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背水

夏のホラー2025

高二の夏休み、私は部活の友人達と県内の島に泊まり込みで海水浴に来ていた。

その島は海水浴場として有名な場所で、海沿いのホテルはなかなか予約が取れない。だが、部活のOBが働いているらしく顧問が口利きしてくれたのだ。


今日は朝から陽が沈むまで海で遊び尽くしてクタクタになった。あと2日もあるのに今年はもう泳がなくていいぐらいだ。

晩ご飯も食べ終わってそれぞれの部屋に戻った。私はすぐに寝てしまうのがもったいなくて、窓際の椅子に腰掛けた。窓からは一面の海。月の光とホテルから漏れた明かりで夜の海が薄く照らされ、遠くには他の島影も並んでいる。

ぼんやり海を眺めていると、浜辺の一か所に違和感を覚えた。波打ち際が不自然にへこんでいる。部屋を暗くして見つめていると、何かが波を邪魔していることに気がついた。


人間だ。人間が倒れている。


暗くてハッキリ見えないが、うつ伏せになって起き上がる様子もない。意識がなさそうだった。色々な疑問が湧いたが、その姿から目が離せない。

そのまま少しの間見つめ続けていると、視界の端で人影が動いた。ホテルから数人の人影が出てきて、倒れている人へ歩いていく。

その様子を見てその人から意識を逸らすことができた。安心感からか強い眠気を感じ、椅子から立ち上がってベッドへ向かう。柔らかいベッドは先ほどまでの緊張を溶かしてくれるようだった。


ーーーーー


気がつくと私は闇の中に倒れていた。下半身に感じる冷たさと、背中を撫でる波の感触からここが浜辺だと気づく。起きあがろうと脚を動かすが力がうまく入らず、靴が脱げただけだった。なんとか首を回すのが精一杯だ。

周囲を見ると、ホテルに植えられた木々の後ろに人々が立っている。その人達は一様にこちらを見つめており、動けない私を助けようとしてるのかと思った。しかしよく見れば服装に季節感は全くなく、身体がところどころ欠けている。何よりも顔は影のように暗く、目鼻の輪郭は判別できないのにこちらを見ていることだけが分かる。その視線は重くまとわりつくようで、潮のベタつきのようだった。


耐えがたい不気味さに目をそらし、私はホテルの方へ視線を移す。壁に並んだ多くの窓の中で、ひとつの窓が気になった。暗い部屋の中でこちらをじっと見つめる人影。見るからに健康的で先ほどの人々よりはずっと安心感のあるその人を見て、私は助かったと思った。

しかし、明らかに目が合っているのに窓の中の人影はなんの反応も示さない。ただ同じ姿勢でじっと私を眺め続けるだけだった。


どれほど長く見つめ合っただろうか、いきなりその人影は満足したように視線を外すと窓から離れていった。まるで見捨てられたように思えて喪失感に駆られる。私は未練がましく窓を見続けた。すると自分の周囲を人が囲んでいることに気が付いた。


あいつに気を取られていた間に、私の周りに隙間なく人影が立っていたのだ。木陰に隠れていたあの者たちだ。こちらからは足しか見えないが、確かに皆こちらを見つめている。

左右で足の向きが逆の者、皮膚が剥がれた者、足概要に膨らんだ者。とても生きているとは思えないそれらに取り囲まれたと知り、どうしようもない恐怖に襲われる。

それらはゆっくりと膝を曲げて私に近づいてくる。一体どんな顔をしているのか、想像したくもない。

だんだんと増える背中を撫でる感覚に、私は耐え切れずに感じて思い切り振り返った


ーーーーー


ジリリリリ!ジリリリリ!


目覚ましの音で目が覚める。なんだ夢だったのか。寝汗で濡れたパジャマを脱ぎ、まだ鳴り続ける目覚ましを手に取って窓際の椅子に腰掛けた。

この目覚ましは音が大きくて止めるのに工夫がいるから起きやすくていい。でもホテルに持ってくるべきじゃなかったな。

私は止め終えた目覚ましを窓際に置いて外の景色を眺める。海が太陽に光ってキラキラと輝いている。絶好の海水浴日和だ。夜とはまるで別物のようだけど、窓の外を眺めていると昨晩の景色と夢の内容が思い出される。

嫌な気分を振り払うように立ち上がると、スマホで友人達の起床を確認して朝ご飯へ向かった。


ーーーーー


朝ご飯を済ませ、海へ向かう途中でOBに会った。それとなく浜辺に異常がないか聞いたが、海水浴場は問題なく営業するらしい。昨日のことは夢だったのかもという思いが強まり、海へ向かう足取りが軽くなる。


浜辺は昨夜のことが嘘のように人で賑わっていた。騒がしさに紛れて、恐怖は薄れていく。これだけの人がいれば、夜中でも誰かが遊んでいるだろう。あの人たちはふざけていただけで、私が気にしすぎただけだ。


ビーチバレーや素潜り対決に夢中になり、時間はあっという間に過ぎた。午前中に比べて客は少しずつ減り、浜辺はまばらになっていく。ひとしきり泳いだ私は疲れて浜へ戻った。友人たちはまだ自分たちの勝負に没頭している。


海から上がり、陸へ向かって歩いていると、何かにつまずいて転んだ。目をやると、ひどく汚れた靴が一足、砂に半分埋まっている。途端に鳥肌が立った。転んだまま前方を見れば、ホテルの壁に並ぶ窓が視界に入る。そして、そのうちの一つに、キラリと銀色に光る物が見えた──私の目覚まし時計だ。


夢と全く同じ場所に私の部屋の窓がある。ここに、あの人は倒れていたんだ。身体を撫でる波の感触、見えていた景色が全部、現実を指し示している。不意に視線を動かす。見てはいけない、と思いながらも、私は確かめずにはいられなかった。


ホテルに植えられた木々、その後ろに身体を隠した人々が目に入る。


厚手の服やアロハシャツの人。皆、統一性のない出で立ちで、どこかしら身体を欠損している。そしてその顔は影に隠れている。

あまりの恐ろしさに耐えられず全身に力を込める。勢いよく立ち上がった瞬間、これは夢の続きなんかじゃないと理解する。


「なあ」


後ろからの声に驚いて振り返る。

見ると友人の1人が海からあがってきていた。


「最後によ、あそこの島の近くまで見に行こうと思うんだけど」


私は泣いてたことを悟られないように顔を拭う。


「今見えてるあの島の崖って結構有名な自殺スポットらしくてさ、陽も落ちて来たし肝試しじゃないけど近くまで行ってみようって」


足元を見る。少し黒ずんだように見える砂の上を、ハエが数匹歩いている。ごめんね。


「なあどうする?」


「なら私も行こうかな」


「まじ?お前ってこういうの苦手だと思ってた。ならさっさと行こうぜ。」


そう言うと友人はさっさと泳いで行ってしまう。

確かにいつもの私なら怖いのは苦手だ。

でも、1人じゃ寂しいからね

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