第4話
城の食堂はずっと開いている。
朝から次の日の朝まで、24時間年中無休。
時間を気にせず食えるし、基本的には無料だ。
菓子だけは金を払って追加する。
今日の菓子は……リリカのタルト、チョコレートムース、三種の焼き菓子のセット。
夕方になったらカッコンツェルの店に顔出すつもりだから、甘いもんはいらねぇな。
あいつの店なら、うまい珈琲付きだしよ。
ん?
俺も<つがい持ち>になれば、種付け係りを辞められるんだよな!?
つがい探すの面倒臭せぇから、カッコンツェルが俺の子を孕んでくれりゃ楽なのに。
う~ん。やることやったとしてもやっぱ、竜珠を交換した相手じゃなきゃ無理か……けっ、竜族って本当に不便だな。
竜珠を交換したつがい相手にしか、子が産ませられないし孕まない。
すんげぇ昔は違ったみてぇだけど……。
このままいけば、そう遠くない未来。
竜族は確実に滅びる。
滅び。
それは竜帝をあそこまで追い込むほど、怖いものなんだろうか?
「おばちゃん。俺、唐揚げ定食! あ、大盛りな? パンじゃなく米で」
厨房に向かって声をかけた俺に返ってきたのは、飯じゃなく怒声だった。
「なんだってぇ~、誰がおばちゃんだ! ステイラお姉さんって呼べって何度言わせるんだよ!? 唐揚げ増量して欲しいんだろう? もう一回、やりなおし!」
朝食を食う奴でほぼ満席の食堂に、ステイラが大鍋の蓋をお玉でがつんと一発叩いた音が響いた。
俺とステイラのこんなくだらないやりとりは、毎回なので誰も気に留めない。
「へいへい……ステイラお姉さん、唐揚げ定食くれ」
「了解」
ステイラは俺よりぶっとい腕で唐揚げ満載の皿と、これでもかと炊いた米が盛られた碗を俺が差し出したトレーに置いてくれた。
青菜のスープと芋のサラダは……通常サイズか。
「ん? セレスティス! あんた頭がびちょびちょ、ぼさぼさじゃないか。まったく……タオルひっかけてりゃいいってもんじゃないだろう? あ~あ、また寝巻きで出歩いてっ! そんなんだからもてないんだよ。竜騎士はとても名誉ある仕事だし、最高の高給取りでつがいになりたい職種1位だってのにあんたときたら……」
ステイラは1ヶ月位前から食堂に勤め始めた雌竜で、この俺に堂々と文句を垂れる強気な性格だった。
俺より年上なのに、まだつがいを得ていない。
俺がもてない事を心配するより、自分の事を心配すべきなんじゃねぇ?
「うっせー。俺はこれでいいの。それに寝巻きじゃねえって、いつも言ってんだろうっ」
竜騎士が名誉?
はん、そんなの代々の竜帝が作り上げ幻想……隠れ蓑なんだよ。
普通の竜族より身体能力が高く、警備や治安維持のために陛下の手足となって働く。
お前等を守るために刀を持ち、命をかけて戦う竜騎士。
俺はそんなんじゃない。
ま、危険職だから確かに給料はいい。
けどな、陛下が浪費してるせいで竜騎士団全員が夏の賞与は望み薄らしい。
団長が愚痴ってたもんな。
「もてなくたって、つがいが見つからなくたっていいんだ。……その方が、いいんだよ」
「セレスティス? あんた……」
何か言いたげなステイラとのこれ以上会話をする気が無い俺は、トレーを持って移動した。
厨房から一番離れた窓際の席に腰を下ろした。
朝の陽が唐揚げを照らして、表面にうっすら浮かぶ油を輝かせていた。
窓から見える木々の葉はまだ小さく丸まっていて、色も淡い。
実を採るために植えられたラパンの枝先には、無数の膨らみ。
今年も沢山の実が、あの木から採れるんだろう。
「……ラパンって、種から育てるんじゃなくて挿し木で増やすんだってカッコンツェルが言ってたな」
挿し木か。
竜族も‘挿し木‘で増やせれば楽なのにな。
「さあ~て。ぱっぱと食って、戻るとすっか」
普通の竜族だらけの、穏やかで明るいここよりも。
竜騎士達のいる‘あっち‘の方が、居心地が良い。
絶妙なバランスで積み上げられた唐揚げの1つに狙いを定め、フォークを突き刺そうとしたその時。
「おじさん、ちょっと待ってー!」
……おじさん。
おじさん?
おじさん!?
