第6話
「少し早いけど、時間できたから」
メニュー表から僕らにオーダーを聞き取ると、内容をスタッフに告げた。
「ごちそうさせて。高校生と話せるなんて、めったにないし」
そのまま吾妻さんは内海さんの向かいに座った。
僕と裕真の間に座った格好だが、それぞれ椅子が1つはさまっており、妙な距離感がある。
「さっきも紹介してもらったけど、私は吾妻っていいます。内海さんとは英会話教室で一緒なの」
ハスキーだが、少し鼻にかかった声は、大人の女性の色気を感じる。
僕は妙に緊張しつつ、吾妻さんの声に耳を澄ますが、その空気は一旦途切れた。
なんとなくで決めたアイスコーヒーが、全員に届いたからだ。
僕はガムシロを1つ入れて、ぐるりと回す。
吾妻さんはストローでコーヒーをひと口飲み込むと、「これは、内海さんだから話そうと思って」そう釘を刺された。
前置きともいえるが、口外はしないでほしいということだ。
内海さんも初耳だったのか、ミルク色により近づいたアイスコーヒーをすするのをやめ、まっすぐに吾妻さんと向き合った。
それを開始の合図としたように、吾妻さんは背筋を伸ばすと、手を膝にのせ、はっきりと言った。
「結論をいうと、未来の自分を見て、失踪した子がいるの」
──現在、吾妻さんは32歳。ちょうど20年前の話になるという。
小学校6年生ともなれば、学校の七不思議などはただの迷信程度にしか思っていない頃。
でも、どこかで、『本当だったらどうしよう』そんな不安も抱える年齢だった。
そして、あの小学校の七不思議の一つに、『合わせ鏡』という話があり、それが卒業式間際に広まったのだという。
「音楽室に行くためには、3階に行く必要があるんだけど、その階段の踊り場に姿見がつけられているのね。で、踊り場を上がって音楽室に入る入り口の横にも鏡があるの。ブラスバンドの姿勢を見るために入り口につけたって話だけど、階段の真ん中ぐらいにくると、どうも高さが合うのか、合わせ鏡になっちゃうんだ」
そんな偶然があるのか、と思うが、あるのだろう。
吾妻さんは、なぜか、くすりと笑った。
「だから呪われないように、そこの階段を登り切るまでは、息を止めて、親指を隠したグーの手で走り抜ける、っていうのが、子どもたちの暗黙のルールだった」
内海さんがメモをとりながら、前のめりの体を椅子の背もたれに戻す。
「それ、どうやったら呪われるんです? あと、呪われるとどうなるんです?」
「えっとね、合わせ鏡のなかに自分がたくさんいるでしょ? そこに死ぬ直前の自分がいるんだって。それと目が合うと呪われて、その見た目通りに死ぬんだって。老人なら一気に老化して死ぬし、血まみれなら血が噴き出て死ぬって話」
確かに、合わせ鏡に映った自分の姿の13番目が殺しにくるという怪談話を思い出した。
不意に、正面が気になる。
裕真の斜め後ろだ。
見れば、多肉植物を盛り付けたおしゃれな水槽がある。
それが僕の顔をぼんやり映している。
映った自分の顔の横に顔が見えた気がして振り返ったが、そこもディスプレイがされたおしゃれな棚だ。誰もいない。いるわけがない。
「どうかした?」
内海さんの声に、僕は愛想笑いで首を振る。
だけど、僕に向いている吾妻さんの目はどこか落ち着きがない。
何かを探している、あるいは隠れている視線の動きを気にしつつ、僕は吾妻さんの視線に合わせ、言った。
「……あ、その、七不思議の『合わせ鏡』が流行った理由って……?」
僕の問いに、吾妻さんはわざと視線を外された。
エアコンの風が少し寒いのか、吾妻さんの肩が丸まり、さすりながら泳いだ目は暗い。
「……失踪した子がいたから。そのままの理由だよね」
深く息を吸い、吐いて、吾妻さんは続ける。
「その子はね、優等生だった。大学附属だから、ストレートで大学まで行けるけど、その子はもっと高いランクの私立中学に合格した子で。だから、その子が『未来の私がいた』って話は、ある意味、信憑性があったし、何より、そんなことを言い出すことが、あの当時の子どもにしたら、半信半疑な反面、とっても面白くて、怖い出来事だった。……それから2週間後に、失踪したの」
ひと口、アイスコーヒーを飲んだ吾妻さんに、裕真が口をひらいた。
「そんな子が失踪してるんだー。へぇー」
あっけらかんといった声に、吾妻さんは眉をひそめる。
「そうだけど。彼女は私の親友で、幼馴染だったの」
裕真に向けた鋭い視線と声音に、裕真は首を窄め、バツの悪そうにアイスコーヒーを啜ったが、反射なのか「ニガッ」と声が出て、また愛想笑いで誤魔化した。
少し険悪な空気が漂うなか、パーテーションを隔てて、となりにグループが着席したようだ。
広いテーブルと電源も使えて、ランチも食べられるからなのか、学生の使用が多いとは聞いていたが、中学生くらいの、少し幼い騒ぐ声が聞こえてくる。
吾妻さんはパーテーションの奥を睨んで、軽く唇を舐めた。
少し声を大きめに、話が続く。
「えっと、未来の自分を見たっていったのは、彼女だけじゃなかった。他にも2人、いたかな」
「……じゃ、3人も、失踪したってことですか……?」
僕の問いに、首が横に振られる。
「いなくなったのは私の親友だけ。だから他の2人は本当に見たのかどうか……」
目にこもった熱は、怒りなのか、愛なのか、執念なのか、僕には判別がつかない。
少し遠くを見た目は潤んでいる。
すっ、と内海さんが息を吸った。
「あの、吾妻さん、知っての通り、私は事実を確認するタイプです。その親友が『未来の自分』に会った時の状況、その後について、覚えていることはありますか?」
吾妻さんの視線が止まる。
視線の先に、あの過去があるのだろう。
「──お待たせしました、店長おまかせ和風セットですぅー。それぞれお渡ししますねぇ〜」
張りつめた空気を割るように、店員さんの声が届いた。
とても間が悪いが、おいしい匂いが鼻をくすぐる。
日替わりのメイン料理である、チキンハンバーグの大根おろし添えに始まり、雑穀米、具沢山のお味噌汁、小鉢まで。デザートに水饅頭が添えられており、欲張りなランチセットだ。
「さ、冷める前にどうぞ。……じゃあ、食べながら、話すね」
吾妻さんはホットサンドプレートだった。
ホットサンドには小さな器にサラダと、赤いスープが添えられている。
吾妻さんはスープを混ぜながら、つぶやくように話しだした。
「見た日のことも、それからのことも、すごく覚えてる……」
僕らはラジオを聴きながらの食事をするように、箸を取り上げる。
少し騒がしくなった店内のせいもあるが、それぐらいがちょうどいい。
とても、ランチタイムの気軽な話題でないのは間違いなかった。




