一緒のお墓に入ってください
「……は?」
思わず声が裏返った。
父ディルクの執務室。重厚な机の前で仁王立ちする父と、その隣に当然のように佇む騎士マクシミリアン。
父の旧友だ。
「だからだな、アンネリンデ。ここにいるマクシミリアンがお前の求婚条件を真っ向から受け入れてくださったのだ」
「……え、そんな、嘘でしょう!?」
「嘘ではないぞ。お前が病で早世しようと、彼は必ず同じ墓に入ってくださるそうだ」
父は満足げに腕を組む。
わたしは結婚に夢を持っていなかった。
政略結婚の両親は夫婦なのにわたしがもの心つく前からずっと別居。
双子の弟アルスは2年前に婚約者に逃げられ、ふさぎ込んでいる。
わたしの親友メアリーは結婚した途端夫が豹変し、暴力を振るわれている。
結婚とはまさに人生の墓場。
だから、結婚できる年齢になったとき、ひとつだけ婚約の条件を出した。
【わたしが何らかの理由で早世したとき一緒にお墓に入ってくれる人】
目論見通りに多くの人がしり込みをして、24歳になる今まで婚約打診は一件も来なかった。
このまま一生未婚でいいわと思っていたのに。
なのに!
「そんな……墓に入ってくれる人が本当に現れるなんて、想定外です!」
「安心するといい、アンネリンデ様」
低く響く声。マクシミリアンは真剣なまなざしでこちらを見つめていた。
「私は戦のたびに招集され明日をも知れぬ身だ。戦場で死ぬか、貴女が死ぬときに死ぬかの差しかない。君の望みをかなえるのにうってつけだろう」
「条件を出したわたしが言うのもなんだけど、そんなことで決めていいんですか!?」
父がバンッと机を叩く。
「お前が頑なに結婚を拒んできたのは知っている。だがな、条件を飲んでくれる相手が現れた以上、もう逃げられまい!」
わたしは言葉を失った。
条件を盾にして誰も寄りつかぬようにしたはずなのに。
まさか、それを真正面から受け入れる人がいるなんて――。
「アンネリンデ様」
マクシミリアンは跪き、胸にてのひらを当てた。
「夫婦は対等なのでアンネリンデ様もとうぜん、私が戦死したら一緒にお墓に入ってくださいますね」
わたしのときだけ一緒に死んで、なんて虫が良すぎる話。こう言われるのも当然。
というか、わたしが急に何かの病で逝くより、わたしよりずっと高齢で最前線に出るマクシミリアンが先に死ぬ可能性のほうが高い。
父は意味有りげな顔でニコニコしている。
謀ったわね。
わたしに、この結婚条件を取り下げさせるために、騎士の友人を連れてきてこんな真似を。
でも、やっぱりやめますなんて言える状況じゃない。
「わ、わかりました。その時は、ともにお墓に入ります」
と言うしかなかった。
そしてあっという間に結婚式が執り行われて、わたしはマクシミリアンの妻となり屋敷でともに暮らすことになった。
マクシミリアンはとても優しく、紳士的。こんな良い人がこれまで未婚だったのが不思議だ。
だから結婚式のあと、マクシミリアンに聞いてみた。
「なぜあなたほどのできた人が未婚だったのです?」
「20歳のときに親が決めた婚約者がいましたが、彼女は男を作って逃げました。真に愛する人と結ばれたいと言って。だからそれ以降結婚する気になれなかったし、結婚相手に期待していなかったのです。愛なんて上っ面の言葉を並べるよりも、あなたのように一緒に死ねるかどうかで決めたほうが、はるかに潔いい」
それは、人を信用できなくなるのも無理はない。
わたしも愛なんて信じていなかったし、身の回りで一生添い遂げられるほどの熱い愛なんて見たことがなかった。
「戦場から帰還して、ディルクからあなたのことを相談された。あなたも人を信用していないからこそ、このような条件をつけたのだと思った」
「……今は、浅はかだったと反省しています。わたしは……わたし自身が誰かに裏切られたわけではないのに、きっとみんなアルスを捨てた人のように、メアリーを虐げた人のように、すぐに裏切るんだろうと、そう思って。裏切られる前提で考えているなんて、あなたに失礼ですものね」
ひと呼吸おいてから、わたしはマクシミリアンを見上げる。
「……わたしが死んだら同じお墓に入ってという条件は取り下げます」
「その言葉を聞けただけでも、十分あなたの気持ちは伝わった」
マクシミリアンは穏やかに笑う。胸が熱くなる。
結婚してから相手に惹かれるなんて、順番がおかしい。
こんな形で結婚したわたしたちだけど、挙式から2年後に男の子が生まれた。
子供が「結婚は人生の墓場! 結婚なんかしたくない」なんてこと言い出さないように、「お父様は素晴らしい人なのよ。死ぬときは一緒だって誓っているもの」、と惚気を毎日聞かせてあげるつもりだ。
結婚するなら、同じお墓に入って。
最初は結婚がいやで作った条件だったけれど、今では心から、死んだあともマクシミリアンについていきたいと思っている。
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