第3話
「卒業したOGが一回、顔出してくれたとき、この話してた!」
「ヒマちゃん、なんで世紀の大発見みたいな声あげてるの?」
裕真が言うのもわかる。
会話のフックに新入生に話したのでは? と言いたいのかもしれない。
「ちがうの。そのOG、白い人を見てて、だから今度しっかり確認してくるって言ってたの。確認に行ったのは間違いないの。だからさ、そのOGから検証結果、聞いてみたくない?」
「聞いてみたいですっ」
陽真理さんの勢いのまま内海さんは返答した。
なのに、僕はやってしまった。
「……でも、そういう怪談って、小学校の頃からあったりしませんか……?」
今はそんな話をしているわけじゃない!
本当に空気が読めない自分がイヤになる。
まだ早く気づけたけれど、いつもなら寝る前とかに気づいて、悶える自分が想像できる。
何より、今も悶えている! これは夜、寝られない……
「え、あ、すみません。ぜんぜん僕の話、流してく」
誤魔化そうと声をだしたとき、内海さんが手を叩いた。
まるで濁った空気を浄化する柏手のように、ひときわ大きく車内に響く。
「水野くん、それ、原点だ!」
内海さんは人差し指を立てると、まるで目の前に画面でもあるかのように指をタップしていく。
何か呪文でも唱えているのか、ふわふわと唇が揺れ、そこから微かに聞こえる声は自問自答だ。
怪談話、小学校、誰が話していた、など、単語をつなげながら、記憶を辿っているようだ。
唐突に、ひゅっと息を吸う音が鳴る。
「……私の通ってる英会話の教室に、あそこの小学校に通ってたって人、いる……いるよ! 話、聞けないかな」
内海さんは手早くスマホに何かを書き込みだした。
行動が早い。早すぎる。それが名探偵のようで、カッコいい……!
「内海ちゃん、すごいねー。オレ、なんにもツテないかもー」
「それを言うなら、僕もだよ」
「男性陣!」陽真理さんの声が後部座席にぶつかった。
「ウッチーと作戦練るから、あなたたちはアイス買ってきて。あたしはモナカアイス」
陽真理さんから裕真にクレジットカードが手渡される。
ウッチーはなにがいい? そういった陽真理さんの問いに、なんでも、と言いかけて、
「チョコミント。新発売のあったら、それで。なければ陽真理さんと同じのでお願い」
「わかったよー。じゃ、行こうか、宙ー」
そそくさと降りた裕真につられて僕も降りていくが、「お金なら、持ってきてる」とスマホを見せると、裕真は首を横に振った。
「いいの、いいの。こういうのは先輩がおごるもんなんだってー」
「でも、……んー……デートとかも、そうなの?」
「デートは割り勘。っていうか、お小遣いの範囲内ー。オレ、バイト禁止されてるからさー」
「へー」
「宙から、そんなこと聞かれると思わなかったー。意外ー」
「ごめ、深入りしすぎた」
「えー? なんでー?」
コンビニに入り、アイスケースをゆっくり周回していく。
めぼしいものがあるか確認していると、ずいっと裕真の肩が僕に当たる。
「ねー、宙はさー、内海ちゃんのこと、どう思ってんの?」
「どうって……」
気になっていない、と言ったら嘘になる。
入学式の日から、僕は覚えている。
周りは、どうにかグループになろうと集まったり離れたりしているなかで、彼女は一人、姿勢正しく前を向いていた。
それが格好良くて、彼女の信念を感じられて、羨ましかった。
自然とクラスに溶け込んで、自分の居場所を作っている彼女に憧れもしている。
そして常に何か本を読んでいて、その姿がまた格好良くって。
唯一、読書だけは僕でも真似ができると、僕も始めたばかりだ。
だからこそ、内海さんは、心の底から憧れている。
だからといって、好きとかそういうことは、考えたこと……
……ない! いや、ないっ!
