15years
「これは何だ……」
瞬は鈴香にもらった小さな箱を太陽の光に透かす様に見た。
「え……、瞬ったら知らないの」
鈴香は瞬の顔を覗き込む。
「知らないってなんだよ……。知らないといけないのかよ」
瞬は鈴香の言葉に少し膨れた。
鈴香はそんな瞬をクスクスと笑い、手を後ろに組んで瞬の周りをゆっくりと廻った。
「今日はね、女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日なんだよ」
「好きって……。お前、俺の事が好きなのかよ」
瞬は驚いた様に鈴香を見て、手に持ったチョコレートの箱を確認した。
「私は瞬が好きよ。だから瞬にも私を好きになって欲しいの」
鈴香はまた瞬の顔を覗き込んだ。
「ば、バカ言うなよ。男はな、そんな簡単に好きとか言わないモンなんだよ」
瞬は少し身を引いてそう言ったが、内心は飛び上がる程にうれしかった。
「私の事が好きなら、来月の今日、私にお返しをちょうだい」
「お返し……」
「そう、お返し……。マシュマロとかホワイトチョコとか……」
鈴香は微笑みながらそう言った。
幼い頃はどう頑張っても女の子に男の子は敵わない。
いや、大人になってからもそれは同じかもしれない。
「ら、来月な……」
瞬はもらったチョコレートの箱を何度も見ながら吐き捨てるように言う。
「うん。来月」
「わかったよ。考えとくよ……」
瞬はほころびそうな顔を抑えながら、振り返りニヤリと笑った。
「じゃあ、もう行くぞ……。あいつらが待ってるからな……」
瞬はズボンのポケットに鈴香からもらったチョコレートの箱を押し込んで、歩き出す。
「ねえ、瞬」
その場を去ろうとする瞬を鈴香は呼び止めた。
瞬は振り返らずに答えた。
「何だよ……」
鈴香は瞬の背中に手を当てる。
「瞬は私の事、好き」
瞬はそおっと息を飲む。
鈴香に気付かれないように。
「私は瞬が好きよ。大人になったら結婚したいな。瞬と」
瞬はその言葉に顔を真っ赤にして動けなかった。
「お前が美人になったら考えてやってもいいぞ」
瞬は恥ずかしさを隠すようにサッカーをしている仲間のところへと走って行った。
「いつまでも鈴香といちゃついてるんじゃねぇぞ。色男」
仲間たちが口々に瞬をからかっていた。
それを聞いて鈴香はクスクスと笑った。
そして夕日を背負う瞬の背中をいつまでも追いかけていた。
鈴香はボサボサの頭を掻きながら玄関のドアを開けた。
「鈴香……。少しはまともな格好しないと、彼氏も出来ないよ」
玄関の前で腕を組んで立つ双葉は、鈴香の格好を見て呆れていた。
「良いじゃないのよ……。寝てたんだからさ……。私の頭がボサボサだと誰かに迷惑でもかける訳……」
双葉は苦笑しながら、
「そんな事はないけどさ……。その格好が鈴香のパブリックになると困るでしょ……。男に見せれるの」
鈴香は振り返ると、玄関のドアを開けた。
「とりあえず入りなよ……。散らかってるけど……、どうせ双葉だけなら何でもいいでしょ……」
双葉は鈴香の背中を指でなぞる。
「あれれ……。白川が来るの言ってなかったっけ……」
鈴香はゆっくりと振り返った。
双葉はニヤリと笑う。
「思い出した……」
鈴香はゆっくりと頷く。
「双葉……。手伝って……女の子の部屋の偽装工作……」
既に掃除とは言えない状況である事は双葉も承知していた。
「高いよ……」
双葉はそう言いながら鈴香の部屋に先に入って行った。
半時間程で鈴香の部屋がなんとか女の子らしい部屋になった。
「どうやったらこの部屋があんな風になったのよ……」
疲れ切った双葉はやっと見えた床にへたり込んだ。
「多分、誰かが忍び込んで、私の部屋を散らかしてるんじゃないかなぁ……」
双葉は鈴香を睨んだ。
鈴香は咳払いをして、双葉の向かいに座った。
「誰が忍び込むのよ……。そっちの方が問題でしょうが……」
双葉は灰皿に山盛りの吸い殻をコンビニの袋に捨て、バッグからタバコを出して火をつけた。
「女の子らしいとか、らしくないとかってよりも、人間らしい生活が目標ね……」
