第9話
僕と裕真は視線を合わせた。
何を、どう言葉にすればいい?
確かに怪談話と共通点はありそうだが、それ以上にわからない。
「ね、すごくない!?」
キラキラの目で伝えられるが、僕はなるだけ笑顔で言葉にしてみた。
「共通点はありそうだけど、これが何を意味してるのか、ちょっとその……」
「あ! えっと、」
内海さんは説明不足が恥ずかしかったのか、こぼれた髪を耳にかけ直しながら話しだした。
「えっと、司書さん、オカルト好きでね、だから昨日の出来事と交換で、これ、コピーくれたの」
裕真は「へー!」と返事をし、すぐにスマホを見始めた。
冒険譚ではないので、興味が失せたようだ。
だが、僕も個人的に気になったことがある。
「僕が視えたの、信じて、くれたの……?」
問いかけに、内海さんは、「うん」と笑顔で返事をした。
「スピリットボックスの話と、ちょっとだけ動画見せたんだ。大興奮してたよっ」
僕の視える事実を信じてもらえて、なんだか誇らしい。
視線を感じ振り返ると、そこに司書さんがいた。
スレンダーマンのように手足が長く、色白でモデルのようだ。
紺色のエプロンをかけているため、司書さんだとなんとか判別できるが、初見殺しに近い。保育士ですと言われても納得できるし、もちろんモデルですと言われても、全く違和感がない。
見た目によらず、怪奇ネタが好きなんだと、親近感を持ちながら僕が小さく会釈をすると、満面の笑みで親指を立てられた。
僕も同じように親指を立て返すと、小さく手を振って、嬉しそうな足取りで本を戻しに棚の奥へと消えていった。
内海さんは僕と司書さんのやりとりを見ていたようで、嬉しそうに声を立て笑っている。
「怪奇系の書物とか強いから、借りるとき声かけたらいいよ」
和モノも洋モノも、どっちもいけるから。と付け加えられ、僕は邪なイメージを無理やり押し戻した。
「でね、司書さん、小学校のとき、塾に通ってて。その塾に、あの小学校の生徒もいたから、話、詳しく聞けたんだって。それで、これ、もらったって。怪談試した証拠だよって」
内海さんは宝物のように、コピーされた文字を撫でている。
だが、それ以上に証拠は今のところないわけだ。
「でも、これ以上の話はないよね。もう、手詰まりってこと、かな?」
僕がため息混じりにいうと、内海さんは首を横に振った。
深く座り直した内海さんに、裕真がスマホからちらりと顔をあげ、彼女の表情からまだ話があるのを読み取ると、つまらなそうに話を促した。
「どういうことー?」
姿勢を正した内海さんは、椅子を机側に引き寄せて、再度座り直す。
対面にいる僕らに少しでも近づくように動いたのだ。
これから話すことは、真剣で、かつ、小声で話さなければならないことになる。そういう意味だろう。
だらしないままの裕真のとなりで、僕も内海さんと同じく椅子に座り直して、椅子を引き寄せた。
「……これから話すことは、記録にないんだけど、全部、たった1日の出来事らしいの」
僕の目が泳ぐ。
吾妻さんが話した記憶を探すためだ。
吾妻さんは少なくとも、合わせ鏡の日から2週間経っていた、と話していたはずだ。
「……じゃあ、吾妻さんの話は、どっからどこまでが本当なの?」
内海さんは、口を一度結び、息をついた。
「親友さんがいなくなったのは、間違いないみたい」
ノートに書き込みながら内海さんが話してくれた司書さんの怪談記録は、小6の生徒1名、小5の生徒1名、小4の生徒2名が、『合わせ鏡の怪談』を面白半分で試した、ということだった。
その後に起こったことを内海さんが箇条書きで示してくれる。
・小6の生徒が「未来の自分を見た」といって消息不明。
・小4の生徒1名が一時記憶喪失になった。
・もう1人の小4の生徒は健在。ただし怪奇現象は体験していない。
・証言は小5の生徒が話した内容。だが、本人からではない。(※又聞きの又聞き)
・後日、一時記憶喪失だった子が『23年後の夏まで過ごして、気づいたら、23年前(今)に戻ってた』という話をしていた。
これが内容だ。
僕は23年前の文字にぐるりと丸をつけ、トントンとペン先で叩いた。
「これって、23年過ごして突然、また『事件の日』に戻ってきたって、ことだよね」
「そうなるみたい。でね、この、記憶喪失の子が、吾妻さんじゃないかって言ってて」
僕は腕を組んで、背もたれに体を預けた。
仮にそれが本当なら、吾妻さんは2回目の人生を歩んでいることになる。
「……どんな気分なんだろ」
他にも出るべき言葉があったと思うが、一番はこれだった。
2周目だと気づいたとき、どう思うのか?
