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女騎士団長様の仕立て直し ~その心、私が優しく縫い合わせます~  作者: 団田図


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第10話 復讐の理由

 妹が「騎士団の裏」に関わる秘密を知ってしまった可能性が高いこと。

 犯人が透明な何かを使う手練れであり、それにつながる黒幕が騎士団、あるいは治安維持局の上層部にいるかもしれないこと。

 だから、お針子として騎士団に潜入したこと。


 全てを話し終えると、ベラは自嘲気味に笑った。


「復讐のために騎士団を利用するなんて、褒められた動機ではありませんね。……幻滅されましたか?」


 問いかけに対し、クラリスはすぐには答えなかった。

 彼女は膝の上で拳を握りしめ、視線を地面に落としていた。


「……ベラ」

「はい」

「なぜ、私に話した?」


 クラリスの声は、どこか怯えていた。


「私は騎士団の団長だ。貴様の言う『上層部』側の人間だぞ。私が黒幕に通じている可能性だって、十分にある。なのに何故……話した」


 クラリスは自分自身の立場を呪うように言葉を紡ぐ。


「もし私が敵だったらどうする? 今ここで貴様を捕らえて、口封じをするかもしれない。……私だって、怪しいかもしれないのに」


 自分は「氷の処刑人」だ。冷酷で、誰も信じない。そうやって生きてきた。

 だから、ベラに信じられる資格なんてないと思っていた。

 

 しかし。

 ベラは、あろうことか「ふふっ」と楽しそうに笑い出したのだ。


「な、何がおかしい!」

「いえ……団長が怪しいだなんて、あり得ませんから」

「なっ……根拠はあるのか!?」


 食って掛かるクラリスに、ベラは優しい瞳を向け、そっと彼女の手を取った。


「ありますよ。……貴女の『縫い目』が言っています」

「ぬ、縫い目……?」

「ええ。貴女が着ている服、ボタンの掛け方、マントの結び目。……そして何より、今の貴女の表情」


 ベラの針子の眼(スティッチ・アイ)は、すべてを見通していた。


「服の縫い目と言うのは着る人に馴染んでいくんです。悪意のある人間は、もっと澱んだ服の縫い目になります。呼吸が浅く、筋肉が嘘をつくために強張っていく。……でも、貴女は違う」


 ベラの手が、クラリスの頬に触れる。冷たい風に晒されていた頬は、ベラの手の温かさに触れて、ほんのりと赤く染まった。


「貴女は、いつだって必死で、不器用で……誰よりも『正しい形』であろうとして傷ついている。そんな人が、妹を殺した犯人と同じ側なわけがありません」


 断言だった。

 何の証拠もない。ただのベラの勘だ。

 けれど、その言葉はどんな論理的な潔白の証明よりも、深くクラリスの心に突き刺さった。


「……っ」


 クラリスの瞳が潤み、視界が歪む。

 誰かに、こんな風に肯定されたことがあっただろうか。

 「貴女は悪くない」「信じている」と、全幅の信頼を寄せられたことが。


「……馬鹿者。……お人好しめ」


 クラリスは声をつまらせながら、ベラの肩に頭を預けた。


「……私も、共犯になってやる」

「団長?」

「その真相……私の『氷』で追い詰めてやる。貴様の妹を奪った奴を、絶対に許さない。……だから」


 クラリスはベラの服をギュッと掴んだ。


「一人で泣くな。……私のハンカチを使え」

「ふふ。はい、もうお借りしましたよ」


 廃墟に吹く風は冷たかったが、二人の間には、確かな体温があった。

 それは主従を超えた、共犯者としての、そして互いを唯一無二の存在と認め合うパートナーとしての絆の始まりだった。


+++


 日が傾き始めた頃、二人は並んで帰路についていた。

 行きとは違い、二人の距離はずっと近くなっていた。

 クラリスはもう変装のゴーグルを外し、マントの泥も(ベラがハンカチで拭いて)ある程度落としている。


「お腹、空きませんか?」

「……空いていない。武人たるもの、空腹ごときで……グゥゥゥゥ」

「ふふ、正直なお腹ですね。帰ったらオムレツを作りましょうか」

「……チーズを入れろ。たくさんだぞ」


 そんな他愛もない会話をしながら大通りを歩いていると、ベラがふと足を止めた。

 一軒の古い裁縫道具店の前だった。


「あら」


 ベラの視線がショーウィンドウの一点に釘付けになる。

 そこには、職人が手作りした一点物の裁縫道具が並べられていた。

 ベラが見つめていたのは、持ち手が木彫りの猫の肉球の形をした、可愛らしいリッパー(糸切り)だった。


「可愛い……。これなら、解く作業も楽しくなりそうですね」


 ベラは目を輝かせたが、値札を見て少し眉を下げた。職人の一点物だけあって、なかなかのお値段だ。

 