「はい。わかりました、双葉軍曹」
鈴香は双葉に敬礼した。
その鈴香の足を双葉は叩く。
ショートパンツ姿の鈴香の生足が大きな音を立てる。
「ほら、その格好で白川、部屋に入れて良いの……」
鈴香は渋々立ち上がり、モノを詰め込んだクローゼットの中から服を発掘して着替えた。
「ブラもちゃんとするのよ……」
背を向けたまま双葉は鈴香に言った。
それで気付いた様に鈴香は再びクローゼットを開けた。
「よ、瞬」
白川は瞬の背中を思い切り叩いた。
「痛ってぇな……」
瞬は午後の授業までの空き時間に昼食を食べようとキャンパスを出て駅前の牛丼店まで歩いていた。
「あれ、お前、午後の授業ないの」
「ああ、ゼミの宿題やるから代返頼んできた」
瞬は微笑み頷くとまた歩き出した。
「お前は良いのか、ゼミの宿題……。また秋本にどやされるぞ」
「良いの、良いの。慣れてるから」
白川はリュックを片方の肩に背負いながら笑った。
「何処行くんだよ」
「あ、飯食いに……。駅前の牛丼屋。お前も行くか」
「いや、俺は双葉と鈴香と一緒に飯食いながら宿題するから」
瞬は口元を緩めると頷く。
「そうか、お前たちのグループはなかなか秋本の受けも良いモンな……」
瞬は曇った空を見上げた。
東京の空はいつも曇っているイメージで、晴れた青空の記憶はあまりない。
「お前もさ、うちのグループに入ったら。お前以外の二人って学校にも来てないらしいじゃないか……。一人じゃ秋本の課題は無理だろう」
白川は瞬の顔を覗き込んだ。
「俺がお前たちのグループに入ると鈴香が嫌がるだろう……。俺は一人で大丈夫だよ……」
瞬は牛丼店の前で立ち止まった。
「じゃあ、俺、飯食ってくるわ……。二人に宜しくな」
白川の肩を叩いて牛丼店に入って行った。
その様子を微笑みながら白川は見ていた。
横断歩道を小走りに渡り、駅へと向かう白川の背中を瞬はじっと見つめてた。
鈴香とは幼稚園からの付き合いで、小中高、お互いに一浪して予備校も、やっと合格した大学まで一緒だった。
鈴香に小学一年のバレンタインにチョコレートをもらった。
それが瞬の人生で初のチョコレートで、多分、これまでの人生で一番嬉しかった瞬間だった気がする。
しかし、ホワイトデーにお返しをするでもなく、そのままダラダラと来てしまった。
その後も毎年鈴香にチョコレートをもらったが、一度もホワイトデーにお返しらしきモノを渡した事が無い。
高校の修学旅行が二手に分かれ、瞬は九州、鈴香はシンガポールへと行く事になった。
金のある奴は海外へ、そうでない者は国内といった感じで、学校も残酷な事をしてくれたものだ。
その修学旅行のお土産に絵葉書を一枚、鈴香に渡した。
瞬が鈴香にプレゼントしたモノと言えば、その絵葉書と着古したグレーのパーカーくらいのモノで、バレンタインのチョコレートのお返しに渡したモノなんて一つもなかった。
いつもの様に牛丼の並盛を三分程で平らげると、瞬は金を払い大学へと戻った。
双葉は鈴香の部屋の壁に掛けられた小さな額に入った絵葉書をじっと見つめていた。
「この絵葉書って……」
片付けられたテーブルの上にマグカップを置きながら鈴香は振り返る。
「ああ、光の道……」
「光の道」
鈴香はコーヒーを飲みながら頷く。
「何か九州の何処か……。有名な神社の鳥居から参道までの一直線の道の向こうに太陽が沈むんだって。それをそう呼んでるみたい」
双葉はゆっくりと鈴香の向かいに座り、カップを手に取った。
「縁起が良いモノなの……」
「知らない……。何となく飾ってるだけ」
鈴香はニッコリと笑った。
「ふうん……。何となくねぇ……」
双葉は鈴香が来ているパーカーの袖がボロボロになっているのに気付く。
「鈴香……。もうそのパーカー寿命じゃない……。袖、ボロボロじゃんか……」
鈴香は両腕を持ち上げてボロボロにほころびた袖を見た。
「良いのよ。これ、気に入ってるんだよ……」
「アンティークのパーカーなんて聞いた事無いし……」
「良いの。気に入ってるんだから……」
鈴香はそう言うと壁の「光の道」の絵葉書を見た。
