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僕の、特異点 ──この未来に、僕はいない。  作者: 木村色吹 @yolu


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第4話

 ほろ酔いの父の説教は、思った通りに長かった。

 まだ、怒鳴ったり、物を叩いたりしないだけマシだ。

 何より、父は語るのが好きなのだと思う。

 ときおり、母親の役職と自分の役職の差の愚痴が混ざり、より長くなる。

 “父さんみたいになるな”、と言いたいのか、“母さんみたいになれ”、と言いたいのか、はたまた“どちらにもなるな”と言いたいのか。

 結論はわからなかったが、うっすらと感じた父の気持ちに見えたのは「羨望」だ。

 あの頃できなかったことを僕がすることに、父は憤りを感じている。

 ……そんな、気がした。


 部屋に戻る階段で、静かに、そして本当に小さな声で母から謝られた。

 だが「別に」としか答えようがない。

 こういうときそっと握らされるのは、お金だ。


「……また、みんなで楽しんできてね」


 僕はそれを握りしめ、自室に戻る。

 部屋の温度はエアコンをつけておいたおかげで快適だ。

 ベッドに体を投げ、伸ばした腕から手のひらを見る。

 折り畳まれた5千円札が乗っていた。


「……奮発してますね」


 僕は上半身を起こして、机に向かってそれを投げたけど、微妙な空気抵抗でそれは床に落ちた。

 こんな、母からの臨時収は、月に3回はある。今月はまだ1回目だけれど。

 おかげで僕は少しだけリッチな生活ができている。

 明日からのフリースペースでの活動に、お金の心配はいらない。なんなら、母に言えばその金すら出してくれるだろう。

 だが、棚貯金が増えてきている現実に、僕は今日のお金は心置きなく使おうと切り替えた。


 充電器に繋げたスマホを見る。SPOCと名前のついたトークルームに、いくつものメッセージが並んでいる。

 僕はざっと、場所、時間、料金を確認し、問題ないと判断すると、“了解”と書かれたスタンプを押しておく。

 今日はさすがにこれ以上何かを伝えるのは難しい。


 ……が!


  じゃ、今日はお疲れさまでした。水野くん、明日もよろしくね。


 律儀に「。」をつけた文章は、間違いなく内海さんだ。

 アイコンには黒猫の顔がつけられて、表示されている名前は、uchiumi、でそのまま。

 それよりもなによりも、気になる人からの自分宛のメッセージの破壊力に身悶えが止まらない。

 嬉しさにベッドの上でのたうち回ったあと、返信をしなくてはいけないことに気づく。


「……なんて返せばいい……」


 こういうときはAIに聞くのが手っ取り早い。

 ナチュラルな感じで労える、でも長くないメッセージがいいと要望出すと、早速返信が書き込まれた。



【返信候補(ナチュラル・短文・労い系)】


1.「こちらこそ、お疲れ様でした。明日もよろしくです」

 →丁寧だけど堅すぎず、内海さんとの距離が自然に縮まる。


2.「ありがとう。内海さんもゆっくり休んでください」

 →優しいトーンで、労いを前面に。


3.「お疲れ様でした。明日、気をつけて来てくださいね」

 →控えめで誠実、あなたらしい気遣い。


4.「ありがとうございます。今日もいろいろ勉強になりました」

 →彼女をちょっと立てるタイプの返信(内海さんの“研究熱心さ”に合う)。


5.「お疲れ様でした。明日もがんばりましょう」

 →軽く締めて、グループ全体にも向けられる万能型。



「……ぱっとしないなぁ……」


 とはいえ、長い時間、返信を放置も気持ちが悪い。

 なぜなら、すでに僕が既読済みだから!


「1番が、一番無難かなぁ……」


  こちらこそ、お疲れ様です

  明日もよろしくです


 すぐに、内海さんからスタンプが返ってくる。

 “おやすみ”というスタンプだ。

 僕はスタンプの下に絵文字をつけられるため、それで親指を立てている絵文字を押した。

 これ以上、反応に困りすぎる……!


 僕は気持ちを切り離すためにも、スマホを充電コードに繋げ、アラームをセット。

 さらに画面を伏せておく。

 準備もあるため、起きるのは早めにした。


 ……が、寝れるわけがない!


 だいたい、今日の情報量が多すぎる。

 おじさん以外に見えた、ニシダという外国人の怪異。

 さらには、未来の死人だ、なんて、あり得ないだろ。あり得ないだろ??

