お婆様よ永遠なれ!
25.6.3 一部のセリフ等を修正しました。
改めて目の前に横たわる人物を確認する。
年齢は10代前半ぐらいで、まだ少女と言った感じである。
目鼻立ちがはっきりしているが、美しいというよりは可愛らしいと言った感じで、十分美少女と言えるだろう。
髪は透き通るような黄金色で、床に広がった髪は美しい曲線を描き、まるで黄金の装飾品のようだ。
背丈は低く、お婆様と同じぐらいだろうか?
体付きはほっそりとしており、お胸は残念な感じである。
いや、ちっさいのもおっきいのも俺は差別しないよ。
どっちも良いものです。
更に確認していると、耳がおかしい事に気が付いた。
長い。
長いのである。
これは、所謂エルフ耳と言うものではなかろうか?
人の耳を真横にグイッと引っ張り伸ばした感じである。
うん、凄く似合ってる。
「さて、どうしたものか……」
声に出してみるが、もちろん回答が帰ってくる訳は無い。
素人目ではあるが呼吸は正常にしているようなので、気を失っているだけなのだろう。
その内目を覚ますとは思うのだが。
改めて地面に横たわる少女を見る。
出来れば地面でなく土間にでも上げて寝かせたいのだが、如何せん今の俺では持ち上げることが出来ない。
持ち上げる方法を考えるのは早々に切り上げて、一番の問題であるこの少女が誰なのかを考える。
①お婆様が若返った
②お婆様を訪ねて来たお客さん
③実は部屋に忍んでいた賊
④先ほどの魔法で召喚されてきた
さあ、どれ!?
まず、最初に考えた1番。
先ほどの魔法が多分暴走した結果、若返りの魔法になってしまい、お婆様が若返って美少女に!
うん。
これは有りだな!
都合が良すぎるとか、俺には影響が無いのは?とか、何故お婆様の耳が伸びてるとか、色々突っ込みどころは多いけど俺的に有り!
どうせ魔法教わるなら、可愛い美少女なお婆様(?)に教わるほうが嬉しいしね!
そして、2番と3番。
この少女がお婆様とは別人と考える説だ。
偶然お婆様と同じローブを着ており、俺に気付かれないように、横をすり抜け部屋の奥へ移動したと……。
3番なら事前に部屋の奥に潜んでたという可能性も有るかもしれないが……。
……無いな。
というか、お婆様はどこに行ったんだよっていう話である。
4番も別じ──「ぅ……、うぅ」
くだらない事を考えている間に、気が付いたようである。
少し距離を取り、一応警戒だけはしておく。
小さな呻き声と共に少女は上体を起こし、辺りを見回す。
意識がまだ朦朧としているのか、動作は緩やかである。
こちらに気が付いたようで、段々と瞳にも意識の光が灯ってくる。
「う~ぅ、ルーイさっきのはなんじゃ? 何が起きたのじゃ?」
この喋り方はお婆様だな。
声はかなり可愛らしくなってしまっているけど。
「お婆……様ですよね?」
「何を言うておるのじゃ? しかし、さっきの光は何じゃったんじゃ? 何かが光ったかと思ったら……気を失っておったのかの?」
やはり間違いないようだ。
まだ完全に頭が回っていないのか、自分の姿に気が付いていない。
「お婆様、あの……鏡か何か見たほうが……」
「さっきからどうしたんじゃ? どこか怪我でもしておるのかえ?」
そう言いながら鏡を覗き込み、停止する……。
──ガバッ!!
凄い勢いで、ローブを頭から被り蹲った。
何故か小刻みに震え悶絶している様だ。
しばらくすると、枯れ草色のローブに包まれた物体から、ブツブツと声が聞こえてくる。
そっと聞き耳を立てながら近づこうとすると、徐に起き上がった。
「おや? ルーイどうしたのじゃ?」
起き上がって見ると、何も無かったように、いつもの皺くちゃな顔のお婆様の姿がそこにあった。
「ど、どうしたんじゃ? 儂の顔に何か着いておるのかの?」
どうやら、何も無かった風に誤魔化そうとしているらしい。
状況から察するに、少女の姿を隠したいのであろう。
とりあえず、無表情でジィーーっとお婆様を見つめてみる。
「な、なんじゃ、その目は? そんなに見ても……」
ジィーー。
「ル、ルーイ……?」
ジィーーーー。
「あ、あの、ルーイサン?」
ジィーーーーーー。
「…………」
「…………」
「あぁ、もう! 分かった! 分かったのじゃ!」
視線に耐え切れなくなったようで、老婆の姿から先ほどの少女の姿へと変わっていく。
「ぐぬぬぬぬぅ、この姿がばれるとは不覚じゃ……」
老婆の姿から完全に少女の姿へと元通りである。
……と、思いきや一点だけ強い違和感を感じる。
先程気を失っていた時よりも大きいのである。
胸が……。
先程は絶壁といっても過言ではなかったのに対し、今は大きな二つのお山が突き出している。
美少女でロリで巨乳という、ファンタジーがそこにあった。
これが俗に言うロリ巨乳というやつだろうか。
ロリと豊満な胸。
相反する二つの要素を内包するその姿はまさに芸術!