「好きと嫌いなら、どっちー?」
「なんで黒か白かみたいな質問なんだよ」
裕真はバニラアイスのカップと、モナカアイス、そしてチョコミントをカゴに入れる。
「あ、チョコミント、それ、新発売じゃなくない?」
裕真がニヤリと笑った。
今日、初めて会ったときと同じ笑みだ。
「ふーーーーーん」
裕真は新発売と書かれたチョコミントアイスと入れ替えながら、僕にそれを見せた。
「よく、この小さい『新発売』の字、付いてるか付いてないか、気づいたね」
僕は言葉に詰まる。
ひとまわりしたときに、探して読んで、それだと見つけていた。
だが、それだけだ。
「い、いや、それいうなら、裕真もでしょ?」
「オレは、コンビニの新商品、常にネットで確認してるから楽勝なんですよー」
ふふんと裕真は笑い、また僕の肩を肩でこづいた。
「じゃあさ、お盆の花火大会、ダブルデート目標で」
「なんでだよっ。つか、花火大会って、……今日が8日、だから、……あと4日後だよ!? バカじゃないの?」
「いいからさー。あ、ほら、宙もアイス入れて」
僕は手前にあった棒に刺さったチョコアイスを投げ入れた。
そのまま鼻歌まじりに会計を済ませる裕真に顔を向けられない。
そんなにいつも内海さんを見ていたのか?
気づかれるほどに??
いつから?
どこから?
質問は尽きないが、ただただ恥ずかしいが上塗りされるだけだ。
僕は俯いたまま後部座席につく。
顔を上げられないでいると、裕真からアイスを手渡された。
だが2つある。
「内海ちゃんに渡して」
にっこりと微笑んだ顔が憎らしい。
裕真は陽真理さんのために袋を開けて手渡している。
真似しようかとも思ったが、それは友だちにやりすぎだ。
「……はい、内海さん」
「あ、ありがと、水野くん」
僕は前を見ないまま、腕を伸ばす。
なるだけ近くに届けたいという思いで、突き出した。
抜き取られた感触があり、すぐに腕をひっこめると、僕は即座に「いただきます」と言って、アイスを頬張った。
だが、味などするわけない。とっても甘いはずなのに、だ。
苦いチョコレート風の食感があるアイスを食べている気がする。
「お! 新発売じゃん! あったんだね、これ。ぜんぜん見つけれなくて、うれしいっ」
「それ、宙が探してくれてさー。オレ、最初取ったの間違ってて、めっちゃ助かったよー」
「そうなの? ありがと、水野くん!」
裕真に何か言おうかと思ったが、コンビニの淡い光に照らされた内海さんの笑顔はとっても可愛かった。
子供みたいに満面に嬉しさがにじみでていて、ひと口頬張った桃色の頬すら可愛い。
真っ黒の髪が襟元で揺れていて、今更だけど、今日は髪の毛をしばっていたんだと気づく。
うなじの白さに目が止まる。
「宙、アイス」
棒に垂れてきたアイスを慌てて頬張っていると、陽真理さんがすでに食べ終えたのか、ギアに手をかけた。
「長居は無用だから、車、出すね」
繁華街の近くもあって、車がひっきりなしに入ってくる。
陽真理さんはタイミングよく道路に出ると、繁華街をぐるりと遠回りに走りだした。
「ウッチーと話してたんだけど、あたし、数日、予定があって。で、先輩にはあたってみるから、回答もらい次第、みんなに共有するね。で、みんなはウッチーの知り合いの、小学校の卒業生に会ってみてほしんだ」
「オレらも会えちゃう人なんだー」
まだちびちびとアイスを食べている裕真が、興味なさそうに言った。
裕真にとっては、今の溶けかけたアイスのほうが大事なようだ。
「うん、会えるんだ。駅前のフリースペース経営とか、化粧品開発とかしてるお姉さん。吾妻さんっていうんだけど、すっごい成功者なのに、そういうの鼻にかけてない、とっても良い人だよ」
陽真理さんの左手があがった。チェーンベルトの腕時計を揺らしながら、立てられた人差し指は、裕真に向いている。
バックミラーごしに視線を感じるが、その目は裕真へだ。
「そういうわけでなので、あたしもお金だすから、レンタルしてフリースペースで宿題こなしつつ、話を聞いてきて。ユウくんは絶対、宿題ギリギリ派だから今のうちに強制的に終わらせてちょうだいねっ!」
ぎりり。と聞こえそうなほど唇を噛んでいる陽真理さんを見て、裕真には計画性があまりないんだ、と思うと同時に、二人はどれだけ長い関係なのだろうと勘繰ってしまう。
「あ、宙、ヒマちゃんとオレ、幼馴染なんだー」
顔に出ていたかと視線を落とした僕に、裕真は笑う。
「宙は気にしすぎー」
愛想笑いをこぼす僕に、内海さんが急に振り返った。
「ねぇ、水野くん、気になること、口に出してみたら?」
「……え、でも、いや」
「『なぜ?』『どうして?』『どうやって?』って気持ち、なんにでもだけど、大事だと思う」
「でも、その、人に対しても……?」
「私、他人に興味をもつって、結構すごいことだと思うの。だから、それがどんな邪なものでも、すごいことだと思う」
それを聞いて、裕真と陽真理さんはケラケラ笑っている。
笑っていいことなのか……?
