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Page 4 最初の書き換え

 ヨルとイギルは不眠享楽のアジトで翌朝を迎えた。そこにもテレビはあって、キャスターが昨日と同じ顔で「世界の終わりまであと六日です」と言う。


 仲間が一気に増えたせいか、ヨルは昨日の朝よりずいぶん前向きな気分だった。廃図書館に行けるのは早くて27日ということだったから、今日は一日かけて日記を分析し、正しい答えを見つけようと意気込んでいた。そして、コーラを片手に、まだ流し読みしかできていなかったHAL9001の日記を朝からナリと一緒に読み返していたのだけれど――。


 見返した日記には一ページだけ意味のわからない箇所がある。


「なんだコレ?」


 ナリが首をかしげると、ゴキッと音がした。


「そのページ、日記じゃないよね。わたしも気になってた」


「う〜ん。ハルが終末を迎えた世界の話とか?」


「ええっ? ハルのいた世界って魔女がいたの? そんな世界あるんだ」


「ヨルの『書き換え』だって、魔法みたいなもんじゃん」


「あっ、そっか……」


 ヨルはそのページの短い文章に何度も目を通した。聞いたことのない、おかしな世界の話だった。


『都市XYでは、法に従い、丸い貴族が支配し、平民は角を持ったまま生きることを強いられた。そこに生きる魔女たちは危険視され、見つかれば殺される運命にあった。

 魔女の一人、音楽の魔女はある日異質な音を聞いた。グラムランドの住人には歪んだ不快な音としか認識できない音が、音楽の魔女の耳には美しく響いた。音楽の魔女はその旋律に導かれ、都市XYZの存在を知る。そして、魔女にだけはXYZの音楽が美しく聞こえることを発見する。

 魔女たちは丸い貴族による魔女狩りから生き延びるため、XYZの音を奏でる。それはXYZの都市民の耳に届き、魔女たちは都市XYを脱出することに成功した。丸い貴族たちは、決してXYZにいる魔女たちに手出しできなくなった。しかし、魔女たちはXYに落書きして楽しむのだった。』


 記憶にないストーリーだったが、ヨルはかすかに既視感を覚えた。


「ヨル。こういう話、シンクロして読んだ記憶は?」


「ない」


「そっか。なんか、ヒントっぽい気がするんだけどな。

 たぶん、XYが二次元、XYZが三次元を表してるだろ。次元に関する話なら、時空歪みを誘発してもおかしくない。

 ヨルが探している本も、こういうストーリー仕立ての次元の話だろうね。はさまってた論文も読んだけど、没入度が関係してるならエンタメ小説とかじゃないかな。例えば――」


 ナリは本棚の前にかがみ込み、「あっ、これこれ」と、一冊を引き抜いて持ってきた。


 見覚えのある装幀の分厚い単行本は、『ネクストワールド』。ヨルが高校一年のときに映画化された、大ヒットSF小説だ。宇宙飛行士が事故にあってブラックホールに吸い込まれ、四次元の世界から恋人を殺した犯人を探るという話。


「これ、シンクロして読んだ」


「やっぱり、ヨルはこういうのが好きなのか。おれもミーミル図書館行ってシンクロで読んだんだけど、四次元のシーン、ヨルにはどんなふうに見えた?

 あのシーンをどう想像するかって、映画観てるかどうかでけっこう違うんだよ。おれは映画の影響を受けちゃったから、主人公の顔も演出も、まんま

映画だった」


 ナリはそう言って笑った。


 ヨルが『ネクストワールド』を観たのは映画の公開前。その後に映像で観て、正直なところ、映画が陳腐に思えたのだ。


「うまく言えないけど、わたしが見たのはすべてが重なってる感じだった。過去も現在も未来も、ここもあそこも、宇宙全体が。どうやって映像にするんだろうって興味あったけど、期待外れだった」


「まあ、しょうがないさ。シンクロ好きなやつは映画嫌いが多いって言うし」


「わたしは見比べるの楽しいよ」


 ヨルは『ネクストワールド』をいつミーミル図書館で読んだか思い出そうとした。


 たしか映画化のニュースがあった頃のことで、それで小説も話題になったのだ。中学三年の時だったはず――と考えながら、何気なく日記に触れた時、


『書き換えますか?』


 あの、楽しげだが歪んだ声がした。ナリには聞こえていない。


「ねえ、ナリ。『書き換えるか』って声がするんだけど、書き換えたらどうなると思う?

 この本をシンクロで読んだの、2087年の夏前だった気がするんだけど」


 ナリは目を瞬かせたあと、ニッと笑った。


「成功すれば終末が回避できるんだろ?