 更には! 内海さんから、気になる(実験体として)と言われ、舞い上がらないわけがない!

 ヤバい。どうしよ。

 実験体として、どう振る舞えばいい?


 ……いや、それよりも、だ。


 僕は明日会うだろう吾妻さんのことを少し調べることにした。

 大人に会うことは少ないし、粗相があっては内海さんの顔が立たない。


 簡単に検索すると、経営しているレンタルルームのビル、化粧品のサイトも出てくる一方で、SNSの内容も見つけた。

 4年前のものだが、お金が絡んだ問題があったようだ。

 そのことが原因かはわからないが、心の病で亡くなった方が関係者にいることがわかる。

 今は全て消火済みのようだが、少しの間、炎上が続いていた形跡があった。


「……強い、人、なのかな」


 そうスマホの画面に向かってつぶやいたけれど、欲が強い人、とも言えるかもしれない。

 最近の吾妻さんのSNSでは、高級ブランドのバッグや靴の紹介や、海外旅行の楽しみ方が発信されている。

 ただ僕の興味がないからなのか、それは情報共有というよりは、自己顕示を感じる薄っぺらな紹介内容にも見える。


「んー……あまり、仕事とかプライベートには触れないでおこう」


 僕は決意のように声に出した。

 意識することで、抑止力になってくれるように祈るのみだ。

 部屋のライトを消し、スマホを見ずにアシスタントをボタンで呼び出した。

「雨の音、流して。タイマーは1時間で」と言えば、勝手に好みの雨音が流れてくる。

 僕は眠る努力をすることに決めた。


 今、僕だけで考えて、整理がつくものじゃないことばかりだ。

 深呼吸を繰り返し、足の先から手の先、全身と脱力を試みる。

 ゆっくりと意識が遠のいていく──




 ──今日の天気は曇天。

 日本に台風が近づいてきている影響だという。

 スマホで詳しく天気予報を見たが、かなりゆっくりな速度なのもあり、天気が悪い程度で雨予報は数日内にまだない。


 湿気った空気がさらに重く感じるなか、階段を降りていくと、すでにリビングは空っぽだった。

 エアコンは止められておらず、快適な温度だ。朝ごはんが並べられているせいもあるのだと思う。

 毎日同じ目玉焼きにご飯、インスタント味噌汁、冷蔵庫には漬物と納豆がある。

 僕は背伸びをしながら食卓専用のタブレットの電源を入れた。

 時刻は7時33分、日付は8月10日だ。

 花火大会まであと3日。……と考えた僕は、自分で自分の頬を叩いた。


「さ、準備準備」


 一人のときだと余計に独り言が増える気がする。

 タブレットからの適当な動画をBGMに歯を磨きながら思うも、きっと僕は声でアウトプットしたい派なんだと、言い聞かせる。

 顔を洗って着替えを済ませ、宿題を詰め込んだリュックをソファに投げ置いた。


「いただきます」


 いつからだろう、一人で朝食を食べるようになったのは。

 熱湯を注いだ腕を箸で混ぜていると、スマホが震えた。

 SPOCにメッセージが入っている。


  今日は10時、現地集合で。ランチはカフェが併設されているから、そこで。

  そのときに話を聞く予定です。よろしくお願いします。


 端的ながら、丁寧な内容のメッセージは間違いなく内海さんだ。

 すぐに裕真がスタンプが入ってくる。任せて!と書かれたスタンプだった。


  ちゃんと、宿題、用意して!

  ユウちゃんへ


 アイコンがキツネの写真の理由がわからないが、名前が「ヤマダ(陽)」とあり、間違いなく陽真理さんだ。

 僕も既読をつけた手前、返信をせねばとスマホと対峙する。


  おはようございます

  現地到着のバスで、ちょうどいいのがなくって

  9時40分着、そのあたりに着きます

  時間まで、近くのコンビニで時間潰してます

  よろしくです


 僕の返事だが、おかしくないだろうか。

 書き込んで、送信できずに眺めていたが、眺めていても誰も訂正してはくれない。

 ……ぽちっとな。

 僕のメッセージにすぐ返信がついた。

 裕真だ。


  オレもそのバスだ!

