、それについてきた少女を待ち受けていたのは、戦慄にも似た感覚であった。
玄関から入ってきた二人は目の前の人物に広間までついてくるよう言われ、両者正座で相対する事となった。
前髪が右目を隠しているが、左目の眼光の前には、言い繕う事も無意味と瞬時に悟った二人は、例の空屋敷で起こった事を洗い浚いしゃべる事になり、今この状況に至ってるわけだ。
この人物、東郷蒼真を前で全てを話した後、龍清は最早全てを悟ったように綺麗な土下座まで披露し、怖いもの知らずな感じの少女まで、さっきから閉口したままで、しかし目を逸らす事ができないでいた。
「……」
思案するように目を瞑る蒼真。それによってできた静寂と沈黙は、今の二人にとってはとても重苦しく感じられるものだった。
だがそれも、蒼真が目を開くとともに、終わりを告げる。
「……龍清」
「はい」
「頭を上げろ」
「……はい?」
その言葉に、龍清は耳を疑った。
いつも頭を上げるときと言うのは、彼から叱責を受けた後なのだから。
加えて次の言葉にも、彼に困惑を与える事となる。。
「話は解った。今日はもう下がって良い」
淡々とした言葉だが、そこにはいつもの重みは感じられない。
本当にこれで終わりという事なのか、龍清は思わず聞き返す。
「これで、終わりですか?」
「そう聞こえなかったのか?」
「話を解ったって、信じてくれるのですか?」
「何年一緒にいると思ってる。嘘か否か位、話てる時の様子で解る」
それ以上は龍清は言葉を出せなかった。
もっと聞きたいことはあったが、既に終わったと言った事にあまり食い下がっても良くない事を、彼は知っているし、自分としても頭の中の整理が必要なので、短く終わるならありがたい。
「ただし、同じ理由で二度目はない。解っているな?」
「……はい」
だが、その瞬間、嬉しくないが慣れてしまった父の重みある言葉に、思わず萎縮してしまうのであった。
「解ればそれでいい。それとそこの娘」
「は、はい!」
次に蒼真は、龍清の隣の少女に視線を向ける。
曲げていた背筋をピンと正す彼女に、蒼真は問いかけた。
「聞けば、拠る所が無いそうだな?」
「ええ、まあ……」
無くても少女としては困る事はない。またどこか適当な空き家か、雨風凌げるところで野宿すればいいのだから。
だが、次の言葉に彼女もまた、我が耳を疑う事になる。
「しばらくここに置いてやる。出たい時に出ればいい」
「え、えぇえっ!?」
この言葉に彼女は驚いた。一日二日泊めてもらった事はあるが、好きなだけ居て良い、などという事はなかったのだから。
「不満か?」
「い、いやいや! ものすごい太っ腹……ああいや、意外だったものだから」
「無論、居させるからにはただ働きは許さん。雑務でもなんでもやってもらうし、此方のしきたりにも従ってもらう。良いな?」
「ま、まぁ……できる範囲でなら」
無論彼女としても、泊めてもらっておいて何もしない、と言う考えは毛頭無い。好きなだけ泊めてもらえるだけでも、自分にとっては贅沢すぎる程なのだから。
「よろしい。解ったら二人とも、まずは汗を流してこい」
「「はーい」」
「その前に、龍清」
「は、はい」
ようやく解放されると、二人とも内心胸を撫で下ろすが、呼び止められたその次の言葉に、二人の言葉は一致する。
「いきなり部屋は用意できん。今夜はお前の部屋に泊めてやれ、良いな?」
「「えぇえーーーーー!?」」
これには流石に二人は驚かされる。
てっきり使われてない客人用の部屋を軽く掃除して布団を敷く物と思ってたのだが、まさか男女同棲……と言うと些か大げさかもしれないが、普通には考えられない。だが……
「別に問題ないだろう。二人の間の事は知らないが、そんな関係でないであろうことは見ればわかる」
「そ、それはまあ……」
無論邪心の類がないのは事実だが、それでも男女一緒の部屋に住まわせるというのは如何なものかと思う。
だが、それ以上は下手に言い出せなかった。祖父よりは遥かにましだが、生まれてこの方、この父にも口で勝ったことが無いのだから。
「それと、着替えもお前のを貸してやれ。家には女物がないもんだからな」
「それは仕方ないとして、僕ので大丈夫ですか?」
「いや、その前に男物着せられるあたしはどうなるのよ……」
ここにきて蒼真の放つ無言の圧力に閉口していた少女がようやく口を開くものの、龍清から「男物女物と言うより着物だから」と言われて、とりあえず納得する。
「特に問題はないだろう。もし問題あるようなら別のを用意させる」
「まあ、着るもの無いのも事実だし、この際贅沢は言わないから」
こうしてとりあえず今日寝る分の問題は色々解決し、二人は広間を後にする。
その後、蒼真は再び目を瞑り、腕を組む。
「さて、今宵のこの巡り合わせが、あいつの星をどう動かすか……」
そう呟く蒼真はしばし、精神統一でもするように、広間に座り続けるのであった。
龍清父のイメージ、たぶん髪型から想像できれば、そう難しくはないかと。
次回は遂に、「あの子」が登場します!