僕がこぼした声を裕真が拾ってくれた。
「戻ったらってことー?」
「そ。1回、23年も過ごしたわけじゃん。で、2周目にはいって、どう思うのかなって。ラッキーとか思うのかな」
裕真は、ぽーっと視線を天井に投げてから、頷いた。
「オレなら不安だなぁ、ずっとー」
「なんで?」
僕は不思議に感じてしまう。
覚えきれてはいないかもしれないが、大事なポイントは覚えているはずだし、回避もしやすいのではと、単純に考えていたが、そうでもないようだ。
「私も不安かな。私の場合は、ずっと同じになるか気になるし、仮にその期間が過ぎたら、何が起こるんだろうって、もっと不安になるかなって」
「僕は……」
僕は言葉を切った。
僕なら、小学校の時から戻れるのなら、もっと《《うまく》》できたことがいっぱいある。
今とちがう景色があったかもしれない。
決して今の景色を否定するわけじゃないけど、もっと、ちがったんじゃないかと、思ってしまう僕がいる。
僕はもう一度、指で文字をなぞった。
23年。
23年、夏……?
「あのさ、話変えてごめん。この23年後って、あと3年、だよね」
裕真は目をぱちくりさせてから、体を持ち上げた。
「そうなるね。ほんとだ、そうなる」
裕真がそわそわするのもわかる。
ちょうど今まで知っている未来と、これから新しい未来の転換点が近いのは、とても気になる事象だ。
「なんで、23年後までしかいられなかったんだろ……」
口に出して、もっとそれより確認しなければならない事実がある。
「あのさ、さっき、吾妻さん、……あと3年って言ってなかった……?」
「「言ってた!」」
裕真と内海さんの声が重なった。
つい大きくなった声に、3人同時に人差し指を立てる。
静かにしよう。という、合図だ。
息を整えるように座り直した僕らは、3人で腕を組む。
「あとは、白い人のこと、言ってたよね。関係ありそうじゃない?」
裕真の声に、内海さんが顔を上げる。
「吾妻さん、『見られちゃダメ』っていつも言ってて……」
「見る?」
「その、1回、白いパーカーで教室行ったことあったの。そのとき、すっごい怒鳴られたの。でも私だってわかって、めっちゃ謝られて。そのときに、『よかった、白い人じゃない』って小さな声で言ってた……」
裕真は呑気に背伸びとあくびを同時にしながら、ふわふわした声で言った。
「白い人ってさー、それって宙が見てる白髪のおじさんだったりしてー」
「裕真は繋げるのうまいけど、そこにつながるわけないよ、場所違うし」
「そーかなー?」
テーブルに置いていた裕真のスマホが震える。
バイブレーションの音は、テーブルだとかなりうるさい。
慌ててスマホを取り上げた裕真を僕と内海さんが睨みつけるが、僕のポケットのスマホも震えている。内海さんもカバンからスマホを取り出した。
見ればSPOCにメッセージだ。
発信者は陽真理さん。
だが、そこにあった文字に、僕らは言葉が出ない。
サナエ先輩って、その廃校に検証しにいったOGなんだけど、失踪してるんだよね
それはどういう意味なのか。
いや、失踪には間違いない。
だが、どう失踪したのか?
いつから失踪しているのか?
失踪と白い人に関連があるのか?
確認したい項目がいくつも浮かんでくる。
失踪したのは、確認に行った日で間違いないんだけどさ
いろいろ確認したいから、明日の夜、時間ある人いない?
あたし、ニシダさんに会いに行きたいなって
僕らは顔を見合わせて、目配せする。
「私は行く」
「オレだって」
「僕も」
じゃあと、3人同時に返信を送った。
行きます。
いくよー
行けます
──明日の17時、駅前集合、そこから陽真理さんの車で移動と決まった。
僕らはその場で予定が決まったのもあり、明日の夜もでかけるならと、仕方なく閉館のチャイムが鳴るまで宿題をすることにした。
「なんか受験のときみたい」
そう言った内海さんに、裕真がノートから顔をあげずに会話をつづける。
「内海ちゃんは、友だちと受験勉強してたんだ」
「ううん。ここで一人で勉強してた」
「宙はー?」
不意に話を振られて、僕はペンを止めた。
「僕は、家」
「オレはねー、ヒマちゃんの家にほぼ軟禁」
「「なんかわかる」」
内海さんと声がハモったことで、僕の顔が一気に燃えた。
燃え尽きそうだ!
「ごめん」
唐突の謝罪の言葉に、裕真は吹き出した。
それにつられて内海さんも笑い出したせいで、近くの司書さんに「静かに」と声をかけられてしまった。
僕らは3人で視線を合わせ、身を縮めると、すみませんとばかりに座ったまま会釈する。
時計はまだ17時を回ったところ。あと1時間は勉強できそうだ。
不意に、耳鳴りがする。
同時に視線を感じ、あたりを見渡した。
だが、人の入れ替わりはなく、司書さんも遠くにおり、今は本棚が並んでいるだけだ。
「……宙、どうしたー?」
「いや、……ううん、なんでもない。あ、ここ、教えてよ」
だが、小さな影が僕を横切っていく。
それも、何度もだ。
とても近いのに、視界の一番端にひっかかり、視線を向けるとまた反対の端にいる影は、ぐるぐると僕の周りを回りだした。
妙な緊張感が体を包み、胃の辺りがぞわぞわと蠢く感触がする。
つい、服をにぎりしめたが、うずきのような違和感は取れなかった。




