第11話
待ち合わせの場所は立体駐車場だ。
階数とおおまかな場所を知らされていたので、少し迷ったが辿り着くことができた。
内海さんと一緒に来たのが嬉しいのか、裕真がニタついた顔で手を振ってくる。
「もう少し、遅くきたほうが良かったかなー?」
僕が睨むよりも、内海さんの返答が早い。
「なんで? 陽真理さんの時間が取れるのがこの時間だし、遅くなると検証がしづらいから、この時間でしょ?」
正論。ど正論。
裕真は真顔で僕を見つめてくる。
「僕も、内海さんの言う通りだと思う」
裕真は無表情のまま、僕を後部座席へ通してくれた。
内海さんは助手席だ。
僕は助手席側の後部座席に腰を落ち着けると、陽真理さんが振り返った。
「今日の調子はどう、ソラくん?」
陽気な声かけに、僕もつられてテンション高めに答えてしまった。
「ぜんぜん、大丈夫、です」
「それはよしっ」
車は夕日に向かって走り出した。
街が赤くのっぺりと染まり、陰影がより濃く塗られ、いつものビルがより高い。
覆い被さるようなビルを縫って、車は左へ折れた。
日差しは運転席側にかかっている。
眩しいのか、サンバイザーを手早く下ろした陽真理さんは、淡々と語り出した。
「失踪って、送ったでしょ? その件なんだけどさ」
陽真理さんはひと息つく。
道は大きな通りから、少し細い道に入り、今回も繁華街の近くを抜けていくようだ。
信号で停まって、また会話が始まった。
「失踪して、4か月が経ってるんだって。ただ、パスポートは残ってて、現金も盗まれていないし、部屋も荒らされた形跡なし。だから事件性はないってことで家出扱いで処理、みたいなの」
街灯はまだ明かりがつかない時刻だが、陽真理さんはヘッドライトをつけている。
自動ではなく、手動になっているところが、陽真理さんらしい気もする。
ウインカーが上がる。また曲がるらしい。
再び信号で停車した車内で、メモを取っていた内海さんが顔をあげた。
「陽真理さん、その、OGの方ってどんな方だったんですか? 神経質っぽそうとか、ちょっと内向的とか……」
「あー……、端的に言うと、失踪する人ではない。って感じ。その頃の悩みは夏に向けてのダイエットぐらい。日記にあったのは、それぐらい。……あ、親御さんが教えてくれたんだけどさ」
走り出した車が、一瞬、静かになる。
遠くでクラクションの音がする。
喧騒が始まる時刻だ。
「その、OGの日記、親御さんから見せてもらったんだ。最後の日の夜に書かれた日記にも、“16時に資料引取”としか書かれてなくってさ。なーんにも手掛かりなし。だから親御さん、私にいろいろ話してくれたんだと思う」
薄暗くなった街に街灯が灯り始めた。
でも、少し遠くの街灯は不具合があるのか、点滅したままだ。
車内はまだ裕真の顔が見えるぐらいの明かりはあるものの、ぼんやりとした暗さが満ちていて、想像するにはちょうどいい。
僕は、脳内でOGをイメージする。
そして、OGになったつもりで廃校に行くのだ。
……整備され、明かりも自動で点灯するハイテクの廃校にOGが入っていく。
すぐに理科室に向かう、だろうか?
散策をしてから向かう、だろうか?
いや、それよりも、だ。
「あの、陽真理さん、」
「ん? なに?」
僕の問いかけに驚きながらも返事がくる。
「あれだけハイテクなら、監視カメラとか、どうなんですか?」
陽真理さんが、なぜか笑った。
どこか小馬鹿にしたような、そんな笑いだ。
「それがさ、あそこ、監視カメラないの。理由はお察し。やたらと人が映るから。なんか、廃校になった理由もそれ、関係あるみたいで。あくまでウワサ、だけどね」
小さく咳払いをして、左手の人差し指を立てる。
手首からずり落ちた腕時計は、17時15分を回ったとろこだ。
「では質問です。入る時はカードキーいるけど、出る時はいらない、となると?」
「……なんか、蟻地獄みたいだよねー」
裕真が言った。
入ったら二度と出られない、というイメージからだろう。
「だから、OGが学校から出たのかは、わかってないんだって」
怪談話に箔がついた。
失踪者が学校で産まれ、さらに、外に出ていないかもしれないのだ。
「でも、靴はどうなんです?」
内海さんの質問に、僕は頷いた。
確かに、校内に入るとき、靴を履き替えていたからだ。
「靴? あそこ、土足でも入れるの」
まさかの、外靴OKな校舎とは……!