この二つは瞬からもらったモノ。
どうしても捨てる事が出来なかった。
「あ、白川だ……」
テーブルの上に置いた双葉の携帯電話が鳴る。
「もしもしー。遅いよ」
双葉は立ち上がって窓の傍に立った。
二枚のLサイズのピザとフライドチキンとポテト。
床には飲み干して潰されたビールの缶が転がっていた。
結局、宿題はそっちのけで昼間っから鈴香たちはビールとピザで盛り上がっていた。
双葉と白川は寄り添う様にしてビールを飲んでいる。
またダシに使われたかな……。
鈴香はその二人を見ながらそう思った。
「でさ、どうなのよ……。瞬とは……」
双葉が虚ろな目で鈴香に訊いた。
「どうって……」
一人素面な鈴香はポテトをつまみながら言う。
「あ、そう言えば昼に瞬に会ったよ。午後の授業も受けるって駅前で一人牛丼食ってた」
白川はケラケラと笑った。
「アイツ良い奴なんだけどさ、融通が利かないって言うかさ……。ほら、ゼミのアイツのグループの脇田と船山。もう学校にも来てないじゃん。脇田は毎日パチスロしてるって言うし、船山は新幹線の売り子のバイトしてるみたいだな……。もう学校来ないんじゃないかなって噂だしさ。瞬も一人じゃ課題大変だろうと思ってさ、一緒にやらないかって誘ったんだよ。そしたら鈴香が嫌がるだろうからって言われたよ……」
鈴香は苦笑してビールを飲み干した。
「嫌がらないよねぇ……」
双葉が鈴香の顔を覗き込む。
「嫌がるって言うかさ……」
鈴香は立ち上がって冷蔵庫から新しいビールを出してまた座った。
「アイツが気を使うんじゃないかな……」
双葉と白川は顔を見合わせる。
「もしかしてさ、二人って付き合ってたとか」
白川が身を乗り出した。
「鈴香が好きなだけかと思ってたわ……」
鈴香は口に含んだビールを吐き出した。
「汚いなぁ……」
双葉はテーブルの上を拭きながらそう言う。
「そうか、やっちゃってたか……。それは気まずいかな……」
「勝手に決めないでよ」
鈴香は喉を鳴らしながらビールを飲む。
「そうか……やっては無いのか……」
今度は双葉が冷めかけたピザをちぎりながら言う。
「やったわよ。二回……けど、付き合ってない」
鈴香は吐き捨てる様に言うとピザを取り噛る様に食べた。
双葉と白川はお互いを見て頷く。
その様子に鈴香はピザを置いて、ビールを飲んだ。
「初めは高校二年の夏。何となくね……。その次は一浪して大学合格した時かな、みんなで祝賀会した帰りに……。それも何となくだけど……」
白川は灰皿を引き寄せてタバコに火をつけた。
「何だ……。瞬もやるねぇ……」
鈴香は首を横に振った。
「どっちも私から誘ったわ……。ううん。それだけじゃない、瞬へのアプローチは小学校の一年生の時以来ずっと私から。バレンタインには必ずチョコレート渡してるし、クリスマスプレゼントと誕生日のプレゼントも……。けど、ホワイトデーにお返しもらった事、一回もないし、クリスマスも誕生日も。アイツ、私の誕生日なんて知らないんじゃないかな……」
双葉はニヤリと笑った。
「あの壁の絵葉書はもしかして……」
「そう。高校の修学旅行のお土産で瞬からもらったの。それにこのパーカーも。瞬のお古だけど、寒い日に瞬が着てたのを脱いで着せてくれたモノ。そのままもらっちゃったけど……。だからどっちも大事なモノなのよ」
白川と双葉は納得したかの様に微笑んだ。
「純愛だな……」
「うん、純愛ね……」
鈴香は二人の顔を見て驚いた。
「やめてよ……、そんな良いモンじゃないわよ……」
鈴香は苦笑しながらビールを飲んだ。
「馬鹿な事言ってないで、もっと飲んで、ピザも全部食べないと帰さないからね……」
瞬はベッドに横になって壁のカレンダーを見た。
三月十四日に赤いマジックで丸が付けてある。
ホワイトデー。
瞬は小学校の一年生のバレンタインデーから毎年その日にマジックで丸を付けていた。
それは一年たりとも忘れた事は無かった。
そしてある時、瞬は決めた。
十五年。
十五年、鈴香に対する気持ちが変わらなければホワイトデーにお返しをしようと。
