第5話
二人での移動に、僕は不安だった。
何を話していいのか、どんなものを裕真が好きなのか、なにも知らないからだ。
それこそ、小学校の頃や入学当初は、それなりに付き合いはあったけれど、それから時間は建っている。
さらには、女子大生と付き合っている高1男子に、僕が合わせられる話があるのだろか……?
「ねね、宙はよく本読んでるよねー」
「……へ? よく、見てるね」
「これでも視野広い系ですのでー。で、なに読んでるの? おれも実は読む系なんですよー」
「僕は読書初心者だから、読書・初心者でSNSで検索して、古本屋にあるやつを読んでる」
「めっちゃくっちゃ受け身!」
「だって本っていっぱいあるじゃん。選ぶの大変じゃない?」
「たしかにー」
そこから裕真のおすすめの本や、選書の方法を聞いたり、僕が好きそうな本を見繕ってもらったりと、20分は揺られただろうか。
停留所に着くたびに冷気が逃げ、また充満してを繰り返しながら、選書講座をされつつ、ようやく到着した。
商業ビルが立ち並ぶオフィス街だ。
大きな本屋はもちろん、おしゃれなカフェ、高級レストランも並び、大人の街の雰囲気がある。
「……こんなとこ、久しぶりに来た」
思わずもらした僕に、裕真が笑う。
「外に出ない系? 本読んでるなら、そうなりそうだけど」
「あ、でも映画はよく見にいくんだ」
「あ、映画派なんだ!」
この口ぶりから、僕は読書派となっていたようだ。
「最近、なに映画館でみたー?」
「CMでもやってる、リメイク映画わかる?」
「あ、わかるわかるー」
駅前に向かってしゃべりながら歩いているとスマホが震えた。
見ればSPOCにメッセージがある。
内海さんだ。
停留所近くのナインにいます。
「裕真、どこかわかる?」
「こっちだよー」
ナインナインのコンビニに、僕らは足を向け直した。
入ると、雑誌コーナーから手をあげ近づいてきたのは内海さんだ。
「おはよう、内海ちゃん」
「おはよう、ございます……」
ぎこちない挨拶に自分でも驚いた。
だが、内海さんの格好が大人っぽかったのだ。
髪の毛をアップにして、ノースリーブのシャツにパンツというラフな格好が、より洗練された少女だ。
つい自分の格好を見回した。
釣り合うだろうか……?
というか、二人のマイナスになる格好をしていないだろうか……??
「おはよう、お二人とも。……なに、水野くん、ございますって」
くすくすと笑う内海さんに、僕は誤魔化すように頭をかいた。
「あ、水野くん、そのパンツ、いいね。似合ってる」
「オレは? オレはー?」
僕の肩に腕を回して、あえて自分の髪をつかんで揺らす裕真に、内海さんは顔をしかめた。
「髪の毛、チャラくない、それ」
笑いあう二人の横で、僕の心を見透かしたようなあのセリフに、胃が縮む。
嬉しいのか、怖いのか、よくわからない。
「飲み物は持ち込みOKだから、なんか買ってこ」
内海さんにポンと肩を叩かれ、裕真に飲み物コーナーに連れて行かれた。
今、仲良くしているクラスメイトは、あまりこういうタイプではない。
僕と同じで、心の距離を物理的に取るタイプだ。
だから、夏休みが明けたら、もう雑談なんてしなくなるかもしれない。そんな絶妙な距離感だ。
「宙って、こういうとき、なに飲むのー?」
現実に引き戻される。
僕は冷たいジュースのディスプレイを眺めながら、首を横にふった。
「……え。あ、うーん、ホットの何かにしようかな」
「ホットー?」
素っ頓狂な裕真の声を聞いて、僕は吹き出した。
「まあ、わかるけど。でも、ずっと冷房の効くところにいるとさ、なんか内臓まで冷える感じがして苦手なんだ」