あまりの衝撃に、フォークを唐揚げの山の真ん中に入れてしまった。
唐揚げの山は崩れ、皿を乗り越えトレーの上にころころと散らばった。
その内の1つはぽちゃんと音をたてて、スープにダイブした。
「あ~あ、そそっかしいおじさんね」
「そそっかしいだと? ……誰がおじさんだ!」
フォークをテーブルに叩きつけながら、この俺様を‘おじさん‘呼ばわりしたむかつく声の主を見上げ……見上げなかった。
声の主はちびだった。
椅子に座った俺が顔を上げなくても、しっかりと視線が合うほど小柄な雌竜だった。
「てめぇ……城勤めの雌じゃねぇな?」
すぐに分かった。
「え? なんで分かったの!? あれ? 貴方、意外と若かったのね? だらしない格好だし、髪がびちょびちょでもさもさもでじゃもじゃ~ってしてるから、おじさんかと思っちゃった」
小さい顔には、やたらにでっかい眼がついていた。
そのでっかい琥珀色の眼には、不機嫌全開の俺の顔。
「分かるに決まってんだろうがっ……てめぇの格好が変だからだ! このクソチビ!!」
「クソチッ……!? なっ、なんですってぇえええ~!!」
チビの動きに合わせて、栗色をした縦ロールの束がゆらゆら揺れた。
持っていたトレーを俺が使っているテーブルに置き、クソ生意気なチビは自分の服を指差して言った。
「これのどこが変だって言うの!? このドレスと髪飾りは、セイフォン王室御用達のお店で作った特注品なんだからねっ! びちょびちょぼろぼろもさもさもじゃもじゃの貴方なんかに、変なんて言う権利は無いわっ!」
勝ち誇ったように言うちびは、食堂にいる全員の眼を釘付けにしていることに全く気にしていないようだった。
俺のほうが、何故か焦ってしまう。
まあ、皆が見るのも無理は無い。
「と……特注?」
フリルとレースがこれでもかと付けられた淡いピンクのドレスは、この食堂では浮きまくっていた。
しかも縦ロールがぶらぶら揺れる頭には、ドレスと同色の巨大なリボン。
頭部の2倍はあるよな、これ?
あ、有り得ない。
なんなんだ、これはっ!?
このチビだけが異世界の生き物みたいだった。
いや、異世界人に失礼か。
別次元の謎の生物のほうが適切か?
「うふっ、良~く見て……素敵でしょう? お城来るの初めてだから、気合いれておめかししてきたの」
「……」
おい、お前。
確かにここは<お城>だが。
だが……だが!
「さっき、父様と一緒に陛下にお会いしたら‘お姫様みたいでとても可愛らしい‘って褒められちゃった! うふふっ~。食堂に来るまでだって、皆が私を見てたわっ」
そりゃ、見るだろうよ。
んな格好してりゃぁ……。
変だもんな。
特に頭についてるそれが、寒気がするほど珍妙だ。
こいつ、ちびだけど成竜だよな?
頭のネジが緩むどころか、落ちちまったんだろうか。
「で、<お姫様>が俺になんの用だよ?」
変な奴……係わり合いになりたくねぇタイプだな。
「その唐揚げ、頂戴!」
はい?
「ここの食堂の唐揚げ、とっても美味しいから食べてきなさいって陛下が仰ったの! 父様は陛下とお話があるから、1人で食べておいでって……だからさっき、そこで注文したの」
クソババア陛下……この珍妙生物を厄介払いしやがったな。
「そしたら厨房のお姉様が、朝の唐揚げ定食は貴方のが最後だったって……。だから、この鯰フライ定食と取り替えてもらおうと思って声をかけたの」
お姉様?
厨房に眼を向けると、ステイラ……おばさん決定だな……おばさんが、俺に向かってひらひらと手を振っていた。
あいつ……くそっ、面白がってるな。
あの顔、吹き出す寸前じゃねえか!
「断る、勝手なことほざくな。なんで見ず知らずのお前に、俺の唐揚げを譲らなきゃなんねぇんだ」
俺はフォークを持ち直し、スープに漬かってしまった唐揚げを突き刺した。
口に入れると、衣がべちょっとして最悪だった。
イラついた俺は、それを噛まずに飲み込んだ。
そんな俺の隣の椅子にドレスをつまんで座ったチビは、つんつんと俺の腕をつついた。
この阿呆めっ、なんでフォークで俺をつつくんだ!
こいつの親はどんな教育してんだよ……ってか、なんでこんな変な生き物を野放しにするんだ!
「私、ミルミラ。ほら、名乗ったからもう知り合いね! びちょぼろもさもじゃさんの態度次第では、知り合いからお友達にランクアップしてあげてもいいのよ?」
そう言って。
自分の皿から俺の皿へと、鯰フライを1つ移動した。
しかもそれ、その中で一番小さいやつじゃないか?
「びちょぼろもさもじゃさん。唐揚げと交換ねっ!」
おい。
さっきから、気になってんだがなぁ……。
「お……俺の名前は‘びちょぼろもさもじゃ‘なんかじゃねえ! セレスティスだ!!」
さすがに我慢限界で怒鳴った俺に、でかリボンは言った。
「セ、セレ……ステ……ステテ? ややこしくて、覚えらんない。びちょぼろもさもじゃさんでいいわよね?」
「はあっ!?」
よくないに決まってんだろうがっ!
こっ……この雌、どんだけ阿呆なんだ!?
「ふざけんな、このクソチビデカリボン!」
びちょぼろもさもじゃさん。
そっちの方が、よっぽどややこしいじゃねえかぁっ~!!