更に美少女と来ればまさに奇跡と言えよう!
もちろん、俺はそんな感情等おくびにも出さず無表情で視線を送り続けるわけだが。
「むーー! わーかーったのじゃっ!!」
頬を赤く染め、半べそを掻いている姿にちょっとゾクゾクと来るものが有る。
俺は『S』だったのだろうか?
瞬く間に少女の胸は萎み、一つのファンタジーが幕を閉じた。
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「さて、どこからお聞きしましょうか?」
「はぁー、ばれてしもうては仕方ないの。 もう何でも来いじゃ」
流石に諦めた様子だが、若干剥れ気味である。
とりあえず事情を聞くために、お互いいつもの様に机に向かい合わせに座る。
「まず初めに確認して置きたいのですが、あなたはお婆様で間違いないんですよね?」
「そうじゃ。 儂がこのロアナ村の魔女兼薬師兼相談役のエルドラじゃ」
どうじゃ!という具合に胸を反らしているが、無い乳は無い乳である。
「お婆様の名前ってエルドラ様だったんですね」
「お、お主、今まで知らなんだのか?」
「すいません」
本当に知らなかったので、素直に謝っておく。
家の両親や村の人達もお婆様としか呼んでいないので、全く知らなかったのだ。
「ところで、お婆様のその姿なのですが……今の姿が本当の姿なんですか?」
「うむ。 これこそ儂の本来の姿じゃ。 どうじゃ、美人じゃろ?」
何故か話せば話すほど、お婆様の印象が崩れて行く。
こちらの方が素なのか、今までに比べて幼いというか軽い。
見た目と精神的な年齢というのは、相関関係にあるのだろうか?
事実、俺も転生し体が若返ったせいか、精神的にも若返ったような気がしている。
こちらに来る前は、疲れた中年のおっさんの典型だったからな。
「それはそうと、あのお婆様の姿は魔法か何かですか?」
「お主、今スルーしたじゃろ……まあ、ええわい。 そうじゃ、あれは幻影の魔法といって、幻を見せる魔法じゃ」
「もしかして、それを使っていたからお婆様の周囲の大気は薄かったのかな?」
「多分そうじゃろうが、それほど薄くなってはおらん筈なのじゃがなぁ……お主の感覚が鋭いんじゃろうな。 儂はそこまで細かくは分からぬからの、言われた時は焦ったわい」
お婆様は大気の濃淡をかなり細かく感じ取れるらしい俺に驚いているようだが、俺もお婆様の魔力に驚いていた。
幻影の魔法がどれぐらい魔力を消費するかは分からないが、発光の魔法よりも少ないと言うことは無いだろう。
それを常時発動しても、小気切れにならないというのは本当に凄い。
流石はお婆様である。
そう言えば、エルフ耳をしているが、こちらの世界にはエルフという種族がいるのだろうか?
エルフと言えば、森に住む閉鎖的な種族で、耳が長く、魔法に長け、男女共に見目麗しいというのが、お決まりなのだが……。
「お婆様の耳が長いのは種族的なものなのでしょうか?」
「あぁ、これかの?」
一瞬だが、お婆様の表情が翳る。
拙い事を聞いてしまったのだろうか?
「この姿を見られてしまったんじゃ、今更隠すことも無いかの。 そうじゃ儂はエルフなのじゃよ」
どうやら、エルフで合っていたらしい。
となると、ドワーフや獣人なんかもこの世界には居るのだろうか?
「……と言っても、儂は半分だけの出来損ないじゃがの」
「ハーフと言う事ですか?」
「そうじゃ、母がエルフで父が人間だったんじゃよ」
お婆様の反応から、あまり言いたい事柄では無い気がする。
人間とエルフのハーフというのは、何か問題が有るのだろうか?