途中何度か、瞬も誰かに言い寄られた事があった。
しかし、それで付き合う事はなく、すべてを鈴香と比べてしまう。
高校の美術の時間に、「幸せな時間」というテーマで絵を描けと言われた。
瞬はその時、小学一年生の時に満面の笑みで鈴香がチョコレートをくれた事を思い出した。
迷わず瞬はその時の絵を描いた。
その絵を一心不乱に描いていた時に美術の教師が瞬の肩を叩いた。
「その幸せな瞬間を思い出して、十五年経った時でも同じ気持ちでいる事が出来るのならば、それは本物よ……」
美術の女教師はそれだけ言って去って行った。
それを瞬は今でも覚えている。
今年で十五年。
そして鈴香にもらった十五個目のチョコレートがベッドの脇のテーブルの上に置いてあった。
「何か欲しいモンとかあるのか」
瞬はコンビニで買った肉まんを二つに割って、鈴香に渡しながら訊いた。
「肉まんで良いよ」
鈴香は熱い肉まんを口に入れながら言う。
「馬鹿、食いモンの話じゃないよ」
瞬は笑って肉まんに辛子を塗った。
「ほら、いつもバレンタインにチョコレートもらうだろ……。なんかお返しにって思ってさ」
鈴香は肉まんを食べるのをやめて、じっと暮れた空を見上げた。
高校に入り、バレンタインのお返しがマシュマロやホワイトチョコだけではない事を瞬も知った。
同級生の中には服や下着などを贈るませた奴もいる様だった。
「そうだなぁ……」
鈴香は残った肉まんを口の中に放り込んだ。
瞬は辛すぎる肉まんに目を白黒させながら、紙パックの甘いフルーツ牛乳でそれを流し込んだ。
「じゃあ、凄いエッチいパンツとか」
鈴香はそう言って笑った。
「馬鹿、そんな恥ずかしいモン買えるかよ」
瞬も笑いながら紙パックのフルーツ牛乳を鈴香に渡した。
「私はね……。単なるお返しならいらないんだ……。私の想いを受け入れてくれる時が来たら……。その時に瞬の気持ちをちょうだい」
鈴香はそう言った。
「気持ちか……。難しいな……いつもお前の言う事は……」
それを訊いて鈴香はクスクスと笑った。
「例えばどんなモノ……」
「うーん。そうだなぁ……」
鈴香は瞬の自転車の後ろに乗った。
ゆっくりと二人乗りの自転車は走り出す。
「ティファニーの指輪とか……」
「ば、馬鹿じゃないのか。ティファニーの指輪なんていくらすると思ってるんだよ」
瞬は自転車をふらつかせながら暮れた道を走って行った。
「何よ……。すぐに暮れる予定だったの」
鈴香はニヤニヤしながら後ろから瞬の顔を覗き込む。
瞬はそれには答えず、自転車のスピードを上げて行った。
瞬は思い立ったかの様にベッドから起き上がり、コートを掴んで部屋を出て行った。
鈴香はテーブルの上のピザの箱や床に転がったビールの缶をゴミ袋に入れた。
壁に寄りかかって双葉と白川は眠っていた。
双葉が手に持ったままの缶ビールをそっと取り上げると、鈴香はその寝顔に微笑んだ。
「結局、宿題……。一ミリも進んでないな……」
壁に寄りかかったままの白川が目を開けて静かに言う。
鈴香は振り返って微笑む。
「まあ、大体わかってたんだけどね……」
そう言うとゴミ袋をキッチンの脇に置いた。
「今から宿題ってのも違う気がするしね……」
白川は眠る双葉を起こさない様に身体を起こすと、テーブルの上のタバコを取って火をつけた。
「さっきの話だけどさ……」
鈴香はマグカップにインスタントコーヒーを入れるとお湯を注ぎ、白川の前に出す。
「さっき……」
「瞬の話だよ」
白川は熱いコーヒーを口につけた。
「ああ……。良いのよ、瞬の事は。そんな簡単な奴じゃない事も知ってるし……。ほら、付き合いも長いからさ」
鈴香は窓際に立つと暮れた街を見て背伸びした。
「この先の瞬の人生に、私が必要だって彼が思うのならば、私のところにやって来る」
白川は無言で鈴香の背中に頷く。
「私としては、もう十五年も待ってるからね……。もちろん、言い寄って来る男も何人かいたけどさ、みんな瞬を気にしてたわ。それだけ私にとっても瞬の存在は大きいのよ」
鈴香は白川を振り返った。
