俺の上司の様子がおかしい
冥界
現世では死者が集う、まるで地獄のような世界だと言われている。
だが、実はそんな恐ろしい世界じゃない。死者は確かに集うが、それは生前の罪を裁かれ、来世を決める為だ。
冥界は現世とそう変わらない社会性がある。ここで犯罪を犯せば勿論捕まるし、法律で裁かれる。
ただ、それを行う連中が現世と違うだけだ。
ここじゃ、警察の代わりが鬼で、裁判官が死神、裁判長が閻魔様だ。
まあ、現世には絶対にない仕事もあるが・・・
「ウツロ!手を止めるな!さっさとこの書類の山を捌きなさい!」
っと、色々考えてたから手が止まってたか。
ああ言い忘れていた。俺は、ウツロ。この冥界に住むごく普通の冥界人だ。そして、さっき俺を怒鳴りつけたのが上司のテルミ。容姿端麗、文武両道なスーパーウーマンだ。
「ふざけんな!山じゃなく山脈の間違いだろ!こんなの二人で片付けられるか!」
テルミは実は閻魔で本当なら冥界の中央裁判所で働くのだが、死者と罪人を裁ける権利だけ貰い株やバイトで貯めた金で雑居ビルの二階を買い取り、そこを自宅兼法律事務所に改造した。早い話、個人裁判所を創立させたのだ。
俺は、この法律事務所が出来上がった時から働いているが、未だに俺とテルミしかいない。誰も、面接に来ないからだ。
じゃあ、何で俺がここで働いているのか。本当だったら俺も面接すら出る気もなかったんだが、
回想
「オイコラ、いきなり拉致拘束ってどういうことだ!さては最近噂になってる誘拐犯か!」
「違うわよ。ちょっと私の助手になってほしいのよ。三日前に法律事務所を創ったんだけど、まだ誰も面接に来なくてね。しびれを切らしてたところだったの。そしたら、ちょうど仕事が欲しそうにしてたあんたを見つけたわけ」
「だからといって、なぜ拉致した!なぜ拘束した!」
「そりゃ、正面からいっても断られるから逃げ道が無いようにしたのよ。ちなみに、うんかはいかYESで答えない限り拘束を解くつもり無いから」
回想終了
拉致拘束のうえ、解放を交換条件に出された結果がいまの現状だ。
まあ、苦情が一月に10件近く来るわ、上司の仕事怠慢で書類が部屋を占領したり、理不尽に上司に殴られたり、責任を全て俺に押しつられたりしたが割と楽しんでる。
「テルミ、こっちの書類は全部処理したから判子頼む」
「ん、ご苦労さ・・・ってまだそんなにあるの!」
「優先度が高い順に重ねてあるから、そのまま上から取っていけば問題ない」
「もう限界よ!かれこれ半日近く机に向かってんのよ!お願いだから休ませて」
「俺だって同じだよ!あとその書類を片付ければ、今日は終わりなんだ。頑張れ!」
「くう~!」
この後、無事に書類を処理した俺達は色々と限界がきていたのか机に突っ伏して寝ていた。
俺達が出会って幾月が経ったある日、テルミの様子がなんか妙になった。
視線に熱がこもっているし、仕事の最中上の空になっていたりとおかしい。
理由を聞こうにも「何でもない」といって、そそくさ俺から離れる。何か嫌われるようなことをしたか尋ねると大声で否定してくる。
本当にどうしたんだ。
「なあ、仕事もろくに出来なくなるような悩みなら相談にのるぞ」
「・・・あ、いや、大丈夫。本当に大丈夫だから。こればっかりは私で解決しないと」
「・・・そうか」
いつになく強情になってるな。というか、今日事務所の査定の日だぞ。このままで大丈夫か。
まあ、苦情は来るがそれなりに評判は良いからな。はぶかれた死者を正当に裁いたり、なかなか取り合ってもらえないようなことも解決したりと、近所ではそこそこ有名になった。
「あ、あのさ。査定終わったら、ちょっと事務所に残ってくれない?」
「ああ、かまわないけど。どうしたんだ」
「少し、伝えたいことが・・・」
何だろうか。テルミが命令を出さないで、ここに残るように言ってくるなんて、いままで無かったのにな。
無事に査定を終え、事務所でくつろいでいると諸連絡を受けていたテルミが戻ってきた。
「で、伝えたい事ってなんだ」
「え・・・っと、その。非常に言いづらいんだけど・・・」
「言いづらいんだったら無理して言わなくても」
「ううん、今日こそちゃんと伝えたいから。その、私・・・あんたのこと、す・・・好きだから!付き合って!」
「・・・・・・え」
ス・・・キ?誰が、テルミが。誰を、俺を。
え、これって・・・告白?
「本当はもう少し早く言いたかったけど、なかなか言い出せなくて。でも、今日はあんたを雇って半年目だったから今日じゃないと駄目だと思って。つ、つき合ってくれる?」
そっか。ここ最近様子がおかしいなと思っていたら、こういうことだったんだな。
なら、俺もしっかり答えを出さないと。
「・・・俺で良かったら、付き合おう」
「・・・本当に、いいの。突然告白しといと自分勝手じゃない?」
「テルミが自分勝手なのは今に始まった事じゃないから問題ない。それに、気づいてやれなくてごめんな」
そう言って、俺達は唇を重ねた。事務所も外も驚くほど静かで俺達の息だけが耳に響く。
そして、俺は心に誓った。
これから何があってもテルミを裏切らないと。