漫画などで、ハーフは純血の者達から迫害されるという描写を見たことがある。
昔ならこういった繊細な問題に、自分からは関わらないのが信条だったが、これからの生活において知っておくべき事だと思う。
なので、お婆様に心の中で詫びながら、もう少し詳しく話を聞いて見ることにする。
「すいません、良く分からないのですが、ハーフというのはそれほど問題が有る事なのでしょうか?」
「そうじゃの、この村には人間しか居らぬからの。 よし、良い機会じゃ種族等について少し話してやろうかの。 ちょっと待っておれ」
お婆様は壁の棚をあさり、新聞紙の半分ぐらいの大きさの紙を取り出した。
かなり古い物なのか、茶色く変色しており、所々破れている。
破かないように、そっと机の上に広げる。
「これは地図と言う物での、我々が住んでおるコートアナ王国とその周辺の地形や町の位置等が書かれておる。 詳細な物は国に規制されておるため、かなり大雑把な地図じゃがの」
地図には縦長のひし形をしたコートアナ王国が描かれており、東側に『フォルス王国』西側に『ミトロギア帝国』が描かれている。
北側は海に接しているようだが、南側は空白である。
「ここが儂等が住んでおるロアナ村じゃ」
コートアナ王国の東南、フォルス王国の国境線から少し離れた部分を指している。
小さな家のようなマークが描かれており、確かに『ロアナ』と描かれている。
村の周りからフォルス王国にまたがって森が描かれている。
近くの森は隣国まで繋がっているらしい。
ここまで大きな森だったとは……。
「この3国共に人間が治める国じゃ。 そして、人間と同時にエルフやドワーフ、獣人、妖精族などが暮らしておる。 もしかするとルーン族等も居るかもしれんがの」
エルフやドワーフなんかはファンタジーのお約束で分かるが、ルーン族というのはなんだろうか?
「エルフやドワーフなんかは何となく分かるのですが、ルーン族というのはどういう種族なのでしょうか?」
「ルーン族というのはの、見た目はエルフと良く似て居るのじゃが、生まれながらにしてエルフよりも膨大な魔力を持った種族じゃ。 その身にオリハルコンという宝石を埋め込んでおっての、元々貴重な物な上にルーン族が持つそれは膨大な魔力を蓄積しておる為、常に命を狙われておる。 歩く宝石等と言う輩までおる始末じゃ」
「お婆様は出会ったこと有ります?」
「ないない。 ルーン族を見かける事はまずないの。 さっきも言ったが奴等がもっておるオリハルコンは、目玉が飛び出るような値が付くでな。 人間に限らずどの種族からも命を狙われておるから、まず人前に出て来ぬのじゃ。 一度発見されれば国を挙げて狩りが行われるぐらいじゃからの。 なのでそういう種族も居る程度に知って居ればいいじゃろ」
酷い話である。
伝説の金属が出てきたかと思ったら、それを体に持っている種族は世界中から命を狙われているとか。
いくら価値の有る宝石とは言え、この世界の命の安さと言うか倫理観を改めて感じさせられる。
「さて、少し話が逸れたが、そんな人間以外の種族を人は『亜人』と呼び、差別や迫害の対象とする事が有るのじゃ。 その中でもエルフやドワーフ等よりも見た目的に獣に近い獣人が、強く迫害される傾向に有るの。 国によっても差別の度合いが違い、コートアナ王国はそれほどでは無いが、国の要職にそういった種族の者が、ほとんど居ないと言う点からも、推して知るべしじゃな。 西のミトロギア帝国に至っては露骨な迫害対象としておる」
「うちの国はまだまともと言うことですかね」
「そうじゃな。 普通に暮らす分には然して問題ないの。 とは言え、昔は今よりずっと厳しくての幻影魔法を使っている内に今に至ると言う訳じゃ。」
やはり見た目が違うと言うのは、どこの世界でも差別や迫害の対象となるんだな。
同じ人間の中でも、肌の色や髪の色等で差別されたりするしね。
今の俺みたいに……。
黒い髪のせいで、悪魔だと言われ村の子供達から絶賛ハブられ中の俺としては、身につまされる話である。
「魔法を使ってまでこの村に住んだのは、やはりエルフの村に住む事が出来なかったからですか?」
「中々ズバッと聞いてくるの」
「あ! す、すいません! もし言いにくい事だったらいいです」
「いや、此処まで話したのじゃ構わんよ。 まあ、エルフに関わらず他の種族もそうじゃが、やはり人間に対して良い感情を持っていない者が多い。 エルフに至っては元々閉鎖的な種族じゃし、ハーフである儂には難しかったんじゃよ。 それにこの村に来た時、色々と有っての……」
「色々ですか?」
「うむ、色々じゃ」
その色々までは、話してくれないようである。
お婆様のおかげで、何となく亜人に対する人間側のスタンスが見えてきた。
まあ、俺は元々種族で差別したりするつもりは無いけど。
しかし、筋骨隆々の2メートルを超える様な虎の獣人等と会ったら視線を逸らす自信は有る!