 失敗したら……、『チャンスはあと二回です』って言われるんじゃないか?」


「なんか、ペナルティみたいなのあると思う?」


「う〜ん。ヨルは、書記官のハルから書き換え権限委譲されたのであって、ゲームやってるわけじゃないし、大丈夫じゃないか?」

 

 ナリの平然とした表情に勇気づけられ、ヨルは『ネクストワールド』を手に天井を睨みつけた。


「書き換える」


『では、%&$#!&%による修正を行うか、%&#!%&により住人に当該行為を行わせてください』


「何言ってるかわかんないよ」


『%&$#!&%による修正は、権限所持者の位置情報から不可能と確認しました。権限所持者は当該行為を行ってください』


「当該行為を行えって、書き換えを直接実行すればいいってこと?」


『権限所持者は当該行為を行ってください』


 ヨルが虚空と話すのを見ていたナリは、「ちょっと待ってろ」と部屋から出ていくと、すぐにブリキバケツとライターを手に戻ってきた。話を聞きつけたのか、イギルとスュンも入ってくる。


「『ネクストワールド』を燃やすって?」


「火事はダメよ。でも完全に燃やさないといけないから、やるなら外に行きましょ」


 四人で地下からの階段を上っていると、不眠享楽の仲間たちがぞろぞろついてくる。風除けのあるビル横のガレージでブリキバケツと本を囲み、十数人が輪になってヨルを見守った。


「……じゃあ、燃やすよ」


「ちゃんと燃えるかな」

「分厚いしなぁ」

「バラした方がよくないか?」

「バラすのは手伝っても大丈夫なのか?」

 

 まわりから口々に言われ、ヨルは注目を浴びながら、黙々と本を分解していった。


 表紙を剥がし、ページを数枚ずつ破り、何枚かは燃えやすいようにクシャクシャに丸めてブリキバケツの下の方に入れる。誰かが工具を持ってきてブリキバケツの側面に穴を開け、そこから火を点けることにした。


「……じゃあ、火を点けるよ」


 今度は全員が無言でうなずいた。


 細長いライターの先をブリキバケツの穴から差し入れ、点火する。しばらくすると丸めたページに火がつき、歪みの影響なのかその火は渦を巻くように一気に燃え広がり、一番上に乗せていた表紙もなんとか燃えはじめた。


 真っ黒になったページの切れ端が上昇気流に乗って飛んでいき、散り散りになる。完全に燃え尽きるまで、全員が不穏に揺れる歪んだ炎を、固唾をのんで見守っていた。そして、最後にバケツの底でチロチロと瞬いていた火が見えなくなり、黒い燃えカスだけになったとき。


『焼却対象が間違っています。チャンスは残りあと二回です』


「ええっ、嘘でしょ」


 ヨルが空に向かって叫び、全員が失敗だったと悟った。


「焼却対象が違うんだって。あーん、絶対これだと思ったのに」


 ヨルは落胆したが、彼女を責める者はいなかった。


 元々、ヨルの書き換えがなくても不眠享楽は終末の到来に抗おうとしてきたし、失敗は何度も経験していたのだ。


「チャンスはまだあるじゃん」

「そうそう、まだ六日も残ってるしさ」


 ヨルはみんなに期待させた分だけ申し訳ない気持ちになった。そして、慰められるほどにふつふつと使命感が湧いてくる。


「焦って決めるべきじゃなかった。次のチャンスは、廃図書館に行ったあとに使うことにする」


「それがいいかもな」


 軽く口にするナリ。自分の言葉でヨルが『ネクストワールド』を燃やす決心をしたとは、微塵も思っていないようだ。


「『永遠の眠り』のやつらがグラムロックシティを本拠地にしたのは、それなりの理由があるはずだ。終末と関連する理由がな。でもって、終末宣言と前後して起きてる不可解な現象は、だいたい図書館に関連してる。

 だから、グラムロックシティ唯一の図書館だったあの廃図書館に、終末と関係する書籍がある可能性はかなり高いと思う」


「だったら、この本燃やす前に止めてくれたら良かったのに」


 我慢しきれずヨルが文句を言うと、ナリは「まあまあ」と、ヨルの頭をなでて誤魔化した。


「チャンスは三回もあるんだから、一回くらい試してみてもいいだろ?

 これで書き換えの手順はわかったわけだし」


 ヨルは釈然としなかったが、スュンがまるで「言い返しても無駄よ」というように目配せをして、これ以上言うのはやめにした。心の中で「ナリをこき使ってやるんだから」と決心して、ヨルはふたたびHAL9001の日記に向かったのだった。

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