「私も、それわかる。でも私はアイスティーにするかな」
「おれはコーラー」
「僕はホットのお茶にする」
それぞれに買って、袋にも入れず、手に持って歩きだしたが、内海さんの自転車が気になる。
「あの、内海さん、自転車、大丈夫?」
「ああ、平気。近くの駐輪場に停めてきたから」
内海さんは「ありがと」僕にふわりと笑って、重そうなリュックを背負い直した。
そして、飲みかけのペットボトルでビルを指す。
「あそこ。そこのビルの1階と2階が、そうなの」
真っ白なビルは四角だ。
おしゃれ、というわけではなく、無機質に近い。
ビル自体は5階あるようで、会員制のフィットネスジムと保険会社、英字でよくわからない会社名が並んでいる。
ガラスの自動ドアを抜け、風除室に入ると、ぐっと気温が下がって気持ちがいい。
「すずしぃ〜」
裕真の声に僕らは笑いながら、すぐ横の自動ドアに内海さんは入っていく。
ビルの表面と違って、内側は緑と木材を主体にした、おしゃれな空間になっていた。
木目調の床、漆喰の壁、観葉植物にレザーの長椅子、木目が綺麗なテーブルが並ぶ。
併設されてカフェがあり、多少のにぎやがさのある場所だ。
「2階はミーティングルームとかもあるの。でも本当に仕事用で。だから1階のスペース借りたから」
「1階の方がいいよー。オレ、しゃべるし」
「僕もいろいろ聞きたいことあるから、ちょうどいいよ」
まばらに人がいるテーブル席を縫って、奥の角席へ移動した。
壁と観葉植物が飾られた棚で仕切られた場所は、半個室の雰囲気がある。
その中に、丸テーブルと6脚の椅子が置かれ、テーブルの上にはRESERVEDの札がある。
内海さんはそれを後ろの荷物用の棚に乗せ、上座を陣取った。
僕は彼女の左手側、裕真は右手側に腰をおろし、荷物をほどいていく。
宿題をテーブルに並べたが、僕らの意識はそこにない。
「まず、宿題の前に、昨日のこと、まとめようか」
言いながら配られたのは、昨夜のできごとの時間軸だ。日付は昨日の8月9日になっている。
ふと、花火大会は今日から3日後だと改めて思ったが、今はどうでもいい。そんなのはどうでもいい。
内海さんの視線がこちらを向いたけれど、それを避けるように首をすぼめて、渡された用紙を覗き込んだ。
そこには昨日の簡単な内容が時系列でまとめられている。
ただこれを見る限り、実験室に入ってから30分もいなかったようだ。
この用紙では、15分足らずの出来事だったように読み取れる。
「こんなに短い時間だったの?」
思わずつぶやいた僕に、内海さんは笑う。
「私もそれ思った。でも、ずっと構内に入ってから録音し続けてたから、誤差は少ないと思う」
裕真は紙を眺めながら、ため息混じりにこぼす。
「昼間もいたらいいのにねー」
裕真の言葉に、僕は怪異が言ったことを思い出した。
「その、いつでもここにいる、ってニシダさん、言ってた。……うん、言ってたんだよね」
「本当に!?」
内海さんの食いつきが激しい。
「他にニシダさん、言ってたこと、ある!?」
赤ペンを取り出して書き込みの準備を始める。
が、そんな、たくさんの会話はない。
「え、いや、え、お、いや、ないです……」
挙動不審になりかけた僕の目を内海さんはまっすぐに見つめてくる。
そこから出された声は、かなり低い。怒りが滲んでいる。
「隠し事はなしにしてね。会話できるの、水野くんだけなんだし」
「それならさ、」
裕真が少し高い声で話を切り替えた。
「オレらBショッピングモールのバスターミナルから来たんだけど、あそこの渡り廊下で、宙、視たんだって」
「え!?」
視線の色が変わった。