「だって私、人が視えていないものにしか興味ないから」
イコール、人には興味がない、ってことでは……?
僕の心の答えを察したのか、裕真も僕を振り返る。
「え、あの、内海ちゃんって、美人だけど彼氏いないって、実はそういう理由?」
「美人かはわかんないけど、人に興味がないんだよね、私。一番興味あることは、非科学的なことが起こる理由。それだけ」
「あ!」と声をあげて、内海さんがまた振り返った。
「水野くんには興味ある! だって、半透明の人、視えてるから!」
はっきり言った後、内海さんはボソボソと、「なんで視えるんだろ……そこも今後の課題にしよ……」と言っていたが、あくまで僕は研究材料、という立ち位置だろう。
横を見ると裕真が、頬の横でVサインを作る。
そして、唇がゆれた。
(び・れ・ぞ・ん・あ・り!)
ねーよ! と言いたかったが、流石に言い返せない。
僕は何気なくスマホを見ると、メッセージのアプリにバッジがついている。
開けば、新しいトークルームが作られていて、4人の人間が共有していることがわかる。
トークルーム名は、“心霊現象観測会(SPOC)”だ。
「……なに、このトークルーム」
僕がつぶやくと、「気づいた!?」嬉しそうな内海さんの声がする。
「Science Paranormal Observation Club、の略。通称スポック。かっこいいでしょ」
流暢な英語なら、かっこいいかもしれない。
しかし、スポックとは。スタートレックに出てくるバルカン星人と人間のハーフキャラの名前だ。わかって付けてるんだろうか。
「怪談部屋でよくなーい?」
不服そうな裕真の声に、内海さんがさらりと言った。
「スタートレックの、理論派のスポックにもかけてるの。理論的に、検証していくグループってことね」
「なにそれ」
裕真はすかさず返すが、そんなのも知らないの?という「え?」という声が内海さんからこぼれた。
「そこにもかけてたんだ……」
僕が言った声に反応して、内海さんが後部座席に体ごと向いた。
そして、日本だと“ブタの手”と呼ぶ、人差し指と中指、薬指と小指の2本ずつを開いて見せてくる。
「長寿と繁栄を」
少し澄ました低い声に、僕はつい吹き出した。
なにそれなにそれと騒ぐ裕真に、僕はスタートレックを見たらわかると答えるが、納得いかないようだ。
騒がしい車内でコロコロと陽真理さんは笑いながら、
「ほら、もうすぐ、ソラくんのお家に着くよー」
外を見れば、見慣れた住宅街に入っている。
さっきとは反対側の車道に車が停まった。
時刻は10時半。意外と早い帰宅に感じる。
車を降りると、助手席と後部座席の窓が下がった。
「水野くん、じゃ、スポックに集合時間とか場所送っておくね。また明日」
「宙、今日は本当にありがとねー!」
運転席から手を振る陽真理さんに会釈をし、僕はしばらく手を振る二人を見送っていた。
誰も通らない、誰もいない住宅街、静かな夜だ。
じっとりとした暑さが残り、夜の匂いにしては青臭い。公園の草刈りのせいだろうか。
道路には街灯が延々と明かるいだけで、空が曇っているのか晴れているのかわからない。
散歩中の犬なのか、一回だけ、遠吠えが聞こえた。
僕は“不気味な夜“に思える今に、笑っていた。
まさか、夏休みにこんな楽しい時間が来るなんて──!
玄関を開けたら父が仁王立ちで待っていそうだ。
でも今なら、そのお説教も聞き流せる気がする。
ドアを開けると同時に、ポケットのスマホが震えた。
明日の予定が入ったんだ。
にやけた顔で玄関に入ると、想像通り、父が玄関に立っていた。
「父さん、ただいま……帰りました……」
───小さな探究心から始まった怪談のはじまり探し。
それは意外に近く、そして、予想外のはじまりだった。
後日、陽真理さんからのメッセージが物語る。
『サナエ先輩って、その検証しにいったOGなんだけど、失踪してるんだよね』