「じゃ、ヒマちゃん、次は土足でいこーよー。履き替えるのめんどくさいしさー」
「ダメ! 足音が聞こえたほうが、雰囲気いいじゃん」
裕真の提案を陽真理さんが跳ね除けるが、理由が『足音』とは。
なぜそこまで聞きたいかと言うと、
「みんなの足音がペタペタするのが、臨場感あるんじゃんっ」
怪談を盛り上げるBGMのひとつらしい。
確かに、蒸し暑くも冷えた廊下にペタペタと響く足音は、どこか怯えた音にも聞こえるし、勇敢な行進にもなり、何より、僕ら以外の足音が増えても気づきにくい。
妙な発想にたどりつき、僕はぶるりと肩を振う。
内海さんが後部座席の僕らに振り返った。
提案があるようだ。
「今日の予定、私は合わせ鏡の確認と、失踪したOGの当日の動線、ニシダさんの訪問を考えてるんだけど、2人はどう?」
「オレはどれが先でも構わないよ。宙はー?」
「僕はニシダさんに、合わせ鏡の怪談と、失踪した人の話を聞いてみたい。仮にどちらもニシダさんが知らなければ、全く関連のない怪談になるでしょ? 知っていたら、深掘りできるし」
なるほど。と、陽真理さんが大きく頷いた。
僕もすべてが無関係とは思わない。
でも、無関係だった場合、また最初から考え直すことになる。
なら、どこが関係していて、どこが無関係なのか、確認しておくほうがスマートな気がしたのだ。
車はすでに住宅街へ入っている。
見覚えのある景色が流れ出す。
もうすぐ、あの廃校に到着する。
「……なんか、緊張するね」
内海さんの声は少し震えていたけれど、どこか楽しそうな声にも聞こえる。
すでに内海さんのスピリットボックスのスイッチはオンだ。
ざーざーと、不規則な雑音が彼女のウエストポーチの中で響いている。
前回と同様、カードキーで門を開き、敷地内へと入った。
そして校舎に入った僕らは、スリッパに履き替え、早速実験室に向かう。
「今日はちゃんと守衛さんに了承を得てます。今から3時間は校内にいれるからっ」
ウキウキで話す陽真理さんに、裕真が少し拗ねた声を出した。
「ヒマちゃん、レポート、大丈夫なのー?」
「ぜんぜん大丈夫じゃない! けど、こっちを優先したいよねっ」
大きく首を縦に振る内海さんと腕を組みながら、2人はずんずん進んでいく。
頼もしい背中を見つめながらついていくが、裕真は不服そうだ。
「……いっつもさ、ヒマちゃん、人のためって動いちゃうからさ……心配になるよね」
ぼやいた裕真に、僕は肩をすくめた。
「彼氏って大変だね」
どうも、返答内容を間違えてしまったようだ。
裕真の表情が曇っている。
それは怒っているわけではなく、憐れむような、そんな表情だ。
僕は何が最適解だったのか、考えながら歩いていた。
同意してあげるのが、正解だったのかもしれない。
どうフォローすべきかと思っていると、急に足が止まった。
理科室に到着したのだ。
しかしながら、前回とちがう緊張がある。
「おじゃましまーす……」
陽真理さんが鍵を開け、ドアをくぐる。
僕らもそれに続いて入っていくと、輪郭がぼやけた男性が顔を持ち上げ、笑った。
『……おお! 来てくれたんだね、ソラ! 待っていたよ、わたしの観測者』
開口一番告げられた言葉に、僕はひっかかる。
だけど、それはすぐに確信に変わった。
────僕は、観測者になる。3年後の未来で。