好奇の視線だ。
実験体に再びランクアップしたようだ。
「たまたま、だけだけど……」
「どんなのだった? あそこの怪談だと、無言の女性がいるって話なんだけど!」
──確かに女性だったが、今にも怒鳴りそうな雰囲気があった。
ただ目元は長い髪で隠れていてよくわからなかった。
髪の毛も根元がかなり黒く、毛先が明るい伸び切った長髪で、若そうに感じたけれど、それはスカートが膝上だったからだなだけだ。
「──他は、よくわかんないけど、こんな雰囲気だったよ」
印象を伝えると、内海さんはメモを手書きで増やし、ふん、とひと息ついた。
僕もそれに合わせてぬるくなったお茶を飲む。
「なんか、あっちのニシダさんと関係あるのかな?」
裕真がペンを回しながら僕と内海さんを交互に見やる。
僕は首をかしげ、内海さんも唸っている。
「白衣姿の共通項はある、けど。場所も年齢も性別もちがうよね。でも、怪談がある場所で視えたのは同じ、だね……」
内海さんがメモをした人物像に○をつけ、さらに環境にも○を書き込んだ。
確かに共通項は多い。
「でも偶然の可能性もあるし、僕が視える人たちは、みんな白い服を着ているだけかもしれない。逆に、そういう人しか視えない、というのもあるのかも」
「あー、宙だから、ってやつねー」
裕真はひと息つくようにコーラを飲みこんだ。
しゅわりと炭酸の崩れる音が、僕にまで聞こえてくる。
夏の軽やかさを感じられ、僕も炭酸にすればよかった。
そう思いながら周りに視線を配ると、意外と席が埋まりだしている。
カップル、大学生、社会人と年齢も性別もバラバラだ。
カフェが併設されているのはもちろん、飲み物の持ち込みがOKなのも、気安く使えるポイントなのかもしれない。
「はぁ……早く廃校に行きたいね。絶対、水野くんとしゃべってくれるし。他にも赤外線でみえるのかどうかとか、やってみたくない?」
ペンを唇の先にトントンと叩いてぼやく内海さんが新鮮だ。
学校とは違う雰囲気に、僕は新鮮すぎて、つい目をそらす。
「でもさー、渡り廊下の女の人は今からでも会えるんじゃない? いたらだけどさー」
裕真の提案に、僕は強く反対した。
「え、ちょ、あんな掴みかかってきそうな人としゃべりたくないんだけど」
「えー、オバケなんだから、宙のこと、つかめないって〜」
ヘラヘラと笑う裕真に、言葉にならない気持ちになる。
笑って誤魔化すのが友だちなのだと思うけど、それ以上に不愉快な気持ちが勝ちそうだ。
僕はぬるいお茶を飲み干した。
飲んで怒りを飲み込みたかったからだ。
空のペットボトルを口から離す寸前、僕の目が見開いた。
内海さんが裕真の顔に消しゴムを投げたのだ。
「いて!」
「私が消しゴムを投げないと思ってたでしょ? 投げようと思えば投げれます。向こうだって、何かしようと思えば、してこれるかもしれないでしょ」
「でもオバケじゃん。無理だって〜」
「ちがうと思う」
そこ声は誰のものでもなかった。
声の方を見ると、女性が立っている。
「吾妻さんっ」
すかさず内海さんが立ち上がり、僕らに手をかざす。
「今日、お話を聞く、吾妻さん。えっと、」
「大丈夫」
吾妻さんは紹介しようとする内海さんの声を遮った。
「私、名前覚えるの苦手で。内海さんのお友だち、ってわかればそれだけでいいの。で……」
で、のあとの意味を内海さんはすぐに察して、僕に手を向けた。
「彼が、その、彼です」
よろしくお願いしますと頭を下げた僕を、吾妻さんはじっと見つめてにっこり笑った。
「……フツーの子でよかった」
やっぱり、視えるというのは、どこかおかしいことらしい。




