エピローグ これが私のデウス・エクス・マキナ
エピローグ
それから十日後、茅原泉が死んだ。
その報は全世界を駆け巡り、日々お茶の間のテレビを賑わしていた。テレビ局や新聞、雑誌がこぞって茅原泉の特集をしていた。多くの報道では現代の魔術師が居なくなった事を悲しんでいた。勿論、全てがそうであるわけもなかった。悪意を感じる報道も中にはあった。それらを目にするたびにいなほが怒っていた。当然、私も心の中で憤りを覚えていた。御蔭で周囲から普段よりペンギン度が上がっていると称された。
けれど、人の噂も七十五日。
情報化社会である現代においては次のニュースがあればすぐに前の情報なんて忘れ去られてしまう。結果、ひと月もすれば茅原泉の報道に関してはなりを潜めた。書籍等に関して言えば寧ろその辺りから姿を現し始めたけれど……。そしてみずきちゃん、いなほの二人がようやっと笑顔を見せられるようになった頃。
その日は雪が降っていた。
曇天から降る雪の姿に、儚さを覚える。いつか私も直江のように消えて行くのだろう。そんな事を考えながら学校へと向かっていた。
その日、いなほは先に学校へ行っていた。最近では割と毎日の事である。元気になって来たものの、未だどこか陰を見せるみずきちゃんを心配してお姉ちゃんががんばっているらしい。相変わらず優しい子だ。御蔭でここ最近は一人で登校していた。学校近くになると湖陽に会ったりすることもあったが、毎日というわけではない。昨日のメールの様子からすると―――未だに掴まっていない犯人についての話――今日はいそうなものだったが、特に出会う事もなく学校へと着いた。
学校の正門。
そこに見慣れない姿があった。
割と大きい学校である。知らない人がいるのは当然で、当たり前のことだが、誰が見ても見慣れない、というのがすぐに分かる姿だった。私以外の人も同じ様にその子に目を向けている。その中で何人かが声を掛けていたが、少し話すれば話し掛けた子達が離れ、校舎の中へと向かう。そして、その子はその場に残ったまま。
和傘を手に持っていた。
着物を身に纏っていた。
髪の長さはちょうど今の私ぐらいだろうか。私好みの長さだった。その髪をポニーテールにしていた。尚更に素敵だった。あの着物少女が百合百合しているシーンは是非見てみたい。などと考えていれば私もその子の近くに辿りついた。
ばれないように少し目をむければ、その子は私に向かって、にやりと笑みを浮かべた。
「やぁ、兄貴。また会ったねぇ」
言って、ケタケタと笑った。
「……京?」
「そうそう。今は出雲桜だけどねぇ。いやー風流な名前だよ。まったく。折角なので名前に合った感じの格好にしてみました。どう?似合うでしょ?似合うよね?似合うに決まっているよね。しかし、久しぶりの女の体ってのも良いものだよねぇ。何十年も男やってたけど、やっぱりこっちが良いと思うよ。色々と、ね?」
「何が色々と、だよ。寧ろ色々と台無しなんだが……」
「私が何十年も無駄に過ごすと思っているの?前の物より精度が良いものを作っていて当然でしょう?……ってあぁ、言ってなかったっけ?別世界への移動方法を私は発見したのさ。だから、この世界に来られたともいうんだけれどね。兄貴がその方法で移動したとは思ってないけどねぇ。でね、私って思いの外強欲でね。これ、多分糞親父の所為だと思うのだけどさぁ。……兄貴は私から逃げられないよ?」
そして再びケタケタと笑う。着物姿には全く似合わないその笑みに何人かの女子高生が引き攣った表情を見せながら急いで校舎へと向かっていた。その内の一人に見知った顔があった。月影御影嬢だった。そっちを見ていたからだろうか、ふいに目があった。あった瞬間、逸らされ、そのまま校舎へと向かわれた。あれか、相変わらず嫌われているのか私。
さておき。
「というか、その出雲何某はどうしたのよ?」
「……あぁ、死んで魂が抜けた所にインしただけだよ。そういう仕組みだからね。魂という不定形な存在は時間にも空間にも束縛されないのさ。次元を一つ昇った所から一つ次元が下の世界に行くのは簡単なんだよ」
「ということは鞍月蓮華も……」
「だと思うよ。どうやって死んだのかとかは分からないけれど……まぁ、肉体的な損傷は殆ど無かったと思うよ。茅原泉の時と同じでね。肉体が完全に死んでいると駄目なんだよ、これ。だってほら、それだとそのまま死ぬだけだし。だから、精神が先に死を迎えたのかな?何かとっても怖い物を見たとかそんなんじゃない?」
「……怖い物……」
あの日記はホラーではあるけれど……
「ま、というわけで家族に無理言って転校してきたから宜しくね?明日からだったかな。あぁ、そうそう。死ぬ時になったら言ってね?今生では湖陽ちゃんに貸すけど、次は私と、だよ?」
頬が引き攣った。
「この強欲爺が」
「こんな可愛い子相手に何を仰るお兄様!楽園と称したのは兄貴でしょう?常若の楽園。私たちはいつまでも若い人生を繰り返す。だからこその楽園でしょう?それに……宇宙が死滅するその瞬間までは見られないけれど、地球が死ぬ瞬間、見てみたいでしょう?理系として」
「……そこは否定しきれんなぁ」
「でしょう?だったら、乗るのも一興じゃない?」
「…………」
「無言は肯定と見なすとは良く言ったものよね。じゃあ、今後ともよろしく。ちなみに確認したけど、ちゃんと妖精さんだから安心してね?一回や二回くらいならその湖陽ちゃんも許してくれるでしょ?」
元ふたなり百合娘だったと聞いたら許可が出そうで怖いのでここで止めておくしかないと、そう思った。寧ろ、この出雲何某になんで男根を外してきたのよ!とか変な方向で怒りそうだから怖い。
「いい加減黙っとけ、この元祖男根主義者」
「いやー、男根は堪能したからこれからは百合原理主義者になるよ。だから安心して頂戴?私、貴女の味方ってねぇ」
「この日和見主義者め」
「ノンノン。それを言うなら、御都合主義ね」
「……あぁ、色々間違ってたよ。お前に一番合ってるのはだねぇ」
「なになに?」
「ヤンデレ」
「うんうん。間違いないね。転生前の私の腹違いの妹がクレイジーサイコレズ、とかラノベのタイトルみたいだよねぇ」
暖簾に腕押しのような、そんな妹が私の人生に入ってきた。
楽園がまた少し、賑やかになった瞬間だった。
「兄貴……いや。この言い方やめよっかなぁ。……というわけで、蓮華ちゃん。例の部活とやら、一人足りないって話をしていたよね?私が入ってあげるよ。いいや、入るからさっさと入部届け頂戴?」
何だか……何とも言えないご都合主義的だけれど……まぁ、こういうのもたまには良いかな。楽園ではご都合主義な事もあるだろうし……
これで漸く部として認められて、部活動もできるなぁなんてそんな事を考えていれば、和服美少女と会話している私を見つけた湖陽の姿が見えた。なんだかとってもニヤニヤしている半面、嫉妬に満ちた表情をしていた。どっちかにしろと言いたい。
しかし、いい加減犯人を見つけてあげないとなぁ。
直江の……出雲桜の知恵を借りれば、なんとかなるかな。
「じゃあ、今後ともよろしくね……後輩」
「年上なのな」
「二年生だねー」
「じゃ、これからよろしく、出雲先輩」
「そこは桜じゃないと!」
冬が終われば春が来る。
そう、桜の季節だ。
了