「……また今度にしましょうか」


 そう言って歩き出そうとしたベラの腕を、クラリスが掴んだ。


「待て」


 クラリスは無言で店に入っていくと、カウンターの店主にドン! と金貨を叩きつけた。


「あれをくれ。あの猫の手のやつだ!」

「へ、へい! ありがとうございます!」


 あまりの勢いに店主も引いていたが、クラリスはお釣りを待つのももどかしく、包んでもらったリッパーをひったくって店を出てきた。


「……ほら、やる」


 ぶっきらぼうに突き出された小箱。ベラは目を丸くした。


「団長? いけません、こんな高価なもの……」

「支給品だ!」


 クラリスは顔をそっぽに向けたまま、言い募った。


第零班ゼロの専属衣装係には、最高級の道具が必要なんだ。これは業務効率化のための投資だ。……勘違いするな」


 耳まで真っ赤にしているその横顔を見て、ベラは吹き出しそうになった。

 「支給品」に猫の肉球を選ぶ団長なんて、世界中どこを探してもいないだろう。


「……それに、だ」


 クラリスはモゴモゴと小さな声で付け加えた。


「それを使っている時は……貴様が、笑っていそうだからな」


 ベラの胸が、きゅん、と音を立てた。

 糸を解く作業。それは、間違った縫い目を直す時や、古くなった服を解体する時に行う、少し寂しくて根気のいる作業だ。

 でも、この肉球リッパーがあれば、きっとその時間も愛おしいものになる。

 クラリスは、ベラの「仕事の時間」さえも、幸せなものにしようとしてくれているのだ。


「……ありがとうございます、団長」


 ベラは小箱を両手で包み込み、胸に抱いた。


「これがあれば、どんな頑固な糸も、複雑に絡まった事件の謎も、きっと優しく解けそうです」

「……フン。当然だ。壊したらまた買ってやる」


 クラリスは腕組みをして早足で歩き出す。その後ろ姿は、行きよりもずっと頼もしく、そして可愛らしく見えた。


+++


 王立騎士団本部、第零班執務室。

 黄昏時の淡い光が差し込む部屋に、ジュウジュウと小気味よい音が響いていた。


「いい匂いだ……」


 執務机に頬杖をついたクラリスが、うっとりと鼻を鳴らす。

 漂ってくるのは、焦がしバターとケチャップの芳醇な香り。

 ベラは持ち運びコンロの前で、手際よくフライパンを振っていた。ただし、いつもの質素なエプロンドレスではない。今日は休日だ。淡い空色のワンピースに、緩く編んだ髪。その背中は、騎士団のお針子ではなく、どこにでもいる家庭的な女性そのものだった。


(……私服のベラ。新鮮だ)


 クラリスの視線が、ベラの腰のラインや、ふわりと揺れるスカートの裾に釘付けになる。

 いつもより無防備で、柔らかそうな背中。

 墓参りでの緊張が解けた反動か、クラリスの中に抑えきれない甘えん坊の衝動が首をもたげた。


 ガタッ。

 クラリスは椅子を立つと、音もなくベラの背後に忍び寄った。


「……団長? つまみ食いはまだだめですわよ」


 ベラは振り返らずに苦笑する。背中に視線の熱を感じていたからだ。

 だが、クラリスは答えなかった。代わりに――。


 ぎゅっ。


 背後から、ベラの腰に両腕を回した。

 そして、その背中に自分の額をこつんと預ける。


「だ、団長……?」

「……黙れ。充電中だ」


 クラリスはくぐもった声で呟き、さらに強くしがみついた。

 ワンピース越しのベラの体温。石鹸の匂い。

 いつもの硬い制服の生地とは違う、柔らかな綿の感触が、クラリスの頬を優しく包む。


「動きにくいのですが」

「動くな。……いや、動いていい。料理を続けろ」

「無茶をおっしゃる」


 ベラは困ったように笑ったが、その腕を振りほどこうとはしなかった。

 彼女の『針子の眼』には見えていたのだ。クラリスの肩の力が抜け、呼吸が深く、穏やかになっているのが。まるで、巣穴に戻ってきた小動物が、親の毛皮に包まれて安心しきっているような状態だ。


(今日はたくさん泣いて、疲れてしまったのね)


 ベラは背中に重みを感じながら、あえてそのまま卵液を流し込んだ。

 ふわ、とろ。半熟のオムレツがチキンライスの上に乗る。

 背中のクラリスが「おぉ……」と感嘆の吐息を漏らすのが振動で伝わってきた。


「はい、お待たせしました。特製オムライスの完成です」


 皿に盛り付け、仕上げにケチャップで描いたのは――今日プレゼントされたばかりの『猫の肉球』マーク。


「……離れていただかないと、食べられませんよ?」

「む……」


 クラリスは名残惜しそうにベラの背中でぐりぐりと顔をこすりつけてから、ようやく腕を解いた。

 だが、椅子には戻らなかった。

 ベラの隣に自分の椅子を引きずってきて、肩が触れ合うほどの至近距離に座ったのだ。


「……ここで食べる」

「はいはい。どうぞ召し上がれ」


 クラリスはスプーンで黄色い山を崩し、口へと運ぶ。

 とろける卵の甘みと、酸味の効いたライスの味が口いっぱいに広がった。


「……んぅっ! おいしい……!」


 クラリスの碧眼が輝く。

 一口食べるごとに、凍てついていた心が溶けていくようだ。

 もぐもぐと頬張りながら、クラリスは隣のベラを見た。魔導ランプに照らされた横顔が、あまりに優しくて、綺麗で。

 またしても胸が苦しくなる。


「……ベラ」

「はい?」

「今日は、もう帰るのか?」


 不安そうな上目遣い。

 ベラはふわりと微笑み、ソースで汚れたクラリスの口元を指で拭った。


「いいえ。団長がこのオムライスを食べ終わって、寂しくなくなるまで、ここにいますよ」

「……そうか」


 クラリスは安心したように息を吐くと、今度は自分からベラの肩に頭を預け、猫のように身を寄せた。


「なら……もっとゆっくり食べる」


 第零班の執務室。

 最強の「氷の処刑人」は今、世界一温かいオムライスと、世界一優しいお針子の体温に包まれ、追憶のかなたに捨てたはずの幸福な少女に戻っていた。

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