元々、ヘタレですので。
「そういえば、村の人達はお婆様の正体を知っているんですか?」
「いや、知らんじゃろうな。 儂がこの村に来た時の村長は知っておったが、墓まで持って行くと言っておったからの。 今の村長は知るまい」
「今まで良くばれませんでしたね」
「ぬふふふふ、それはあれじゃ年季が違うからの! 伊達に何十年もやっておらんのじゃ!」
えっへん!とまたもや無い乳を逸らすお婆様。
いや、今はお少女様か?
「でも、僕にはばれてしまったと……」
「うぐっ! あれは流石に予想外過ぎたのじゃ。 いきなり家で気絶させられるとは思わんじゃろ! そもそも何であんな事になったんじゃ?」
いかん!
日本語で呪文を詠唱したなんてのをどう説明すれば!?
「さ、さあ? 僕も突然の出来事で一緒に気絶しちゃいましたので」
「ふむ、何かしらの理由で呪文が暴走したとかかの? 呪文があんな形で暴走するなど聞いたことが無いが、これからはもう少し気を付けて練習する必要が有るの」
「はい! 分かりましたお婆様!」
「のー、ルーイや、さっきからずぅ~~~~っと気になっておったんじゃが……」
「は、はい? なんですかお婆様?」
「それじゃ、それ! だ・れ・がババァだと言うんじゃ!?」
「イタイ! イタイレフ、オババハマ!」
「まだ言うか!? 見てみるが良い! このピッチピチのお肌! 春の涼風を思わせるような流れる黄金の髪! そして愛くるしいボディを! これがババァな訳が無いじゃろうが!」
「いや、だって今までずっとそう呼んでたじゃないですか」
と言うか、自分でも一人称が『ババ』か『儂』だったし!
とりあえず、話が逸れたから良いけど。
引っ張られたほっぺたを擦る。
赤くなってるなコレ。
「今までは今までじゃ! お主は儂の本当の姿を知っておるのじゃし、お婆様等と呼ばれてとうないぞ」
「じゃあ、なんて呼べば良いのですか?」
「……そうじゃの、エルちゃんとかエルお姉ちゃんとかどうじゃ!?」
「いや、駄目だろ」
「うん、なんじゃって?」
「い、いえ何でも無いです!」
危ねぇ!
一瞬素が出ちまったよ!
というか、他の人達から見たらお婆様は老婆なんだから、そんな人にエルちゃんとか、エルお姉ちゃんとか言ってたら俺がやべーよ!
「いや、流石にそれは気さく過ぎるかと……」
「なんじゃ、駄目か? 可愛いと思ったんじゃがの」
あんたは良いかも知れんが、俺の黒歴史に新たな1ページが追加されちまうじゃねーか!
「せめて、先生とか師匠とかでどうでしょうか? 実際に魔法を教えてもらってますし、両親には文字の読み書きや計算を習ってるって事にしてますので」
「ふむ、ならばそれで我慢しておくかの。 というか、計算とか読み書きが出来なかったらエイナル達に怪しまれるのではないか? なんならそっちも教えてやるぞ?」
「いえ、そちらの方は大丈夫です。 読み書きは大体できる様になりましたし、計算も問題ないかと」
「……本当にお主は不思議な奴じゃの」
「色々有るんですよ僕も」
「そうか、色々じゃな……」
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寝る前に、今日の出来事を思い出し、頭の中で情報を整理する。
気軽にメモを取る事が出来ないので、その日あった事を順番に思い出し、出来るだけ忘れないように心がけるのだ。
今日は色々と有って、お婆様改め師匠との距離が少しだけ近づいた気がした。
そして、お婆様の中の人はエルフな美少女であったわけだ。
ラノベとかでは王道である。
おっさんが出て来ても嬉しくないし、素直に美少女だった点を喜ぶとしよう。
しかし、今までの人の良い老婆から一転、あのロリはどうなのだろうか。
見事なまでに、今までの尊敬する婆様像を破壊してくれたのは間違いない。
意外な事実と言うものは、いつも急にやってくる。
明日から今までと同じように、師匠に接する事が出来るだろうか?
素が出ないよう気をつけるとしよう。
ベッドに横になり、窓から覗く夜空が目に入る。
宝石のように星が煌き、笑顔で親指を立てたお婆様の顔が見えた気がした。
お読み頂きありがとうございます!
ご感想・ご指摘等有りましたらよろしくお願いいたします!