「まあでも、若い内に丸なのかバツなのかは聞きたいわね……」
白川は苦笑して煙を吐いた。
双葉も目を閉じたままその鈴香の言葉を聞いていた。
瞬はカレンダーの印を見ながら首をポキポキと鳴らした。
そしていつも持っているバッグの中にテーブルの上に置いた箱を入れると部屋を出て行った。
三月十四日。
十五年目の今日。
瞬は覚悟を決めた。
ただ、付き合いが長ければ長いほどに言い出し辛い。
どうやって呼び出してどうやって渡すか……。
普通はそんなシミュレーションを何度もやるのだろうが、瞬はノープランでとりあえず大学に行くことにした。
今日、学校にいなきゃいないで……。
それくらいの気持ちでいるのが瞬と鈴香にはちょうど良い気がした。
いつもより少し早い朝に、駅のホームの風が冷たく感じる。
数駅電車に揺られ、学校のある駅の傍のコンビニに立ち寄った。
早くに学校に行く時はいつもこのコンビニで朝飯を買う。
手がかじかむ程に冷えた朝で、瞬は迷わず肉まんと温かい缶コーヒーを買った。
授業はもう無いのだが、ゼミの宿題を提出する予定だったので、瞬は一人ゼミへと向かった。
そして誰もいない部屋の明かりをつけて机に座り、買ってきた肉まんと缶コーヒーを出した。
パソコンの電源を入れるとバッグの中から資料を取り出して、データの入力を始めた。
静かな部屋でカチャカチャと瞬の叩くキーボードの音だけが聞こえた。
缶コーヒーを開けて一口飲む。
コンビニからゼミの教室までの間にも冷めてしまっている。
スイッチを入れた暖房が効きはじめているので、そう熱いコーヒーでなくても良かった。
その時、教室のドアが開く音がした。
瞬はドアの方を見た。
寒そうに肌の血色を失っている鈴香が息を切らしながら立っていた。
「鈴香……」
「瞬……」
鈴香は微笑むと瞬の横に座りパソコンの電源を入れた。
「お前、提出まだだったのか……。てっきり白川たちとさっさと終わらせたのかと……」
鈴香は重そうは資料をバッグから出して机の上にドンと置いた。
「宿題するって集まったけど、ピザとビールに負けて、何にも進んでないのよ。昨日の夜にメールが来て、データまとめておいたから、あとはワープロ頼むわねって……。二人はスノボ行ったわよ」
それを訊いて瞬は苦笑した。
「アイツららしいな……」
「ええ、おかげでこっちは里帰り返上ね……」
鈴香は瞬の机にある肉まんを見つける。
「あ、何それ、自分だけ朝ご飯……」
瞬は鈴香の視線の先にある肉まんを手に取った。
「久々に半分個するか……」
瞬はそう言うと肉まんを半分に割った。
そして大きい方を鈴香に渡した。
「ありがと……」
鈴香は微笑むとその肉まんを頬張った。
瞬はそれを見て、手に持った半分の肉まんに辛子を塗る。
「こうやって良く食べたね……」
鈴香はニコニコしながら瞬を見た。
瞬は辛子を塗り続けながら答える。
「そうだな……。寒い時は肉まんが一番のご馳走だったな……」
瞬は辛子たっぷりの肉まんを口に入れた。
あまりの辛さに瞬は目を白黒させた。
それを見て鈴香はクスクスと笑った。
「学習能力の無い男ね……」
瞬は慌てて缶コーヒーを飲んだ。
そして鈴香を見て微笑んだ。
手に付いた辛子を机の上に置いたティッシュで拭く。
「学習能力は無くても、日々進化を続けてるんだよ……俺だって」
瞬はバッグの中から箱を取り出し、鈴香の机の上に置いた。
鈴香はゆっくりとその箱に視線を落とした。
「何……」
瞬はパソコンのキーボードを叩く。
「十五年分のチョコレートのお返しだよ」
鈴香はその箱を手に取った。
そして勢いよくその包みを開けると中からティファニーの指輪が出て来た。
「よく考えたんだけどさ、これから先の人生にもお前が必要だってわかったんだよ……。いや、わかってたんだけどさ、わかってたんだけど……」
鈴香は涙が溢れ出て来るのを感じた。
そして瞬に飛び付き、椅子ごと冷たい教室の床に倒れた。
「おい、何か凄い音しなかったか……」
廊下の外からそんな声が聞こえた。
冷たい床の上で瞬と鈴香はチョコレートより甘いキスを続けた。