  いっしょにいこー


  了解です。私は自転車で向かうので、近くで合流しましょう。


 内海さんは自転車でいける場所に住んでいるのか。と、思った僕は、また頬を叩いた。

 そういう手段だ、ということだけ、心に留めておこう。うん。


 食事を済ませ、時計を見る。

 歩いて10分程度だが、暑いなか歩くので、と、少し早めに出ることにした。

 エアコンを止め、鍵の施錠を確認し、歩き出す。


 空は灰色で、外はとても蒸し暑い。

 風も吹かない曇天の今日は、気温しか夏らしさがない。

 途中、コンビニで麦茶を買って、飲みながら歩いていると、


「おーい、宙ぁー」


 後ろから声が聞こえた。

 振り返れば裕真がいる。


「おはよ、宙」

「おはよう、裕真。朝から元気だね」

「そう?」


 裕真はいつもどうりふわふわした笑顔で歩き出すが、髪の毛の色が違う。


「髪の毛、染めた?」

「気づいた? そうなの。昨日の夜、染めちゃった。夏休み限定色。やってみたくてさー」

「いいかもね、そういうの」


 サラサラの髪が淡い茶色で、まさに今時のアイドルといっても過言ではない。

 色白の肌も相まって、雰囲気がぜんぜん違うように感じる。


「宙も染めちゃえばー?」


 長くなった前髪を見ながら、染めると父がうるさいだろうと、意識が横切る。

 逆に母は笑って許してくれるのが想像できて、軽く鼻で笑ってしまった。


「いや、うん。考えてみる」


 バスターミナルがあるショッピングモールへの道だが、意外と混んでいる。

 平日の午前中なのに、だ。

 普段からこれほど人が行き来している場所だとは知らず驚いていると、それは裕真も同じだったようで、ずらずらと歩く歩道にうんざりした顔をした。


「……人多いし、汗びちゃびちゃー」

「わかる」


 ショッピングモールに入り、バスターミナルの方へと向かっていると、途中、薄暗い渡り廊下がある。ここは人通りがなく、歩きやすい。

 思えば、ここにも怪談があったなと思った瞬間、またの耳鳴りが始まる。

 鼻をつまんで空気抜きをする僕に、裕真が笑った。


「どうしたー?」

「なんか、最近、耳鳴りが酷くてさ」


 渡りきる途中に女性が立っている。

 きっとバスを待っている人だろう。

 ここから歩くほうが近い停留所もあるし、なんならそこの停留所は外でひどく暑い。

 涼しいところで待ちたいよね。そう思っただけなのに、そう思って見ただけなのに、僕を鋭く睨んでくる。


「……ひっ」

「宙、どしたー?」

「え、いや、バス、もうすぐだよね! 急ごう」


 バス停へ急ぎながら、あの視線の意味を考える。

 僕が誰かに似ている?

 格好が変?

 ……あ、アイドルみたいな裕真と一緒にいるのが、おかしい。これかな。

 なら、怒る理由も多少はわかる、かもしれない。

 けれど、納得はできない。


 バスの席はまばらに埋まっていたが、僕らは並んで座ることができた。

 つい、座れた安堵でさっきの出来事を話題の一つとして僕は選んでしまった。


「さっき、あの渡り廊下でさ、嫌なことあってさぁ」

「えー、なになにー?」


 スマホを見ながら返事をしてくれた裕真に、話題選定を間違えたと思ってしまったが、そのまま僕もスマホを見つつ、話を続けた。


「理科の先生の白衣あるじゃん。あれ着た女の人に、すんごい形相で睨まれて」


 裕真に言うと、「は?」と返ってくる。

 顔が上がり、こちらを向いている。


「それ、どこにいたー?」

「あの、渡りきる少し前の窓んとこ」

「……そんな人、いなかったじゃん」

「見えてなかっただけじゃない? ちょっと影の方だったし」

「いやいや、そんな白衣着た人なら、遠くからでも目立つでしょ」


 確かに裕真の言う通りかもしれない。

 壁が白かったせいか、透けていても違和感がなかったのかもしれない。

 女性の左手のブレスレットが光に反射していなかったし、何より、今思えば、少し透けていた、かもしれない……


「ねね、昨日のおかげで開花したんじゃない!?」


 なぜ、裕真が興奮するんだ? と思ったけれど、


「内海ちゃん、喜ぶって!」


 納得。大いに、納得!

 内海さんの実験体として、少しは役に立てる。

 ゆるんだ口元を必死に引き締めるけど、やっぱり緩んじゃう!


「喜んでくれたらいいなっ」


 同時にバスがゆっくりと動き出す。

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