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女騎士団長様の仕立て直し ~その心、私が優しく縫い合わせます~  作者: 団田図


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第18話 ベッドの中の温もり

 その夜、王都の空が急変した。

 激しい雷雨が、石造りの屋敷を叩き始めたのだ。


 ドォォォオオオン!!


 窓ガラスがビリビリと震えるほどの雷鳴。

 寝室のベッドで、クラリスが弾かれたように身を縮こまらせた。


「ひっ……!」

「団長?」


 同じ部屋、横に置いたベッドで寝ようとしていたベラが振り返る。

 クラリスは布団を頭から被り、ガタガタと震えていた。


「……いやだ……来ないで……ごめんなさい……ッ!」


 錯乱している。

 ベラはすぐに悟った。これはただの雷恐怖症ではない。

 幼い頃、雷の鳴る夜に何か怖い体験をした記憶――トラウマが蘇っているのだ。

 普段の「氷の処刑人」の仮面が剥がれ落ち、傷ついた幼子がそこにいた。


「団長、大丈夫です。私がいます」


 ベラは駆け寄り、布団の上からクラリスを抱きしめた。


「……あ、あ……怖い……暗い……」

「怖くありません。ここは貴女の城で、私は貴女の味方です」


 ベラはクラリスの顔を覗き込み、汗ばんだ額を拭った。


「……一緒に寝ましょうか。ベッドは広いですから」

「……い、いいのか? 貴様は怪我人で……」

「貴女が震えていると、私は心配になり傷に障ります」


 ベラが悪戯っぽく言うと、クラリスはようやく少しだけ正気を取り戻した。

 ベラはクラリスがいるキングサイズのベッドに入り、お互い横になり向き合った。


「おいでなさい」


 クラリスはおずおずと、しかし縋るようにベラの懐に潜り込んだ。

 ベラの右腕がクラリスを包み込む。

 本物の体温。お日様の匂い。そして、トクトクと脈打つ生きた鼓動。


「……あったかい」


 クラリスはベラの胸に顔を埋め、深呼吸をした。

 雷鳴が轟くたびに体が強張るが、そのたびにベラが背中を優しくトントンと叩く。


「……心まで、あったかい」


 無意識の寝言。

 それは、クラリスが今まで誰にも言えなかった孤独の吐露だった。

 ベラは胸が締め付けられる思いで、彼女の銀髪に口づけを落とした。


「おやすみなさい。……もう、何も怖くありませんよ」


 やがて、クラリスの呼吸は深く、安らかな寝息へと変わっていった。

 嵐の夜。

 氷の城の主は、初めて「孤独」という寒さから解放された。


   +++


 翌朝。

 嵐は嘘のように去り、窓からは眩しい朝日が差し込んでいた。


「……ん……」


 クラリスが目を覚ます。

 隣には、穏やかな寝顔のベラがいる。

 自分がベラにしがみつき、タコのように手足を絡めて寝ていたことに気づき、クラリスの顔が沸騰した。


「~~ッ!!」


 飛び起きようとして、髪が絡まって痛みが走る。

 鏡を見ると、昨夜の湿気と寝相の悪さで、銀髪が大爆発を起こしていた。

 芸術的な寝癖である。


「……あら。おはようございます、団長」


 目を覚ましたベラが、その惨状を見て吹き出した。


「ふふ、元気なお髪ですね。……お直ししましょう」


 ベラは洗面所から蒸しタオルを持ってくると、クラリスの頭を包み込んだ。

 じわ~っと伝わる熱と、ベラの指のマッサージ。

 クラリスは抵抗する気力もなく、されるがままに猫のように目を細めた。


(……悪くない)


 こんな朝が、毎日続けばいい。

 そう思った時だった。


 チク、タク、チク、タク……。


 静寂な部屋に、時計の音が響いた。

 ベラの顔色が、ふと曇った。

 彼女の視線が、暖炉の上に飾られたアンティークの置時計に注がれる。

 精巧な細工が施された、重厚な時計。


「……綺麗な時計ですね」


 ベラが何気なく尋ねる。


「ああ。団長就任の時、ヴァルデング様が贈ってくださったものだ。『時は公平だが、使い手を選ぶ』とな。私のお気に入りだ」


 クラリスは誇らしげに言った。

 だが、ベラは凍りついていた。

 

 臭う。

 その時計から、微かに――だが確実に、あの臭いが漂っている。

 

 腐った果実と、鉄錆の臭い。

 昨日の魔獣からした臭いと同じ。

 そして、ヴァルデング自身から漂っていた臭いとも。


(……カチ、カチ……)


 時計の秒針の音が、あの透明魔獣が顎を鳴らす音と重なって聞こえた。

 この家の中にも、あの男の目が届いている。

 この時計は、ただの贈り物ではない。クラリスを監視し、支配するための「呪いのくさび」なのだ。


「……ベラ? どうした、怖い顔をして」

「……いえ。素晴らしい細工だなと思いまして」


 ベラは笑顔を作ったが、その瞳の奥には冷たい決意の炎が灯っていた。

 

(許さない。……この子の安息の場所まで、土足で踏み荒らすなんて)


 ベラは、無防備に微笑むクラリスの髪を、守るように強く撫でた。

 氷の鳥籠での同居生活。

 それは甘い蜜月であると同時に、見えない敵との戦いの始まりでもあった。

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